2000年2月その2
リンコさんこんにちは 投稿者:  投稿日:02月05日(土)22時45分35秒

 ちびくまママさんの所では「わらび」の詳しい説明有り難う♪ でした!!!
>普通に生活できるようになった人たちの場合、普通の人たちとどう違うかというと、
>「同じ処理ができるかどうか」っていう、機能レベルの差ではなくて、
>「同じ処理をどういうプロセスでやるか」という、舞台裏の処理スタイルの差の
>ようです。質的な差はいつまでも残るんですよね。
 
 そうなんですか、やっぱり・・。
 指導者(一応 A^^;)としての私が一番知りたいのもその舞台裏の処理スタイルです。

>大人になった本人が、カンを身につけなくてはならない!って思い込んじゃうと、
>それがつらいかな。
>マニュアルを覚え込んで行くやりかたというのは、私たちには合っているのに、
 
 それ、いつも感じます。
 「あ、この子、○○も△△も、落としてきてしまっていたんだ。」
 って気がついて、あわてて考察モードから説明モードに変更する事もしょっちゅう。
 
>熟練によって処理が速くなったり、公式を導入することでバイパスを覚えたり、

 熟練は本人の経験にまかせるしかないけど、公式を一緒に考えることは私たちにも
 できそうねぇ。なるほど、なるほど・・φ(._.)。
 その公式のヒントを得に、リンコさんの図書館に通わせてもらいますね。
 あ、下にURLを書いてもかまわないですよね?
        
     LDフォーラムのマルハナバチさんの文に驚嘆し
     広島の掲示板の銀杏さんの文に感嘆、感激し
     ASの館のリンコさんの文に感涙したMでした

http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/index.htm


何と強力な味方が!! 投稿者:megumi  投稿日:02月05日(土)23時08分00秒

リンコさん>うちの少年がまだ自分の言葉で説明しきれない謎が
マルハナバチさんや銀杏さんの書き込みのおかげで、
どれ程解ったことでしょう。
例えば「切符を買う列に並ぶこと」の難しさ。

親がどうこういうより、ご本人の話が一番だということをしみじみ感じています。

http://village.infoweb.ne.jp/~tinker/


皆様、どうもありがとう 投稿者:朝倉玲  投稿日:02月05日(土)23時50分51秒

私たちの知人に関して、本当にたくさんのレス・アドバイスを、ありがとうございました。m(_ _)m
おかげで、私の言うべきことがはっきり見えたような気がしました。
で、先ほど、メールを書いて送ったところです。
とはいえ、週末なので、知人がそれを読むのは月曜日以降だろうと思うのですが。

そして、ひとつ、皆様に謝っておかなくてはなりません。
実は、皆様のレスを当人が直接読んでいるだろう、ということ・・・。
ここで皆様に相談するのと同時に、知人にもここのURLを教えてしまっていたのです。
きっとレスがつくから、覗いてみると良いよ、と。

私の書き方が悪くて、知人の息子さんが自閉症の診断を受けたばかりのように読めてしまったのも、
私のミスでした。
正確なところはまだ分からないのですが、
おそらく、その診断を受けてから1カ月以上は経っているのだろうと思われます。
それを匂わせるような文面の年賀状をいただいておりましたので。
だから、診断にショックを受けて、自閉症の診断を覆そうとしている時期、というよりは
自閉症だとしたら、何をしてやるべきだろうか、と悩み
また、自閉症として見ているのだけれど、なんとなく、完全にそうとも言い切れないのじゃないかな、と
疑問に思えてくる、
そんな時期にさしかかっているのではないかと考えています。

私自身が、ショウに対してそう感じていた時期がありました。
自閉症ならそれでもかまわない、とことん付き合ってやろう、と思っているのだけれど、
観察を続ければ続けるほど、なんとなく、自閉症という症名がしっくりこない。
当てはまる部分はたくさんあるのだけれど、なんとなく、違うところも感じる。
今にして思えば、私は、
ショウの持つ内世界をかなり理解できたことと、ショウがこちらの意図をかなり理解していたこと、
そこに、ひっかかっていたのでした。
知人夫婦も、その手の何かを息子さんに感じているのかも知れません。

詳しいことは、彼らからまた連絡が来ないことには分かりません。
もしかしたら、勝手にこういう場で相談してしまったことに、怒っているのかも知れません。(^_^;)
とにかく、私は先走りの前のめり、のめり過ぎて、倒れて転ぶこともしょっちゅうですから。
う〜ん・・・・・・(苦笑)

でも、長い時間が過ぎたとき、
ここでこういうアドバイスを皆様から受けたことは、
きっと知人一家にとって良い結果に結びつていくのじゃないか。
そんな風に信じたいのですが・・・・・・

ホント、いろいろと難しいものですね。megumiさん。(^_^;)

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


回復しました 投稿者:るり  投稿日:02月06日(日)01時26分32秒

こんにちは、るりです。
おかげさまで、体調が平常にもどりつつあります。
いまは、息子が鼻水をたらしていますが・・・

今更のお話で恐縮いたしますが、息子の母子分離、あのときたまたますんなり離れたけれど
本当はまた泣くんじゃないかと、びくびくしていたんですね。以前のこともあるし。
先週の初めに、私が病院に行くので療育施設でお昼ご飯の後まで、預かってくださり
離れるとき、息子は確かに泣きました。でも、そのあとはすぐ泣き止み他のお母さん方に
尋ねられると「ママ、ちゅうー(注射のこと)した」といちいち説明していたとのことでした。
自分だけお母さんが付いていないことで、淋しい思いをして泣いているのではと、気が気で
ならなかった私でしたが、取りこし苦労であったようです。
本人がそれでちょっと自信をつけたのか、金曜日の勉強会でまた離れるときに「ママ、お勉強
に行って来るから、迎えに来るまでお友達と遊んでてね」と説明したら、取り乱しもせず
深ーくうなずき、私のバックを持ってきて渡し、「バイバイ」と手を振ったのでした。

数ヶ月前までの息子とは違う何かを感じます。力がついたというか・・・

でも、やっばり淋しいですね。嬉しい事だけど。2人目作ろうかしらなんて考えちゃいます
よ、思わず。でも、私の卵はあれ1つきりだし・・・

幼稚園、いま自閉的傾向のお子さんが1人いらっしゃるので「2人が限度」ということなのかな。
私が選んだ理由として、年少クラスは人数が少ないということもあるのですが、年中さんだと
倍の人数からのスタートになるので、それで躊躇したのかなと思います。前に書いた、断られた
お子さんは。年子のお兄ちゃんも通っていることだし、しっかりしているしで私は「絶対、大丈夫
だよ」なんて言ってしまって。彼女はさばさばとしていたけど、申し訳ないような・・・

あと、私は歩いて3分のその幼稚園に、息子が療育に通う前のまだ1歳代のときに、2度ほど
見学に行って、園長先生といろいろお話していたので、その頃からの私と息子を覚えてらして
昨年の10月に本格的に、入園のことと療育に通っている話をお話したら「ぜひ、年少さんから
いれなさいよ」とその場でお返事くださったのです。面接のときのスムーズな対応といい
先生方も了解ずみのようで、暖かい対応というか、気を使われています。今のところは。
先の自閉的傾向のお子さんもいったんは断られたのが、いろんな人の口添えがあって入れたと
お母さんから直接うかがったので、夫いわく「同じ商談でも、何度か取引のある顔なじみの
お客さんのなら受けても、会ったばかりのお客さんとの取引には二の足踏むということなん
じゃないの、ようするに」ということらしい。

まぁ、とりあえず何とかなるでしょう!?


えーと、 投稿者:リンコ  投稿日:02月06日(日)21時03分25秒

うちの図書館は、各論については、イマイチかもしれないですぅ。
と、いうのは、設立目的が、マニュアルの解説ではなくて、マニュアルの価値復興! だからです。

子どものときから必死で自力で書いた自分なりのマニュアルを、既に自分の中に持っていて、
それを使って、せっかく何とか不自由ながらも生活できるようになったのに、

「マニュアルに頼った処理はいけない」「形よりまごころ」「気配りが大事」という、
健常者向けのビジネス書や、雑誌の恋愛記事や、世間の目を真に受けて、
よりによって、いちばん苦手な「カン」や「気配り」、「自然な反応」を覚えなくては! って
思い込んで、苦しんでいる「隠れさん」や「奇跡的回復さん」や「成功例さん」に、
「そのまんまでいいんだよ!」って伝えるのが目的だったからなんです。

だから、図書館の中身は、「持っているマニュアルは、堂々と使おう!」「名を捨てて実を取ろう」
「見かけの普通らしさよりも、機能レベルを優先しよう!」
「せっかく作ったマニュアル、誇りを持とう!」ばっかりで、マニュアルの中身、書いてないの。

何でかっていうと、マニュアル自体は、一人一人、違うんですよね。
みんな、ばらばらに、一人っきりで悩んで、工夫して、書いたものだから。
そして、「公式」だって、偶然の機会に、自然の生活の中で拾った物だから。
だから、すごーく回り道で、効率の悪い公式も、いっぱいあります。間違ってるのさえあります。
私は今、自分よりも「重度」とか呼ばれている人たちの指導方法とかを読んで、
自分の中の「回り道の公式」を、一つずつ、修正しているところなんです。

「隠れさん」「軽度さん」って、結構、理解できないままにゴマカシたのが通用してしまってるだけ、
っていうのが多いんですよね(笑) 私の「話し言葉」なんかは、そんな感じがします。
私は言葉が早かったのですが、意味もわからないまま、心にもないことを発音しているだけだった
んですよね、実は。「遅延エコラリアのパッチワーク」とでも言うのか、
難しい言葉を美しい発音でしゃべれるんだけれど、自分の用事を足すのには使えてないという(笑)

それが、実は今でもそうだったりして。悲しいことに。
音声でしゃべっていると、「言いたいこと」ではなく、「言えること」が出てきてしまいます。
本当に自分の言いたいことを言おうと思ったら、頭の中で、文字にして、朗読しないといけません。
意味のあるコミュニケーション、本心でのつき合い、ということを優先させるなら、筆談がいい。
でも、音声でしゃべれる方が、「よい」「正常」「軽度」ってことになっているので、
そこで、心は引き裂かれるんですよねー(笑)なまじ音声でしゃべれるだけに。
でも、交渉ごととか、仕事の打ち合わせとかで、音声を使っていると、やはり対等な立場には立てません。
そこで、とても重要な場面では、「筆談にしたい」と言い出せるかどうか、という判断の部分で、
「このままでもいい」という「誇り」「自信」のようなものが、問題になってくるんですね。
そのための、アジテーション図書館なんです。



リンコさんへ 投稿者:ウルトラの母  投稿日:02月06日(日)23時36分51秒

図書館を訪問させていただきました。
私の子供は自閉ではありません。が、ここのお母さん方を知れば知るほど、そのお子さんたちの
事をもっと理解したいと思うようになりました。
「興味本位ならやめてくれ」と言われるかもしれませんが、単なる興味というのとはちょっと
違うつもりです。どう違うか説明できるほどボキャブラリーも文章力もありませんが。

で、図書館を訪れてみてどうだったかと言うと、頭をガツンガツン叩かれたような感じです。
昨日の深夜に一気に読んで(ただし、英文は読めませんでした。シクシク)、その後は
眠ろうったって眠れませんでした。
自閉の事を抜きに考えてみると、ズバリ「子育ての原点」が書かれていると思いました。
多くの母親達に読んで欲しいです。
どこがどうだったかは、ここでは書きません。他の皆さんが読んでみて、何か感じるものが
あったらきっと『それ』ですから。
この思いをリンコさんに伝えたいと思ったのですが、アドレスは閉じているとのことで、
この場を借りて伝えさせて頂きました。
リンコさん、ありがとう。私は今のうちに『その事』に気付く事ができて、本当に良かった。

http://www.hello.co.jp/~say2000/


皆様へ、 投稿者:とら[父・3.3・♂・傾]  投稿日:02月07日(月)14時08分03秒

隠れアスぺさんという表現で、この話題を振った事を不快に思われる方がおられたら申し訳
ありません。実は私の真意は、一つは子供が将来的に成長を遂げていたとしても、そういった
感覚の違いによる苦労があることを常に理解して、それを肯定するように育ててあげたい
と自分自身に言い聞かせる為です。でもこの話題を振ったおかげでリンコさんが登場してくれて
大変うれしいです。ひょっとしたら私はリンコさんの登場を望んでいたのかもしれません。
と、いうのも...

リンコさん> はじめまして。
実はこの何週間かリンコさんのページ、ペンギンさんのページ、村上さんのページを拝見させて
もらっていました。大切なのは子供を普通のレベルに無理に引き上げることでは無く、尊重して
その感覚を受けていれてあげる事なんだなあと感じています。時として療育と障害の理解は
相反する部分も有ると思います。でも地球で生きていく為に必要な社会性も大切で、障害の尊重
とのバランスを考えるのは本当に難しいと思います。子供は未だ3歳ですが、自分が何か違うと
気づいたり悩むような年になった際に、リンコさんの図書館が仮に閉館していたとしても
(もちろんいつまでも有って欲しいです)それを私が代弁して伝えられるようになりたいと
思っています。メールアドレスをクローズしておられたので、私もこの場を借りて、
お伝えしたいと思います。(もちろんちびくまママさんの掲示板や、もやしさんの掲示板に
顔を出されているのは知っておりますが、ROM専門の私がそちらで発言させていただくのは
気が引けたものですから。)


リンコさんへ その2 投稿者:ぴっぴ  投稿日:02月07日(月)14時50分46秒

私も、図書館読んでいるところです。

私もある意味で、頭を叩かれたショックは受けましたが、
どういう立場で読むのかによって、おそらくその内容は違うのだろうと思っています。

>よりによって、いちばん苦手な「カン」や「気配り」、「自然な反応」を覚えなくては! って
>思い込んで、苦しんでいる「隠れさん」や「奇跡的回復さん」や「成功例さん」に、
>「そのまんまでいいんだよ!」って伝えるのが目的だったからなんです。

こういう「隠れさん」や「奇跡的回復さん」や「成功例さん」にまでなれるのか
どうか、全く混沌とした状態の子を持つ親としては、
とても我が子とは結びつけては考えられないのが現状です。


「そのままでいいんだよ!」って言ってあげられたら、どんなにいいだろうといつも思う。
でも、そのままではきっと本人が困るだろうと思うから・・・
普通らしさ?を求めて、覚えさせてきちゃった。

>何でかっていうと、マニュアル自体は、一人一人、違うんですよね。
>みんな、ばらばらに、一人っきりで悩んで、工夫して、書いたものだから。
>そして、「公式」だって、偶然の機会に、自然の生活の中で拾った物だから。


多少回り道をしてでも、
一人っきりで悩んで、工夫して、それを書ける子であるのならば、よけいな援助はむしろ不必要
なのかもしれないと思う。
でも、そうじゃなさそうだなあ、と思う母としては
やっぱり、そのままにはしておけない気になる。

療育とか、子供を丸ごと受け入れることとかの、本質的な意味が
私には全くわかっていないことに気づかされました・・・・


続き・・・ 投稿者:ぴっぴ  投稿日:02月07日(月)15時50分17秒

なんだかうまく書けなかったな・・・と思いつつ買い物してきたら、
とらさんがいいことを書いていてくださいました。

>大切なのは子供を普通のレベルに無理に引き上げることでは無く、尊重して
>その感覚を受けていれてあげる事なんだなあと感じています。時として療育と障害の理解は
>相反する部分も有ると思います。でも地球で生きていく為に必要な社会性も大切で、障害の尊重
>とのバランスを考えるのは本当に難しいと思います。

子供に’らしさ’を求め、望んだ進歩をも認めつつも、一方では
でもやっぱり、あれもできない、これもだめ、と思い悩む矛盾。
いいとこだけを見てあげる、できないところはそれでいいじゃないか
という、おらかさが必要なのは多分これからも必要なのは百も承知のつもりだけれど、
何が出来ないことなのか、それは絶対出来ないことなのか・・・・
少しの判断であきらめたくはない。
ちょっとした工夫でできるようになったこともいくつかあるもの。

でもでも、それは私の考え方。
子供はそんなこと、これっぽっちも望んでいないかもしれない・・・
そうなりたい、のは、私だけ?
いつもこんなとこを堂々巡りしてしまう私なのでした。

’療育’を一生懸命やってるお母さん方、どんな気持ちなのかなあ・・・?


難しいですね 投稿者:リンコ  投稿日:02月07日(月)16時21分35秒

私たち軽度さんや奇跡的回復さんの多くは、
自分たちが生き残るのに精一杯で、
もっと切実な困難をかかえている人たちのお力になる余裕がなかなかないのが
悲しいところです。誰が悪いわけでもないのだけれど。

でも、私たちが、一般社会に向けて、
「そんなに何でもかんでもできなくてもいいでしょう!」って
言い続けていくことで、
一般社会の考える「普通」の幅がひろくなれば、
少しでも、全部の人が暮らしやすくならないかしら、
というのが、私の夢なんです。

でも、「そんなに何でもかんでもできなくてもいいでしょう!」
っていうセリフは、
これから世の中に出て行く子どもたちを教え、導く人たちにとっては
考えたり、口に出したり、しづらいセリフなんじゃないかと思うんです。

だって、
「これもできないと、困るよ」って言って、
教えるっていう、大事な仕事があるから。
「これもできないと、困るよ」って思わないと、
教えるっていう大事な仕事に、力が入らなくなってしまうから。

だから、その分、
「そんなに何でもかんでもできなくてもいいでしょう!」
って一般社会に向けて叫ぶのは、
叩かれて傷つきながらも、方向を誤ってこじらせながらも、
まがりなりにも生きて行ける軽度さんが
分担するべき、役目なんじゃないかと思っているんです。


リンコさんの図書館へ行ってました 投稿者:こくっぱの母  投稿日:02月07日(月)16時27分50秒

ハカセももうすぐ1年生。明日入学説明会があります。
ハカセの事を学校にどう説明すればよいか、この所ずっと悩んでいました。
ASってほんとに説明するのが難しいです。
で、リンコさんの図書館に通って「すっきり」したところです。
ハカセやこくっぱと過ごしていて「理解の仕方が私とは違う」と常々感じて
いたので、どこを読んでも納得。共感。
母は、ハカセやこくっぱのありのままを先生に受け止めてもらえるように、
通訳の勉強をしようと決意をあらたにしているところです。
実際、無理に「普通」になる訓練なんかされたら、ふたりのかわいらしさや
個性がなくなりそうで・・・。今のままがやっぱり1番です。


うーーん、 投稿者:リンコ  投稿日:02月07日(月)17時57分44秒

>多少回り道をしてでも、
>一人っきりで悩んで、工夫して、それを書ける子であるのならば、よけいな援助はむしろ不必要
>なのかもしれないと思う。

ってことは、絶対ないような気がします。
だって、私の出会ってきた「軽度さんたち」は、もたもたと一人きりでマニュアルを書くことに専念してて、
生きることに使う時間がなかったのですから。

「教えてくれなくてもいい」んじゃなくて、
「教えてくれなくては困る。でも、もしも、見てくれは良いけどわからない教えかたと、
見てくれは悪くてもわかりよい教えかたの間で迷ったら、そのときは、
見てくれは悪くてもわかりよい教えかたでがまんしてほしい」

というところでしょうか。

うまく言えなくてごめんなさい。想像力に障害があるもので、自分のことしかわからなくて・・・


何回もごめんなさい 投稿者:リンコ  投稿日:02月07日(月)19時59分25秒

上手に説明ができないので、書けば書くほど、考えていたことと違っていくような気がして。
「そのまんまでいいんだよ!」っていうのは、
「なんにも知らないままでいいんだよ!」という意味ではなくて、

「人とは違ったわかりかたでしかわからない自分でもいいんだよ!」
「人とは違った分かりかたでしかわからなくても、わかるならその方がいいんだよ!」
っていう意味のつもりだったんです。
ごめんなさい。


リンコさんの伝えたい事は 投稿者:とら[父・3.3・♂・傾]  投稿日:02月07日(月)21時15分47秒

十分わかります。少なくとも「自閉連邦...」を読んだ人には文字ではなく感覚でリンコさんが
言わんとする事が伝わると思います。言葉って難しいですよね。頭の中にぼわ〜っとイメージ
している事が、文字に表現すると違ってきてしまったり、自分以外の人には舌足らずだったり、
活字になって読み直すとさらに違ったり。


生きる余裕 楽しむ余裕 投稿者:  投稿日:02月07日(月)21時42分18秒

リンコさん
>「そんなに何でもかんでもできなくてもいいでしょう!」って
>言い続けていくことで、
>一般社会の考える「普通」の幅がひろくなれば、
>少しでも、全部の人が暮らしやすくならないかしら、
>というのが、私の夢なんです。

 ははは、それ、
 夢見る寄り道派を標榜する某管理人の口癖だったりします。
         < はて、だれだっけ??(*^^*)

ぴっぴさん
>多少回り道をしてでも、一人っきりで悩んで、工夫して、それを書ける子
>であるのならば、よけいな援助はむしろ不必要なのかもしれないと思う。
 
 私もそう思ってた。でも、それは回り道を楽しめる余裕があってはじめて
 言える事なのかも。
 リンコさんの図書館や心の理論を知って、ちょっと軌道修正。

 「悩まなくていいよ。
  遠回りでもいいじゃない。自分で工夫して、道を拓いて来たあなたは素
  晴らしいよ。
  でも、ちょっと顔をあげて深呼吸しよう。もっと楽しそうな道はないか、
  もっとあなたの本当に通りたい道はないか、
  道路案内図(公式やマニュアル?)を一緒に見たり、新しい図を作った
  りしながら、考えてみよう。」                        
                          ・・・・ とかね。 


私たちは、他人に寛容だろうか 投稿者:るり  投稿日:02月07日(月)22時56分23秒

こんにちは、るりです。
リンコさんの書き込みを読ませていただいて、私の中でふつふつと湧き上がってきた思い・・・
療育裏話とでも申しましょうか。

私は、ここの掲示板に初めて書き込みしたときにもちょっと書いてますが、「難なく世間を
渡るには私ってとんちんかんな人間」という思いがあり、それでも、結婚してからの社宅暮らし
と転勤生活で、社交的という仮面をつけるには少しは成功したような気がしてます。

私が苦手なのは「他人を巻き込むタイプ」と「他人とつるむのが上手なタイプ」で、園の自閉症
のお子さんなんか、確かに他人には理解しがたいところはありますが、嫌いではありません。
いまだに十分に危ういパーソナリティの持ち主である私は、療育に通う息子の母という側面も
持っています。言葉が遅れているのは「何でちゃんとお話できないの」といっても、しょうがない
ことなので、見守るほかありませんが、私が苦労しただけに世間とつきあうための術というか
そんなものを息子に身につけて欲しいと願っています。たとえそれが表面的なことでも・・・
乱暴な言い方かもしれませんが、どうでもいい他人にまで「本当の自分」を見せるサービスは
しなくても良いではありませんか。以前の私はそれをしたがため、かなり傷つきました。
当たり前です。他人は私のことなぞ、それほど丁寧には考えてくれませんから。

療育に通っているお母さんたちは、本人は障害を持っていることは少ない。
自分の子供について悩んでいる分、他の子供たちにたいして寛容な人が多い。それは確かです。
ただ、コミュニケーションが苦手で溶け込めないお母さんや、子供のことで必死になっている
お母さんのことをお茶の時間に笑いの種にする人も見ました。一人ではありませんでした。
私はここの療育施設を気に入っているし、ほとんどのお母さんはいい人です。それでもこういう
場面に出くわすと、療育の場でもこうなのだから、世間に理解を求めるのはとても困難なのでは
と思いたくなります。

自分、そして我が子を受け入れて欲しいと願う前に、私は他人に対して寛容であるかどうか
考えると、ためいきつきたくなります。

人間は完璧ではないから、生きるのホント大変ですね。


長文です 投稿者:ウルトラの母  投稿日:02月07日(月)23時59分07秒

リンコさんの言いたいこと、とても良くわかりますよー。

結果として出来ているならば、処理の仕方なんて個人の自由です。
とんでもなく次元が違うけど、私が運転免許を取り立ての頃、右折できなくてひたすら左折で
目的地にたどり着く道順を地図上でシュミレーションしてから出掛けていた事を思い出しました。
他人から見れば呆れられたり笑われたりしたって、誰にも迷惑はかけていないし、
目的地に行けたんだからいいじゃないって思ってました。
(右折できるようになった今でも思ってます)

それから、ぴっぴさんの言いたいことも、ちゃんと伝わりました。
状況は違うけど同じ親だもの。すっごくわかります。

「丸ごと受け入れる」ということは「療育をしない」とは違いますよね!

生まれたばかりの赤ちゃんが出来ることは、「泣くこと」と「吸うこと」。
でもお母さんたちのやる事を見て、真似て、教えてもらって育つのです。
どんな事でも、お手本がなければ身に付かないですよね。

療育というのは、「手取り足取りお手本を見せること」なんだと思います。
子供が小さいうちは、どうもこれはこの子に合わないかもしれない・・・というのをちゃんと
見極めてあげるのがお母さんの仕事だと思うのです。
あれもこれもやらせるのは、悪くはないと思う。だってどれがその子にとって一番良い方法
なのか、全部かじってみないとわからないじゃないですか。
一番真っ赤でピカピカなリンゴが一番美味しいとは限らない。傷だらけでつやもないリンゴに
たっぷり蜜が入っているかもしれないでしょ。

「子供を丸ごと受け入れる」という事は、「出来るようになることを追求しない」ことだと
思うのです。
あの子ができたんだからうちの子も努力すれば出来るに違いない、なんて追いつめられたら
子供は窮屈ですよね。
持って生まれた資質というものにも左右されるのだから。
池谷幸○が大車輪やって見せて、私にやれと言われても出来ないのと同じ。
どんなに訓練したって持って生まれた運動神経というものがないんだから。

でも何が出来るのか、どうやったら出来るのかを探す事をあきらめてはいけないと思います。
ある程度子供の様子がつかめてきたら、次に親がやる事は「出来ないこと・足りないことを
補ってあげる」そして「そのための環境を整える」じゃないでしょうか。
megumiさんのとこのご夫婦は、それをやっていらっしゃると思いました。

まだまだこれからの私がエラソーな事を書いてスミマセン。
現実の壁にブチ当たるまでは、理想を追わせてもらってます・・・。


う〜む 投稿者:朝倉玲  投稿日:02月08日(火)00時41分16秒

私も何かコメントしようと思って書き出したのだけど、
ウルトラの母さんの書き込みを読んで、言いたかったこと、全て言ってもらってしまったな、と思いました。
自分の書くことがない、と言っていたMさんの気持ちが、よ〜く分かりましたです。(笑)

リンコさん、あなたがここに登場して下さって、本当に良かった。
私が相談した知人夫婦も、あなたの書き込みやホームページを見に行ってくれたら、と
すごく思いました。
自閉症、というものを内側から、自分のものとしてみた情報は、本当に私たちに助けになります。

それから、話す言葉が真実を伝えていない、
むしろ、書き言葉の方が(完全にではないにしろ)本当の自分や自分の気持ちを伝えている、と言う部分には、
私も共感します。
その点では、私も同類です。
ただ、話し下手故に書くのが得意になったのだと思えば、
自分のハンディも悪くはなかったのだ、と思っています。

自閉症、と言うハンディに関しても、これと同じ路線で受け入れていけばよいのかな、
と思っているところです。
つまり、ハンディだって、我が子を我が子らしくしている特長なのだと捉え、
息子にはハンディを自分の一部分として受け入れられるように育てていくこと、
それが一番大切なことなのかな、と。

私は基本的に、自己肯定型なのです。(笑)
だから、他人をも同じように肯定していきたい、と思い続けています。

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


[ 投稿者:megumi  投稿日:02月08日(火)09時59分06秒

漫画「ぼのぼの」(いがらしみきお)の11巻で、
ラッコのぼのぼのが木に登りたいと言います。
自分で試行錯誤するのですが、うまくいきません。

友達のアライグマくんが通りかかって、登り方を教えようとしますが
うまく行きません。だって、アライグマくんは「自然に」登れるようになったんだもの。

いろいろ試すのですがうまくいかないので、二人はぼのぼのにも登れる木を探します。

それでもだめなので、アライグマくんはお父さんを呼んできて
ぼこぼこに殴られながら、枝を増やしてもらいます。

枝だらけになった木にぼのぼのは登ろうとしますが
体の使い方が下手なので登れず、アライグマくんのするとおり
真似して、やっと木のてっぺんの枝に座ることが出来ます。

これが、いい絵なのよ〜〜〜


私だけが「これができると楽なんだけど」とか
「これができないと困るんだけど」とか思って
何とかしたいと思っていても、少年はなかなかのってきません。

ところが、少年自身が「できるようになりたい」けれど、
「どうしたらいいか解らないからできなくて困っている」ことに対する
真剣さはすごいです。
そこから初めて二人三脚になれるんだけど、それで彼が何かを捕まえたときには
「ほめる」というより、もう自分が嬉しいです。
それで、そういう気持ちを伝えたいと思うのわけです。
これが、また、はっきり、きっぱり「嬉しい!!」と伝わるように表現しないと
彼にはあまり解らなかったりします。
ちょっとくらい誉めたって「OK」のサイン程度にしか伝わってないの。

少年が「この人は自分を応援している」と感じられるように、
動こうと努力はしているのですが、現実は誤解ばかりさせているようで、へこみます。


バイリンガル 投稿者:megumi  投稿日:02月08日(火)10時01分46秒

少年がまだあまり人とコミュニケーションがとれない頃に
ドナさんやテンプルさんや森口奈緒美さんのお話から
彼の行動の謎を解こうとしていました。

それを「専門家」に言うと
『それは、お母さんがそう思うんでしょう』

そう言われては返す言葉が見つかりません。
自分でも確信は全くないわけですし。
でも、リンコさんやそのほかの「文章表現力のある方たち」の話は本当に説得力がある。

少年も自閉連邦からアジテーションするようになるかしら。
「少年の遅延エコラリアのパッチワーク」は他の人にはまだわかりにくいようですが
私は、バイリンガルを目指しています。(*^_^*)

http://village.infoweb.ne.jp/~tinker/


しゃべらなかった訳 投稿者:とら[父・3.3・♂・傾]  投稿日:02月08日(火)11時48分24秒

家内の友達の友達の(!?)3歳までしゃべらなかった子供の親御さんがその後
子供にこう聞いたそうです。「どうしてしゃべらなかったの?」
子供の答えはこうだったそうです。「ん〜、めんどくさかったから。」
「じゃ、どうしてしゃべるようになったの?」「ん〜、なんとなく...」
子供は恐らく健常だったと思います。でも、あるひとりの言葉の遅い子供の心がちょこっとだけ
見えたような気がしました。自分自身さすがにしゃべり始めた頃の心境なんて、とうの昔に
忘れてしまっていますから。


しゃべらない子供、2件の例 投稿者:るり  投稿日:02月08日(火)13時50分06秒

こんにちは、るりです。

とらさんの「しゃべらなかった訳」の書き込みで、思い出したのが幼稚園のバザーに行ったとき
顔見知りのご近所さんと立ち話をしていて、私が「うちの子、言葉が遅れているので、年少から
ここに入れようと思っているんですよ」とお話したら、「うちの子もそうだったわよ。普通並に
話せるようになったのは、小学校に入ってからよ。」と言われました。現在のその子を見る限り
大人しい印象だけど、お友達と自転車で遊びに行く姿をよく見かけます。
もう一件は、先日、保育園の園庭開放に遊びに行ったとき、粘土遊びをしている息子の前に
同じ年くらいの女の子がお母さんと座っていたので話しかけたのですが、幼稚園の話題のとき
「うちの子、言葉が遅れているから、心配で」と言ったら、息子の様子を見て「この子はおしゃべ
りだけど、うちの次男もお子さんのような話し方で、あのときはとても心配したのよ。いまは
小学生だけど、ちゃんと話してるわよ」と話されてました。

あとで、「どこかに相談に行ったか、他に気になることはなかったか、しゃべらないといっても
一言もしゃべらないタイプなのか」いろいろ聞けるチャンスだったのにと後悔いたしました。
うっかり者なので、その場で思いつかなかったのです。


う〜ん、 投稿者:ぴっぴ  投稿日:02月08日(火)15時39分22秒

リンコさん、たくさん書いてくださってありがとうございました。
おっしゃられることはよーく、わかったと思います。

皆さんのたくさんの書き込みを読んで、
ずっと心の中にあったもやもやとしたもの、私の言葉の表現力では表しきれなかったもの
が、おぼろげながら見えてきたように思い、嬉しく思っています。

私の中では、
「子供を丸ごと受け入れる」という事と、
何が出来るのか、どうやったら出来るのかを探しつつ、
普通の子ならばやらないであろう試練(?)を子供に与えること、
がどうしても平行しては成り立たなかったわけです。

でも私はそれに迷っている間もなく、とにかく行動を起こしていくしかなかったから、
毎晩、天井をにらみつけながら、私は今、なにをすべきなのか・・・と悶々としていました。
この頃、ある専門家からは、
「大事なことは、子供自身が、ああ、今日も楽しかった!って思って床につけることです。」
と言われていたにもかかわらず、です。
そして、なんとかさせよう、なんとかさせようという繰り返しの中、
ず〜〜〜〜〜っと、自分は心から、子供を受け入れてはいない、という苦しさが
つきまとっていました。

この気持ちを、人はなかなか理解してはくれませんでした。
障害がある我が子、が受け入れられないのとはちょっと違うのです。
(確かに始めはそれもあったけど。)
誰に言ってみても、母親なのだもの、あなたが愛さなくてどうするの?
という趣旨のことを言われました。

これができないと困るのだけど・・・と一生懸命に誘ってやらせることは
私も大変だけど、子供はもっともっと大変なのだと思う。
それなのに、一つ一つ私の望みにかなり近い形で、ちゃんと結果をだしてくれる・・・・。
ほんとは、すごく無理をさせているのかもしれない。
そのままでもいいよ!って言ってあげた方が、子供は楽なのに・・・。

’あるがままの状態以上を望まないこと’
それが、本当の意味での、受け入れなのだろうか・・
ずっと、答えをだせないままでいました。


>「子供を丸ごと受け入れる」という事は、「出来るようになることを追求しない」ことだと
>思うのです。

うすうす感じていたことを、ウルトラの母さんが見事に言葉で表現してくださいました。

そして、
>でも何が出来るのか、どうやったら出来るのかを探す事をあきらめてはいけないと思います。
>ある程度子供の様子がつかめてきたら、次に親がやる事は「出来ないこと・足りないことを
>補ってあげる」そして「そのための環境を整える」じゃないでしょうか

これなら、私の中の矛盾が解けるんです。

megumiさんちの少年君のように、「できるようになりたい」ものさえ、
非常に乏しくて、それを私が補ってあげる、しか、いまのとこ仕方ない。

でも、毎日毎日、縄跳びのリズムの練習をやらせてきたら、
「あのね、今日、郵便屋さんの落とし物、四枚もできたよ。
先生、すごいねえ、ってびっくりしてたよ。」
って、うれしそうな顔で報告してくれた。


何か自信を持てるもの、すごく好きなもの、を見つけられるようになって欲しいと思うのです。
そして、一つひとつのことに、出来るかどうかの結果を私が求めるのではなく、
答えは、子供自身が出すべきなのだろうと今は思います。
その答えはすべて、受け入れていこうと思うのです。




「ほめる」は種類が多すぎて 投稿者:リンコ  投稿日:02月08日(火)16時04分06秒

私が子どものころは、
「自分でやりたくてできるようになったこと」と、「やりなさいと言われてできるようになったこと」では、
同じ「できるようになったこと」でも、別々のカテゴリーに属していたので、
「ほめる」というのが一種類だと、意味的に、混乱してしまって、理解が難しかったです。
その上さらに、「最初からの属性をほめられる」(何もしてないのに)というのまであるので、
頭はごちゃごちゃ、目は白黒、一見ぼーっとして微笑んでるのだけど内心は死ぬかと思うパニック。

私にとっては、「自分でやりたくてできるようになったこと」というのは、
無条件で嬉しいので、外部からわざわざほめられることの意味が、理解できませんでした。
「祝われる」のならわかるのですが、「ほめられる」というのは、論理的に矛盾しているような
気がしたものです。
「ほめられる」というのは、「いやなのに、ゆずった」という「がまん」への代償だと
信じていたからです。
いやなことをがまんしたのではないのに、「ほめられる」のをタダ取りした自分は、罪人だ!
泥棒するつもりではなかったのに、泥棒になってしまった! どうしよう! って感じかしら。
(いやー、ほんとにほしいものは平気で泥棒したくせに、こういうときだけ何故・・・)

でも、幸い、この種の経験は、めったになかったですが。
なぜなかったか? 自分が嬉しいのに忙しくて、ほめられてたって、聞いている余裕がないからです。
一度に一つのことしかできませんから、処理スペースは、「喜ぶ」で埋まってしまってる。
だから、ほめられてても雑音としてしか入ってこないので、「何だか知らないがうるさいなぁ」で終わり。
ものすごく嬉しいときほど、より忙しいので、理解度は落ちていきます。
だから、ほめられてわかるのは、ほどほどに嬉しくて、クールに喜んでいるときだけなので、
トピックも比較的些細な物が多く、親のほめかたもクールだから、
「タダ取り泥棒どうしよう感覚」は激しくなかったのですが。

もしも、もう少し聞きとりの力があって、もっと激しく喜んでるときにもちゃんと聞こえていたら・・・
もちょっとつらかったかも。「タダ取りしてしまった! 罪人だ!」が始まっちゃうから。

大人は、思いつきで自分の頭に浮かんだ(口から出てきた言葉で)ほめてくれるので、
私は、大人の使用した用語を規準にして、
 「えらいぞ」(がまんしてがんばった)と
 「すごいじゃない、よかったね」(好きで勝手にがんばった)と
 「すてきだね」(最初から勝手に良かった 例:顔、スタイル、等)と
 「たすかったわ」(手伝って役に立った)
という各「場合」を分類することができなかったので、
大人にほめられるたび、嬉しいんだけども、せっかく分類したジャンルがまたごちゃごちゃになって、
ならべ直し作業を強いられて、なんだかしんどくて悲しかったものでした。

カテゴリーの混乱以外に、量の混乱もありました。
現実の世の中は、
「私が大変な努力をしたからたくさんほめられ、ちょっとした努力だったから軽くほめられる」
というふうにはできてない。世の中そうそう論理的にはいかないわけです。
大人になってわかった、種明かしは、
「親の嬉しさが大きければたくさんほめられ、さほどでもなければあんまりほめられない」
だったわけですが、それが不可解だったのです。

同じお手伝いをしても、親が疲れていればありがたみが増すから、いっぱいほめてもらえる。
これがわからなかった。当然ですよね、親に「気持ち」があるのを知らないんですもん。
大人に「うれしい」「かなしい」があるなんて、夢にも思いませんもん。
わからないから、わからないなりに、考える。規則を導き出そうとして、疲れて、悲しくなる。

行動療法の「シール」みたいに、先にごほうびの量が決まっていれば、
探らなくていいから、あれもこれも、考えずにすんで、あんなに苦しまずにすんだのでしょうね。
ほめる言葉の量は、杓子定規に一定で、嬉しさの度合いは、
「ママ、ちょうど疲れていたから、いつもよりよけいに嬉しかったわ」と言ってくれれば、
量の不一致は、私の行動の領域にあるのではなく、受取り手の都合の領域にあることになり、
大人に「うれしい」「かなしい」があるのを知らないうちは、
「何かわからんことをゆうとるのお。でも私のことではないらしい」と聞き流し、
大人に「うれしい」「かなしい」があるのを知ってからは、
「なるほど、同じお手伝いでも、疲れているときの方が嬉しいのか」と学ぶことができたでしょう。


あ、でも、 投稿者:リンコ  投稿日:02月08日(火)16時48分16秒

どうしよう・・・ 説明がヘタだったかも・・・
「自分でやりたかったこと」は、ほっといてくれって意味ではないんです。

「いやいやがんばってやったこと」ができたときは、
「自分の進歩」の方が嬉しいだけであって、
目標が達成されたこと自体は嬉しくないので(自分にとっては価値がないことなので)、
ほめられたらちゃんと聞こえます。

「ああ、何かがんばったんだなあ」って、しみじみ嬉しいだけなので、
(ああ! どうして、この二種類は全然ちがう感じなのに、同じ「嬉しい」という単語で
間に合わせなくてはならないのだろう?! 全く日本語というやつは、じれったい!)
できてしまった内容には、没入していないので、忙しくないのです。

好きでやりたかったことが、がんばってできたときというのは、
親や先生の住んでいる世界ではなく、自分の楽しいこだわりの世界にいるわけですから、
興奮の坩堝! 聞く耳持たん! 状態です。原色の狂乱する嬉しさで、忙しい。
原色の上に文字を書いたって、見えませんよね。
親や先生が手伝ってくれていたって、それは親や先生には見えてません。
「どうも勝手に動きたがる、クセの強い道具」なのです。(ゴメンナサイ・・・>皆様)

「いやいやがんばってやったこと」ができたときは、
自分も、最初から外の世界にいますから、
手伝ってくれてた(あるいはガミガミ怒っていた)親や先生は、
ちゃんと「他者」に見えてますから、「しゃべるかもしれない」という前提ができてるし。
そして、できた内容自体は、あんまり嬉しくありません。
自分の進歩は、言われてみれば嬉しいけれど、それは「しみじみ」したパステルカラーの嬉しさです。
原色の嬉しさのように、向こうから襲ってくる嬉しさではなく、
置いてあるのを、わざわざ取りに行かなくてはならない嬉しさです。
バックがパステルカラーですから、「良かったね」という字を上から書かれても、読めます。

原色の狂乱する嬉しさでも、ノドもと過ぎてしまえば、
「良かったね」って言われても、聞こえると思う。
たとえば、夜、寝る前とかに、改めてふり返る時間があれば。
あるいは、大晦日に、一年分をふり返る時間があれば。
好きなことの場合、ヘタしたら、できた内容の嬉しさに対応するのに忙しくて、
「自分は進歩したんだ」っていう、しみじみした嬉しさまで、気づいてないこともありますからね。
ホトボリがさめてるときに、後からふり返って、初めて気がつくこともあるかも。


リンコさんへ 投稿者:朝倉玲  投稿日:02月08日(火)20時11分53秒

>どうしよう・・・ 説明がヘタだったかも・・・

いいえ、リンコさんのお書きになる文章は、とても分かりやすいです。
自分の気持ちや考えていること、自分の状態などを、出来る限り正確に伝えようとして、
言葉を選び、文章を組み立ててくれるので、
こちらとしても、安心して読めます。
書いてあることが全て。
それ以外のことが文章の中に含まれていて、
読み手が気をまわして、隠してある真意を読みとらなくちゃならない、
なんてことがないからです。

でも、補足があると、より詳しく状況や理由が分かるので、なお理解しやすくて良いですから、
補足説明は歓迎ですけどね。(^^)

健常者と言われる、普通の人たちが書いた文章は、
自分や仲間内にだけ通じる言葉や、自分にだけ分かっている言葉を、
他の人にも分かるだろう、と思いこんで使うことが多いので、
逆に言葉足らずになったり、違った意味に解釈されたりして、混乱が起こることが多いです。
インターネットの世界では、とくに、普段の会話に近いやりとりをする掲示板で、よく起こりますよね。
その手の混乱。
それが紛争に発展して、中傷合戦になってしまったり・・・(苦笑)

物心ついた頃から、そんな人たちの中で言葉と格闘してきたリンコさんに、
わざわざこんなことを言うのは、失礼になるでしょうか?
もし、気分を害されたのなら、すみません。
でも、リンコさんのような人たちと、健常者と呼ばれる普通の人たち、
実はどちらが言葉に不自由しているのか、本当のところは分からないよなぁ、と
ふと思ったので、書いてしまいました。

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


リンコさ〜ん、 投稿者:  投稿日:02月08日(火)21時00分08秒

 連日の書き込み、有り難う!! です!!
なんか毎日、凄い宝物をプレゼントしてもらっている気分よねぇ、みなさん。
でも、某掲示板に、大きな仕事が入っているって書いてあったけど、
大丈夫ぅう?   無理をしないでくださいねぇえ。

 リンコさんパワーのせいもあってか、TOPページのカウンターがあっという間
に30000に迫ってきてしまいました。
3度目の正直? 今度こそ記念品をもらってやってくださ〜〜い。
前回分のミフィータオル(30000番)と林明子さんのミニ絵本(30001番)です。

それともう一つ、ぴっぴさ〜ん、お待たせぇ。
掲示板の検索できるようになったみたいです。。
試しに ”M”で検索したら40ページあった。。。
でも、掲示板の全ページ数は41ページなんだけど。。。。
残りの1ページの時は、Mは潜伏でもしていたんだろうか。。。。。謎。             

http://www.kcat.zaq.ne.jp/aaaam500/insk.html


なんとなく嫌な気持ち 投稿者:るり  投稿日:02月09日(水)00時00分24秒

こんにちは、るりです。
私ごときの意見を述べる余地もないくらい、ここって書き込み充実してますね。
今日は息子が私からのもらい風邪で、1日家の中ですごしていたものですから
また、書き込みしてしまいました。

ちょっと今、ぼんやりと嫌ーな気分になっているのです。

うちの夫は生まれも育ちも大阪なのですが、私たちが現在住んでいる県が、もともと義父の
故郷なのです。息子が私のお腹に宿ったとき義母が急死し、それ以来大阪にも帰っていない
のですが、義父もめったにこちらの方へは来ないので、息子と義父は3年間に3度しか会って
ないのです。
普段、嫁舅問題が発生する環境にない分、付き合い方も慣れてないわけで、5月の連休に義妹と
帰ってくるというのですが、この義父と義妹、うちの息子が言葉が遅れているのをとても気に
していて、電話で話すことがあれば、必ずその話題を振ってきます。初孫ですもの、そりゃ
心配でしょう。夫も3歳まで話さなかったそうなので、まだ、大丈夫だと思っているようですが
私たちは、夫の親族には療育に通っていることを隠しているので、今のところはごまかせても
5月の時点で3歳5ヶ月になるのですから、このまんまで行くとやっばり一騒動おこりそうな
気が・・・
話もしないで決め付けるのも何ですが、とても理解してくれそうな人たちには思えないんです。
義妹もいい子なんですが、ちょっと思い込みが強いというか、独身で子供を育てたことがない
のに彼女の友人の子供を引き合いにだして「*歳でそれができないのはおかしい!」と平気で
決め付けるし、そういうところ、夫は慣れっこだけど私はなじめないんです。

夫のおばあちゃんや親戚の方が付き合いが深いから、そちらはまだ慣れているけど
一番肝心の、夫の父や妹と、結婚して6年も経つのに付き合い慣れていない私も
けっこう間抜けな人のような・・・いままでそれだけ楽をしてきたってことですよね。

掲示板の格調高い書き込みの多いなかに、こんな週刊誌のようなネタでごめんなさい。

ふーう・・・


るりさ〜〜ん、 投稿者:  投稿日:02月09日(水)05時50分46秒

>掲示板の格調高い書き込みの多いなかに、こんな週刊誌のようなネタでごめんなさい。

 ははは、ひとり、格調?!を落としているMで〜〜す!!
 私も、親戚づきあいどころかヒトづきあいそのものが苦手なヒトだから、
 偉そうなこと言えないのだけど・・。
 いらぬ雑音は右耳から入って来たら、左耳から放り出してしまおうよ。

 嫌な気分の時は療育施設のお母さんや先生の言葉を思い出して乗り切って
 ね。勿論、ここにも、じっくりお話を聞いて、適切な意見も言ってくれる
 頼もしいお母さんとお父さん方がいっぱいいますからね。
      < 約1名、なんか地に足つかない某Mなんてヒトも紛れ込ん
        でいるけど、ご愛敬、ご愛敬っと・・。
 
 それよりなにより、るりさんには、大らかで逞しい!(^-^;) 旦那さまも
 おられるじゃないですか!!


精神発達に関する良い本等ありましたら、教えてください。 投稿者:  投稿日:02月09日(水)06時53分05秒

 こんにちは。 昨日、初めて「心理相談」を受けました。 
初対面で、先生の方がず〜っと観察モードに入っていた為なのか、「???」といった感じでしたので、
私の方から「精神面で、遅れや気になる点などは見受けられますか?」と尋ねたところ、「ちょっとの
んびりしている様ですが、今伸びている時期の様なので・・・。次回、発達チェックをしてみましょう。」
というご回答でした。  言語相談の時と同じように、遊びの中でみていく内容でした。しかし、言語の先生は遊びを中継さな
がらに解説してくれたり、「今、お子さんはこういう全段階の中のコレコレこういう段階です。こうい
うアプローチをなさるといいですね。ですから、今月はコレコレをお母さんへの宿題にしましょうよ。
その宿題はこういう事を目的に行うものです。こういう事がおこれば、次の新しい出来事(発達段階)
がきっと起こりますよ。お子さんと真剣に楽しんで遊んでくださいね。」という感じの先生だったもの
ですから、こちらも先生が説明してくれる内容や用語を頼りに、母も本等でお勉強出来た訳です。です
から、今回の寡黙な心理の先生には???で、先に幼児の心理発達に関する情報をたくわえて行かねば、
1時間無駄になっちゃう気がします。  そこで、どなたか良い本等ありましたら、ご教授ください。よろしくお願い致します。


> ウルトラの母 さんへ 投稿者:  投稿日:02月09日(水)07時03分10秒

 レスが遅くなってすみません。
ピヨの寝起き直後に会話が成立しやすいという内容の件で、
レスいただきまして有り難うございました。

 ピヨは「医師」には診せたことがないのですが、今日(2/9)
言語相談の日なので、ちょっと聞いてみます。
「まぐれですね・・・」と言われそうですが・・・。
それでわからなければ、2/14にムーブメントがあり、某大学教授
がいらっしゃるそうなので、その時にまた聞いてみます。
 結果は、また掲示板に書いておきますね。


リンコさん 投稿者:ひいろ  投稿日:02月09日(水)09時45分47秒

ほめられることについての書き込み、大変興深いお話しでした。
私にとってドラをほめるということは、ドラとコミュニケーションをとるというのと
同義語に近いです。こだわりもなく、興味の範囲も極端に狭いドラにとっては
ほめられるというのは、人との唯一のコミュニケーションとさえ思っていました。
事実、この頃は通りすがりの人に「こっち向いて光線」をだして、
話しかけてくれたり、「いいこねぇ」と頭をなでられたりすると、嬉しくって興奮状態です。
でも、ほめるということも気をつけなくてはいけない事も、
リンコさんのお話しでとてもよくわかりました。

ひとつ思い出した事があります。個別指導などていろいろな課題をやらされて
それが出来てほめられた時、びっくりしていることがよくありました。
しばらくすると、思い出したように、にやにやしていることもありました。
これって何かリンコさんの話に似てるなぁって思いました。
これからも、お暇なときにいろいろ話を聞かせて下さい。


るりさん 投稿者:とら  投稿日:02月09日(水)11時38分31秒

家も親族などにはまだはっきり伝えていない口ですが、この手のものは実子が実の親や自分の
直系親族との窓口業務を一切引き受けるのが良いかと思っています。
ちなみに家では親戚付き合いにおいてもほとんどそうです。ドライすぎるのでしょうか?
でも全然関わらないわけじゃないんですよ。単に幹事を交代でやっているようなものです。


私も・・・ 投稿者:ぴっぴ  投稿日:02月09日(水)12時53分10秒

ほめられることについて、何かが出来たときの嬉しい感情について
のリンコさんのお話しには、もう、うなってしまいました。

自分がそういう時どう考えているかについて、心の中でこれだけの細かい描写を
普段私(たち)はとてもしていません。
だから、そのこと自体に驚き、そのように表現されるそれはそれは豊かな言葉を
持っていられることに、ただただ感服致しました。

そういう感覚は、自分の子供にもあるのかどうかは全く解りませんが、
私も、これからもお暇なときに是非いろいろお話を聞かせて欲しいと思います。


るりさん>
この手の問題は、とてもやっかいで大変なことですよね。
いっしょに暮らしていない人には詳しいところはよくわからないわけですから、
こちらがどう伝えるか・・・その伝え方が問題ですよね。

相手がどういう考え方の持ち主か、も大きな問題ですが、何より、
るりさんが、どう解ってもらいたいか、の気持ちが一番ではないかしら。
そこがしっかりしていれば、きっと大丈夫だと思います。
きっと伝わるのでは?

でも、めったに会わない親戚には、とことん解ってもらう必要もないかもしれませんよ。
解ってもらったところで、別に義父様や義妹さんが何か有効なことをしてくれるわけでは
ありませんもの。
るりさんとご主人様が、理解して、出来るべき必要なことをやっていられるわけですから、
何もしない、何も解っていないよけいな外野に、とやかく言われたくない!と、
割り切ってもいいかもしれません。

遠くにいて、孫をかわいがっていてさえくれてたら、それでいいのではないかしら?

そのためには、療育とか、素人には深刻そうに思えてしまうようなことは
言わないのも手なんだけど、
お話を聞くと、勝手に向こうがそう思いこんでいるような節もあり・・・、なんだか困りますね。
やっぱり、何を言われても、適当に聞き流すのがいいのかしら。

うちの場合は、どう言っても、そんなことは私の思い過ごし、としか思われなかったので、
最近は、それで通すことにしました。
私さえ黙れば、平和にいける・・・というのもなんだか複雑なんだけど。
とりあえずはね!

あっ、‘それ以外’のことでは、ごく普通に、楽しく接するようにしてますよ。
そうすると今度は、
「もうすっかり、心配はないみたいね。やっぱり、ちょっと発達がゆっくりだっただけなのよ!」
って言われちゃうのだけど。

あらっ、すっかり自分の愚痴になってたわ・・・。


>ウルトラの母 さんへ 投稿者:  投稿日:02月09日(水)15時43分57秒

 言語発達相談で、「寝起きに会話が成立しやすい」件を尋ねましたが、
「えぇ〜、そんな事があったんですか・・・」と、頭をかかえておられました。

 ・・・ということで、2/14のムーブメントの時にまた尋ねてみます。
(まさか、この年齢で多重人格?・・・なんて事はないですよね・・・
別に、良く因果関係があると言われている幼児虐待などはしていませんし・・・
なんか心配になってきました・・・が、「夢の中では、あんな感じできっと
喋ってるんだ。それが夢の延長線上で出てしまったんだ」と良い方に勝手に
解釈しとくことにします。)


るりさんへ 投稿者:朝倉玲  投稿日:02月09日(水)16時05分36秒

義父、義妹に症名を伝えると、大騒ぎになりそうで、気が重い。
その気持ち、分かります。
うちは同居ですが、義父に関しては、正式な症名は教えてありません。
ただ、今回、専門の病院に通い始めたので、
「正常じゃない、ってことだな」と言っていましたが
やはり、ショックは隠せなかったようで、しばらくショウに対する態度がぎこちなかったです。
正式な症名を伝えたら、どんな騒ぎになるか・・・
あれこれ考えると、気が重くなるのを通り越して、こっちがおかしくなりそうなので、
この際適当に、解釈したように受け止めておいてもらうことにしています。
『自閉症の特長のあるADHD』
普通の人でも、これを聞いたら、なんのことだろう、と驚くでしょうね。
そこへ持って、義父は、人一倍寛容性が狭い人物ですから。
仕方ないです。このあたりも、その人の生まれもってきたものに関わっているようですから。

とらさんのおっしゃっているように、
直接の交渉は旦那様に任せた方が、トラブルが少ないかも知れませんね。
実の息子の方が、親兄弟の扱い方を飲み込んでいるでしょうし。

ほんと、そのあたりのことって、難しいですよね。
でも、あまり深刻にならないで、適当に聞き流していきましょう。
そんなに顔を合わせないですむ人たちなら、それで大丈夫ですよ。

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/

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