このマナーハウスで2泊したが、何代にも亘り増改築を重ねて通路が複雑で、迷路のよう。
方向音痴の私はダイニングルームやフロントへ行く度に迷って、通り合わせの従業員に助けを求めた。さすがマナー(?)ハウスの従業員、その都度慇懃に案内してくれた。
封建時代には、一握りの領主が小作人の膏血を絞って築いた豪邸の中で、栄華を極めた安逸の日々を送っていたであろうことは、洋の東西を問わない。
ここはストラトフォード・アポン・エイボン、かのウイリアム・シェイクスピアの故里の近く。
メインダイニングルーム
シェイクスピアの妻アン・ハザウエイの実家も大勢の観光客を集めている。
屋根は茅葺で、風で飛ばないように金網で覆った構造。
煉瓦の煙突には1797年築のプレートが。
シェイクスピアが通ったと言うホリー・トリニティ教会
教会の墓地。ただしシェイクスピアはロンドンのウェストミンスター寺院に葬られている