おわりに
文化の違いは常識の違い
ある人間の集団特有の思考や行動様式の型が先祖から子孫へと代々受け継がれるものがその集団の文化と言えるなら、集団が違えば文化の違うのは当然であり、ある文化圏の常識とされることが、他の文化圏の常識ともことなる。イングランドの旅を終え感じたことを二,三書きとめてみたい。
英国鉄道事情
日本の国有鉄道は民営化でJRとなってからずい分サービスが良くなり、車両も新型が次々投入され、駅舎も更新された。
しかし、英国ではその反対である。民営化により、列車の定時運行さえままならず、遅延、運転取り消しは日常茶飯事で、すこぶる評判が悪い。車両も古くスピードも遅い。
そもそも民営化は自由競争、サービスの改善、親方日の丸的赤字垂れ流し、非効率のの改善が狙いであった。日本ではそれが効果があった。
英国での民営化は会社の投資効率と利益追求にのみ努力が偏っているように見える。サービス改善にはならなかった。理由がある。
鉄道は英国で始まったのだが、その昔首都ロンドンで旧市街に鉄道の駅の建設が認められず、市の周辺に数多くのターナル駅が作られ、そこから放射状に地方へ線路が延びる。つまり各路線は昔は別会社で建設、運営されていたのを、労働党の政策で国有化され、サッチャー首相の時代に再び民営化となった。
しかし各路線は競合しないから、サービス向上を計って乗客を獲得するニーズに乏しい。むしろ新たな設備投資を抑制し、人件費を減らして短期的な会社の利益を上げようとするから、働く者のモラールも低い。
6年前に向こうの列車に乗って戸惑ったのはドアの内側に開閉するノブがないことである。ドアの上のガラスを押し下げ、外からノブを回さなければならない。
昔、映画で列車がホームに入ると駅員がドアを開けて回り、発車前にまた閉めて回るという光景を見た。昔は汽車は中、上流階級の人が乗れる乗り物だったからだ。今は駅員もなく、迎えの従者もいないが、その名残なのだという。最初は安全上、中から開かないようにしているのかと思ったが、ガラスが手で押し下げられ、外から取っ手を回して、容易に開けられるから安全上ではない。今回乗ったときもそのままだった。日本では考えられないことだ。
一般に欧米の経営者は株主に対して経営責任を持つ。利益を上げ、株主に配当することが至上命題で、それができない経営者は辞めなければならぬ。真っ先に従業員の首を切り、投資を減らし、利益を出さねばならぬ。働く者もやむをえないことと受け入れている。
日本の経営者は、利益が上らぬと真っ先に株主配当金を止め、経費を節減し、最後に従業員を減らす。正反対である。
英国の地方の駅は無人で、改札もない。ホームに切符の自動販売機がぽつんと置いてある。改札口のある大きな駅で降りるのでなければ、切符を買わなくとも乗れそう。やはり英国は紳士のマナーを今でも
重んじているのだろうか。紳士と見えぬ御仁も沢山乗っていたが。
日本のJRでも最近は綱紀のたるみによるオーバーランが報じられるようになったが、職人のプライド意識は確かに薄れてきた。また競合路線のない地方ではサービスに差があるようだ。