実は、俺はこの一週間というもの、『en-taxi』より依頼を受けた小説にかかりっきりなのだ。
ご存じの通り、『en-taxi』(扶桑社刊)は柳美里、福田和也、坪内裕三、リリー・フランキーの各氏が責任編集を務める文芸誌である。先頃、『群像』に盟友・湯浅学が幻の名盤解放同盟員で音楽評論家でかつギターリストらしい小説を発表し、それが予想以上に良かったのである。となればこちらも幻の名盤解放同盟員で特殊マンガ家でかつ『因果鉄道の旅』『人生解毒波止場』『電氣菩薩』の著者らしい小説を発表して、それ相応の面白いものにせねばならぬ。
で、ストーリーはともかく苦心したり、時間をかけたのは主人公及び脇を固める人物らの性格や生い立ちといった背景や状況の細かい設定で、とにかく話の流れにそってB4判の白い紙に思いつく事をアレコレソレとまま次々にびっしりと書き込む日々が続いた。小説に専念するため、他の仕事は早めにすませ、郵送し、集中するための状況を整えたりした。もう、受け渡しで人にいちいち会うだけでも、時間やら、気遣いで消耗するからね。
で、頭の中で架空の人物たちの架空の世界、そしてそこでの物語を少しずつ少しずつ構築し、そこへ自分自身もその中の住民であるかの様に、気持ちをその中へもって行き、つまり力の限り、そこへ集中し、その上で、よしここらだなと、機を見て原稿用紙に向かい、書き出したのが昨日の9日の深夜。
ま、とにかく俺の場合、集中力が著しく散漫で乱れやすく、その集中する事への自分自身の駆り立て方にいつも苦心するのだ。但し、本当に集中すると、今度は過集中で抜けられなくなりもする。
で、途中、脳天気なメールを送信してきた友人に過剰反応して、「俺が集中するため苦労してんのに、うるせえんだ」という気持ちから酷いメールを返信し、相手を傷つけてしまったりもした(スマン)。しかし本当に集中力の問題は、俺にとって最大の難問なのだ。
が、とにかく原稿用紙に向かい、サイを投げられる迄たどり着き、午前7時睡眠導入剤を飲み眠りにつき午前2時に起き、まずトマトジュース(無塩)を飲み、ゲータレードを飲み、ご飯を食べ、珈琲を飲み、とにかく前日ようやく集中の定まった「小説」の世界が持続されているのを確認し、食休みにギターウルフの永ちゃんカバー「アイラブユーOK」「憎いあの娘」「ヘイ・タクシー」の3曲を聴き終えてから小説を書くために机に向かった。
が、その前にまずは雑用を幾つかこなすが、その間も集中力はレゴだとかそういった小さなブロックを組み立てた高い塔の様に、しかもうまく重心をとり、シッカリと屹立している。
そしてさあ、「やるぞ!」という正にその時である。もう本当に絶妙のタイミングでその電話はかかってきた。
電話は某宅配便会社の経理だかなんだかの係の方からで、10日前、代引きで購入した清酒「電氣菩薩」小瓶3箱、俺は一応この酒の命名者なので割引価格で税込み価格¥10276。それが¥1276しか受け取っていないと係の方がいうのだ。しかしだな、千円札と壱万円札を間違えるバカがどこにいるか?しかも10日も経ってからだぞ。そんな事が「発覚」だかなんだが、とにかく金額の事でガタガタ言い出すのか。
で、その経理の女と話しても仕様がないので、直接酒を届けに来て、直に金を渡した配達員本人に電話をよこすようにいうが、今、向こうも何やらあるのか取り込み中で、すぐには電話できないという。
で、もう、ホ〜〜ントに本当に仕方がなく、そいつからの電話を待つハメになり、その只、待つ時間、これという奴が本当に苦痛に満ちることこの上ない。それでその間、考えれば考える程、折角組み立てた俺のこの集中力をどうしてくれるんだと思うと、イライラして腹が立って、とても原稿用紙になど向かっていられない。でもなんとか集中しよう、集中を保とうとあがく程、折角築いた集中力の塔はどんどん崩れていくのであった。この全く思いがけぬクッダラネー、実にどう考えてもクダラないアクシデントのために。
しかし、とにかく崩れていく集中力を少しでも補正しつつ、あのどん臭い配達員の電話をひたすら待つ。イライラ、イライラはしかし当然加速するばかりで集中力を構築する細かい部品やら各部位どもは次々にゆるみ、そして崩れ、方々へ散らばっていく。こりゃかなりの一大事である。
と、ここで俺は、転んでもタダでは起きないという性質によるのだろう、あるアイデアが閃いた。実は今、DVD制作の企画にも関わっていて、それは一応物語形式で、宇宙人が歌の力で地球人の性の乱れなどの諸悪と闘うというもの。で、俺はイライラしつつ、今か今かと電話を待つ配達員を「取材のマスコミ」と設定し、自分はそれに答え、宇宙人について語る評論家だとかコメンテーターの役という事にして、おおよそのシナリオを書いた。そのシナリオを電話の横にテープで止め、BGM用にポンチャックの入ったラジカセも置き、そいつから電話が来たら、録音ボタンを押してから、俺にかわるんだぞと家の者に指示した。相変わらずこの思いがけぬ阿呆な邪魔に対してイライラもするが、これから始まる馬鹿馬鹿しい芝居を考えるとちょいとばかりウキウキした。
で、待つ事約4時間!!ふざけんじゃねえ!!ようやくそいつから電話が来て、ポンチャックをBGMに、俺はアンドロメダから来た宇宙人ビギンザ・リー(主人公の名前)による歌の力の持つ凄さや使命、ビギンザ・リーの歌を聴くと皆、正しい道に目覚める。例えばオヤジと援交のコギャルがラブホテルへ向かう途中にリーの歌が聞こえてくるや、ハッと自分たちの悪行に気付き、ホテルに入るどころか、オヤジはコギャルに2千円渡し、「参考書を買って勉強しろよ」といい、コギャルは「はい」と素直に応じ、参考書を買い勉強するとか、小づかい稼ぎにヌードルになる、ハメ撮りもOKとか、そういう奴もリーの歌を聴くと思いとどまる、とにかくあの宇宙人の歌の持つ力には不思議なパワーがある、といった事を評論家然として一方的に話し、相手は只しかたがなく、ひたすらしかたがなしに「ええ」「はあ」とあからさまに弱りながら相槌を打ち続けるのみ。
で、終わりの方で、ところでそのお金の事だけれども、壱万円札と千円札をまちがうワケないだろう、俺はちゃんと壱万円払っているよ、もしあんたが責任とらされて、自腹切るのに金がなかったら、いいマチ金知ってるから、ミナミの方だけれど、そこ紹介するから言ってくれ、と言って、電話を思い切りガチャン!と切ってやった。
まあ、大事な半日、否、実質ほぼ一日を奴に潰されたけれど、我ながら良い芝居が録れたので、これはこれでよし、このテープを使って、出演者にアフレコさせりゃいいんだから、と一瞬嬉しかったがそれも束の間で、よく見りゃ録音ボタンが押されてなかった、女房の奴が押し忘れていたのだ。
で、これでもう俺はホ〜〜ントに思いきり、その一日の疲れがドッと出た上、集中力もこれで完全に粉々に砕けた。そしてもう本当にどうしようもない気分に堕ち込んだ。でも少しでも今日のこのどうにもならん無駄を生かすため、また集中力回復のリハビリのため、こうして「日記」としてホームページに載せる名目で、この一文を書いたりしてみたわけだが、いずれにせよ、締め切りもとくに過ぎたものの、しかし集中力がイイ所まで高まった重要な日を実に下らん、マヌケでアホ野郎によるアクシデントで、俺は棒に振ったのであった。今はもう午前5時12分。もう今日は寝て、明日リセットするしかない。(根本敬)