12.人の心の隙を突く「相田みつを」の恐ろしさについて(2004.9月〜10月)

 この二ヶ月程、何やかんやらと用事やら仕事やら、とにかく色んな事で忙しく、ひとりで息を抜く時が殆どというか全然ない。
 で、食事も睡眠に半端なものになり、疲れがドッと出て、そんな時、よく利用する喫茶店のトイレに掛けてある、「相田みつを」の日めくりカレンダーを見て、まあ元来てえか本来の状態の俺ならば、ケッと胸クソ悪くなる一見有り難い言葉の数々に、ウッカリ心の中で頷いてたりする、気がつかぬうちに。
 そんな時にハッとして我に還り、「ああ、俺は弱ってんなあ。疲れが溜まってるんだな」と実感する。例えば「自己顕示 自己嫌悪 わたしのこころのうらおもて」だの「自信はなくてうぬぼればかり ああはずかしい はずかしい」だの「あんなにしてやったのに、『のに』がつくと ぐちが出る」だとかそんな言葉に、たとえ一瞬たりとも持っていかれそうになる俺など、俺ではない。
 で、「おっと、こりゃイカン」とばかりに小便をしながら(もしくは大便)、自分なりに「てやんでえ、べらぼうめ」とばかりに反撃に出る。相田みつをが「だれうらむ とにかく身から出たさびだなあ」とホサけば、俺は「おう、誰もうらんじゃいねいよ。でも俺はそのさびを金(ゴールドではなく銭)に変えるために、毎回毎回錬金術をやっているんだよ。作品書いたり、絵描いたり、マンガ本作ったり、その他諸々よオ」と。
 相田みつをはこうして、人の弱ったスキや油断にツケ込むのだから、実に危険であります。納得したらオシマイだ。ニール・ヤングも「ヘイヘイ・マイマイ」で訴えている通りに、現実は目に映るところのものより、もっと複雑で不可解なもんだろう。なあ、そうだろう。だからこそ、例えば勝新の名言「無駄の中に宝がある」や、俺がその昔、しおさいの里で拾った「でも、やるんだよ!」って言葉もまさしく「でも、やるんだよ!」っとして多くの(五百〜千人ぐらい)の人々を勇気づけてくれるのである。
 尚、その「でも、やるんだよ!」の載っていた著書『因果鉄道の旅』(KKベストセラーズ刊)が発売11年目にして、遂に五刷と成りました。それも一辺に二千冊。ひと頃、入手しずらくあった様だが、これで当分手に入るので、まだ読んだ事のない人はどうぞ是非一度読んでください。
 「アレもコレもほしがるなよ」と相田みつをは言いやがるが、人生18勝47敗でもいいから、「アレもコレもほしがる」とこから始めないと、本だって何んだって、本当に面白かったり凄かったりビックリしたりするもんは出来やしねえよ。───以上!

<追記>
 尚、例の如く発売の遅れているマンガ本『命名─千摺と書いてたろうと読む』は今、ホーントに、ちゃあ〜んと作っていて、12月下旬に店頭に出て、で、その発売記念として、タコシェで大々的に根本敬フェア(手描きTシャツやらチンポコ付き色紙やら1点もの商品多数あり)をやりますのでよろしくどうぞ。このフェア、あの秘密博士も協力してくれるってんだから有り難い。(根本敬)