13日(金)大竹伸朗さんが東京都現代美術館で開催する「全景 RETROSPECTIVE 1955-2006」の内覧会というものに行って来たが、要は「とっても凄すぎたのでビックリした」のであった。
現代美術家として「ちゃんとした」「しっかりした」「立派な」10人の大竹さんがいれば、それに異を唱える「アンチ」で「カウンター」で「パンク」な10人の大竹さんがいて、更に「異端」で「アウトサイダーアートの様」で「黒寿司のカバーデザイン」もやる大竹さんも10人はいるのであった。
質量ともに圧倒され、少なくとも4時間は最低用意せねばならない。
それにしてもマイルス・デイビスと大竹さんは通じるところが多々あるなと以前から思っていた。
マイルスがそれまでに確立したモダンジャズの完成形を捨て、権威あるジャズの評論家など取り巻く者どもからゴミとしか認識されていなかった、ファンクやロック(JB、ジミヘン、スライ&ファミリーストーン他)に新しい「ジャズ」を観て、積極的にそれらを取り込み、同業者の批判をものともせず、スタイルを劇的に変化させていったり……。
しかし、大竹さんはマイルスとはいえ、色違いのマイルスなのである。
マイルスは「音楽家」としての「デッサン力」「色彩感覚」「描写力」もシッカリとしている根本は真っ当なアーティストである。だが肌は黒いのである。故に自ずとファンキーなのである。
自ずとファンキーだから、折角の自伝で下品なエロ話をしなくてもいいのに、ギャラが良かったからと臆することなく平気で語ったりするが、しかし始めからファンキーだから、何を喋ろうと「マイルス・デイビス」はちっとも揺るがないのである。これはもうDNAレベルの問題だからいかんともしがたいのである。
俗にホワイトブルースという。P・グリーン、M・ブルームフィールド、J・ウィンター、そしてE・クラプトンが如何に越えようとも越えられぬ、テクニックでは越えたものがありながら、ギターを引き続ける限り(つまり生きている限り)、例えばフレディ・キングやロバート・ジョンソン(その他沢山ありすぎて略)が最初から持ち得ている「ソレ」を手中にせんと奮闘せねばならぬのが彼らの定めである。
それに倣えば、大竹さんは白いマイルス・デイビスなのである。──などと以上勝手に思った。
この大展覧会に「驚異」は幾度も感じたが「狂気」はまったく感じなかった(「野性」も。下品はここでは論外。それはまたちょっと別の話になる)。
その辺に、あれだけの作品を強烈なパワーで創り続けずにおられぬ様に、大竹さんを駆け立てるものが俺なりに思えたのであった。というか、不遜を承知で書けば、実は以前から感じている事を確認したのだった。
何方道(どっちみち)、大竹さんは現代の美術界では無論、大竹さん自身の中の何者かと常に本気で戦い続けているのである。この回顧展はその壮絶な戦闘の記録でもあるのだ。
それがこの「全景 RETROSPECTIVE 1955-2006」の見どころだと言い放ち、東京都現代美術館へ足を運ぶ事をお薦めする。
大竹伸朗は365日、休みなく朝昼晩、日に三回は(例え食事を抜こうと)腹を括ることを決して欠かさない。(根本敬)
追記:トークイベント「歌謡相撲」(定員200名)当日先着順・入場無料。12月2日(土)15:00〜、大竹伸朗×湯浅学(幻の名盤解放同盟)
