2001年9月その3
私のどじを、 投稿者:かずりん  投稿日: 9月 8日(土)22時21分16秒

あったか〜い目で見てくださってありがとうございます。m(_ _)m
これからもどじなことをしてしまうかもしれませんが、よろしくお願いしま〜す。

>みっきさん

いよいよ診察なんですね。
あの予診票には私も書くのに苦労しました。
特にしょう君とじゅん君の年が近いため記憶がごちゃごちゃになっていたり、母子手帳を見てもわからないことがあったり。(初めてほほ笑んだ日なんてまったく覚えてなかった。)

あそこの診療所ってあまりお医者さんっぽくなくて、そこが子供たちにはいいみたいです。
児童心療科の先生も白衣は着てなくて普段着なんで、知らなかったらまずお医者さんだとは思わないし・・・。

2週間ほど前にしょう君の診察に行ってきました。
「センターのM先生のところに行くよ。」と本人には言っているんですが、本人は「おもちゃで遊ばせてもらえる先生」という認識をしているようです。
お医者さんというよりは療育の先生とおんなじようなものだと思ってるのかな?

しょう君は先生の事を気に入ってるようで、行くたびに先生と遊びながらいろんなことを話しています。
やっぱりこれもお医者さんっぽくないからなんでしょうね。


あっ、それそれ! 投稿者:みっき  投稿日: 9月 8日(土)23時38分12秒

かずりんさん!
>(初めてほほ笑んだ日なんてまったく覚えてなかった。)

「ほほ笑みだした」って、どういう意味なのか、いまいちよくわからなかったの。
ハイジは、生後1ヶ月からニコニコしてたし、ゲタゲタ笑うときもあったんだけど、
「ほほ笑む」って微妙なニュアンスの言葉でしょう?
どういう意図があるのか、わからない。
質問の項目は、発達の経過をたどってるみたいだし、
「歩き出した」と「指差し」の間に「ほほ笑みだした」があるので、
あやして笑うってこととは違うのかしら?

そこの診療科には、就学時検診のときに診てもらいました。
難聴のお子さんや、ダウン症のお子さんや、いろんな子達が、
診察してもらうという緊張感もなく、のびのび走り回ってたのが、
印象に残ってます。
ハイジも診察を終えてお着替えしてるときに、ダウン症の男の子が、
ボタンを留めるのを得意そうに手伝ってくれたりして、
普通の医院や病院では見られない、遊び場みたいな雰囲気でした。
同じセンター内だから、療育の先生と思ってるかもしれないですね、子供たちも。


ふふふ 投稿者:  投稿日: 9月 9日(日)10時33分44秒

M先生、くしゃみをされていたりして・・・。

あのね、M先生、療育どころか、教師対象の講演会等では、
ことばの教室などで必要な教育の内容の提案までして下さっているんですよ。
うん、
あそこの先生方も他のスタッフの方も、皆さんとてもお忙しい筈なのにね。
医療と療育、教育の場の連携の必要性を身をもって示して下さっている感じね。

でも、その必要性を感じているのは皆同じ。個人の努力でなくシステムとして確立して
いけるような方向性も考えてもらわなければね。 <えっ、だれに?
           < ねえ、保育、療育、教育、医療関係者様、そうですよね。 


おっと、私の役目はもうひとつ、 投稿者:  投稿日: 9月 9日(日)10時49分52秒

通級児の在籍学級の先生方との連携。

ただ今、秋の大運動会の練習の真っ最中。
通常の学級の担任をしている時、
それを通して大きく成長してきた子ども達を沢山見て来た。

個人的には、大嫌いな運動会だけど、
            < おいおい教師がそんな事を言っちゃいかんよ。
集団での行動や協力体制が必要とされる場が何よりも苦手なあの子たちには、
だからこそ、そこではどんな力をつける事を目指せば良いのか、
という発想で考えていかなければならないのだろうと思う。

さて、次の指導日には、一人ひとり、運動会の練習の感想を聞いてみよう。


運動会だよね。 投稿者:ダーオ  投稿日: 9月10日(月)00時30分21秒

イヤーな、イヤーな運動会の季節がやってきました。
たかくんは、6年生なので、組み体操があります。
ブリッジ、逆立ち、X字バランス。何も出来ません。
「いやだなー。僕、逆立ち出来ないもん。練習しないといけないんだ。」
「いいよ。ママも逆立ちもブリッジも出来なかった。
 1回も出来たことないよ。でも、逆立ちできんでしなせん。」
としか言えません。
それと、うちの学校は、クラスリレーなんです。
ずーとトップを走ってたクラスが、たかくんの番でビリになってしまって。
4年の時は、運動場の真ん中で、「お前のせいや!!」と蹴飛ばされていました。
それを、写真に収めた父はえらかった。
一応学校にいっときましたが・・・。
皆さんの学校のかけっこはどうなんですか?


今年は何の係ですか〜? 投稿者:ケロ  投稿日: 9月10日(月)00時34分47秒

>ただ今、秋の大運動会の練習の真っ最中。

うちの長男も一生懸命練習中。
かけっこの順位にはこだわらない私ですが、もしや・・・と思って
「手も足も速く動かすと、もっと速く走れると思うけど・・・」
と教えたら、
「あ、そうか! お母さんって頭いいねぇ〜」
と感心されました。
やっぱり知らなかったのか!



クラスリレー 投稿者:ケロ  投稿日: 9月10日(月)00時49分51秒

息子の小学校ではありません。
リレーは各クラス男女1名ずつ選手を選んで、紅白戦をするんじゃなかったかな。

>「お前のせいや!!」と蹴飛ばされていました。

辛かったですね。

>「いいよ。ママも逆立ちもブリッジも出来なかった。
> 1回も出来たことないよ。でも、逆立ちできんでしなせん。」

その通り。
たかくんが自分自身の中で、『ここまでやれたぞ!』と思える運動会になるといいですね。


運動会前の道徳の時間 投稿者:まつこ  投稿日: 9月10日(月)10時10分24秒

勝つことよりも
協力すること、一人一人がその力を出すこと
仲間のガンバリを認めること

が、大事なんだよという話になっているようです。毎年。

演技・競技についても
みんなが能動的に取り組める活動を考えてくださっているようです。
日ごろの体育では難しくても、運動会という行事に取り組むことで
伸びることもあるでしょうから、その見極めは先生の力量にもよるでしょうね。

あるモチーフをがんばってもどうしてもできないのなら
それを演技に組み込むのは教育的じゃないように思います。
がんばってきたことを自信を持って披露できるような
その子のためのモチーフを考えることだって、
演技全体を企画する先生にはできるはず。
だ〜って、組体操には「規定演技」なんてないでしょう。

体格のいい子が華奢な子の上にのるような演技は企画しないのと
同じだと思うのです。

ただし、少年の場合は自分の姿勢をモニターすることがうまくないので
本人は「ばっちり側転したつもり」で大満足なのでOK.という場合もありました。

そして少年はテレビ体操21が大好き。本人はケイン=コスギのつもりだから。


要するに 投稿者:まつこ  投稿日: 9月10日(月)10時11分56秒

見せるための運動会ではないということですね。


○年遅れの反抗期?! 投稿者:カンガー  投稿日: 9月10日(月)10時14分31秒

今まで、娘には反抗期というものがありませんでした。
厳しい療育を受けさせていたので、もしかすると、自我を押さえ込む訓練を積み過ぎて、そうなってしまったのかしらと、ずっと心配していました。
親に逆らうということがなく、素直で、なんでも一生懸命やる子で、助かるのですが、どこか子供らしくないというか、自分の感情を出す事をあまりしないことが心配でした。

ところが、最近急に生意気を言うようになったのです。
なんだかうれしいやら、扱いにとまどうやら、本当にどうしていいのか迷ってしまっています。
せっかくの自我をもう押さえ込むのは絶対に嫌ですし、かと言って、やっぱりあんまり反抗する時はほっておくのも良くないと思うので、どうやって対応したらいいのか、悩んでいます。

たとえば、最近困った具体例は、
ルー「おやつが食べたい、お腹すいた」
私「あと30分で御飯だから、我慢しなさい」
ルー「御飯なんて食べない!ぽいって捨てちゃう。ゴミ箱に御飯捨てる。ルー御飯いらない。食べない!!」
私「ねえ、御飯ゴミ箱に捨てるって良い事かな?悪い事かな?」
ルー「悪い事」
私「悪い事だよね、悪い事していいの?」
ルー「だめ、御飯捨てない」

こんな感じです。

訓練会の宿題のプリントなど気が乗らずにやりたくない時、でもどうしてもやらせたい時なども、
ルー「プリント嫌い、やらない。ビリッとやぶっちゃう!ゴミ箱に捨てちゃう!ルーはやらないも〜ん!!」
私「ねえ、プリントをびりってやぶるのはして良い事?悪い事?」
ルー「悪い事」
私「悪い事だよねえ、していいのかなあ?」
ルー「だめだよね、しないよ」

もう毎日一度はこんな感じです。
半べそで、強い口調で「やぶる」「捨てる」など過激な発言が出てくるので、ちょっと困っています。

私の対応もこんなのでいいのかなあ〜ってすごく不安になりながら、ほかに方法が見つかりません。
是非アドバイスをお願いします。

運動会の練習がはじまり、年長さんは、開会の言葉や閉会の言葉を覚えたり、組み立て体操があり、ピラミッドなど高度なことをやるので、毎日ストレスがあるようです。
そのせいかなと思ったりもするのですが、単なる成長の過程だといいなあと思っています。


運動会の練習真っ只中 投稿者:みっき  投稿日: 9月10日(月)10時45分19秒

ハイジ(小5)も今年は組体操があります。
幼稚園の年長のときにも組体操がありましたが、ろくに形は作れませんでしたね。
でも、彼女自身は大変楽しみにしているんです。去年から(笑)
それは、ハイジと同じクラスの女の子たちも同様のようです。
去年、ハイジの友達が我が家に遊びに来たとき、なにやら2階でドカドカ、
激しい音がするので、注意しようと覗き見ると、組体操の練習をしてる。
「ハイジちゃん、こんな風にやってみ!
 みんな、もっとハイジちゃん、支えてあげよ!」
などと、5人で並びかえながら、夢中になって練習してるの。
私が「組体操、4年生もするの?」と訊くと、友達が声を合わせて
「ううん、来年の運動会の練習やってんねん!」って。(笑)
家の中で組体操して転んだら危ないから、…気をつけてね。
やめてね、とは言えなかったわ。

>運動場の真ん中で、「お前のせいや!!」と蹴飛ばされていました。
ああ、切ない。こんな場面、目撃したくないような、でも目撃したから、
学校側にも言えたのですよね。
競争意識が先行してしまって、こんなことがあると運動の苦手な子たちは
運動会が苦痛になってしまいますね。
どんな行事でも、どのお子さんにも自信を喪失させるようなことにならないように
して欲しい。
ハイジもいつもビリです。でも、ダーオさんと同じく、
「ビリだからって死にはしないんだから、運動会は楽しんでらっしゃい!」
と言ってます。

クラスリレーの様子については、9月2日00時00分の私の書込みを
ご参照ください。(笑)   < 省略してすみません。

それと、Mさんのおっしゃってる、
>集団での行動や協力体制が必要とされる場が何よりも苦手なあの子たちには、
>だからこそ、そこではどんな力をつける事を目指せば良いのか、
>という発想で考えていかなければならないのだろうと思う。
…ってことが、大切ですよね。


いきなりやっちゃう代わりに 投稿者:リンコ  投稿日: 9月10日(月)10時55分15秒

イメージで想像して、言葉でできてるんだから、大したものだと思うんだけど……。
「〜〜するもん」っていうのって、きっと、「いっそ〜〜してやりたいくらいの気分よ」ってことだろうと思うんです。

私もときたま言ってるかも。

「やだ〜〜〜〜! ※※してやる〜〜〜」
「……?」
「ごめん。言ってみただけ。たぶんね、※※したいくらいいやだって意味なんだと思うよ」

私が22歳で通過した課題です。
22ごろまでは、たとえイキオイであっても、自分の言ってしまった言葉を耳から聞いたが最後音声にしばられるから、ほんとにそのとおりにやんなきゃならない義務が発生してしまったような感じになってたでしょうけど、このころから、「いっそ※※したいほどにいやだ」と「聞いたところによると、なんでも、※※しなくてはならないらしい」の区別がつくようにもなって、ある意味じゃずいぶん楽になったものです。


たしかに 投稿者:カンガー  投稿日: 9月10日(月)12時17分54秒

いきなり行動してしまう(捨てる、やぶるなど)ってことはないですね。
口だけです。

>「〜〜するもん」っていうのって、きっと、「いっそ〜〜してやりたいくらいの気分よ」ってことだろうと思うんです。

そう解釈すると、すごく納得します。
じゃあ、やっぱり叱ったらだめですね。

親はわかってやれるけれど、同じ事をお友達や先生の前でやってしまった時、どう思われるのかなあって、それが少し心配ですけれど、いつか自分で説明出来る時が来ると信じて見守っていきたいと思います。


う〜ん。 投稿者:ペンギン  投稿日: 9月10日(月)14時29分27秒

積極奇異型だと、いきなり破る・ゴミ箱に捨てる・・・だけど。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~pengin-c/index.htm


時々…。 投稿者:ペンギン  投稿日: 9月10日(月)15時11分55秒

ウチは、積極奇異型二人と過激なADHD児の三人で、これをやり合う。(注:ウチの場合は、リクリエーションのようなものです。)


ほほぅ 投稿者:朝倉玲  投稿日: 9月10日(月)15時54分26秒

これはまたタイムリーな話題が・・・

うちでも、ショウが最近過激になってきています。
自分の思い通りにならないことが出てくると、すぐに「やっつけてやる」「壊してやる」
おもちゃのハンマーで叩いてきたり、おもちゃの剣で刺す真似をしたり、拳で叩いたり。
私が「そんなことされるとお母さん悲しいよ」「ショウのこと嫌いになっちゃうよ」と言うと
「やらない」「嫌いにならない!」と言いながら
今度は物に当たり始める。

それを止めたら、昨日は絵を描いてきました。
非常に単純化された絵だったけれど、
怒りの対象である母親を「バスで轢く」「壁に叩きつける」「棘だらけの床の檻の中に閉じこめて鍵をかける」
「家の屋根の上に叩き落とす」「剣で刺す」・・・えーっと、あとはなんだったっけ。(^_^;)
やり場のない怒りや感情を、なんとか発散したかったんでしょうね。
でも、「これは誰でもない人だよ」とか言いながら、それを私のいる台所のあちこちに貼っている。
後で、私が絵を回収して「これはお母さんのことでしょう?」と突きつけたら
「違う! お母さんじゃない!」「絵を破る!!」とあわてて絵を破ろうとしていました。
大事な証拠品なので、絵はお母さんがが捨てておくからと言って、保管しましたが。(笑)

でもねぇ、それだけ彼が私に対して怒った理由というのが
「ぼくがつぶしてしまったおもちゃのゴルフボールを、お母さんが元に戻せなかった」ってことなのね。
お母さんならなんでも出来て、なんでも直せると思っているんだろうなぁ。
でもって、それを私がやれなかったものだから
「やってくれなかった」=「いじわるをされた」と思ったんでしょうねぇ。
このあたり、まだまだ認知に偏りがあって不完全だから、とんでもない結論に到達しちゃうことがある。
母だけでなく、他の人にもこういう行動を取り始めているので、
最近、かなり気をつけて、人との関わり方を見ているところです。

なんとか、正常な認知ができる手助けをしたいなと思う一方で
憤る気持ち、やり場のない怒りを、受けとめることもしてやらないといけないかな
と考えているところです。
人生は自分の思い通りにはいかないものであり、
人には自分のやりたいことを我慢する場面が数多くあるんだ、ってことを
いつかは覚えて、乗り越えていって欲しいと思っているんですが・・・

でも、む〜ずかしいですね〜。
もうちょっと、時間がかかりそうです。(苦笑)

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


おやまあ、これまたウチと同じ。 投稿者:ペンギン  投稿日: 9月10日(月)18時11分31秒

ウチのADHD君も、時々「オニババ」の絵を書きます。「これは、お母さんだな!」と聞くと、「違う、お兄ちゃんだ!」と言ってニヤニヤ笑う。でも、絶対に男の子には見えない。
それから、昨日はカエルの絵を書いたのをパウチしてあげたら、「余白の白い部分を切ろうとしたのに、その前にお母さんがパウチしてしまった。」としばらくふくれていた。・・・あのな〜、「これでいい」って渡したのは自分でねーか!

で、「やってくれなかった」=「いじわるをされた」という発想は、認知の偏りのある子どもがよくします。
「学校で、○○君にいじめられた。」と言う場合も、実は「自分が人の通り道に立っていて、そこを通る子とちょっと接触しただけ」だったり、「自分が寝っ転がっていたら、踏まれた」ということがよくありました。
初めのうちは、本当に"認知の偏り"が原因で"思い込んでいる"事が多いので、「いじめられたのではなくて、こういうことだ」と説明すれば納得します。でも、我慢することができなくて・我慢するのがいやで、反抗的態度を取る場合もあります。
これを、「反抗している」とか「逆らっている」と解釈してしまうと、本当に反抗挑戦性障害にしてしまうというのが、結構良くあるパターンです。そういう場合は、"不満な気持ちを赤裸々に表現してしまうので、人に何かをしてもらうように・人をその気にさせることが下手"だということなので、その気持ちを汲んであげて見透かしてしまった方がこじれずにすむと思います。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~pengin-c/index.htm


あっ、それから。 投稿者:ペンギン  投稿日: 9月10日(月)18時30分34秒

「自閉症」の場合は、"言っていることの本当の意味がよく分からないままに言っている"こともあるし、"悪い言葉を好んで使ったり・過激な場面を面白がって見る"時期のある子もいます。
これがエスカレートすると、いわゆる「悪口雑言癖」と呼ばれるものになります。カナータイプの子どもによくありますが、「イヤ」「やりたくない」「わからない」という気持ちを表すのに何でもかんでも「ウンコ」と言ったり、ちょっと人が間違いを訂正しただけで「バカ」を連発したり…。
真に受けてしまうとタイヘンなことになってしまいますが、言葉にとらわれずに"どんな気持ちを表わしているのだろうか?"と考えてあげた方が、早く解決します。
それから、「他の子に言ったらどうしよう」と心配するまでもなく他の子にも言うので、「本当は、こういうことを言いたいんだよ」と周囲の子どもに説明する一方で、「自分では全然そんなつもりじゃなくても、そういう言い方をするとそう思っていることにされてしまう」ことを根気よく本人にも教えて行くと良いと思います。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~pengin-c/index.htm


今日もでました 投稿者:カンガー  投稿日: 9月10日(月)19時46分30秒

幼稚園から帰って、療育の場へ向かうのに、外はどしゃぶり。
いそいでレインコートを着せようとしたら、
「レインコート嫌い、着ない。びりびりに破いて、ぽいって捨てちゃう。着ないよ〜!」と叫びます。
リンコさんからアドバイスを受けていたので、私は落ち着いて、
「レインコートを破きたいくらい着るのが嫌なんだね、捨てちゃいたいくらい着たくないんだね、暑いものね、嫌な気持ちは良くわかるよ。でもね、お外は雨がいっぱい降っているでしょ。お洋服が濡れたら、風邪ひいちゃうよ。金曜日の秋の遠足にいけなくなったら困るよね。がんばってレインコート着よう!」
うそみたいに、素直に言う事を聞いてくれました。
まずは、共感してやること、そして娘の言えない言葉を代弁してやることで、少しずつ、良くなって行くような気がしました。
時間はかかるかもしれないけれど、「良い事?悪い事?」と問いつめるより良い方法を見つけたので、少しうれしいです。
リンコさん、ありがとう。


我が家はカナータイプ?? 投稿者:マー君のママ  投稿日: 9月10日(月)20時15分43秒

いろいろな事がわかってきて、喜んでいたのですが、半分わかって半分判らない状態です。
我が家も「鬼婆ー」「やだね。」「大っきらい!」等々言います。言葉のお手本は『ザ・シンプソン』のマンガの様です。そして、自分の思い通りにならないとどんなに説明しても「ママ意地悪い」と言います。これは他の人にも同じです。わかるように説明するのは難しいですね。彼の満足を常に満たしてあげるのも難しいので母は怒った振りをするのですが。
知的な問題があるので、噛み砕き方が難しい。限界です。
もっとも何時も何時もではないからやっていけるけど・・・


おっ 投稿者:朝倉玲  投稿日: 9月10日(月)20時17分22秒

>でも、我慢することができなくて・我慢するのがいやで、反抗的態度を取る場合もあります。

昨日のケースは、むしろこっちに近いです!

「ぼくは絶対にゴルフボールを直して欲しい」
     ↓
「それなのに、お母さんは出来ないと言った」
     ↓
「ぼくは絶対に直して欲しいのに、それが出来ないなんて言うお母さんは意地悪だ!」
     ↓
『やっつけてやる!』

現実を認めたくない、自分の希望を否定されることを拒否して、怒っていたんですね。
ふむふむ、なるほど。

まあ、どっちにしても、「叱る」ことはしなかったですけれど。
叱っても無駄なのは・・・というか、かえってエスカレートするのは目に見えてましたからね。
でも、カンガーさんの、「本人の言えない言葉を代弁してやること」ってのは、有効かもしれないなぁ。
「〜だから、○○なんだね」っていう共感の法則は有効だ、って、何かにも書いてあったっけ。
私も実践してみよう。(*^^*)

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


きっと。 投稿者:ペンギン  投稿日: 9月10日(月)20時53分01秒

「鬼婆ー」「やだね。」「大っきらい!」「ママ意地悪い」という言葉の持つ意味は、毎回毎回様々だと思います。
こういう言葉尻にいちいち左右されずに、「本当に言いたいことは何か?」「どういうことがわかっていないのか?」「何がイヤなのか?」を考えてみると、けっこう"泰山鳴動してネズミ一匹"だったりもしますから。(つまり、とてもつなく些細なことや・普通では考えられないところに抵抗しているってことがよくあります。)


それから。 投稿者:ペンギン  投稿日: 9月10日(月)21時01分39秒

ADHDでも「自閉症」でも、良いか悪いかの選択で納得させることは最小限に留めた方が良いと思います。(何かのルールをお勉強している時は別ですが。)
それは、かつて「発達障害」というものが全く知られていなかった時代の発想と同じで、往々にして"悪い"と解釈されるような行動をしたり発言をしてしまうことが多く、そういうことをしている自分が悪い⇒自分は悪い子という発想に繋がりますから。(それが、自己否定の始まり。)


自分が悪い 投稿者: あっきー  投稿日: 9月10日(月)23時23分10秒

玲さんのところにも書いたのですが、あまりにタイムリーなので
ここでも書かせて頂きます。(まつこさん、ありがとうございます。)
ペンギンさんのおっしゃるように「納得させることを最小限に」と言うのが
ついつい話をいろんな方向から説明したりしていて
ex.「いじめられた」と認知のまちがいで受け取る
 「壊す」「たたく」など言葉にする      など
自分を悪い、ととり説明していたら自分の頭やほっぺた、うでなどを
叩く事をし始めました。「どうして叩くの?」と聞くと「僕が悪いから」と言いました。
とりあえず、「悪いから話しているのではない」事を言って、しばらく無理をさせずに
本人が自己否定をこれ以上しないように様子を見たい、と今日保育園の先生にも
言ってきました。先週急に始まった事ですが、その前は話をするとすぐに
自分が悪くなくても「ごめんなさい」とすぐ言い出してしまっていたのです。
その度に「悪いからではなく、話をしている」事は言っていましたが
結局こんな事になってしまいました。保育園ではそういう事はない、との事でした。
自己否定を抱えている子には、やっぱりまず誉めてあげる事を増やしていくしか
ないのかな…。何か他に出来る事はあるでしょうか?

 


(無題) 投稿者:リンコ  投稿日: 9月11日(火)06時57分06秒

>積極奇異型だと、いきなり破る・ゴミ箱に捨てる・・・だけど。

それって、めんどうくさくない? エネルギー要るよね?
寡動な私には面倒すぎー。

マメじゃなかったら積極奇異型ってやっていけないのねぇ!


ボール、へこんだの? 投稿者:リンコ  投稿日: 9月11日(火)07時23分00秒

どんなボールか、わからないんだけど、
あっためたら、ふくれてくれないかしら。


それはやってみたの 投稿者:朝倉玲  投稿日: 9月11日(火)07時26分08秒

>あっためたら、ふくれてくれないかしら。

でも、安物のボール(100円ショップのゴルフセットに付いてきたボール)だから
穴が2つも開いていて、しかも、ボールの素材が固くて
お湯に入れても戻らなかったの。
で「直せないわ〜」と言ったら、昇平が怒っちゃった。(^_^;)

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


怒るくらい、 投稿者:リンコ  投稿日: 9月11日(火)07時36分58秒

だいじだったのねー。かわいそう。


うちもけっこう 投稿者:大ママ  投稿日: 9月11日(火)07時43分50秒

くつ、一つ決めるにも、「これを履いたら」というと「やだ、これにする」という感じ
「それも、かっこいいけど汚れているから、これにしてよ・・・」と説得すると
どうにか、納得してくれるようです


うん 投稿者:朝倉玲  投稿日: 9月11日(火)07時51分50秒

>怒るくらい、だいじだったのねー。

そうなの。
でも、幸いボールは2個付いていたから、1個ダメになっても、もう1個あるって思って
あきらめがついたみたい。

つぶれちゃったボールは、半分に切って元に戻して、テープで貼り直してやろうかな、
とか考えているんだけどね。


オモチャのお葬式 投稿者:リンコ  投稿日: 9月11日(火)08時40分16秒

アメリカの文通仲間のひとの子どもさんで、お葬式がお気に入りになっちゃった子がいてねえ。

きっかけは、ご近所に住む身体障害者の方の介助犬が、引退後、ペットとしてご主人の元で余生を送ったのちに病死して、そのお葬式に参加させてもらったことだったんだけど、その子は、壊れた三輪車のお葬式の招待状を近所中に配っちゃったらしい(字は宇宙文字。でも、生前の三輪車の絵と、十字架と、聖職者の絵が書いてあった)。


マメじゃなかったら? 投稿者:ペンギン  投稿日: 9月11日(火)09時35分31秒

>それって、めんどうくさくない? エネルギー要るよね?

「破る」とか「捨てる」どころか「部屋から飛び出す」「家へ帰る」のだから、そりゃあものすごいエネルギーがないと、積極奇異型ってやっていけない。
でも、活動水準にものすごいバラツキがあるので、動かないとなると根っこがはえているかのように、またナマケモノ(動物の)になってしまったかのようになりますよ。


22歳で先の課題をクリアするまでの私は、 投稿者:リンコ  投稿日: 9月11日(火)09時45分20秒

「捨ててやるーー」(←36になった今では、捨ててやりたいくらい嫌だーという意味だとわかるが当時の本人はわかっていない)と発音する
   ↓
「捨ててやるー」という声が聞こえた。
   ↓
この声は自分の声だと知っている。
   ↓
捨てなきゃならないらしいと思いこむ。
   ↓
「捨ててやるー」と言った成果があって既に気が済んでおり、もう捨てたいくらい嫌ではない
   +
もともと捨てたいほど嫌なだけであって、捨てたいわけではなかった
   ↓
しかし捨てなければならないらしい
   ↓
もったいない、捨てるのはいやだ、悲しい、第一ゴミ箱まで2mも歩かなくてはならない! めんどくさい。
   ↓
どうしていいかわからない。
   ↓
混乱して泣く

をやっていました。


納得がいかない時は、 投稿者:ペンギン  投稿日: 9月11日(火)09時49分50秒

できる限りの妥協策や代替手段をこうじて、不満を残さないようにすることは大事です。(本人が、本当に納得して機嫌を直すまで私は粘ります。)
でも、おとなしいタイプでない場合(いわゆる、多動があったり他害傾向がある場合:男子に多い)では、欲求不満耐性が低いことも往々にしてあります。いくら本人の気持ちだからといって、「我慢することがいや」「やりたくないことはやりたくない」というところに周囲が負けてしまうと、最終的に苦しむようになるのは本人だということも考慮しないといけないことがあります。

特にADHD児には、わからないからできない・能力的に無理という以上に、「我慢することができない」ことが大きいので、これはこれで発達課題の一つとして向き合わないといけない場面も多いと思います。


念の為。 投稿者:ペンギン  投稿日: 9月11日(火)10時06分57秒

これは臨床像の違いです。

混乱してフリーズするタイプの子もいれば、混乱してパニック起こすタイプの子もいる。その場に立ちすくんでしまう子もいれば、いきなり行動を起こしてしまう子もいる。
「自分で言ってしまった事は守らなければならない」と思う子もいれば、思う間もなく行動して「やってしまったのだからもう終わってしまった/自分は悪い子だ」という結論を下して自分の頭を叩く子もいる。

・・・ちなみに、私は後の方だった。(基本的には、今でもそう。)


うむ、 投稿者:リンコ  投稿日: 9月11日(火)10時12分40秒

おとなしくて、それなのに欲求不満耐性が低い場合は、「隠す」(保護者や指導者からというより、自分から)「忘れる」「眠ってしまう」という形になってあらわれ、そのまま固定して成人すると、「先送り癖」「自分の正気を自分で疑うほどの物忘れ」となるのね。

幼いころ、「年賀状を配りきれなかった配達員が年賀状の束を捨てて自殺未遂」というニュースを聞き、「ああ、きっと私のお仲間だ。私は将来ああなるんだ」と思ったのを覚えてる。

まあ、自殺未遂はめったにないにしても、「年賀状の束を草むらに捨てる」は、「お年寄り、餅を喉につめ、窒息死」と同様、季節の風物ニュースなんですけどね。


自己否定。 投稿者:ペンギン  投稿日: 9月11日(火)10時17分17秒

>やっぱりまず誉めてあげる事を増やしていくしかないのかな…。

コミュニケーションが成立している場合(ADHD児や二者間関係の成立している「自閉症」児)と、そうでない場合(言葉の有無にかかわりなく完全に自己閉塞状態にある「自閉症」児)とでは違うと思います。
これは、我慢ができたことや自分で工夫することを「誉められる」ことで自信に直結できるか、実質的なコミュニケーションが取れていないのでいくら誉められても「自分が自分自身の裁判官/自分で決めた事にしか従わない」状態にあるかの違いでしょう。


ボール直しました 投稿者:朝倉玲  投稿日: 9月11日(火)10時20分47秒

本人に確認した上で、ボールの継ぎ目をカッターで3センチくらい切り
ペーパーナイフを差し込んで、内側からボールを直しました。
切った痕は透明なビニールテープで貼って。
本人は、それでとても満足したみたいです。
一件落着。(^_^A

p.s.
 さっき、「ステーキが食べたい! ビーフが食べたい」とか言いだしたので
 (注:現在おたふく風邪で欠席中。熱が下がって、食欲が出てきたところ)
 「夜まで待てばビーフカレーを作って上げるよ」と言ったら、またごねそうな雰囲気。
 「熱が下がって、お肉を食べたくなってきたんだね。元気になってきて、良かったね。
  夜まで待てばビーフカレーを作って上げるけど、それまで待てるかな?」
 という聞き方をしたら、「待てる!」とすんなり納得してくれました。
 「〜だから、○○なんだね」と向こうの気持ちに共感してから、こちらの提案をすると
 本当に納得してもらえるんだなぁ、と改めて感動してます。(^^)

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ついでながら、 投稿者:リンコ  投稿日: 9月11日(火)10時29分53秒

「混乱してフリーズする」の次に来るのは、「眠る」が多かった。

ところで、エネルギーの多寡ってのは、何も、問題行動の原因になるような状況の時にだけあらわれるわけじゃなく、ふつうにしているときだって、調子のいい時にだって、常に流れてるものですよね。認知の遅れの有無、認知の歪みの有無とは独立に、「気質」や「エネルギーレベルの個性」はずっとつきまとうものだから、危機的状況が生じたときには「暴れずにすむ」要因になってくれる「身体のしんどさ」「めんどくささ」は、勉強やお手伝いや遊び、長じては仕事や趣味や身仕度や家事といった「ふつうの活動」の妨げにもなるんですよね。

たとえば「認知は正常で欲求不満耐性が低くて寡動」という組み合わせは、純粋ADHDで多動のない人に多いパターンみたい。「片づけられない女たち」を読んで泣いて感動したって人たちの多くがこれなのかも。

社交性がたっぷりあって、お友だちがいっぱいほしいのに、めんどくさくて頂きもののお礼状が出せなかったり、年賀状が書けなかったりして、相手が怒っているに違いないと勝手に決めつけて人間関係が自然消滅して、孤立して、絶望して、「あれもできなかった」「これもできなかった」と嘆いてる人たちね。でも彼女たち、のろまだからそう見えないけど、実は超超超せっかちなのね。


私だったら、 投稿者:リンコ  投稿日: 9月11日(火)10時39分41秒

「共感してもらうこと」自体には、嬉しさは感じないかも。それより、自分で言語化できないでいた、自分の中の「陰の本当の意味」に当てはまる表現を教わった(というより手にした)のが嬉しくて、パズルのぴったりはまる感覚を喜ぶ方が強いでしょう。

そして、「〜〜なくらい、いやなんだ」という言い方を、当の相手にたった今教えてもらったってことを無視して(というより、すっかり忘れて?)教えてくれた本人に偉そうに教えてあげたりしそうな気がします。

今でも、しょっちゅうやってるような。ぴったりの言い方を知った嬉しさに、思わず得々と夫に教えてあげては、「それ、ワシが今さっき教えたったんや」と言われ、「そうだっけ? でも、だから何?」とか言ってるような。

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