2001年6月その7
双方向の矢印 投稿者:まつこ  投稿日: 6月26日(火)10時37分19秒

問題を解決するのは簡単ではないけれども……。

去年、少年が3年生の時、国語の教科書に「わたしと小鳥とすずと」(金子みすゞ)が
載っていました。
『みんなちがって、みんないい』

みんなちがうんだということ。その上でみんないいということ。
担任に、この「みんな」の中に障害者も入れてくださいね、とお願いしました。

少年の「ひとり言」は無意識のものだから、
「まばたき」と同じように自分で取り締まるのは難しいということや
叱られるとどうしようもなく笑ってしまうことや、
強い風がものを吹き飛ばすのが怖いから、暑くても教室の窓を閉めたいことを
先生が「理解」してくだされば、同じ教室で生活する子ども達にも
「ああ、彼はこういう風に感じているんだ」とわかります。

障担がおっしゃるには「子どもの方が柔軟にピンとくる」そうです。

その上で、少年がひとり言を取り締まろうと努力したり、
叱られている時に笑うまいとがんばったり、
ほかの人が暑いから、自分の席の近くの窓だけ閉めることでがまんしたりすれば
解かる子にはそのことがきっちり伝わります。

少年が人の気持ちがわからないで言ったりしたりしたことを
先生はどこがいけなかったかきちんと説明して、どうすればいいかも教えてくださいます。
この様子も子ども達はしっかり見て、学んでいます。

少年は確かにみんなとはちがっているけれど、迷惑な存在ではないようです。
それどころか、席替えの時に少年と同じ班になりたいという子で争いになるほどです。
私は参観の時しか学校での様子を見ることはできませんから、
最初は先生が気を使ってそうおっしゃっているのかと割り引いていました。
でも、そうでもなさそうです。

「理解する」というのは、「大目に見て、許して、周りが我慢する」こととは違うのです。

ここは、学校の先生方もROMしておられると思うので……。

付き添わない限り、親は学校の集団の中での子どもの様子を見ることはできません。
また、親がいない時、子どもが集団の中でどんな風でいるのかもわかりません。
親子とも安心して楽しく通える・通わせられる学校・クラス経営を
どうぞよろしくお願い致します。


昨日の夜からずっと考えてました。 投稿者:はたはた  投稿日: 6月26日(火)12時50分58秒

「いじめ」に対して、すごく臆病になっています。

私は、小学校の時に数人から始まってやがては学年全体に広がると言う「いじめ」受けました。女の子からは完全無視、男の子からは学校の帰りに待ち伏せされて殴る蹴る..靴を隠され、傘を折られ、ばい菌と言われ...。きっかけは、他愛も無いことでした。それも後で大人に聞かされ、知りました。ある日突然、皆が口をきいてくれなくなる..という感じ。多分きっかけは、大したことが無いけれど、前々から「ムカツク」とか、「生意気」と嫌がる子がいたんでしょう。

親と先生が何度も話し合ってくれましたが、陰湿な無視は大人が介入してからも続きました。
半年ほどして、家の都合で引っ越すこととなりいじめからは解放されました。(その時は、本当に嬉しかったです。)
今考えると引越してからは、いつも「いじめられないように気を遣っていた」ように思います。

自分自身では何も解決出来なかったこと、何も好転せぬまま、引越しでうやむやになってしまったことによって、私自身「いじめられないためには、いじめられないような行動をする」ということが身についてしまっている(解決策だと思い込んでいる)のだと今回、気が付きました。
でも、いまだに「いじめ」に関しては、全然分かりません。子供がちょっとでもからかいや遊びの中の標的などにされると頭の中が「パニック状態」になってしまいます。
それに加えて、「どんなことを言うと相手を傷つけるか..。」ということにとても疎い自分がいます。自分が考えていることさえ良く分からないのに人の考えていることなんて全然分からないんです。

でも子供には、あの苦しみを味わわせたくない、と心から思います。
子供の就学を控え、一番心配なのが「いじめ」です。


過去の辛い経験を書くのは、心が痛むのに書いてくださって..感謝しております。
リンコさん、ありがとうございました。


でもさ、 投稿者:ペンギン  投稿日: 6月26日(火)14時47分32秒

「いじめ」という行為は、すごーく社会的な価値判断で言っているわけでしょ?

でも、当の本人にしてみれば「こうしたら⇒こうされた」「ああしたら⇒ああされた」という、個々の事例を集積していくしかない。そういう、自分がした行動の社会的な意味が分かっていない人に、「いじめられても仕方のない行動」なんて言われたって、わかるはずない。

関係者同士で協議するのなら使ってもいいけど、本人に「いじめ」という言葉で説明しようとすること自体が飛躍してない?

http://www2u.biglobe.ne.jp/~pengin-c/index.htm


クラス経営 投稿者:みっき  投稿日: 6月26日(火)16時12分35秒

娘ハイジ(小5、自閉傾向有り、言語性LD)も小1の頃、まつこさんのところと同じように、
『みんなちがって、みんないい』を教科書で習ったと同時に、クラスのスローガンになって
ましたし、担任の先生がその言葉を好んで使われていました。

当時、まだハイジはLDとは思っていなかったので、言語発達遅滞と先生に私から申し出て
いましたが、彼女のコミュニケーションのちぐはぐによるトラブルも、普通のお子さんと
変わりなく、いえ、少し丁寧めに接してくださり、周りの子どもたちにも、ハイジが
どんな風に考えて行動したのかなどを説明しつつ、ハイジと子どもたちの架け橋を
一生懸命作ってくださってました。
してはいけないことをハイジがしてしまったときは、もちろん毅然と叱って下さりながらも、
ハイジにわかりやすい言葉で、ハイジの視線に合うようにかがんで、言い含めるような
やり方だったので、しまいには子どもたちも先生に倣って、ハイジがパニックを起こしたとき
などは、先生より先に、子どもたちが先生と同じようなやり方で説得してくれるという場面が
増えました。

それは、今でも続いています。幸いなことに、担任が変わっても、どの先生も非常に理解を
示してくださっていたためで、子どもたちも先生のやり方にならって、ハイジを理解しようと
努めてくれる子は多いですね。

ハイジを取り合う場面もあります。まつこさんのところとこれも同じですね。
去年、山の家へ1泊するのが学校であったんですが、ハイジを誰が見てくれるか(どうしても
補助が必要ですから)、というとき、何人かの子どもたちの手が挙がったと聞いています。
その中には、今まで、ハイジが何でまじめにできないんだと思っていたらしい秀才肌の
男の子も混じっていました。彼もハイジのことをわかりたいと思ってくれるようになったんですね。
問題行動があったり、集団の中で合わせてやっていくことが難しいハイジですが、
彼女には得意なことがあります。計算、漢字、音楽(特にリコーダー)だけは、誰にも
負けないくらい得意です。
男の子なんかは、リコーダーのテストのときいつでも、ハイジが一番に先生の前で上手に
吹くので、「魔法使いみたいに、いつでもどんな曲でも吹かはる」という印象を持っている
らしくて(先生談)、尊敬の眼差しなんだそうです。
何か一つでも、自信のあるものを持っていると、それだけでも随分見る目が変わりますね。

それを先生はきちんと見ていて、「ハイジちゃんはね、魔法使いじゃなくて、
ちゃんと練習してきているのよ。好きだから、たくさん練習しているのよね」
とフォローの言葉も忘れません。
先生、ハイジ、友達、この融合があって、クラス経営がうまくできあがっていくし、
そうなると、先生ひとりで背負うような負担が軽減されます。子どもたちが
代わってやってくれることもあるし、子供同士で関わることで、ハイジも大人に
頼らず、友達のように同年代を意識して、コミュニケーションをとろうと彼女なりに
がんばっているようです。それで、いい循環ができます。

それは何も障害のある子どもに限らないことだと思います。
ハイジはクラスを出れば、他の学年の子たちに、今でも後ろ指を指されることも
あります。
学校全体の指標として『みんなちがって、みんないい』を目指せば、
どのようなお子さんにでも、学校生活がもっと過ごし易い環境になるのでは
ないでしょうか。それとも私の言っていることは安易でしょうか。

ハイジと級友たちの、楽しいエピソードはまだありますが、この辺で。
この素敵な環境が、ずっと続いてくれたら、と親は願ってやみません。


いよいよ動こうかと思っています 投稿者:ゆうくんママ  投稿日: 6月26日(火)23時58分03秒

来年就学、高機能自閉症と診断されているゆうくんのママです。
しばらく私が体調をこわしていて、見に来ていませんでいた。
来週の水曜日、はじめて就学予定の小学校に見学に行こうと思っています。
間に保育園が入ってくれたので、ちょっと臆病になっていたけど、やっと動き出せそうです。
ここしばらくの就学について書かれているログを読ませて頂きました。
ちびくまママさんのチェックリストも参考にさせていただきます。
とりあえずははじめての訪問なので、先生のお人柄の観察と、学校の設備面など、ハードの部分を中心に見てこようと思います。
ひとつ不安があるとしたら、一緒に行く主人かなあ・・・
私との意思の疎通がもうひとつ・・・なので、何をしゃべってくれるのか見当がつきません。
ゆうくんも連れていくので、今回はなんとかごまかせるかな。
再来週から集中的に療育(リハビリと言われた)をはじめるんですが、それをゆうくんパパに行ってもらおうと思っています。
就学って、本当に大切な節目ですもんね。
後悔するような事はしたくないし、とても責任を感じています。
また迷う事など出てくると思います。この掲示板の先輩方、頼りにしています。よろしくお願いします。


>ゆうくんママさま 投稿者:sara mama  投稿日: 6月27日(水)09時32分16秒

初めての見学ですか? 個人の見学ですか?
そんな時って、上がってしまいがち・・・
私も最近見学終えたところですが・・・
聞きたい事のメモを作って行くと、ラクです。
ついでに、「どんなお子さんですか?」って聞かれた時のメモも。
もちろん、いい事をたくさん!
がんばれ!


いじめについて。 投稿者:さくらんぼ  投稿日: 6月27日(水)10時45分41秒

ひさびさに、掲示板を見て、「みんな違ってみんないい。」
っていうのを見ました。
本当にそう思います。

でも、市内の電車なんかでもそうなんですが、シーンとしていて、どう見たって健常者の集団です
障害のあるものはいったいどこでくらしているのでしょう。と言いたくなる。

なんだか、建前はいくらでもきれいごと言ってるけど、現状は違うって思います。
だから、最近はそういった言葉の一人歩きをとても感じて、

みんな違ってみんないい。というのは、究極の文句だから、せめて、障害者がこの世にたくさん存在しているという現実を知って欲しいと思います。

障害者さんがどんだけの割合で街を闊歩しているのか、また、付き添っているのは、親兄弟以外か
、そういった所に、障害者に対する意見、考えは反映するのであって、理想論ばかりいつも一人歩き状態は好きではありません。


はーにゃさん、 投稿者:ぎたお  投稿日: 6月27日(水)10時51分48秒

うちでは、着替えるときに脱いだ服をぶん投げる(?)という行為が有りました。
まあ、行為そのものも楽しいですし、親の反応も大きいので、強化されていたんでしょう。
はーにゃさんがおっしゃっているように

>今は投げようとふりかぶった時に「投げない!!」とたしなめ、
>それでも投げた時は「だめ!」というか無視しています。
>また、「投げない!!」の言葉で投げるのをやめた時には大げさに
>褒めるようにしています。

がまさに正解だと思います。まず未遂にさせる事が大切なようです。そして投げてしまった場合も端的に制止するか、あるいは無視する。お子さんは2歳半と言う事ですし理解力によってアプローチは変ってくるのでしょうが「物を放り投げない」ということは比較的普遍的な事象なので、本人が叱られた理由が或る程度わかる場合は「叱る」という行為も必ずしも悪い事ではないのかもしれません。
あとは積極的に粗大運動を屋外で取り入れてみてはいかがでしょう。衝動などが起因する場合も全身を使った運動・発散方法は良いと思います。外でボール投げなどを行なえば、条件付きで認められる(外なら OKとかボールなら OKとか)ということも把握できるかもしれませんね。


地域の中の障害者 投稿者:ぎたお  投稿日: 6月27日(水)13時29分34秒

>でも、市内の電車なんかでもそうなんですが、シーンとしていて、どう見たって健常者の集団です障害のあるものはいったいどこでくらしているのでしょう。と言いたくなる。

>せめて、障害者がこの世にたくさん存在しているという現実を知って欲しいと思います。

確かに電車とか公共の交通機関では、そうそうは見かけないかもしれません。100人に一人程度いる自閉症スペクトラムにその他の周辺の障害、あるいは肢体不自由な障害をお持ちの方などを考慮に入れても、一般人との比率は現実社会では少ないようにも感じられます。

それでもアンテナを張り巡らせていると結構街存在しているかなと思うときも有ります。朝の通勤ルートで必ず駅のエスカレーターの近くに立つ青年、彼はおそらくスペクトラムの中にいるでしょう。(それ以外の行動でもそう思われる点が有るので)おそらく普通の人が見たら「どうしたのかな」「ちょっと変っている」程度に思うだけでしょう。近所のファミリーレストランに行くと障害の有る方が来ている事は多々有ります。公営のプールなどに行くとほぼ 100%障害の有る方が来ています。(水泳は良いと聞きますしね)それから市営の公園や施設では必ず障害の有る方も混ざって仕事をされています。

ひとたび車で町を走るといたるところに養護学校の送迎バスの停留所のステッカーを見かけます。「ああ、きっとこの近くにも同じような障害をお持ちの方が住んでおられるのだろうな、そして朝には子供たちを送り出しているのだろうな」そう思って見ています。
うちの近所にも障害の或る方の自立施設が有ります。子供の事が有るまでは存在すら知りませんでした。しかも知ったのはごく最近です。他にもスーパーや公民館などに行くと、障害者施設主催のバザーなどをやっている掲示も目にします。回覧板に書かれているときも有ります。もちろん本人達が適応力を身に付けることで逆に社会の中で、目立たないのかもしれないし、とても通勤電車には乗れないと思って別の手段で仕事場へ向っているのかもしれませんが、そういった視点で見ていないとみすごしてしまうのかもしれません。
もちろん私の住んでいる地域は福祉に積極的で障害者支援が進んでいる方では有ると思いますが、地域の中での障害の或る方の存在に気付く事が多くなっている自分の姿があるものですから...


ぎたおさん 投稿者:はーにゃ  投稿日: 6月27日(水)15時30分35秒

レスありがとうございます。
今の方法(投げる瞬間たしなめ、投げなかった時に褒める)でやってみます。
外遊びの時もやっぱり投げていて、この子にとってのこだわりという感が強いです。
最近は草木に持っているおもちゃや拾ったペットボトルなどを投げつけ、
ボヨーンって跳ね返るのを見て楽しんでいます。
それぐらいなら大した被害もないし、それで少しでもストレスが発散できればと
結構好きにさせていますが。
今はかんしゃくとこの「ぶん投げ」が最大の課題!!
本当に早く収まって欲しいです。

ありがとうございました。


はじめまして 投稿者:ぷりん  投稿日: 6月27日(水)16時09分51秒

   はじめて書き込みします。5才の息子のことなんですが、
 うちの息子が自閉症じゃないかと感じはじめたのは、3才の頃保育園の先生に
「視線が合わないね、オ−ム返ししてるよ」と言われてからです。
 園の先生から福祉施設を紹介され通い始めました。(周1回40分ぐらい)
  ところが4才なってもオ−ム返しはするし、簡単な質問の意味が理解できない、
 今日とか明日がわからないのです。
 たまたま新聞で自閉症の記事をみて驚きました。うちの子と同じなんです。
 自転車のタイヤの回転を夢中になって見続けている、ミニカ−並べ、音への過敏な反応
 エコラリア、とよく似ているのです。これはまずいと、市の図書館で自閉症関係の本を
 探したり、児童精神科でも診てもらいました。結果は、「自閉症ではないけれど
 親戚のようなもの、こういう子は、自分の好きな事でことばを促してあげてください。
 就学しても、世話好きな女の子が助けてくれるから大丈夫でしょう」と診断されました。
 息子はおっとりとした性格で、私や主人、実家の両親にもよくあまえるし、よく笑つて
 くれます。ひとの気持ちを表情で理解できるし、友達と遊ぶ事は好きです。でも、3才の時
 すでにひらがな、かたかなを覚え、絵本を読んだりしてました。
 それに、保育園のほとんどのお母さんの名前を覚えてしまい、おまけにそのお母さんの
 車種まで教えてくれます。
  聞いたことのない言い回しの質問の意味が理解出来ないし、「どうして?」の質問も
 しません。やっぱり変ですよね。
  福祉施設の先生は、「ことばの認知が視覚優先で耳からで伝わらないから(聴覚に
 異常はないです)パタ−ンで言葉をおぼえる方法がいい」と言っていました。
  言葉の発達のために他に何かしてあげれることはないでしょうか。就学までには、
 友達と会話が出来るようにしてあげたいのです。現在は2語か3語文は話せますが、
 自分の言いたい事を宇宙語で話したり、一方的に友達に話しかけて、変な顔をされる時
 があります。
  みなさん、アドバイスよろしくお願いします。


ぷりんさんへ 投稿者:こくっぱの母  投稿日: 6月27日(水)17時20分19秒

自閉症というより、その周辺の子供(スペクトル)ということでしょうか?
うちにはぺらぺらにしゃべる小2のアスペルガー君がいます。
言葉は話せるし、会話も出来ますが、最大の問題は言葉ではありません。
どんなにお話が出来るようになっても、うまく会話がかみ合わなかったり、
その場の雰囲気が読めないので、突然自分の言いたいことを話してしまったりします。
相手が関心を持っているかどうかお構いなしに、自分が興味を持っていることを話したり。

>就学までには、友達と会話が出来るようにしてあげたいのです。

気持ちはわかるのですが、言葉がしゃべれるだけでは問題は解決しないのです。
まずは、自閉圏の子どもがどんな感じ方をしているのか、どんな特徴をもっているのか、
周り(親や先生)が勉強して、子どもの気持ちをうんと理解してあげること。
ここがしっかりしていないと、子どもが「出来ない自分」「マイナスイメージ」を
持ってしまいます。
まずは子どもより、周囲が変わることが大切だと思います。
そして、言葉を話すには、伝えたい思い、他人と共感する気持ち、
その上に話せる単語を持っていないと無理ですよね。
自閉の子どもは他人と共感することが難しいので、
(共感できないのではなくて、自然にいろんな情報を読み取るのが難しいのだと思うのですが)
まずは回りの方が、子どもの気持ちに共感してあげる。
たとえ言葉ではなくても、伝えたい思いを一杯受け止めてあげる。
こんな毎日が、言葉を育てるのではないでしょうか。


訂正 投稿者:さくらんぼ  投稿日: 6月28日(木)00時43分26秒

なんだか、前にかきこしたレスがとってもピントはずれで削除して欲しいくらいです。
怒りのポイントが大ズレって感じで、すみません。
まつこさんの言っていることと同感なんです。ただ、いじめの問題で、とってもむずかしい
ものを感じたから、くっつけて考えちゃったんです。

大人だって、とっても危うい人間関係の中で生きているではないですか。
テレビでは「真紀子対宗男」なんて今盛り上がっていますよね。
真紀子いじめか。・・・・なんて、外務省対真紀子さんでやってる。
大人の世界のエリートと呼ばれる人だってそんなもんでしょ。
私は主婦ですが、主婦の世界だっていろいろありますよね。
だから、人間として生まれ落ちたときから、すごく細かく他人からチェックされることが始まっている。
そのなかで、きれいなことばだけが違った世界に住むもののように存在しているように思うのです。
障害の世界は特にそれがひどい様に思います。
障害者と共に生きるのはすばらしい。みたいなことよく聞きますね。
私は幸い、障害児の親になる前に、そう思うことができたんですね。
そうして、障害児の子供の現状はきっとみんなから保護されているに違いないと他人事みたいに
思っていたわけです。
障害児の親になってみてそうではないことに気がついたわけです。
だから、現状に近いことばでいろんな目標(うまいことばがみつからない。)を示して欲しいな。
ってよく思います。
夢見がちな幻想的な、ことばでなんだかすべてごまかされる、って思うんです。
旨く言えないけど、そんな感じなんです。

それはそうと、今日パニックのことですが、通園施設の連絡帳にパニックを起こしたと書いてありましたので、電話して「どうしてパニック起こすんでしょうね。」聞いてみたところ
「おかあさん、元気ですか。子供に反映することあるんで。」と言われました。
もちろんそういうことも考えられるかもしれないけど、「わかりました。元気になります。」
と言えないことも事実です。
うちの子は本当に大事にしているつもりだけれど、暑いし、パニックのことで悩んでいるしです。
こういう質問されて「元気です。」なんて答えられる人いるんだろうか。
安易にこれ以上わたしをせめんでくれい。わたしを元気にさせるよう努力してくれい。
早く園でプールはじめてくれい。そしたら、わたし、元気になったるわ。と意固地になってしまいま
した。


さくらんぼさん 投稿者:すもも  投稿日: 6月28日(木)06時12分38秒

5歳の自閉症児の母、すももと申します。2回目のカキコです。
さくらんぼさんのおっしゃりたい事、ものすごくよくわかりますよ。あるHPで読んだのですが、アメリカに駐在している日本人が驚く事の一つに、街で障害者を見かける頻度が高いというのがあるらしいです。「アメリカって障害者がやたらと多くない?」って・・・。
多分、全人口のうちの障害者の割合というのは、日本とさほど変わらないと思うんです。じゃあ何が違うのかといえば、車椅子の通れない段差の多い道路とか、周りの人々の目とか・・・。
そういう私も、自閉症児の母でありながら、自閉以外の障害のある人と出会っても、どう接していいかわからず引いてしまう事があります。それは、相手を蔑むとかそういうんじゃなくて、慣れてないからなんですよね。どう接していいのかわからないというか。
子供の頃からもっと障害のある人達と接する、いや、いっしょに生活する機会が沢山あれば、もっと自然に彼等とつきあう事が出来るのではないかと思うのですが・・・。
これも机の上の理想論かも。


ならば 投稿者:朝倉玲  投稿日: 6月28日(木)07時36分25秒

>子供の頃からもっと障害のある人達と接する、いや、いっしょに生活する機会が沢山あれば、もっと自然に彼等とつ
>きあう事が出来るのではないかと思うのですが・・・。
>これも机の上の理想論かも。

それを机上の空論にしないためにも、まず、私達が自分たちの子どもを堂々と社会に連れ出すことでしょうね〜。
そして、周りの人たちに理解や協力を求めていくこと。
こちらから壁を作ってしまわないで、ね。
アメリカだって、今の状態に来るまでには、たくさんの家族たちの長い長い努力と苦労と働きかけがあったのだもの。
日本は確かに遅れは取っているけれど
今からだって始められることはありますよね。
っていうか、まず誰かが始めないことには、何も変わらない。
その「誰か」に、誰がなるか・・・ってことだと思うのね。(*^^*)

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


いじめについて 投稿者:腐乱検死体  投稿日: 6月28日(木)07時46分01秒

ソーシャルスキルの習得は大事ですが、これは将来に向けてのものです。

私は、自分の体験から判断して、学童期には遭うものだ、と考えています。
まだ発展途上な上、精神年齢が同学年の子より格段に幼く、自己中な
障害ですから、遭わない方がラッキーでしょう。

私としては、理不尽なことをされた場合の対処法を教えるつもりです。
日本は法治国家ですから、何か本人に問題行動があったとしても、
「いじめる」という行為は正当化されません。

日頃から、以下のような言葉を掛けておくのは、最悪の事態を防ぐ効果があると思います。
「いじめられるのは恥ずかしいことじゃないよ。いじめる方が恥ずかしいよ。」
「○○ちゃんの事とっても大事に思ってるから、何かあったらすぐパパやママに言ってね。」

不幸にして、子供が「学校に行きたくない」という状況になったら、
「無理しなくていいよ。学校行かなくても立派な大人になった人たくさんいるから。」
という言葉で家庭を居場所にしてあげてください。

何度でも書きますが、「いじめ少年犯罪に宣戦布告」は名著です。
コミュニケーション障害がある子の親には必読の書です。
事前に対処法が分かっていれば、心に余裕ができますよ。


いじめについて2 投稿者:sippona  投稿日: 6月28日(木)08時30分42秒

いじめについての対策(かどうか?)
学校へはたくさん顔を出す。(もちろんクラスにも)
子供たちからの愚痴、苦情?を聞く。
そして共感してやりながらも「そういう時たすけてやってね」とお願いする。
子供にも感謝する。「いつもありがとうたすかってるわ」「これからもお願いね」

もし特定の子供にお世話になっている事が多ければその親にも感謝の意を表す。
「○○ちゃんはいつも色々助けて戴いて本当に助かっています。いいお子さんですね。」
もし何かトラブルが有った場合すぐ菓子折りを持参し頭を下げる。
(親同士の関係が出来ていればかなり違うそうです)

人から教えてもらった事ばかりですが、予防を考える場合の参考になれば。
腐乱検死体さんのおっしゃるように、本人を強く、そして被害が隠れないようにする必要
がありそうですね。親が付いているからという安心感も。

*自己中というより・・・マイペースで人のことを考えられない・・・って結局自己中だけど。
少なくても本人は全くそうは思っていないです。
周りとの折り合わせ方、少しづつやっていきたいですね。


そうそう! 投稿者:まつこ  投稿日: 6月28日(木)09時12分06秒

まず、sipponaさんがおっしゃるような「予防策」がとても大切だと思います。

少年の場合、相手が「意地悪をしている」ときに、本人が「意地悪されている」と
気がつくようになったのは自分の置かれている状況がわかって、
相手の心を読めるようになってからです。

それ以前は、親や弟が見ていて「意地悪されている」「馬鹿にされている」状態でも
気がつかないことが多かった。

反対に、本人にとってはひどく不快なことでも、
「常識」では「それを不快と感じる方がヘン」という対応を毎日受けていれば
不快と感じることを不快だといってはいけない、言ってもとりあってもらえないと
すりこまれてしまうでしょう。

この積み重ねの後で「いじめられたら助けを求められるようになれ」といっても
問題はかなりこじれているのではありませんか?

本人の内面の問題だけではありません。

彼が「意地悪」を自覚した段階では、すでに周囲の子ども達が
彼を疎外する状態が定着してしまっている可能性がある。

逆に周囲の子ども達が少年を「理解」してそばにいてくれれば
少年自身が気がつかない・大人に伝えられない情報を先生や私にくれるようになる。

理想論を机上の空論にしないために、私ができることは
まず私自身があきらめないことだと自分に言い聞かせています。

多人種多民族国家だって差別や偏見に悩まされいます。
そういう映画がたくさんあります。
「サイモン・バーチ」「8日目」を連続で見て
むちゃくちゃ落ち込んでしまったことがある。(これは大失敗)

私は「ギルバート・グレイプ」が好きです。


しまった。誤解を生みそうだわ。 投稿者:まつこ  投稿日: 6月28日(木)10時13分00秒

「サイモンバーチ」も「8日目」もいい映画です。
でも、私はとても悲しくなってしまったので
つづけて2本見るのはおすすめしないという意味です。(^-^;


こくっぱの母さんへ 投稿者:ぷりん  投稿日: 6月28日(木)12時40分40秒

 子供の気持ちを理解してあげる事、子供の気持ちに共感してあげる事、
伝えたい思いをいっぱい受け止めてあげる事、うちはそれがあまりなかったのかもしれません。
同居している姑とのトラブルで家を出るの出ないのと、数年前から家庭の中は
ぐちゃぐちゃで、私の精神状態が不安定で、イライラしていて時々子供達に当たっていたり、
おまけに喘息になるし、本当にひどい状況でした。
でもそんな事、理由にならないですよね。子供には本当にかわいそうな事をしてしまいました。
ところが、そんな私でも「ママ大−すき!」と子供達が抱きついてくるんです。がんばらなきゃいけないですよね。こくっぱの母さんのおかげで目がさめました。本当にありがとうございました。


(^^)大丈夫。 投稿者:こくっぱの母@職場  投稿日: 6月28日(木)13時15分33秒

ぷりんさんへ

>でもそんな事、理由にならないですよね。

いえいえ、立派な理由です。
子育てをうまくやっていく最大の条件は「母ちゃんの機嫌がいいこと」です。
ここが成立していないと、本当にしんどいですもん。
そのためにも、おかあさんが頑張らないことです。
頑張っているのは子ども。それを助けるのがお母さん。
子どもを「がんばれ〜」と引っ張るのではなく、
「これでどうかな」と後ろからお尻を押してあげるくらいがいいそうですよ。

仕事中ですので、またあとできますね。


ぷりんさん、そうだったの 投稿者:みっき  投稿日: 6月28日(木)15時06分35秒

同居しているお姑さんとのトラブルって、かなりお嫁さんには精神的苦痛は大きいから、
子どもの心を理解するところまでは、しんどかったかもしれませんね。
我が家も数年前まで、泥沼で、「絶対家を出てやる」って何度、枕を涙で濡らしたかことか。
その間にも、子どもは成長し続けるんですが、なかなか細かなところまでケアできてあげて
いなかったんじゃないか、と今は反省しきりです。

頑張ろうとは思わずに、リラックス状態をできるだけ長く作れるようにしましょう。
お母さんがイライラしてるのって、子どもは敏感に感じますからね。
子どもが言葉を理解していようがいまいが、優しい視線を子どもに向けられるように、
手を握ってみたり、一緒に楽しめる時間をたとえ数分でもたくさん積み重ねていける
ように、遠回りなようだけど、まずはそこから始めてみてはいかがですか?
あわてない、あわてない、リラックス、リラックス!


今やってます 投稿者:はーにゃ  投稿日: 6月28日(木)17時34分10秒

掲示板に書いてもしょうがないかもしれないけど・・・
今、フジテレビ(ちなみに私は東京在住)でLDについての特集やってます。
ご報告まで


仕事が決まりました。 投稿者:しゃけ  投稿日: 6月28日(木)18時46分09秒

7月中旬から、ようやく派遣社員として働けることになりました。
3年半ぶりの社会復帰、育児と仕事の両立への不安・・・心配は尽きませんが
とりあえずやれるところまで頑張ってみようと思っています。

振り返ると母親業に専念していたこの3年は、決して胸を張れるものでは
ありませんでした。
「会社をやめるための口実」という、不妊で苦しんでおられる方が聞いたら
激怒されるに違いない理由で子供を作り、母親としての自覚も充分に持たないまま
出産しました。
虐待やノイローゼにこそなりませんでしたが、子供に対する愛情は他の
お母さんたちに比べたら圧倒的に少ないものでした。
もともと一人遊びの得意な反応の薄い子だったうえに、当時住んでいたところでの
ご近所とのトラブルで精神的に参っていたこと重なって、1歳過ぎくらいまで
ほとんど子供に話し掛けていませんでした。
引越しをしてご近所の悩みから解放されたのはよかったものの、子供の身体の発達の
遅れに加えて知能の遅れが目立つようになり、本当に苦しみました。
とにかく他の子と接する機会を作らねば・・・と、毎日毎日歩いて30分かかる
市のプレイルームに通いつめた時期もありました。
激しい多動や自分の感情を言葉でうまく伝えられずパニックを起こすいくらを
持て余し、「一分一秒でも長く離れたい!」と心から願ったりもしました。
でもようやく最近、育児に苦痛を感じなくなってきました。
おぼつかないながらもなんとかコミュニケーションが取れるようになり、
子供と過ごす時間に少しづつ楽しみを見出せるようになりました。
・・・と言いつつ、今でも相変わらず家にいる間はどっぷりとテレビ漬けに
させてしまっています。
「自分がストレスをためないのが一番!」を口実に、手抜きだらけの育児でした。
子供の障害を知っているにも関わらず、ほとんど努力もせず・・・
本当に本当にダメな母親だったなぁ・・・と思います。

2週間後からはいくらも晴れて(?)保育園児です。
昨日仕事先との打ち合わせのため、一時預かりをお願いしたのですが
(通うことになる園とは別のところなんですけど)やはりお昼寝のとき
泣いてしまったそうです。(私がいないと寝ない子なので・・・)
よっぽど大泣きしたんでしょう、今日もまだ目が腫れています(笑)
でも保育士の先生に「この子は集団に入れれば必ず伸びる子です。一日も早く
入れてあげてください」という言葉をもらえ、心強くなりました。
いくらは自閉傾向がありますが、こだわりはないので繰り返し指示を
入れて理解させてあげればきちんとできるようになるタイプです。
彼女の場合は、ある程度制約のある集団生活で行動パターンを学ぶことが
いちばんの療育になるような気がします。
いくらが保育園でどんなことを吸収してきてくれるのか、今からとても楽しみです。
私自身も母親として笑顔でいられるためにも、子供と離れる時間を持つことは
絶対プラスになる!と信じています。

仕事が始まるともうあまりこの掲示板も覗けなくなると思いますが、これからも
何か迷ったことや壁にぶつかることがあったら、こちらでお世話になりたいと思っています。
どうかこれからもよろしくお願いします!m(_ _)m


みんな違ってみんないい。 投稿者:宝島  投稿日: 6月28日(木)20時24分52秒

「みんな違ってみんないい。」 本年度最初の懇談会で担任からのおはなしに引用され、校長先生の講話にも登場。金子みすずがブームだからか?
学校の先生ってこの言葉が好きですね。○文式の教室通信にも載ってました。
・・・言葉だけが先走っているよーな気がします。
本年度から校長先生の強い希望で障害児学級が一年生の教室の並びに移動しました。昨年度まで
校舎のハズレにあったので孤立した感じがしました。移動したおかげで気軽に行ったり来たりできます。障害児学級が明るくなりました。雰囲気もいい。以前は北側の校舎だったので日当たりが全然違う。やはり「日当たり」は重要ポイント。


そぉ? 投稿者:朝倉玲  投稿日: 6月28日(木)20時54分40秒

>学校の先生ってこの言葉が好きですね。○文式の教室通信にも載ってました。
>・・・言葉だけが先走っているよーな気がします。

いろんな先生がいらっしゃるけれど
一番根本のところで、こうありたいと願っている先生方はたくさんいますよ。
理想だと言われたらそれまでだけど
理想さえ掲げない教育だとしたら、どうなってしまうでしょうね?(笑)

ちなみに、私は金子みすゞのこの言葉、心から大好きですよ。(*^^*)

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


sara mama様 投稿者:ゆうくんママ  投稿日: 6月28日(木)22時11分56秒

ありがとうございます。
はじめての、個人の見学です。
まさに、舞い上がってしまう自分の姿が浮かんできます。

>私も最近見学終えたところですが・・・

えっ…そうなんですか。
sara mamaさんのHP、とっても参考にさせてもらっています。
ゆうくんが高機能自閉症だと確信できたのも、sara mamaさんのHPを見たときといっても過言ではありません。
“高機能広汎性発達障害の臨床像”の所でこれほどにゆうくんにあてはまるものを見た事がなかったので、思わず「これやん!」と叫んでしまったのでした。
これからもよろしくお願い致します。

>聞きたい事のメモを作って行くと、ラクです。
 ついでに、「どんなお子さんですか?」って聞かれた時のメモも。
 もちろん、いい事をたくさん!

ありがとうございます。
明日、この件とは別で、県が行う“就学相談会“(8月)の資料作りか、保育園で先生との改めての面談があります。
ゆうくんの事について改めて聞かれる機会がこれからも多くなると思うので、それこそいちいちまいあがらないよう、その場その場で言うことが違う、なんてことにならないよう、メモ作りをしておくべきですね。
アドバイスありがとうございます。
とっても勇気がわいてきました。
がんばります!


おかあさんの機嫌 投稿者:さくらんぼ  投稿日: 6月29日(金)00時43分49秒

ぷりんさんやいくらさんの様に、自分を責めているおかあさん多いですよね。
何を隠そう、わたしもそうです。
でも、おかあさんだって、そうそう機嫌良くできないし、やりたいことだってたくさんありますよね。
「パニックが多いんですけど、どうしたらいいでしょうか。」って先生に聞いたら、「おかあさん
楽しく暮らしてますか。」ですもんね。
確かに、おかあさんを責めれば解決すること多いですよね。
本当に自信なくしますよね。
自分が元気出してがんばりたいから質問してるのに、「あっ!またか。」って感じです。

でも、うちの子なんかでも、もちろん可愛いですけど、とっても体力つかうし、将来の不安とかも
絶えず感じるし、私の心理状態をきかれれば、とても、「楽しい。ルンルン。」ては答えられないし、先生だってそれを見越しての質問だろうから、つらいですよね。
おかあさんだって仏にはなれませんものね。
日々の生活もあれば、いろんな人間関係の中で生きていくわけですし、こどもが障害児であれば、
普通の人よりもっと気を使って社会で生きていかないといけないんですもの。
だから、「じゃあ、おかあさんが楽しくなるにはどうすれば。」って考えて欲しいですよね。
個人的には、子供の障害を告げられたと同時に、心理カウンセラー(おかあさんの。)を紹介する
ことと、子供を助ける為にこういう方法があるんだってことを明確にして欲しいことです。
そして、おかあさんを取り巻く人に、お医者さんなりから「おかあさんのせいではない。」ってこと、そして、おかあさんを助けることが子供の成長に助けになることを言う機会をすぐに持つこと
ですね。
そして、障害児の託児をもっとしやすくすること。わたしも、障害を告げられた時、実家に帰り、
親に子供の面倒をみてもらって、気持ちを落ち着けました。でも実家が遠い人はむりでしょうから。



「みんな違ってみんないい」 投稿者:まつこ  投稿日: 6月29日(金)09時22分16秒

上滑りでも、言葉だけでもそういう考え方が一般的になる方がいいと思ってます。

これを言う人の思い浮かべる「みんな」の中に
マイノリティーが入っていないんじゃない?ってことを気づいてもらうきっかけになります。

障害者がみんなと「違う」部分をもっていることを、
これを言う人自身がどんな風に考えているのか、自分自身に問い直してみて
「障害者は例外」と思うのか、それならどうして例外なのか、
人が、世間がではなく、自分自身の価値観を確認させる力がこの言葉にはあると思います。

そこにこそ、この詩人の思いがあると感じます。


実は 投稿者:しゃけ  投稿日: 6月29日(金)10時36分40秒

私が自分を「責める」ようになったのは、この掲示板にお邪魔するようになって
からなんです(笑)
それまでは「自分が楽しいと感じていれば子供にも絶対いい影響がある」と信じて
私の好きなことを優先するのに全然ためらないはなかったし、とりあえず毎日
外遊びに連れて行くことで、勝手に母親としての義務を果たした気持ちになっていました。
でもこの掲示板で、お子さんに真正面から向き合い努力なさっているお母さん達の姿を
見て(読んで)「私はこのままでいいんだろうか」って思うようになりました。
私はとことん自分に甘い人間なので「母親の関わり方が悪いから子供が
遅れている」と罪悪感にかられたことはこれまで一度もありませんケド(^_^;;)ゞ
でもこの掲示板を読んで「遅れている子供だからこそ親がきちんと関わって
あげなくちゃいけない」ということに気づかされたんです。
意識改革が必要なのは、今からなんですよね。
それが分かってから「変われない自分」に対してなんとなく焦りのようなもの
を覚えるようになりました。
でも・・・結局何一つ変えられませんでした(^_^;;)ゞ

仕事をするってことは、私にとっては「子育てから逃げる」ということでも
あります。
向き合わなくちゃいけない時に、あえて背を向けてしまいました。
それは重々自覚してます。
でも・・・やっぱり最終的にはさきほどの「自分が楽しいという気持ちが一番」
という原点に立ち戻りました。
それに専業主婦してたからって、必ずしも子供とちゃんと向き合えるわけじゃ
ないですよね。
実際うちの中ではいくらはほとんど一人遊びだし・・・
いくら「子供は親と一緒にいるのがいちばんいい」といっても、結局その親の
タイプによりますよね(笑)
彼女のためを思えば、このまま私と2人でだらだらと中身のない日々を送るより
保育士さんやお友達の中でたくさんの刺激を受けて生活していく方がはるかに
有意義に決まってる。
だから今は、一日も早く保育園に入れて今の生活を変えてあげたい!という気持ちです。

私は理想的な母親にはなれそうもないけど、できないことを無理に自分でやろうと
するんじゃなく、もっと得意な人に代わりにやってもらっちゃう・・・
そういう甘ったれた考え方もありかな〜って、今勝手に思ってます。


そして 投稿者:みっき  投稿日: 6月29日(金)10時43分09秒

その「みんな」の中には、障害をもつ人だけでなく、ボーダーの人たち(つまり、
障害とははっきりわからないが、疑いのある人)や、普通なんだけど、コンプレックスを
たくさん抱えていて自分に自信が持てない人なども、含まれるんじゃない?

複数の劣等感を持っていて、アイデンティティを失いかけていた私なんかは、
この詩のおかげで救われたものです。

学校全体でこの言葉をスローガンに掲げていると、現実とのギャップに
偽善的なものを感じてしまうかもしれないけれど、
それで、救われる人たちもたくさんいます。
金子さんがブームになったというのは、それに共感する人が数多くいたって
ことの証明ですよね。
この言葉を上滑りにしないためにも、真剣に取り組んでいくことが
重要なんじゃないかな?


あっ… 投稿者:みっき  投稿日: 6月29日(金)10時44分02秒

前の書き込み、まつこさんの後に続きます。


しゃけさん 投稿者:ぎたお  投稿日: 6月29日(金)11時33分27秒

本当にそうした方が良いと思うのなら、自分を正当化するのでは無くて、自分自身が変る事だと思います。すぐには出来ないかもしれません。多くは出来ないかもしれません。一歩でも、半歩でも、自分から歩き始めてください。


ぎたおさん 投稿者:しゃけ  投稿日: 6月29日(金)12時12分58秒

別に正当化してるつもりじゃないです。
ただ自分にとって、子供にとってベストな道を模索しているだけです。
理想的な子育てはひとつだけでしょうか。
どういう方法をとっても、子供と親が笑顔でいられたらそれでいいんじゃないでしょうか。
別に自慢にもなりませんが、私は自分の感情で子供に当たったり「なんでできないの!?」
と怒ったことはほとんどないです(私も人間ですから、全くないとはいいません)
でもしないように心がけています。
子供にとってどういう接し方が有効なのか(単純に「ダメ」というのではなく
分かりやすく具体的に見通しを立てて説明するなど)自分なりに考え、実践しています。
(それでもここに来ている皆さんの努力には程遠いと思いますが・・・)

私はこの掲示板の目的は親同士の価値観をすり合わせるためのものではなく
それぞれが置かれている状況や立場、また考え方を尊重しながら、でも同じ悩みを抱える
者どうし、辛さを分かち合ったり情報交換をしたりする・・そういう場だと思ってきました。
だから私も自分の思いを正直にありのまま綴ってきました。
でも私の考え方(生き方)はこの掲示板の「理念」に合わない・・・
というなら、もうここで書き込みするのは遠慮しなければいけませんね。

今までの私の文章でぎたおさんの他にも不快に思われた方がいたかもしれません。
本当に申し訳ありませんでした。


いいんじゃないですか? 投稿者:ケロ  投稿日: 6月29日(金)12時18分56秒

子供と離れる時間ができると、それだけ愛おしさが増す事もあるんだし。
片時も離れず一緒にいることだけが子供を伸ばすわけでもないし、離れたいけど離れられない状況で追いつめられて悪影響及ぼすよりは。

「変われない自分」ではなくて「変わらない自分」なんでしょう?
本気でこうしたいと思ったら、人間、変わりますもん。
「変わらない自分」を決めたんなら、責めちゃあいけません。
その中でのベストを尽くせば良いのだと思います。

自分を責めて状況が好転するなら、いっくらでも責めちゃいますけど、そんな事はないですよね。

子供は日々成長するのですから、今の対処の仕方がいつまでも効くわけではないし、必要に迫られれば変わらなくちゃだし、自然と変わっている事もあると思います。

・・・なんだか説教じみててごめんなさい。応援してますってつもりなんだけどなー。上手く書けないわ。

あ、ぎたおさんとはちょっと相反する内容になっちゃっているかな?
反論しているつもりでもないですよ。(笑)


しゃけさんの反論もケロさんのレスも 投稿者:ぎたお  投稿日: 6月29日(金)12時57分57秒

なんとなく想像していたものかもしれませんね。
私もしゃけさんの考え方を否定するつもりは有りません。だから「本当にそうしたいと(ご自身が)思うなら...」と書いたつもりですので。(^^
しゃけさん自身やケロさんもおっしゃているように、自分の取れる方法の中で最良のものを選ばれるのであれば、それが一番だと思います。
何より私は「変らない自分」ではなく「変われない自分」に悩んでおられると解釈したので、先のようなアドバイスを差し上げたつもりです。

そしてケロさん、
ケロさんのおっしゃりたい事も、また誰をも決して否定しない優しい気持ちよくわかります。
でもきっと心の一部では私の書いたような事を考えはしなかったでしょうか?


ケロさん 投稿者:しゃけ  投稿日: 6月29日(金)13時40分34秒

>「変われない自分」ではなくて「変わらない自分」なんでしょう?

ありがとうございます。そのとおりです。
私が「変われない(変わらない)」のは「子供の接し方」というよりも
「子供の愛し方」のような気がします。
自分の子なのでもちろん愛情はありますが「子供が全て、子供と一緒にいる時間が至福」
というような献身的な愛し方はどうしてもできません。
普段のお母さん同士の会話の中でも、子供の話題しか出てこないことに(当然といえば
当然ですが)物足りなさ・・・というか違和感を感じつづけていました。

仕事をするということは、ずっと前から決めていたことです。
多分子供が順調に育っていたら、自分の考え方や生き方に自信を持って
堂々と貫けていたと思います。
でも子供に障害があることが分かったとき、はじめて気持ちが大きく揺れました。
仕事をしたら療育にも通えないし(代わりに義母に行ってもらうことになりましたが)
習い事をさせていろいろな体験の機会を作る・・・なんていうこともできない。
こちらの掲示板を読んでいても、ほとんどのお母さんが専業主婦をされていますよね。
働いていても毎日ではなかったり、短い時間だったり。
障害児の母親がフルタイムで仕事をするなんて聞いたこともないし、本当にこれで
いいのか・・・とすごく考えました。
でも最終的には先ほども書いたように「その方が子供のためにもいい」と思って
決断しました。
もちろん今でも罪悪感や迷いはあります。
でもケロさんがおっしゃるように、自分ができる中でベストを尽くしていこうと
思っています。

これはあくまでも私的な価値観なのでご意見は不要ですが、私は母親である前に
まず女性として魅力的でありたいと思っています。
内面的にも外面的にも自分自身が充実していなかったら、結果的にいい母親にも
なれないんじゃないか・・・って。
だからオシャレもするし、子供抜きで友達とランチに行ったりとか
そういう自分の時間も意識的にキープしてます。
子供はいつか大きくなって、私を「親」としてじゃなくて一人の女性として
見る日が必ず来ますよね。
その時に子供と女同士として対等に話をすることができるように、自分を
きちんと磨きたいんです。
私にとっては、それも母親としてのひとつの役割だと思っています。
子供に障害があるとかないとかは関係なく。

>でもきっと心の一部では私の書いたような事を考えはしなかったでしょうか?

ケロさんへのこの質問は、私への批判的な意見を引き出すことが目的なんでしょうか。
自分から書き込みしておいて言うのも申し訳ないんですが、もうこの件は
これで終わりにしてほしいな、って思います。
これ以上自分の心を揺らしたくないので。ごめんなさい。


はじめまして皆様 ちひろ様 投稿者:たーち  投稿日: 6月29日(金)14時38分33秒

はじめまして皆様。そしてちひろ様。この掲示板を昨日初めて拝見させて頂いたばかりの何の知識もない小4男児の母親たーちです。どうぞ宜しくお願い致します。子供の担任から”こちらの話を理解しているのかどうか分からない”という指摘を受け、つい3,4日前に病院で知能検査を受けてきたばかりです。知能検査のことが知りたくて色々漂流しておりましたら、このホームページにたどり着き、なおかつちひろ様が投函された掲示板(過去ログ 2001年2月その5 2/21の投函)にたどり着いた次第です。不躾ですみません。これを読ませて頂くと、”毎年ぼこぼこ変わる。前後50くらい”とありますが、病院やその他の施設で行うIQの検査は一度きりではないのですね。そしてIQの結果というのはその度ごとに差が出てくるのでしょうか?ホントに低次元の質問でお恥ずかしいのですが、ちひろ様に限らず、教えて頂けましたら幸いです。どうぞ宜しくお願い致します。ちなみに息子が受けたのは(これもよくは分からないのですが)臨床心理士さんと個別に受けた検査です。宜しくお願いします。


しゃけさん 投稿者:はーにゃ  投稿日: 6月29日(金)14時50分15秒

新参者なのに蒸し返すように発言しちゃってすいません。

私はしゃけさんの意見大いにありだと思います。
私は息子に自閉傾向があるのではないかと分かった時、
「私がきちんと関わっていかなきゃいけない」
と思っていろいろ働きかけをしました。
でも、息子は一人で遊ぶのが好きで、私が一緒に遊ぼうとしても
知らん顔。呼びかけても振り向きもしなければ語りかけても
まるで聞こえてないみたい・・・
そういう状況の中、関わりをもとうと努力しつづけるのは
本当に大変ですよね。精神的に。
だって正直、ある程度のコミュニケーションが取れないと
親だってつまんないもん。何の反応も無い子供に
笑顔でいつづけるのって結構至難の技だと思うんです。

私は現在、家で仕事をしているんですが、
仕事中は必然的に子供はほったらかし。テレビにもあまり
興味の無い子なのでひたすら一人で遊んでます。
そしてさすがに一人じゃつまらなくなった時に寄ってきて
ぐずり出すんです。

そういう状況を見て
「こんなんじゃいかん。自分がこの子ととことん関わって
行くのなら仕事をやめよう。そうでなければ他人の手に任せよう」
と思ったんです。
そして4月から民間の保育園に週3日程度預かってもらってます。
もちろん障害を持った(子供はまだ診断は受けていませんが)子の
専門の保育園ではないので、いろいろ問題もありますが、
やっぱりまっすぐ向き合ってくれる複数の大人や同年齢の
子供達の中で過ごしているため、子供も薄皮を剥ぐように
成長しています。

私自身も子供と離れられる時間をもてるようになって
気持ちに余裕ができつつあります。
そうしたらやっぱり最初に考えるのは
自分自身のスキルアップとダイエット(^_^;)
一女性として自分の納得できる生き方をしたいからこそ
某映画でメリルストリープが言っていたように
「母親は子供が生まれるとその場に立ち止まって
家族のために生活のすべてをかけ、子供が自立した時には
自分自身の足で歩く方法を忘れている」
(うーん内容は結構あやしいけどだいたいそんな感じの言葉)
っていう風にはなりたくないんです。

でも、別にしゃけさんだっていくらちゃんを里子に出すわけ
じゃないんだから、もちろん仕事の後や休日は基本的に
一緒なわけでしょう。
子供とのかかわりをもつ大人が増えるだけの話しですよね。
専業主婦から兼業主婦になって家庭と仕事を両立しようと
決断しただけの話しですよね。

考えることが増えて体力的にも大変になったりすることも
あるかもしれないけど、仕事人として社会と関わっていける
素敵な女性になれますよ。きっと。


いいえ、別に。 投稿者:ケロ  投稿日: 6月29日(金)14時57分00秒

あれは私が投稿したら同時にぎたおさんが投稿されていて、1度はけっ飛ばされて消えました。
内容がちょっと反するものかなと感じられたので、急遽最後に反論するものではないと追加しただけです。

>でもきっと心の一部では私の書いたような事を考えはしなかったでしょうか?

いいえ。
今の私は「自分が一番、子供が二番」なので。

皆さんには関係ない話しですけど、たまたま私は「子供のために尽くすべし」の精神を強いられる環境におかれてまして、とうとう一昨日袋小路にハマッてしまって、あがいているところですし。

結局自分の思った通りにしていた頃(2年前くらいの頃。先日久々に過去ログ読んだらあまりに幸せそうだった)の方が、私も子供も生き生きしていたなぁと振り返って、原点に戻ってみる決意をしたばかりです。

まぁ、これは今の私にとって良いことであって、全ての人にそうしろとは思っていません。たまたま今のしゃけさんが同じ気持ちかなって思っただけ。

半歩踏み出すのにさえ相当のエネルギーを費やさねばならないほど参っている時は、充電が必要な人間もいるのですよ。強い人間ばかりじゃないから。

今の私は「優しい気持ちもわかります」なんてのさえ皮肉に聞こえてしまうほど、疲れているんです。
誰に対して優しくするよりも、自分に一番優しくしてやろうと思ってますもん。

本当に精神状態悪い(と言っても普段の生活は平常通りにこなしてますが)ので、これお終いです。

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