2000年6月その2
そうそう、 投稿者:リンコ  投稿日:06月05日(月)18時52分20秒

「楽団」の絵の中心は、トロンボーンを吹いている男性でした。
そこで、私は、「楽しい」というと、ほっぺたをぷーーーとするのかと・・・
伝わらないはずだ・・・


子供同志のゲーム 投稿者:るり  投稿日:06月05日(月)21時12分44秒

うちの療育施設で今年の4月から、併行通園児グループの保育が始まりました。

普通の保育と違うのが、先生あるいは母親が関わっていた訓練を、できるだけ子供たちで補助し合
い、訓練の後は、ゲームをすることです。
ゲームは単純なものですが、「やらされている」って感じはあまり受けません。けっこう、皆
乗ってます。発達のでこぼこや障害名はそれぞれ違いますが、大人(先生)が、介入することで
ルールを何となく身に付けている感じです。介入するのが、押しつけがましい仕切りやさんの
子供や意地悪な子供だと、こじれて嫌になるかもしれませんけれど。
確かに毎回、「自分が何度でもやりたい」と主張してしばしばゲームを中断させてしまう子も
いますが、その子も、そしてそれを見ている子たちも、その事を経て学習して行くのではないか
と思うのです。たとえ上手く出来なくても、少なくともここの園児は他の子供に優劣をつけて
バカにすることはないと思うので、失敗を怖がらなくても済むから。

まだ始まったばかりで1年を通して見ないと何とも言えませんが、いい試みだと思ってます。


吃音・・、 投稿者:  投稿日:06月05日(月)21時21分02秒

>もう、この口しゃべれへんからすてたい

辛すぎますね、この言葉。
お子さんにも、ゆっこさんにも。

今の時期に問題が出てきたと言うことは、
新入学で環境が変わったことが何らかのストレス要因になって
いるって事かもしれないですね。
ある子には何ということのない変化が、他のある子には想像も
できない強いプレッシャーになることは充分ありうる事ですか
ら。

吃音の原因説も素因説、神経症説、学習説 ・・と諸説がある
ようで、今現在も、「これ」と特定されているわけではないよ
うです。
ここで一つ言えるのは、
どの説が真の原因であれ、吃音があるというその事実に向かい
合い、
”吃があってもどうってことないや”
と思えるよう環境の調整をしたり、成功の体験等を通して自分
に自信を持たせていくという事自体は必要な事ですよね。

そして、もう一つ言えるのは、
直接的な指導は為されずとも、それらの間接的な働きかけが、
結果として吃音の症状を和らげたり、消滅させてしまったりと
いう事実も確かにあると言うことです。


田口恒夫先生によれば、
吃音は100人に一人の割合であらわれるが、そのほとんどは
幼児期のうちに消えてしまうそうです。
小学生の吃音は、3才前後に始まった幼児期の吃音が、周期的
に良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、そのまま治り
きらないで学齢期を迎えてしまったものなのだろうと言う事で
す。
その学童期の吃音も、周囲の適切な対応があれば、だいたい高
学年に至るまでには症状は消えていく事が多いけれども、不適
切な対応、苦い経験が重なると、悪循環の繰り返しから、固定
化して行ってしまうという事もありうるそうです。

だから、
要は今の時期、子どもにとってフラストレーションの種になっ
たり、ビクビク、イライラしたりの条件が少しでもあるならば
それを探り、身体的にも精神的にも楽な生活をさせてあげられ
るよう、担任の先生と連絡を取り合い一緒に考えて行くことは
何よりも必要ということですね。




以下に、言友会の吃音方程式というのを書いておきます。

  分子  →を小さく
  __      する方向での働きかけが必要だと言われます。
  
  分母  →を大きく


(分子)・・吃音のとらわれを強める原因

   人間関係に狭さ
   吃って失敗した経験の質と量
   日常生活の中での回避の度合い
   吃音のことが話せる人の不在
   レジャー活動の少なさ
   吃音も含めた様々な劣等感


(分母)・・吃音の解放をすすめる原因

   豊かな人間関係
   楽天的な人生観
   明確な人生目標
   吃ってでもできたという経験
   仕事や学習についての自信
   人に認めてもらった経験


うんうん、 投稿者:リンコ  投稿日:06月05日(月)23時32分10秒

大人が仕切ることで、子どもたち本人が楽しんでくれたら、いいことですよね。

私が小さかったときみたいに、「手順を覚えるまでが大変」という子は、とっつきが悪いです。
私はたまたま、「人がいるだけで嫌」っていう子でもありましたが、そこまで集団が嫌いってわけ
ではない子(わかってしまえば楽しめる子)であっても、「とっつきの遅い子」たちは、大人が仕
切りまくってくれないと、楽しめる段階まで達するのが大変そうな気がするんです。

だから、すべての子どもたちが「お味見」するには、強制か、半強制が、向いてる気がする。

私は、強制されること自体は嫌いではありませんでした(嫌なことを強制されるのは嫌ですが、
それは内容が嫌なのであって、強制されるのが嫌なのではない)。
強制されるのって、迷わなくていい分、ある意味では負担が軽いところがあったみたい。

ただ、混乱したのは、先方は強制するつもりなのに、表面的には「お誘い」の形をとられること。
そして、こちらの実感とかかわりなく「タノシイネ〜」というコトバをかけられること。
言葉の「行間を読む」力の育っていなかった私は、何でもかんでもそのまんまに解釈するから。
まだ理解してない概念であれば、混乱しない代わり、言葉の意味をまちがって覚えこむ。

あるいは、「みんなもやってるよー」という言葉を、「お誘い」の意味として使われること。
これはどうしても意味に気づかなかった。「ふうん、やってるのか」と思って、「それで?」と
思ってしまうから。みんなの方を見て、「ほんとだやってるね」と思っていたら、先生は怒りだす。
なぜ怒られるのかわからなかった。あれが悪かったんだろうか、これが悪かったんだろうか・・・
これまでしてきた悪いことを順番に思い出して、みじめだった。

「面白いからやってみようね」と言われると、「そうか、この人は未来が読めるんだな」と思う。
いざやってみて面白くないと、驚く(私は「面白い」の語義は正しく把握していました)。
保母さんは嘘をつかないと信じているので、こう考えた。「さっき、『面白いから』と言った先生と
今いるこの先生は、別の人かもしれない。いつ入れ替わったのだろう?」「私がヨソ見をしたのが
悪かったのだろうか?」「最初の先生は、どこに連れ去られてしまったのだろう?」「最初の先生は
無事だろうか? 助けに行ってあげなくちゃ!」(←映画の見過ぎ?!)


吃音 投稿者:ウルトラの母  投稿日:06月06日(火)02時24分15秒

長男が4才の頃に吃音がありました。
聞いていてとても辛かったです。何とかしてあげたいとも思いました。
本人も少し気にしていました。
原因はおそらく集団生活が始まって間もなくて不安やストレスを感じ
初めていた所に、家庭がゴタゴタしていたせいだと思います。
(弟が入退院を繰り返してしょっちゅう遠くの母の実家に預けられて
いました・・・)
それまで流暢に話す子だったので、とてもショックでした。

とにかく、話を最後まで口を挟まずに聞いてあげる事に徹しました。
全部聞いてから、「×××××という事なんだよね。わかったよ」
と、ちゃんと伝わった事を伝えました。

本には言い直しをさせたり、どもっている事を本人に自覚させない
ようにとありましたが、うちは本人が吃音に気付いていました。
とにかくゆっくり話せるように、絵本を読ませました(文字を読む
時にはどもらないので)。
絵本を読ませるには、「お母さんにこの絵本読んで」とお願いして
強制されていると感じないように気を付けました。

あとは、うんとスキンシップを心掛けました。
2〜3ヶ月くらい続いていつの間にか治りましたが、その後も少し
自信を無くすと出る事がありました(チックが出る時もありました)。


実は、私自身、軽い吃音が出ることがあります。
相手が早口だと出てしまう事が多いと感じます。まずは家族の皆さん
が息子さんとゆっくり会話する事からやってみては如何でしょうか。
本人が苦にしていて、会話を途中で諦めてしまうようならば、深呼吸
とか何でもいいですからこうすれば落ち着くよという暗示をかける
のも良いと思います。

http://www.hello.co.jp/~say2000/


兄が、 投稿者:のあ  投稿日:06月06日(火)04時18分12秒

ちょっと吃音でした。
最近は年に一回くらいしか会いませんが、ほんのすこぉし言葉が出にくい程度(言葉の最初
が、だぶる)今も残っているように思います。
うちの親は「気にしないの」と私にいい、本人には実際全然気にせず接していましたが、それ
でよかったのかしら。 ちょっと大きくなってきてからは(小学校高学年とか)、外では大丈夫だったけど、うちでは のこっていると言う感じだったみたいなのですが、う〜ん、それって? 外ではすごくおしゃべりだったらしいのですが(あとで聞いた話)、うちでは静か。 一人しかいない兄だし、男の兄弟ってそういうものだと思っていました。 外で話せるのだからいいのか。本人気にしていないならいいんですよね? ぜんぜん参考にならないですけど、急に思い出してしまったので。


あるある〜 投稿者:ぴっぴ  投稿日:06月06日(火)11時55分32秒

リンコさんの説明、知らない人が読んだら、この人何言ってんの?ってなるのかなあ?
私は、読めば読むほどに、意識しないであたりまえだと思ってきた数々のことの不思議さを
思います。

>ただ、混乱したのは、先方は強制するつもりなのに、表面的には「お誘い」の形をとられる
>こと。
>そして、こちらの実感とかかわりなく「タノシイネ〜」というコトバをかけられること。
>言葉の「行間を読む」力の育っていなかった私は、何でもかんでもそのまんまに解釈するから。
>まだ理解してない概念であれば、混乱しない代わり、言葉の意味をまちがって覚えこむ。

>あるいは、「みんなもやってるよー」という言葉を、「お誘い」の意味として使われること。
>これはどうしても意味に気づかなかった。「ふうん、やってるのか」と思って、「それで?」と
>思ってしまうから。

あるある〜!!このあたり納得です。
(リンコさんの文章はまたリアルかつユーモアがあって・・・笑っちゃう!)
あとね、思っていることとしゃべることが違うことがある、って以前言われてましたよね。
(サンドイッチとスパゲッティでしたっけ。)
あれも少し近いかも〜と思っています。

うちの子は耳から聞いた言葉を覚えておいて、的確な場面でそれをリピートするので
(いつもではありませんが・・・)一見おかしいことはないように見えるのですが、
実はそれはただあの時の言葉を言ってるだけで、今現在そう考えてしゃべっているとは
限らないのです。
いえ、正確には私がそう考えているだけなんですけど。
でも、ここが他の人には理解してもらえないですね。
こんなことをいくら私が説明しても、
この人何言ってんの?と思われるだけなようので、もう説明はやめました。
リンコさんの説明で、確かにそういうことが存在することがわかりましたし、
そういうことを実際に体験していない人には、私の言うことの意味はわからないのだと
確信しましたから。

リンコさんの説明はとってもためになります。
それならばこうしたら解りやすいかな?って考えてみることが出来てうれしいです。
それがうちの子にはうまくいくかはまた別なのでしょうが・・・。


おひさしぶりです。 投稿者:ぴいママ  投稿日:06月06日(火)15時37分16秒

いつもチョコチョコッとのぞき見しているだけなので、今現在の話題に付いていけなくて、
唐突な書き込みでごめんなさい。
ここ2ヵ月くらい、へこんだり、めげたりの連続でゆらゆらしていました。(私って
いつもそうですね)

3歳5ヵ月のゆ〜がは、発達診断を受け、自閉も多動もないと言われました。
保育園には引き続き行った方が良い、ただし加配を付けてもらった方がいいだろうと
医師の診断でした。でも行政の側からは加配は付けられない、保育園(私立)としても
さらに保育士を増やすのは無理との返答・・・
この診断の前からも、たびたび保育園の担任の先生から、教室を抜け出してしまう、
それを追い掛けたりそばに付いていなければならない、みんなでの活動の場に
飽きてしまったり嫌になったりで邪魔をするなどなど、困ったことはいっぱい
聞かされていました。ゆ〜がだけの特別の連絡帳を作っていただき、集団の中での様子を
教えてもらうようにしていたので、あれもダメ、これも出来ない、わからない・・・
もうこんなノート見たくないと思う程、毎日毎日ぎゅうぎゅうにへこんでいました。
年配の担任の先生は、ご自分でも積極的にセミナーに参加したり障害についても
勉強されているようでした。「こういう子は厳しくしつけていかないとダメよ。」と
そんな信念をお持ちのようで、私の思いと相入れることがかないません。
出来る範囲でいいから、ゆ〜がのペースで見守ってやってほしいと伝えたのですが・・
「活動の邪魔や中断をすることで他の子の弊害になる。」と言われた時は
とてもショックでした。他の保育園にかわれるものならすぐにでも代えてやりたいです。

先生を責めるつもりはありません。ゆ〜がを何とかしてやりたい一心でのきびしさ、
他の子のことも考えねばならない立場、それもわかるのです。
「弊害」などとお願いだから言わないで、どうか「できたね〜」、「えらいねー」と
たくさんほめてやって、もちろん悪いことをした時はきびしくしかって、
ただそれだけなのです。
何よりもそう思っていながら、先生の話に左右されて感情的になったり、無理強いして
しまったり、仕事のこと、家のこといろんなことの板挟みになってどうしようもない・・
そんな自分が情けない。

そしてとりあえず空きがないので来年度からですが、
公立の他の保育園に移ることになりました。それまでもできるだけ配慮してほしいことを、
園長先生にお願いして来ました。
「つらい毎日」にはさせたくない。でもこれくらいのことしかしてやれないのが悔しい。
年令に関係なく、興味や意欲が出て来たら学校に行き、まだあの子できないんだって―
なんてことは誰も思わない、それが普通。……だったらいいのになぁ。
飛び級っていうのがあるんだから、一つの学年を2年や3年かけてもいい、
それだったらゆっくりのゆ〜がも安心して学校にいけるのに・・・


ぴいままさん 投稿者:とら  投稿日:06月06日(火)19時59分28秒

地域によって違うのでしょうが、こちらの方でも療育手帳が出ないと加配は無理で、
さらに肢体不自由とか、多動が激しいなどの審査が必要になります。
確かにひと一人雇うのですから、審査は厳しくなるのかもしれません。

保育園を変わられるというのは賢い選択だと思います。
先生も勉強してくださっているというお話ではありますが、迷惑がられるような
発言が出るようなら言語道断です。
その時々さまざまな理由で皆、最初は園を選びますが、
考えていたような所でないという事は良くあります。
最初から幼稚園・保育園は1、2回は変わるものだと心得ておけば良いのでしょうね。
もちろん入園金など無駄になってしまいますが、親のストレスを考えれば安いですし、
何と言っても貴重な子供の1年はお金では買えませんし。


先日、 投稿者:とら  投稿日:06月06日(火)21時46分39秒

民間の療育指導を受ける機会が有り、また療育センターのフォローも有ったので
そのお話を...

民間の機関では、やはり今の状態で劣っている点を客観的に見ていただき、具体的な方法での
アプローチをくださるので有りがたい事だと思いました。
特に後者の方は、ほとんど有りませんから。
子供は物の名前や動詞理解はかなり出来ていたのですが、
機能や概念で聞かれるとあまり出来なくて、すぐに嫌になって止めようとしました。
先生は、子供が「知らない事を聞かれることに対して弱い」という事も
よく見抜いておりおられたようで、そういった子供の場合には、訓練の際には
すぐに回答を教えてあげる方が良いという事でした。

市のフォローは実は今回から別のクラスに入る事になりました。
何故か ADHD君のクラスでした。でも行ってみるまでわからないのです。
それはそうです。療育センターなる所は、クラスに上下が無いだけでなく、
障害名では分けていませんから。(少なくとも親には ADHDクラスです、なんて絶対言わない。)
うちは言葉も理解もまだ遅れているので、いわゆる ADHD君のクラスでは
ちと厳しいのではと思ったら案の定...
のっけっから年少でも
「はい、○○君、お名前とお年を言ってね」
「はい、○○ ○○です。、3歳です。」
「はい、じゃ次の人。」< この聞き方は厳しいぞ!!!

本当は母子分離なのですが、うちだけ家内が影武者になって付いていたそうです。
現実はきびしいですねえ、ハー。


ぴっぴさん 投稿者:  投稿日:06月06日(火)23時58分25秒

シッポナさんのところのドラマの掲示板でもそうだけど、リンコしゃんを始めとする
由緒正しき自閉連邦市民の皆さんの発言は、
由緒怪しき地球人の私にも、
近しい事が多いなあと・・・改めて感じておりますです。

いやいや、それよりも何よりも子ども達の言動で、謎の部分だったところも、少しずつ
解き明かしていけそうで、ちょっと難しい本を読むと5分で眠くなるという特殊技能を
持つ私には何より有り難いことでございます。はい。

このHPを開設してまる2年、
お陰で、自分の勉強の為という当初の目的もしっかり果たせているかなと。。
勿論、問題は、学んだことを、指導にどう活かすかってことだけどね。


そうそう、 投稿者:  投稿日:06月07日(水)00時00分15秒

6月末からこの夏にかけて、
普通学級に在籍するLD、ADHD、高機能自閉症の子たちの事を担任の先生方に知っ
てもらう為の話と、
障害児学級に在籍する知的発達に遅れがあり、認知のスタイルにもデコボコのある子た
ちの教科指導(国語・算数)の内容についての話を
まとめる必要があり、そちらの方の事もやっていかねば。

うん、これは某朝倉玲氏やこくっぱの母氏に分身の術を教わりにいく必要もあり?


あ、お久しぶり 投稿者:  投稿日:06月07日(水)00時06分06秒

その1の悩める母さま

帰国されてたのね。京都の春を満喫できましたか?
これからそちらは冬に向かうんですね。数年前にニュージーランドまでなら行った事が
あるんですけどね。一人旅かって? 外国だけは、私設の通訳を連れて行くことにして
いますです。(^_^;)


その2のぴいママさま

とらさんも書かれているけど、孟母の三遷ではないけれど、ゆ〜がくんに合う園を求めて
転園することは、決して悪いことではないですよね。
実は私も、某園に1年で見切りをつけて転園させた過去を持つ教育ママでした。
両方とも同じ市内の公立保育園なのだけど、例えば運動会なども、
最初の園は見栄え重視のスパルタ内容。
転園先は、日頃の遊びや保育内容の延長の自然な内容。
後者の方は、それだけ普段の保育内容も充実していて、先生方も自信を持っているって事だ
と解釈したわけです。


気に入った 投稿者:リンコ  投稿日:06月07日(水)00時14分27秒

「由緒怪しき」という表現・・・

これ、どっかでつかわせてもらお


おや? 投稿者:  投稿日:06月07日(水)19時19分43秒

きょうは、朝からみんなでおテテをつないで、
屋根裏部屋のトイレに行ったっきり?


発達観察相談会 投稿者:朝倉玲  投稿日:06月07日(水)23時29分22秒

ちょっとお久しぶり。しばらくROMしていた朝倉です。
(屋根裏部屋では今日、トイレに行ったけれど・・・笑)

この月曜日に、発達観察相談会がありました。
半年に一度、定期的に受けているもので、
ショウは1年半前のこの相談会で「要観察」のチョロ助さん(ADHD)と診断されたのでした。

半年前からは、この相談会でお世話になっている先生の元へ通うようになり、
治療薬のリタリンを処方してもらうようになっていました。
ですから、先生とは2週間ごとに顔を合わせていて、
いまさら観察相談会、という感じでもなかったのですが、
心理士の先生が代わって、半年ぶりに田中・ビネー式発達検査も受けました。

発達状態は、「それなりに伸びている部分もあれば、まだもう少し成長を待たなくてはならない部分もある」
というところで、
普段、ショウを見て感じていた、そのままの結果となりました。
それでも、良い方向に変わってきているので、
このままの方向でやっていって良いでしょう、と言われました。
次回は、もう少し、発達の内容を詳しく見られる検査に変えるのだそうです。

今回の相談会は、私の方ではなく、
一緒に参加してくれた保育園の先生の方に成果があったようです。
日々、保育園でショウに接しながら、どう指導していったらよいか、悩んでいらしたようで、
特に、心理士の先生に具体的な指導法をたくさん聞かせてもらえて、
「心の曇り空に光がさしたような想い」がしたそうです。

ショウの発達のために、ごっこあそびを通して経験の再体験をさせ、
物事や言葉のイメージを定着させると良い、
また、今出来ることに30パーセントくらいプラスした先を目指させると良い、と
具体的な指導を受けて、
さっそく保育園で実践に移してくれています。
昨日はレストランごっこ、今日は工事現場ごっこやアイスクリーム屋さんごっこを
他のお友だちも交えて、楽しくやったようです。

指導に行き詰まったとき、
「ひとりでは進めない部分も、専門機関や家庭などと連携をとることによって
いろいろな情報を得て進んでいけるのだな、と実感しています。」
と連絡ノートには書いてありました。
私も、つくづくそれを感じています。
また、今回の相談会で、担任の先生も同席できるよう、配慮して手配してくれた
保健婦さんにも感謝なのです。
ただ・・・これが行政としての方針で行われたわけではなく、
保健婦さんたちの個人的な努力と配慮で行われている、ってところが
まだまだ立ち遅れている感じがするのですが。
こういうフォローは、ぜひ、行政が率先して行って欲しいものですよね。

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


玲さん 投稿者:とら  投稿日:06月08日(木)10時36分48秒

ショウ君が順調に伸びているというのは成長がうれしいだけでなく、
今の方向性が正しいという事で、お母さんとしても励みになると思います。
おそらくそれらは保健婦さんだけでなく積極的な玲さんの
外に対する働きかけの賜物だと思いますよ。

行政や公共機関に関しては制度が変わらないと無理かもしれません。
私が思うのは公共機関が自分達ですべてをカバーするのではなく、
民間療育機関などに実務を委託したり、申請によって民間の療育機関に
かかった費用を補助してくれるようにならないかという事です。
公のところは移動も有るので、指導が繋がらない事も有りますしね。
子供も行っていた療育センターでフォローが月に2回有りますが、
担任だった先生はもういません。


目あわせと指示 投稿者:とら  投稿日:06月08日(木)11時41分09秒

が通りにくいというお子さんをお持ちの方はここのページを訪れる方にも多いかと思います。
療育を開始した当初(といっても半年ほど前ですが)
目あわせの悪さや指示の通りにくさは、療育でどの程度改善されるか
自分でも疑問に思っていました。
発語や言語理解は指導次第で伸ばすことはできるだろうし、
言語理解によって問題行動を減らしたりすることはできるだろうし、
関わりというものも生まれてくると思っていましたから。
ところが、目あわせと指示の通りにくさ(注意欠陥?)は
言語理解とは違う次元のもので(言葉発達遅滞などが障害による二次的な
ものであるならば、目あわせや指示の通りにくさは一次的なものと考えたため)
はたしてどうやって改善されるべきものか、疑問に思っていました。
老舗である「て○んでぇさん」のページでもそのあたりが課題であるという事が
書かれていたように思います。
さらに掲示板でそのあたりの相談をした人に彼の答えは
「あごをもってあげて目をあわさせる」でした。
最初にそれを読んだ時は「なんだかそれってあんまりじゃない?」って思ったものです。
でも、ドラマで達郎が輝に対して腹を立てたのも、
繭子が会社の同僚に腹を立てられたのもアイコンタクトが一因だったことも有り、
積極的にアイコンタクトを取らせるようにしてみました。
ちょっと頬を持ったり、目をちゃんと見ないと指示を聞いてあげなかったり...
すると、あらら指示の通りも良くなるし、自分からアイコンタクトとするように
なるではないですか。なるほど、やはり習慣的な要素も有るのかと思ったものです。
同じ会話をするにしても何と楽しい事よ。子供に目を見て「パパ、あそぼー」
なんて言われた日にゃ朝の通勤前の忙しい時でも、一本電車を遅らせて
ちょっとだけでも遊んであげたくなるものです。
目あわせってコミュニケーションにおいて大切な要素だと改めて感じました。

大人でも健常でもアイコンタクトが悪い人はたくさんいます。
自分だって目を見て話をするケースはそうそうない事に気が付きました。
自分自身もちょっと気にしてこれからは過ごそうかと思っています。


はがゆい思い 投稿者:ぴいママ  投稿日:06月08日(木)11時48分40秒

(何だか静かな掲示板。今ちょっと小さな声で話しています。)
とらさん、Mさんレスありがとうございました。

うちも、朝倉さんと同じように、発達診断の場に保育園の担任の先生と園長先生に
同席してもらいました。医師や言語療法士の診断やアプローチの方法などを、私を
介して聞いてもらうより直に聞いてもらった方が、また集団の中での様子を伝えて
もらうことで、より診断しやすくなるだろうと思ったからです。
その結果、「障害はない、力は持っている、集団生活は続けるように、他の子どもたち
から受ける影響は大事だから。ただ人数的に加配は付けないと今のままだと難しいか
も。」と、医師から。
言語療法士からも同様の事を言われ、さらに「もっとモデルを示してあげなさい。
こういう時はこう言うのよというのを、先に言ってどんどん教えてあげなさい。一言
出たらそれに続く言葉を言ってあげるのよ。」と、具体例が出されたのでした。

保育園は来年度から移ることになったのですが、それまではなんとかお願いしなくては
なりません。発達診断の結果を踏まえて、無理強いしないでゆ〜がのペースで一つ一つ
クリアしていけるように接してやればいいと思い、それを伝えたのですが、先生は納得
されていなかったのです。あの診断では医師も、言語療法士もオブラートに包んだ物言
いではっきり発達の遅れを示さない、過大評価してはゆ〜がのためにならない。お母さ
ん、もっと具体的な方法を聞いてくれなければわからない。・・・
>「ひとりでは進めない部分も、専門機関や家庭などと連携をとることによって
>いろいろな情報を得て進んでいけるのだな、
保育園の先生も同様の事を以前ノートに書かれていました。
私もそう思います。なのにうまく噛み合わない・・・
それがとてもつらいです。
先生は例えば、席に付かせる時はこのように指示して、このような態度で接して、
といった本当に一つ一つの具体例を、私からではなく医師や療法士から示して欲しいのです。
私の、母親の気持ちは信用ならないのかも知れません。

なかなかわかってもらえないはがゆさはありますが、実際に長い時間ゆ〜がに接して
くれる先生の気持ちは大切にしたいです。
例えば、発語は何歳程度だけど◯◯の理解は何歳くらい、そんなことがわかれば、
保育園の先生はプロですから、何歳程度にはどう接するのが良いのはご存知だから
程度に合った方法で接してもらう。そのためにゆ〜がの発達段階を示す表などを
提示して欲しいと、医師や療法士に聞いてみようか……と考えています。

ふぁ〜っ。(タメイキ)
とても感情的な私は、こういったやりとりを保育園でかわすのが苦手・・・
『そんな言い方ってないでしょっ!!』なんて本当は爆発しそうな気持ちを押さえつつ
3人も面倒みてくれてる保育園にはやはり感謝しつつ、いろんなことが頭の中でぐるぐる
しつつ、穏やかに話を聞いているのです・・


目あわせ 投稿者:リンコ  投稿日:06月08日(木)12時30分01秒

結局、アイコンタクトが必要なのは、『相手のため』なんですよね? 
要するにサービスですよね。

だとしたら、「目を合わせるのが難しい」ことを先方に説明する、
誰に話しかけているのかが先方にわかりづらいのであれば、先に名前をよんでから話しはじめる、
目ではなくて目の周辺を見る、

この3つの組み合わせで十分ではないでしょうか?
ドラマの中でも、狭山先生は「輪郭を見ればいい」と説明していました。

また、TPOもわからないくせに、やたらと目を合わせる練習にこだわった繭子が、
井沢の目を不適切に長く見つめてしまい、不適切な言葉と相まって
「気がある」と誤解された点も忘れてはなりません。

私の場合は、目を合わせるだけなら、一時的に苦痛に耐えれば済むことですから結構ですが、
目を合わせることに集中しなくてはならないので、音声の聞きとりはできなくなります。
意味の把握もあやしくなるので、よくわからないままに「はい、はい」と答えることになり、
コミュニケーションには役に立ちません。
簡単な指示ならかろうじてぼんやりとは分かりますが、覚えていられません。
朝、夢からさめたときに夢の内容を思い出せないが如く、いずこかへ消えてしまいます。

つまり、「見かけが変に見えないこと」「その場限りで相手を喜ばせること」だけが優先されて、
依頼をきく場面であれば「相手の要求の内容を理解して、遂行すること」の方に支障が出ます。
これでは、実質的には、かえって迷惑をかけることになってしまいます。
また、交渉ごとであれば、わからないから何でも「はい、はい」と言うしかなく、
どんな不利な条件を出されても、いつの間にか無理をきいてしまいます。
もちろん、相手は得をするのですから、「都合の良いヒト」として喜ばれるでしょうが、
そうやって損をしてまで「愛される」「かわいい障害者」になることが重要なのでしょうか。


もちろん、 投稿者:リンコ  投稿日:06月08日(木)12時38分39秒

「ふたつ以上の感覚を同時に使えない」という問題の軽い人であれば、
習慣だけで克服できるのでしょうけれど。

別にとらさんに反対してるわけではありませんよ。
子どもさんの状態(条件)がとらさんのお子さんとは違うのに気づかずにまねをするのは心配。
それだけのことです。

どんな人が見ているかわからないので、
(ワラをもすがる思いで、心に余裕のない人がROMしてるかもしれないから)、
余計な一言をくっつけたくなってしまいました。
行きがかり上サカナにされるような格好になったとらさん、ごめんね、わかってね。


ことばの使い方 投稿者:satomi  投稿日:06月08日(木)12時46分10秒

ここのところ忙しくて読むだけになってました。

前にもあったんですが、わたし自身のことばの使い方がおかしいと指摘されることが
ありまして、、、自分では全然感じないんだけど、感じないこと自体ヤバイのかなぁ
と少し落ち込んでいます。
例えば、最近指摘されたのが、、、
電話をかけている時に、相手に別の人に伝えて欲しいと頼む場合わたしは、、、
「では〇〇さんに明日お伺いしますと伝えてもらえますか」と言うんですね。
あっ、「お伺いします」と丁寧語で言っておいて「もらえますか」じゃ変かなぁ
というのはわたしにも分かるんですが普段の会話ではこのテのことはよくあると
思うんです。(ホントはダメよね(^^;)
問題は「伝えてもらえますか」の「か」は疑問符なのだから人にお願いする時に
最後に付けるのは変だと言われたんです。
だけどこのテの使い方は周りの人も自然にしているように思うのですがどうなん
でしょう?
もういっこ随分前に指摘されたことばがあるんだけど忘れちゃった(^^;
最近言われないってことは言わなくなったのかな?

ところで、あるサイトで自閉症状としてギューって強く抱きついてくるとい
うものがあったんですが、、、うちの子、最近よくあるんです、、、が、よ
くないことではないんですよねぇ、、、?こっちは結構嬉しかったりするん
ですが。。。


子どものとき、 投稿者:リンコ  投稿日:06月08日(木)12時54分12秒

私は特に目を合わせることを「避ける」ことはありませんでした。
だから、特に「視線の合わない子」という印象はなかったはずです。
視覚的に好奇心があれば、人の顔だって見ましたしね。

ただ、見るのと聴くのとが両方一度にできないため、
話をよく聞こうと思うと、目はお留守になるしかなかったのです。
あるいは、目を使っているあいだは、自分の感覚(内部からの体感)の方は消えてしまいます。
暑いとか寒いとか痛いとかオシッコしたいとかお腹が空いたとか吐き気がするとか、
そういうのは読みとれなくなります。

そんなわけで、「こっちを見なさい」と言われるとそれなりに従うんですが、
指示している人の(具体的には母の)顔を見ると、確かに従順になります。
たとえば満腹感のスイッチはオフになるから(もともと鈍いんですが)、
もう食べられないのに「もっと食べなさい」と言われると、言われるまま食べる(数分後に泣きだして、吐く)。
汗ばんでいるのに、「寒いでしょう、もう一枚着なさい」と言われると、黙って着る(翌日はアセモだらけ)。
「時間がないから早くしなさい、もう行くわよ」と言われると、オシッコしたかったことを忘れて
ついて行く(数分後におもらしをして、なおさら出発が遅れる)。

何か、大人になっても基本は変わってないっていう気もするな(爆)

30を過ぎてから、私は「視線の合わない人」になりました。まあ、わざとなったようなもんです。
それだけをとって見れば、「症状が悪化した」ともいえるし、
自分で選んでなったということは、「詐病」とか「ヒステリー」なんかとの境界線も曖昧になりますが、
私はそれと引き換えに、「自分の感覚」を獲得しつつあります。
まだまだ現場では無理なんですけれども、自分が「やりたいかどうか」を探ってみることを
覚え始めました。
今、35歳なんですが、40歳くらいまでに「よく考えて断る」力を獲得したいというのが
次の目標です。


ぴいママさん、 投稿者:とら  投稿日:06月08日(木)12時56分46秒

前にも書かれていましたが、かなり今の保育園の先生も積極的に何かしようと
してくれているようですね。その方法がわからないから歯がゆいという状況にも思えます。
転園されるというお話ですし、それを肯定してしまった私ですが、
積極的に何かしたいと思ってらっしゃる方・園の場合は、
悩んでいる先生の糸口を見つけてあげたり
方針が見つかると結構あっさり行くようにも思います。

以前私自身書き込みをしたように思いますが、両親以外の人が関わる場合は
ちょっとだけ背伸びしたアプローチが有っても良いと思います。
遅れのない子供よりさらに斜め上を見ないと、その先で追いつかないのは
紛れもない事実ですから。
そのぶんお母さんやお父さんが遊んであげたりして
ストレスのはけ口になってあげれば効果は大きいように思います。
結構、保育園の指導法が効果有ったという事もゼロとは言えないかもしれません。


↓下の状態(過去ログに入ってからは、上の状態↑) 投稿者:リンコ  投稿日:06月08日(木)13時02分35秒

このような「過度に従順」になるのは、
別に、びくびくして従うわけではないし、萎縮しているわけでもありません。
単に、感覚が遮断されるから、やりたくないことに本当に気がつかず、
「なるほど、はい」と思って、本当にすすんで従っているだけなのです。
そこんとこ誤解しないでください。

また、私と似たようなタイプで、「感覚は一度に一つしか使えない子」の場合、
非常の折りなど、本人の同意をとりつけているヒマがない状況では、
この方法は便利だし、もっと積極的に活用したらいいんじゃないかと思っています。
ただ、日常の生活をスムーズにするために常用すると、別の感覚の発達が遅れるのが怖いなーと。


リンコさん 投稿者:とら  投稿日:06月08日(木)13時59分44秒

いつも貴重な意見をありがとう。
私が書き込む時は「使用上の注意:以下は誰にも当てはまるというものでは有りません。
各々の責任においてご使用ください。」って但し書きが自動的にヘッダーに付くと良いかも。

ひとつ私の頭にあるのは、「三つ子の魂」のような発想です。小さいうちに身に付いていれば
苦痛を感じないで将来使えるかもしれないという事です。
それが無意味なものなら別ですが、広い意味で本人のメリットになるようなら
そういったアプローチも有りかと考えるわけです。

>結局、アイコンタクトが必要なのは、『相手のため』なんですよね? 
>要するにサービスですよね。

いえいえ「相手のため」=「自分のため」
子供はおかげて遊んでもらえました。正直な所、目も合わせず「遊ぶー」と言ってきたら
電車を遅らせて遊ぶと言う事までには至らなかったかもしれません。
「パパ、仕事だからごめんね。」

>そうやって損をしてまで「愛される」「かわいい障害者」になることが重要なのでしょうか。
これは相手次第、自分次第と言う事ではないでしょうか。
だって愛想が悪く、目もあわせないけれども与えられた仕事をする人と、
なんとか普通に接しているけれども、仕事はポカが多くて期待に答えられない人と
究極の選択を迫られているわけですよね。
ここの掲示板でアンケートを取ってみてはどうでしょうね?
リンコさんはある程度自分の居場所を見つけて、自信を持って仕事を
されているのが良く分かりますし、それで正しいと思います。
でも、英語の力も有って実績もあるので仕事もくるでしょうが、
手に職のない場合は愛想ぐらい良くしないと、と思うわけです。
だからどっちの生き方も正しいのではないかと思います?


普通じゃないでしょうか? 投稿者:とら  投稿日:06月08日(木)14時30分22秒

>「では〇〇さんに明日お伺いしますと伝えてもらえますか」
相手の意見を賜ると言う意味でより丁寧にお願いする時には使うと思いますし、
はるか昔にそういった使い方も有ると習った記憶が有ります。
でも話者に対して会話中の第三者よりへりくだった表現をするということを考えると
「では、○○さんに明日伺う事をお伝えいただけますでしょうか。」
となるのかな? それでも最後に「か」が付いてますね。


んー、そじゃなくて、 投稿者:リンコ  投稿日:06月08日(木)14時54分20秒

自分で計算して「選べる」ようになったらいいなあと思ったんですよ。
スイッチ方式です。

私は選ばずに「見ろと言われたら見る」しか知らない状態で育ったでしょう?
相手と一緒のときは、素の状態に戻る時間を持たなかったから、
「自分がどうしたいかを感じる」方の能力が育たなかったわけです。

一方、「顔を見たら先方が喜ぶ」ということを情報として知らないで、
ずっと知らずに損をしていく人もいることでしょう。
(両親が共通の障害の軽症形を持っていた場合などは、その方が双方都合よく幸せなので)

どちらかしか知らない状態で育つっていうのは、すごく損なことなんじゃないかと。
しかも、どちらを知らされるかが、周囲の環境だけで決まってしまうということ。
情報と、選択の機会と、選択する力を育てること。
そんな可能性はないのかなあ、と思うわけです。

>だって愛想が悪く、目もあわせないけれども与えられた仕事をする人と、
>なんとか普通に接しているけれども、仕事はポカが多くて期待に答えられない人と
>究極の選択を迫られているわけですよね。

え、近いけど、ちょっと違う・・・

「目の近くを見たり、顔の手前を見たりして、
本当は目が合ってないけどまあこっちは見てるかなという程度には見えて
(ときどきは「手元の書類を見る」方法で休憩をして)、
愛想は、本題の交渉をしてるときは無理だけども、
代わりに挨拶のときだけに集中して入れて、
言われたことも覚えていられる人」
ってとこかな?

それとね、ずっと長年、教えられた通りに人の顔を見る代わりに話が理解できなかったころは、
「ときどき手元の書類を見たりしたら楽になる」ってことだって、知らなかった。
だって「話が聞きとれない」ということと「顔を見ている」ということの関連を知らないんだから。
「目をそらしたら話がわかる人もいる」と仲間に教えられて、
半信半疑で試してみて(すぐにはわからなかったけど、慣れてきたら)驚いた! んですよ。
「もしかして、私はマヌケじゃなかったの?!」って目からウロコでしたが、
その分、「自分がマヌケじゃないことを、もっと早く知っておきたかった」と思ったんです。
「どうせあれもこれもできないに違いない」って最初からあきらめていたことの数々。

地球語を覚えたのはすばらしいことですが、連邦語の力も、日常会話程度は保っておきたかった。
バイリンガルでいられたらなあ〜、って思ったんです。


ちょっとずれてるかもしれませんが 投稿者:こくっぱの母  投稿日:06月08日(木)17時25分51秒

目を見てると話が聞き取れない、っていうのはわかる気がします。
入学式の時、とにかくキチント座ってさえ入ればいいと思った母は、
「とにかく何があってもちゃんと座っているように」
ハカセに指示しました。
おかげさまで式の間中、座りとおすことができました。
が、あとで聞いてみると「先生の話」も「かかっていた音楽(トトロでした)」も
何もかも記憶にありませんでした。
そんなもんなんですよねえ。
で、担任の先生には、どうしても話を聞かなくてはならない時は、
姿勢や態度まであまり細かく指示しないようにお願いしてあります。

混乱しますので。


横は入り失礼します 投稿者:さる  投稿日:06月08日(木)18時27分03秒

私は自閉ではありませんが、目を合わせて話すことはとても苦手です。
実際、すぐ目をそらすか最初から目を合わせないですむようにしてます。
ひーろーは自閉とADHDのある子ですが、目を合わせて話すことは
私より苦手そうには見えません。
ひーろー本人じゃないので、わかりませんが・・・
でもひーろーは多動衝動もあるし、何かと気もそれやすいかもなので、
「目が合う子だな」って気づく人も少ないでしょうが。
そして、多動等を我慢させるとかえって色んなことができなくなります。
他の人から見ると「あんなに動いたりしてるのに、よく話が耳に入ってる」となります。
リタリンを飲んでますが、危険さえなけりゃーリタリンは必要ないだろうに・・・
となるくらいに色んなことを学習できます。
話がずれてしまいました。


うわー急ににぎやかに 投稿者:ぴいママ  投稿日:06月08日(木)18時49分17秒

なりましたね。

とらさんへ
>遅れのない子供よりさらに斜め上を見ないと、その先で追いつかないのは
>紛れもない事実ですから。
>そのぶんお母さんやお父さんが遊んであげたりして
>ストレスのはけ口になってあげれば効果は大きいように思います。
>結構、保育園の指導法が効果有ったという事もゼロとは言えないかもしれません。
これ私も感じています。
せっかく先生がやる気満々なんだから頑張ってもらおうかなっと
その手助けになるものを模索中です。
また報告しますね。


そうよねえ、 投稿者:リンコ  投稿日:06月08日(木)20時49分05秒

大人になるまでに、
「外づら優先モード」と「実質優先モード」の両方をきちんと意識して体験させて、
それぞれのモードで自分の五感がどんな感じになるかを実験・観察させて、
スイッチングの経験を積ませて、

その上で、「どの場合にどちらを使うべきか」については、カンではどうせ判断できないから
マニュアルを暗記して対応。
そういうやりかたができたらいいなあと思うのです。

ちなみに、「ずっと『普通』に・・・」の著者、グニラさんは、スウェーデンで、
自閉症やアスペルガーと診断された子どもたちを対象に「自分たちの自閉を知るための教育」を
行なっていますが、彼女の書いた子ども向けの自閉解説本には、こんな記述があります。

アイコンタクト
私たちの中には、話している人の目を見なくてもいいときの方が、話がよく聞こえる人たちがいます。
それだけではなく、中には、ほかの人の目を見るのが、本当につらいという人もいます。

人の話を聞くときに、相手の目を見ていないと、「聞いていないのか」と思われてしまうことがあります。
自分で、相手の人に、「顔は見ていないけれど、ちゃんと聞いています」と説明すると、
解決するかもしれませんよ。

ま、しょせん外国の話ですから、夢物語だと笑われそうですが(笑)←先に笑っとこ


あの〜 投稿者:ウルトラの母  投稿日:06月08日(木)22時04分51秒

ちょっと参加させてもらってもいいですか?

秘書検定の講座で、上司と話す時は胸元を見ましょうって教わりました。
あからさまに目を見るのはハシタナイって。
ちょうどネクタイの結び目辺りを見ると、少し控え目でなおかつ相手にしっかり視線を送って
いる状態になるんだそうです。(ヤマトナデシコってヤツですかぁ?)

この講座、すっごく変でした。
「お茶を入れる時はお湯を注いだらフタをして、美味しくなぁれって3回唱えます」とか
講師が真面目な顔して言ってるの・・・。
ちなみにその後、検定には受かりましたが、お茶を入れる時に呪文は唱えておりませんでした。


あ、そうなんだ 投稿者:ウルトラの母  投稿日:06月08日(木)22時09分22秒

>そんなわけで、「こっちを見なさい」と言われるとそれなりに従うんですが、
>指示している人の(具体的には母の)顔を見ると、確かに従順になります。
>たとえば満腹感のスイッチはオフになるから(もともと鈍いんですが)、
>もう食べられないのに「もっと食べなさい」と言われると、言われるまま食べる(数分後に泣きだして、吐く)。
>汗ばんでいるのに、「寒いでしょう、もう一枚着なさい」と言われると、黙って着る(翌日はアセモだらけ)。
>「時間がないから早くしなさい、もう行くわよ」と言われると、オシッコしたかったことを忘れて
>ついて行く(数分後におもらしをして、なおさら出発が遅れる)。

なんだかうちの兄ちゃんみたい。
そうかー「一度に一つの感覚が使えない状態」なのかぁ。
それで叱られてビクビク怯えるようになっちゃうんじゃ、気の毒だわぁ。

こういう子の場合、テレビなどはどうなんでしょう?
あれって「映像を見ながら音声も聴く」ことをやっている状態でしょう?


間違えた 投稿者:ウルトラの母  投稿日:06月08日(木)22時12分54秒

「一度に一つの感覚が使えない」ではなくて

「一度に二つの感覚が使えない」 

  もしくは

「一度に一つの感覚しか使えない」 でした。


言い回し 投稿者:ウルトラの母  投稿日:06月08日(木)22時18分41秒

>「では、○○さんに明日伺う事をお伝えいただけますでしょうか。」

↑これも有りだとは思いますが、

「では、○○さんに明日伺う事をお伝え下さい」

「では、○○さんに明日お伺い致しますとお伝え下さいませ」(これが一番丁寧かな?)

と言えば疑問符はつきませんね。


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