因果航海日誌
根本敬さんの、とりこじかけの明け暮れをご紹介します。

4.根本敬「映像夜間中学」西日本補講ツアー〜其の二、山口編(2003.8.4-5)

 山口市は川があって、倉があって、田畑があった。会場のムラタ酒店2階とはどんな所かというと、小学校の教室ぐらいの木造フリースペースで、店長のムラタさんは正に団塊とか、全共闘世代の人で、きっと若い頃は学生運動とか、現代美術とか、ヒッピーの実践とか、何かしかに関わっていた方とお見受けした。
  アップリンクの物販で「ポール・ボウルズの告白」(シェルタリング・スカイの作者のドキュメント。長年モロッコで生涯を送った当人が、バロウズ、ギンズバーグと最晩年NYで再会するシーンが話題に)のビデオを購入されていたのが印象的であった。実はこのムラタ酒店のご主人の様な方(若い頃、時の大人に顔をしかめられながらも、その後、商才を発揮し事業家として成功。ある意味プチ古川益三氏ともいえる)が全国に、各地方にいて、土地の人々からはとても美術に見えない美術や、舞踏には思えない舞踏や、音楽に聞こえない音楽を行う若者らに場とか機会を与えているのだろうと思う。
 1階の酒蔵には全国の有名な酒が揃い、冷蔵庫には色々な酒が「どうぞご自由に好きなだけ試飲して下さい」とある。俺は酒は飲めないが、甘酒は好物で、甘酒も置いてあったので何度も下へ降り、冷蔵庫を開けちゃあ甘酒を幾杯も腹一杯に飲んだ。
 その甘酒はすこぶる美味かった。が、甘酒を腹一杯飲む奴などは阿呆である。そう我ながら思うのだが、10年ほど前、板橋区の東京大仏を見に行った際、そこの地蔵通りで甘酒を買うと、出っ歯のババアから「あらまあ、若いのに甘酒を飲むなんて感心ね」と誉められた上、「良い事あるわよ」と言って、釣り銭の10円玉4枚を新品ピカピカの奴で出し、「特別にコレでお釣りあげるわ、ご利益あるよ」と念押しされた事があった。
 で、肝心の講演だが、初日の入りは25名。奥崎はじめチンマン映像タップリ3時間半にウンザリしてか、翌日の入りは19名だった。今回のツアーの最底動員(因みに最高は大阪だったが141名)とはいえ、俺以上に俺の事を知っていそうなコアなファンが約5名、連日中心にいた。
 両日とも前座を「むんず」(OZディスクの、はっぴえんどカバーBOXにも参加)の山中氏が務めてくれ、11月に出るというアルバムのジャケットデザインも依頼された。個人的にも楽しめそうな仕事である。
 ところで市の中心であるところの商店街にある通好みなレコード店で、ここ数年ずーっと探していた「スウィート・スウィートバック」のCDブックを新品で買った。さすが地方。「スウィート・スウィートバック」はメルビン・ヴァン・ピープルズ監督による、黒人による黒人のための意識的なブラック・シネマの始祖鳥で、これなくして後の「シャフト」「スーパーフライ」も、そしてスパイク・リーの一連の作品もなかったとさえいわれる。
 尚、この映画の日本公開(93年)は盟友・湯浅学夫妻が尽力に依るところ大なのだが、湯浅はこの映画を「無軌道な映像による暴力的名作である。そこには美学(どんな形式にせよ体系化しうる、または整合感を持った)を踏みにじる下品なやる気が充満している。激しくてあてずっぽうで図々しいほど汗臭い映像の連続」と評しているが、このCDブックの冒頭でメルヴイン監督自ら綴っているところによれば、新しい本物の自分が誕生しそうな気にひどくかられたメルヴィンは車を飛ばし、砂漠へ行き、そこで千摺をかき、ピュッピュッピュッと汁を放ってから「よし、映画を撮るぞ!」と決意したという。このエピソード、実は「さむくないかい」での亀一郎が10連続千摺に己の未来を占うシーンに少なからず影響を与えている。
 他にボブ・ディランのブートで1曲目に「ヘイ・ジョー」(勿論ジミヘンで有名なアレ)を演っているヤツも買った。「ヘイ・ジョー」は因みに韓国語でFuck Meの意だと肝硬変で若死にした韓国のロックスター兼、ニューミュージックの人気者兼、歌謡界の中堅どころ、故・金賢植(キム・ヒョンシク)が嬉しそうに言っていた。
 ブートのタイトルは"Lucky not tobe destroyed"。LuckyとはディランがGハリスン、Rオービソンらと覆面バンドを組んだ時のニックネーム。このブートが出た97年はディランが難病に罹り、一時死にかけたが見事生還した際に付けられたタイトルだと思われるが、ふと浜田さんを思い出した。浜田さんは舌の殆どを失ってしまったが、術後、その人相は正にLuckyと呼ぶにふさわしい、居るだけで皆をなごませるものに成っていた。
 尚、俺が山口市内で動いたり泊まったり、講演したりした辺り一帯は、バスの運行表によれば川の西側、つまり「K西」ルートと呼ばれる一帯なのであった。どこへ行こうと付いてまわるのだなと感じた。(続く)

  ムラタ酒店
 ムラタ酒店での講演風景

ラッキー浜田さん
 ラッキー浜田さん