59.拝啓国生さゆり様

拝啓国生さゆり様1

拝啓国生さゆり様2

 村田藤吉と国生さゆりの共演。『平凡パンチ』1986年7月28日号
 この『平凡パンチ』の村田と国生は、国生が『生きる』の読者とわかり、この様な企画となったものです。文面にはユン・ソンスクさんの手紙の影響が。(根本敬)

拝啓国生さゆり様
 眼にしむ夏空の明るい楽しさ、とはいえ青草を蒸すような強い日射しの今日この頃、国生さゆり様におかれましてはお元気にお過ごしでしょうか。
 初めまして。私は村田藤吉と申します。
 平凡パンチ編集部及川様によれば、国生さんは畏れ多くも、私の贔屓であるとの事、真心から大慶に存じます。
 私はテレビ局の事はよくわかりませんが、国生さんは、まだ19歳の若さでテレビに出たり、レコードを出したりしているそうですが、大変りっぱな事だと思います。
 そんな国生さんと、この様に共演出来、私は果報者です。
 本当に長生きはするものですね。
 私は三途の川を渡らずに、こうして生きながらえたからこそ、こうして国生さんと共演できたのですね。平凡パンチのこの号は、冥土のみやげとして、後生大事に保存するつもりです。
 私は人様に意見出来るようなりっぱな人間ではなく、よく人から、“お前は一汽車遅れている”と言われて来ました。いつも一汽車遅れている私は、出世も結婚も人より遅れ、一駅一駅止まりながらの鈍行人生でしたが、準急の妻はそんな私をよく引っ張ってくれたので、感謝にたえません。そこで僭越ながら、私から国生さんに人生の先輩として一言。
 女の人の幸福はやはり結婚です。国生さんもいつかは、りっぱな方と華燭の典をあげる時が来るでしょうが、その時まで必ず貞操は守ってください。そして人生の宝は子供です。国生さんがりっぱな方と結ばれ、子宝に恵まれ、よき母となり、よき妻として夫に仕える日が来ると信じます。そして、充実した人生を全うし、三途の川を渡る時、必ず私は黄泉の国ターミナル待合室まで国生さんをお出迎えし、再会の喜びを得たいと思います。
 いろいろと、言いたい事は海の如く、山の如く尽きませんが、今日は非常に緊張し、疲れたので、この辺で筆を置きます。

敬具

追伸、寝苦しい夜が続きますが、国生さん、どうぞ寝冷えなどなさらず、お体を大切に御自愛下さい。
 昭和六十一年七月吉日
 国生さゆり様

村田藤吉拝

※ユンさんの手紙の文面については、『因果鉄道の旅』をご参照下さい。