2001年10月その5
ペンギンさん、まつこさん 投稿者:まりも  投稿日:10月18日(木)21時56分07秒

ペンギンさん

>本当にイヤなら、その場を離れてしまうのではないでしょうか?

納得です(^0^) 有り難うございました。

まつこさん

桃が自閉症かもしれないと思った頃、いろいろ本を読みあさったんですよね。
「自閉症だった私へ」という本の中で、ドナが小さい頃、膝に抱っこされても背中に手をまわさず
相手の洋服の柄ばかり見ていたというくだりがあって、うちの子にそっくりだったので、すごく
驚いたんですね。
桃は3ヶ月くらいの頃には、もうすでにそんな感じだったと思う。目をすごく近づけて、細かい
柄を見ていたり・・・本当に色々な物をじっくり見ていたと思います。

独特の感覚を持っているんだろうなぁ、と思うことは、よくありますね。

その感覚を無視して、強引に物事をすすめるような事はしたくはないと思っています。
いろいろな感覚を、自然に、楽しく経験できる方法を考えてみます(^^)

>子どもの状態をよく観ながらの試行錯誤になるのでしょうけれども。

初めての子育てなので、普通の子育てというレベルでも試行錯誤状態ですが(^^;ゞ、
桃を観察するのって、楽しいです(笑) 悩みは次から次に出てきますが・・・・こういう掲示板が
あるので、助かります。(ありがとう、Mさん。)

またお邪魔したいと思います。


ありがとうございました 投稿者:あゆかわ  投稿日:10月19日(金)00時01分35秒

もう次のページに行ってしまいましたが、カンガーさん、ペンギンさん,腐乱検死体
さん、レスを有難うございました。
こどもはADHA、またはLD、という感じできちんとした診断名はまだついていません。
でも、対人関係,社会性がかなり怪しく・・・・。
そんなわけで、まだまだ勉強不足です。私ももっと精進いたします。
今後ともよろしくお願いいたします。


かっぱちゃん様 投稿者:ちびくまママ  投稿日:10月19日(金)00時16分13秒

小1自閉症児の母です。
今でこそ、息子は先生など、親以外の親しい大人にも「遊んで〜」と寄っていくことができますが、
通園施設時代はお子さんと同じような評価を受けていました。

>かまってほしい態度がありありなのに、先生が近寄ってきたら走って逃げていきます。
>でもちらちら覗うように見て来てくれるのを待っているらしい。

これ、十分甘えているように思えるのは、私だけでしょうか?
「一般的な子どもの甘え方」ではないかもしれないけれど、
「ちらちら見ながら来てくれるのを待っている」なんて、とってもカワイイじゃありませんか。
「寄っていく→逃げる→ちょっと間をおく→追いかけてほしそうにする→追っていく→逃げる」
ってつなげてみたら、ちょっと変った「追いかけっこ」になりますよ。
(怖がらせたり、強迫的にならないように、さじ加減が必要だとは思いますが。)

それは、まだ間接的で、距離をおいたものではあるけど、「大人との関わり」を
持てている、ということで、プラスに評価してあげていいんじゃないでしょうか。
願わくば、その距離を、ちょっとずつでも縮めていけるといいんですけどね。

間接的な関わりや、受動的な(大人から働きかけてもらう)関わりしか、まだ
受け容れられない段階にある子は、通園施設の頃なら多いと思います。
でも、まずは、そこのところをしっかり固めておかないと、普通の子どもの甘え方のような、
直接的で主体的な関わり方は難しいんじゃないでしょうか。

そして、そういう段階の子にとって、「なにかをやらされる」ということは
自分の安全域を強引に侵食される、ということ。怖くて、混乱して当然です。
もちろん、「放置」しておくことはできないけれど、子どもの側から見れば
泣くのにも正当の理由があるのかもしれない、とわかっていれば、それなりの
対応のしかたが出てくるでしょう。

言語指示にも従えるようになってきているのなら、お子さんのほうからも
少しずつこちらの理屈に歩み寄ってきているような気がします。
お母さんや先生がキライで、寄ってこないのではなく、まだ、向こうから
寄ってこれる発達段階になっていないのではないでしょうか。
まあ、この段階の子に、一方的にがみがみいっても、素通りするか
怖がられるだけだから(経験談(^^ゞ)、その子のスタイルにあったしつけ方、というのを
考えなきゃいけないでしょうけどね。

ちなみに、うちの息子はまだムー○ーマンをはいて学校に行っています。
これについても、ここまでひっかかるには、それなりのわけはあるはずで、
その謎解きにアタマを痛めているところです。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/5079/


安全地帯 投稿者:ひいろ  投稿日:10月19日(金)00時58分14秒

ドラが療育センターに通っている頃、ホールに備えつけられていた
扉のないロッカー(3歳児が入ると、丁度いいカンジのスペース)によく入っていました。
6〜7個あるロッカーのまん中のところが、特にお気に入りでした。
よくよく考えるとそこはホールの全てが見渡せて、身体もすっぽり収まる安全地帯だったんです。

そんでプログラムの動向をうかがっていて、今は安全だなーと思うと
ちゃんとそこから出てきて走り回る(爆)そうやって少しずつ入る時間が少なくなってきました。

でもよくよく観察してたら、そのロッカードラくんだけのお気に入りじゃなかったのです。
みーんな「その場所」が大好き(笑)
新参者はまずそこに入るのが慣例のようでした。やっぱり1番人気はまん中のロッカー。
ある日ドラくんが入っていると、狭いロッカーに子供が3〜4人入っていた事がある。
・・そうゆう時は、ドラくんはでできてしまうんですけど。
またあるときは、ロッカーひとつに子供がひとりずつ入って座っているのよー。
「ここは永平寺かー!」と突っ込でた記憶が(爆)

みんなそうやって、少しずつ空間に慣れていったのでした。


ペンギンさんへ 投稿者:りん  投稿日:10月19日(金)01時40分28秒

アドバイスありがとうございます。
>何だか、置かれている環境があまり良くないような気もします。
う〜ん…。どちらかといえば、今時にしてはおとなしい感じの園だと思っていたんです。
男の子のほうが少ないし。でも、どこにでも、ガキ大将っぽい子って一人はいますよね。
その時はたまたまバスの席が隣になってしまったようで。バスの座席は特に決まっていないけど
特に混乱している様子もなかったし、それならいいやと思っていました。

保育園に入れるまで、週1回の訓練会や幼児教室の10人程度の小集団しか経験がなくて
兄弟もいないし、ケンカの経験ってないんですね。
まつこさんが書かれていたように、私も人のいない公園をさまよう、公園ジプシーだったし。
わざわざトラブルに飛び込むつもりはないけど、男の子だし多少は経験するしかないのかな
と思ったりして…。
でも、それが傷としてずっと残ってしまったら取り返しがつかなくなってしまうのかな…。
○月×日に何をした〜って覚えている歩く日記帳のような子だから、余計に配慮が必要かも
しれません。…こういうタイプって根に持つのかしら…?
こどもの人間関係って大人以上に難しいですね。


いろいろいるので…。 投稿者:ペンギン  投稿日:10月19日(金)07時47分19秒

注意の障害が重くて、周りの動きをほとんど見ていないタイプ。:ウチのAS&ADHDの長男。
他のことをしているようでいて、ちらちらと様子をうかがいながら参加するチャンスを待っているタイプ。:或るカナータイプの自閉症児。
常に周りに注意を払いながら、距離を置いて参加しているタイプ。:或る非・定型自閉症児(受動型)。
ものすごい甘えん坊だけれど、向かっていったり追いかけたりすると逃げる。特定の人以外は、受けつけないタイプ。:ウチのADHDの次男。

実際に、どういうかかわり方をしているのかを観察して、その子に合った対応をするしかないってことでしょう。


リンコさん 投稿者:かよ  投稿日:10月19日(金)09時13分57秒

リンコさん、はじめまして。
リンコさんは大人のADHDなんですね。我が家は息子がADHDの診断を
うけていますが、きっと私も主人もその傾向はあると思っています。

どの薬があうのかわかるまでAdderallもRitalinも試してみました。
ADHDは鬱をともなっている場合が多いとのことで Wellbutrinも
飲んでいましたが最近、試験的に止めています。

そうなんですよね。Adderall、Ritalin の regular releaseは
スキ間ができてしまうんですよね。SRは約10時間くらい安定しているのが
よくわかります。

リンコさん、食欲はありますか?息子はConcertaがきれるDinner Time以外は
あまり食べてくれないので食事をなんとかしなければと思っています。


今夜 投稿者:カンガー  投稿日:10月19日(金)09時46分48秒

NHK教育で夜10時から、
「地球時間 サバン症候群・自閉症の天才たち
ピアノ、絵画、驚異の再現能力」が放送されます。


疑問 投稿者:まつこ  投稿日:10月19日(金)09時55分35秒

>特定の感覚を感じると、その感覚だけになってしまって自分の存在は消える。

これは、「1 or 0」なんでしょうか?

意識的にコントロールすることができるかどうかは個々の特徴かとは思いますが
8割くらいはある感覚に浸りつつ、後の2割で浸っている自分を感じている、とか
感覚遊びで自分を守りながら、周囲との折り合いをつけている、とか
いう場合もありうるように思っていたのですが。

>「自分が何をしているかわからない」ことがわかるようになると、
>どういう状態であるかをモニターしようとして過剰に神経を使うようになってしまう。

「わからなくなることがある」ことに気づいてから
「わからなくなりそう」だと不安が募ったので、いろいろな決まりごとを作って、
わかる要素を増やそうとしていたんだな、と解釈していました。

だから、自分の状況をよくつかんでいるようにと見えるときこそ
フル回転で神経をつかっていることを肝に命じておきます。
彼がフル回転しなくていい時間・空間を確保することも、私の役目だろうと思います。

>「自分がどういう存在なのか今どういう状態で、何をしているのかつかむ力」はつかないので、>教えてくれる人を探す力をつける。

「人から見て」とか「社会的に」どういう存在なのか、をつかむ力は
非自閉者のようなプロセスでは身につかないんでしょう。

でも、自伝の作者はドナさんもグニラさんもウェンディさんも
「自分自身の感覚」をしっかりつかんでとてもクリアに表現しておられますよね。
それはとてもたしかな「豊かな世界」だと思うのですよ。
それをつかむことで彼女らは自分と世界とを対峙させることができた。
そこにコミュニケーションの基盤があると思ったんです。


かかわり方 投稿者:カンガー  投稿日:10月19日(金)09時58分49秒

先日デパートの屋上のふわふわに入りました。
時間制で、10分交代。
娘が入った時、他に子供がいなくて、ひとりでぴょんぴょん跳ねたり、ポールを投げたり遊んでいましたが、担当のお兄さんが途中から一緒に入ってくれました。
きっと、1人で子供が入った時には、楽しくないだろうから、担当者が一緒に入って遊んでくれることになっているのでしょう。

ボールを娘に投げようと、お兄さんはタイミングをはかっているのだけれど、娘は身体はお兄さんの方を向いていても、目がそちらを見ているのか見ていないのかはっきりしない。
お兄さんが投げた瞬間、ふっと無視して場所を移動してしまうことが多かった。
たまにちゃんと受け取ったり、投げ返したりしたけれど、受け取ってもお兄さんが待っているのに、投げ返さなかったり。
お兄さんにしてみれば、肩透かしの連続だったと思う。

普通の子は相手をしてもらいたくて、仕方ないのに、娘はそうではないので、お兄さんは困惑していました。
娘の出た後に入った子は、お兄さんにかまってもらいたくて、抱き着いていくし、もう目がお兄さんに釘付けなのね。

ああ、やっぱり違うんだなあ〜〜〜。
幼稚園のドッジボールみたいに、こうやってこうなったら受け取って投げる...みたいに決まっていると、ちゃんとできるんだけれど、相手の雰囲気を読み取って、一緒に遊ぶことはむずかしいのかな。
そういえば、甘えることも、家族以外にはしませんね。


なるほど!! 投稿者:まつこ  投稿日:10月19日(金)10時01分15秒

>鏡を見ながらだと、視覚と固有覚(自分自身で感じている内部感覚)を結びつけるので
>難しくなる。それよりは、頬を触っていく触覚と固有覚の方が楽。

そういえば、ボタンをはめる時や靴下を履くときに見ないほうが上手だったことがあった。

でも、今では少年は鏡で見て確かめることを上手く使っていますよ。


食欲、あります。 投稿者:リンコ  投稿日:10月19日(金)11時16分51秒

もともと食い意地張ってる(^_^;)

私は基本はアスペルガーで、だけどADHD的な特徴がとてもとても色濃くて、という変な大人です。
最初はリタリンなしでもぎりぎり何とか生きのびてはいたのですが、自閉のコダワリや不安とか、鬱とかのためにSSRI(パキシル)を使うようになったら、もともとあった不注意や衝動がさらに激しくなって、どうしてもリタリンが必要だなと思える状態に至ったんですね。

SSRIを単独で飲んでいたときの私は、食事の途中でおもしろそうなアイディアに気を取られて立ち歩いているうちに食事中だったことを忘れたり、お腹が空いているからてっとり早く食べたいのにちまちま口に運んでいるのがじれったくなって食べるのをやめてしまったり(短気すぎ……)、早く遊びたいから雑に食べようとして口に入るよりこぼす方が多かったりと、食欲以外の要因できちんと食事がとれませんでした。

そんなわけだったので、リタリンを足してからは、食欲は多少鈍ったかもしれないんだけれど、立ち歩きやかんしゃく、遊び食べ、食べこぼしなどが減った分、かえって栄養状態が良くなったという変な状態です。

だから今は、メインの食事である夜だけでも、リタリンの効いている時間に食べるようにしています。本当は、リタリンの効いている時間は短くて貴重なので、効いてる間にやりたいことはたくさんあるから、食事みたいな単純作業に使うのはもったいない気もするんだけど(^_^;)


本を書いてるときは、 投稿者:リンコ  投稿日:10月19日(金)11時18分58秒

おうちで、一人でタイプライターかパソコンに向かっているもの。


う〜ん、なるほど。 投稿者:かずりん  投稿日:10月19日(金)13時23分37秒

ペンギンさんのレス、いつも参考になります。
そうですよね。いろんなタイプがいるから、一人一人対応が違ってくるのは当然なんですよね。
同じような行動をとっていても、それぞれのタイプによって対応を変えていかないといけない・・・・・・。
考えれば考えるほど奥が深いな〜〜と思います。
でも、だからおもしろいって事もあるんですけどね。


まとめて。 投稿者:ペンギン  投稿日:10月19日(金)13時43分07秒

>特定の感覚を感じると、その感覚だけになってしまって自分の存在は消える。
>8割くらいはある感覚に浸りつつ、後の2割で浸っている自分を感じている、
自分の感覚に浸っていることが、自分の存在を感じている唯一の時かもしれない。
でも、「客体に意識すれば主体は消える」ということです。

>感覚遊びで自分を守りながら、周囲との折り合いをつけている、とか
>いう場合もありうるように思っていたのですが。
何かの感覚に自分の意識を移すことで、周囲を人に取り囲まれている苦痛を感じてしまわないようにしている。空間的に移動が可能ならば、どこかの隅にや隙間に隠れるけれど、教室に座っていなければいけないような時だと、何かを見たり聞いたりして意識をそっちに逃がしながら、教室内で起きている出来事をちゃんと見聞きしている。

>「わからなくなることがある」ことに気づいてから
>「わからなくなりそう」だと不安が募ったので、いろいろな決まりごとを作って、
>わかる要素を増やそうとしていたんだな、と解釈していました。
元々の「こだわり」は自分で決めるのではなく、生理的・生得的に決まっていて、自分が行動すると言うのはそのままその型式に従うということだった。とにもかくにも、それが優先。(行動障害のある場合は、この時期にまったく奇異な行動をしてしまう。行動障害がないと、ただのレジスタンスみたいに映る。)
幼児の内は自分一人の身の回りのことができていればそれでいいし、学校に入っても最初は自分のための知識を習得するだけでいい。けれど、だんだんに集団生活や文化的なことを学習しなければならなくなると、自分がやりたいようにやっているだけでは済まなくなるので、意識的に「決まり」を作る。
自分に選択権がない、生得的な「こだわり」の次の段階のものだけど、何かが決まっていないと行動できないというのは同じ。

>でも、自伝の作者はドナさんもグニラさんもウェンディさんも
>「自分自身の感覚」をしっかりつかんでとてもクリアに表現しておられますよね。
>それはとてもたしかな「豊かな世界」だと思うのですよ。
>それをつかむことで彼女らは自分と世界とを対峙させることができた。
ああいう、過去を振り返って書いたものは、自分の生きていた世界が自閉症の世界だということを知ったあとに、文章という形で自分の外へ放出したものですが、原体験はもっと感覚的な情報(視覚・聴覚記憶そのままのビデオのようなもの)とか漠然とした感じです。
でも、意識障害や思考障害がないので、素材は感覚的なものであったとしてもその場その場でしっかり解釈をしている。だから、振り返った時に言語化できる。それは、あとからつかむのではなく、はじめからちゃんとつかんでいる。

>そこにコミュニケーションの基盤があると思ったんです。
コミュニケーションは、自分のいる世界と自分の外の世界が違うものだと解かった時に成立します。でも、高機能だと言語力はもともとあるので、言語化することはその前にもできています。

>そういえば、ボタンをはめる時や靴下を履くときに見ないほうが上手だったことがあった。
>でも、今では少年は鏡で見て確かめることを上手く使っていますよ。
これは、間に一つステップがあるんです。まず固有覚と触覚、それから視覚。でも、目と手の協応運動障害があると、この間が長い。(私は、ずっとダメです。)


おぉっ安全地帯だったのか! 投稿者:こーき  投稿日:10月19日(金)15時34分26秒

あるある!ウチの息子さんにも!
いつもセンターの教室で、キーボードの置いてある机の横にペッタリくっついている。
皆が(主に先生♪)体操している時も、
その机に肘をかけ、関口ひろしバリに、ななめ立ちして(とてもエラそう。)
皆の様子をじぃぃっと伺っています。
そして、自分の自信がある所には飛び出して、だーっと走り回り、
また、元の位置に戻ります。(笑)
ここは、彼にとって安全地帯なのね!
(確かに、そこだと全体が見渡せる!)
遠目に見ながら参加している、と言ったとこでしょうか?
教室からホール、教室からお散歩とか、
部屋から部屋への移動がちょっと苦手な息子さん。
しかし、最近はお友達の様子をよく見るようになり、何人かが移動すると
安心して(?)スムースにくっついていったりするようになりました!
ひっくり返って怒っている時もありますが、
今は、じっくり観察しているのでしょーかね?


は〜 投稿者:まつこ  投稿日:10月19日(金)16時43分44秒

わかりました。ありがとう。

>でも、意識障害や思考障害がないので、素材は感覚的なものであったとしても
>その場その場でしっかり解釈をしている。だから、振り返った時に言語化できる。
>それは、あとからつかむのではなく、はじめからちゃんとつかんでいる。

つまり、言語化するしないに関わらず、それ以前から「自分の世界」は、
つかんでいるってことですね。は〜〜、そうなんだぁ。

だから、こっちの理屈を押し付けると自分を消すしかなくなるってことかな。
こっちは、相手の世界が見えてないから「ない」と勘違いして
「ないならいれてやらなきゃ」と親切のつもりでこっちの理屈を押し付ける結果になる。
これはとても恐ろしいことですね。

>コミュニケーションは、自分のいる世界と自分の外の世界が違うものだと解かった時に成立します。
>でも、高機能だと言語力はもともとあるので、言語化することはその前にもできています。

こちらは、逆に「自分の世界」をクリアに言語化したからといって
自分の世界と外の世界がちがうことをわかっているとは限らない、ということ。

だから、「紫色の声」のような、非自閉側からすると詩的な表現も実感を踏まえたもの。
これ、一見、会話が成立していても、お互いにその世界が違うということを知らないでいると
コミュニケーションは成立しない、というか、誤解ばっかりになってしまう。

それでですね、
自分は、ある部分の触覚は過敏だけれど、また別の部分は感じない、とか
ボディイメージがつかめない、つかめなくなる恐怖、いうようなことも自伝には
よく出てくるように思うのですが、これも、周囲の人と自分との
違いに気がついてからではなくて、もともとつかんでいるんでしょうか?


周囲の人と自分との違い。 投稿者:ペンギン  投稿日:10月19日(金)18時07分36秒

自分がずっと「自閉症」という状態にあったことを知って、始めて意味付けができたこととか、それまで漠然とした感じでしかなかったことが「そういうことだったのか!」と腑に落ちる瞬間がある。

でも、大人になって独立して(ほとんど家出に近いけれど)から知った場合と、子どものうちから診断されて、発達を待ってもらいながら無理な要求はされずにずーっと見守られて育った場合とでは、違うと思う。


あんまりみんな気がつかないみたいだけれど、 投稿者:ペンギン  投稿日:10月19日(金)18時28分51秒

テンプルさんの自伝の中には、回想ではなく当時の『日記』をそのまま書き写した文がでてくるでしょう。
世の中の出来事や物の考え方みたいな、理屈とか論理的な解釈はものすごくお見事なんだけれど、自分の触覚が人より過敏だとかいうことは他の「自閉症者の手記」を読んで始めて気がつく。そういう感覚が自分にだけ特異なものだなんて知らないから、そんなことは考えたこともない。そんなものです。


>ないならいれてやらなきゃ 投稿者:ペンギン  投稿日:10月19日(金)20時56分11秒

何もないからできないのではなくて、違うことを感じている・違うことを考えている。
でも、自分の身の回りのこととか最低限のことはできていないと、周りの人も本人も困る。
言葉が遅れていると、本人も自分の気持ちを主張できないし、自分の周りで起きている出来事がわからないから、言葉の指導をしたり絵や図で表わしたりすることも必要。
情報の入り方が違うから、そこを整理して伝わりやすくすることは、お互いの為に大切なこと。

だけど、「何もわからない、かわいそうな人」だとか「世の中のことが覚えられない・困った人」だとか「非・自閉者のようになるのが幸せ」と思うのではなくて、「自分の世界を持っていていいから、外の世界にも合わせられる人」になって欲しい、というのが希望です。


ふぉおーぃ 投稿者:  投稿日:10月19日(金)23時28分46秒

>違うことを感じている・違うことを考えている。
>情報の入り方が違うから、そこを整理して伝わりやすくすること

>「非・自閉者のようになるのが幸せ」と思うのではなくて、
>「自分の世界を持っていていいから、外の世界にも合わせられる人」に
           
御意


言葉の発達について… 投稿者:トーマスの母  投稿日:10月20日(土)01時30分05秒

こんばんは。
先月、3歳になる息子の言葉が遅いことについて相談したものです。
検査の結果、言語と社会性が2歳程度で、約1年の遅れがある、とのことでした。
本人をみてもらえなかったので(脱走されました…)、なんともいえませんが、
「自閉的傾向にある」らしいです。
とはいえ、それからまもなくオムツが突然外れ、
そうしたら3語文が出るようになって、
ごくごく簡単な質問にはなんとか答えられるようになってきました。
そして今日、恐怖?の3歳検診があったのですが、
「正常範囲内での遅れ」と、「異常なし」のハンコを押されて帰ってきました。
ホントかな?と半信半疑なのですが。
実は今まで長い時間観てたビデオをやめ、テレビもほとんどつけず、
びっちりと絵本の読み聞かせや、語りかけをしてみたりと努力してみたのです。
それが良かったのかな?
とはいえ、社会性・生活面での遅れは指摘されており、
今後言葉の方もどんな風に育ってていくのか、
集団生活は送れるのかと、様々な心配事が出てきています。
一応来春、幼稚園に入園予定なのですが(私立の3年保育)、
それまでに言葉がのびなかったらどうしよう、
ちゃんとやっていけるのかと、心配は尽きません。
ホントはこんな心配のある子の場合は、
幼稚園の入園を見合わせた方がいいんでしょうか?

また皆さんの意見をお聞きしたいです。


トーマスの母さんへ 投稿者:かずりん  投稿日:10月20日(土)09時21分57秒

わが家の息子達は二人とも発達の遅れがありますが、3年保育で幼稚園に入れました。

長男のしょう君は、幼稚園入園前には言語面の発達が1歳〜1歳半程度で社会性の部分でも遅れがあり療育に週2回通っていました。
療育施設で担当の先生に「集団に入った方が伸びるタイプ」と言われ、不安もたくさんありましたが思い切って幼稚園に入園させることにしました。
幼稚園に入園してからは周りの子供に刺激を受けたのか、てこずっていたトイレトレーニングも入園1カ月たった4歳(4月生まれなので)で自分の意志で行けるようになり、社会性も入園して1年ぐらいで療育の先生から「ここまで伸びるとは思いませんでした。」と言われるぐらいになりました。
その頃には友達と身ぶりなどを交えながら簡単な会話も出来るようになっていましたし、入園してからの1年間で親の私も驚くほどに伸びてくれました。
小1の現在、言語性LDとの診断をうけ学習面での心配はまだまだありますが、普段の生活にはほぼ問題がないぐらいにまで言語面も伸びてきています。

次男のじゅん君は自閉症で知的障害もありますが、幼稚園側の理解もあったのでしょう君と同じ幼稚園に3年保育で入園しました。
現在年長で、言葉はほとんど出ていない状態ですが、生活面等は他の子供たちを見て覚えていき、先生方やお友達に助けてもらいながら毎日楽しく幼稚園に通っています。

幼稚園との連絡をしっかりとっていくようにして、先生方にお子さんのことを理解してもらえれば心配ないと思いますよ。
とはいえ、幼稚園がどれだけ理解をしてくれるかにもかかってくるので、前もって園長先生にお子さんのことをお話して理解をしてくれそうな園かどうか探りを入れてみる(?)ことをおすすめします。


納得しました 投稿者:かっぱちゃん  投稿日:10月20日(土)10時17分25秒

>「非・自閉者のようになるのが幸せ」と思うのではなくて、
>「自分の世界を持っていていいから、外の世界にも合わせられる人」に

そのとおりだと納得し、心に刻もうと思います。
つい他の子のようになればいいのにとお互い無理してました。
それに長い目で見る大切さをすぐ忘れてました。
最近ほんの少し言葉らしきものが出始めてうかれて他のこともやれるはずと
できない息子にいらだってました。反省!その子なりの付き合い方さがしていこう。

昨日病院で彼的にはとても優秀に待っていたけれど、怒られました。
「病院で騒がせるなんてどういう親だ。しっかりしつけなさい。」
そう、それが正しい意見。でも私には彼を怒れなかった。1時間半も中待合の部屋で
少なくとも泣き叫ばずにそれほどの大声も出さず(笑い声とご機嫌のうなり声はあった)
がんばってたから。
これってやっぱり私の甘えかな?ちょっとへこんで病院をあとにしました。


トーマスの母様   投稿者:こくっぱの母  投稿日:10月20日(土)10時49分20秒

幼稚園は、幼稚園の対応によります。
うまくいく場合も、そうでない場合もあります。
なにしろ、大勢の子どもを、ひとりの先生が見ることが普通なので、
園の方針によって、対応がさまざまだからです。
子どもをちゃんと受け入れてくれるところかどうか、
やはり事前調査が必要だと思います。
そして、大丈夫だと思っても、担任の先生としっかり連絡を取り合うことが大切だと思います。

>とはいえ、社会性・生活面での遅れは指摘されており、
>今後言葉の方もどんな風に育ってていくのか、

言葉の遅れより、この社会性というのが集団生活に入ると厄介なのです。
だからといって、入る前から心配しても仕方がない。
そういう弱さを持っているということを、しっかり心にとめて、
先生のフォローを受けられるよう、信頼関係を気づいていくことが一番大切だと思います。
同じクラスの保護者とも、出来るだけ知り合いになっておくと、
子供同士がトラブルを起こした時も、対応がしやすいです。

そして、子どもに合った集団に入ると、子どもはぐんと伸びますよ。


>中待合の部屋 投稿者:ペンギン  投稿日:10月20日(土)20時36分08秒

発達障害専門の医師でなければ、病院のスタッフや別の科の医師・看護婦は、自閉症といえば知的障害を伴う重度の早期小児自閉症のことだと思っているし、ADHDのことは全く知らない(若手の人がMBDを知っているくらい)のところが関の山です。
わかっている医療機関を選べといってもそうそうないので、行動障害がひどくてどうしようもない時は、私はその場で看護婦さんに言いました。人に迷惑をかけることが判っている時には、中待合では無理なので外に出ました。


トーマスの母様へ 投稿者:腐乱検死体  投稿日:10月20日(土)22時51分04秒

>「正常範囲内での遅れ」と、「異常なし」のハンコを押されて帰ってきました。
>ホントかな?と半信半疑なのですが。
>実は今まで長い時間観てたビデオをやめ、テレビもほとんどつけず、
>びっちりと絵本の読み聞かせや、語りかけをしてみたりと努力してみたのです。
>それが良かったのかな?

そのアプローチがお子さんに適していたのでしょう。
継続されれば、お子さんはもっと伸びると思いますよ。

ところで、こくっぱの母さんのコメントに一部追加しますが、

>そういう弱さを持っているということを、しっかり心にとめて、
>先生のフォローを受けられるよう、信頼関係を気づいていくこ
>とが一番大切だと思います。

強い部分と弱い部分を口頭と文書で予め伝えておくと、
理解してもらい易いと思います。
ただし、診断名を貰っていたとしても、それはお子さ
んの程度でしたら伝えない方が良いでしょう。
お子さんの行動の一つ一つに、診断名というフィルター
を通した受け取り方をされる可能性がありますので。


そうですね。 投稿者:さくらんぼ  投稿日:10月21日(日)01時13分24秒

なんだか、共感できるかきこがたくさんです。
待ち合い室ですね。私は、近所に予約制の小児科ができたので、そこを利用できるようになってから、安堵しましたが、発達外来に行っている病院は待ち合い室が狭く、予約もないので難儀します。
自閉ちゃん、多動ちゃん、いっぱいいるのに、もう、てんやわんや状態です。
お菓子で紛らわさせようとしたところ、めいっぱい、しかられました。
おまけに、水銀の体温計で体温はかれとのこと。お医者嫌いでただでさえパ二クってるのに、もう
かんべんして。って感じで、私の体温を測って提出しました。(こういうときは、いいわけしている余裕がないです。)

お医者さん、もっと勉強して。と言いたくなるのです。
(ここのサイトを少なくともみてくれー。)


診る人によって変わる 投稿者:みーすけ  投稿日:10月21日(日)03時24分02秒

こんばんは。うちには、3歳5ヶ月の息子がいます。
親の目から見ると、言葉の遅れに加えこだわり等もあって、「これは自閉症だろう」とずっと思っていました(かつて自閉症の子と遊ぶサークルに属していたのである程度知識はあったのです)が、健診や小児科では「このくらいの遅れは個性の範囲」と言われています。うちの子は非常に愛想のいいヤツなので「視線が合うから自閉症じゃありませんよ」と、言われてしまうのです。ホントに、「お医者さんもっと勉強して」です。問題がないと思われているのでなかなか小児精神科ともつながる事ができず(紹介状がいるので書いてもらえないと行けない)やっと自力で行った病院での診断は「自閉スペクトル上にいると思われます」やっぱりなー、って感じでした。

来年から3年保育を考えています。今、週に2回母子分離のサークルに行っていますが、その場ではいっさい喋らないんだそうです。何に誘ってもぼーっとしているらしい。そこは統合保育をしている幼稚園併設のサークルで、そのまま3年保育をとも思ってましたが、あまりにも日常と様子が違うので(家では何言ってるかわからないながらもよくしゃべる)本人にとって合う場ではないのだろう、と保育園の障害児枠か、精神遅滞児通所施設を考えています。本人にとって、楽しいのが一番だと思うので。


勝負の世界の楽しさを教える為には? 投稿者:きゃしーきゃっと  投稿日:10月21日(日)05時46分59秒

 こんにちは。軽度の知的障害と自閉傾向のある4歳女児の母です。
娘のことで相談させてください。
近頃、カードゲームやボードゲーム等、色々とゲームをして楽しむ
ようになったのですが、勝ち負けがよくわからないようなのです。
自閉症の本に「勝ち負けがわかりにくい」とあったので、そうか〜
とは思っているのですが、どんな援助をすればいいのか。。。

 ゲーム中、「やった〜!」とか喜ぶ時の言葉とポーズはみられる
のですが、パターン的に記憶して出ている行動のようで、本心から
喜んでいるようには見えないのです。(言葉がへいたんな事もあり
ますが)
なによりも、自分が負けることが嬉しいようで、自分が勝ったり
するとパニックになってしまいます。
わかりやすいようにと、わりと大げさに勝った時と負けたときの
感情表現を親は取ってきたつもりなのですが。。。
負けた時の表現の方が、面白かったのかしら???
娘が勝った時、大絶賛する事を強化因子にしてはと考えたのですが、
勝ったことを誉めようものなら、パニックの火に油状態です。
もう、どうしていいのやら・・・

 「勝って嬉しい。負けて悲しい・悔しい。」という感覚を
共有してもらいたく親は熱望しているのですが、空回りに
終わっています。(強化因子を娘の大好物のチョコに変えれ
ばいいのかしら?)ご助言、ぜひお願いします。


キャシーキャットさんへ 投稿者:腐乱検死体  投稿日:10月21日(日)08時58分17秒

まだお子さんは4歳ですから、そこまで
気にされる必要は無いと思います。
私の場合、勝負のある遊びで楽しんでいた
記憶は、小学校2年生以降しかありません。
お子さんなら、学習によってそのうち理解
できると思いますよ。


>「勝って嬉しい。負けて悲しい・悔しい。」 投稿者:ペンギン  投稿日:10月21日(日)09時34分03秒

「うれしい」とか「かなしい」とか「くやしい」というのは、本人が本当にそう感じてこそ"感情"であり、お互いに同じ感情を共有するからこそ"共感"になります。
強要すれば、演技を覚えるだけです。こういうところは、欲を出せばきりがありませんが問題行動に直結するものではありませんので、本人の気持ちの方に共感してあげて欲しいです。

よく、自閉症で問題になるのは、「自分の思い通りにならない」「自分が常に勝っていたい」「自分が一番でいたい」というこだわりを持って、そうならないとパニックを起こす場合です。こういうケースですと、行動変容のための介入が必要になりますが、逆に問題行動がないからといって自分の感情を否定され続けると、精神的な悪影響を与えてしまうことがありますから。


勝つことを楽しいと感じるのは 投稿者:まつこ  投稿日:10月21日(日)09時36分17秒

教えられて身につくことではないと思いますが。

> 「勝って嬉しい。負けて悲しい・悔しい。」という感覚を
>共有してもらいたく親は熱望しているのですが、空回りに
>終わっています。(強化因子を娘の大好物のチョコに変えれ
>ばいいのかしら?)ご助言、ぜひお願いします。

自分の書き込みを引用します。
>だから、こっちの理屈を押し付けると自分を消すしかなくなるってことかな。
>こっちは、相手の世界が見えてないから「ない」と勘違いして
>「ないならいれてやらなきゃ」と親切のつもりでこっちの理屈を押し付ける結果になる。
>これはとても恐ろしいことですね。

うちの少年は勝ち負けより、自分の予想通りの結果がでるほうが楽しかった。


その後、「勝つ」のがいいんだと気がついて
徒競走で負けてパニックをおこして自分に勝った友達を「意地悪だ」と責めました。

その後、勝ったり負けたりすることがあって
勝った時は喜び、負けたときは悔しがり、それでもなんとか気分を切り替えることも
できるようになりました。

それでも誰かと争うよりは「自己記録に挑戦」の方が好き。

お医者さん関係は愛知自閉症協会のこのサイトを紹介します。

http://www.nucl.nagoya-u.ac.jp/~taco/aut-soc/share/share21.html


まつこさんへ 投稿者:腐乱検死体  投稿日:10月21日(日)11時05分12秒

>勝つことを楽しいと感じるのは教えられて
>身につくことではないと思いますが。

学習して身に付きます。
指導されて身に付くという訳ではなく、
勝つと嬉しい、負けると悔しいという
「常識の刷り込み」が関与していると
思われます。


なお 投稿者:腐乱検死体  投稿日:10月21日(日)11時07分09秒

本人の程度に左右されるのは間違いありません


途中で送信してしまいました 投稿者:腐乱検死体  投稿日:10月21日(日)11時09分07秒

つまり、自閉的傾向が強い子の場合は獲得しにくく、
そうでない子はいつかは獲得できると推測されます。


求道者イチロー 投稿者:腐乱検死体  投稿日:10月21日(日)11時19分01秒

「自分の納得のいく結果」を求めるために、
バッティング、走塁、守備、送球等について
完璧を常に追い求めています。
数字は後からついてくる、を実践している彼ですが、
少年時代からそうだった訳でもありません。

彼は、小学校6年生時代の作文に以下のように書いています。
「前略 一年のうち360日は厳しい練習をしています。
友達と遊べるのは週に5時間くらいしかありません。
夢は、一流のプロ野球選手になることです。
契約金も一億円欲しいです。
これだけ練習しているのだから、絶対できると思います。後略」

目先の勝敗ではなく、もっと先を見越した勝敗のために
今を生きることが、より良い結果をもたらすということでしょう。


幼稚園のお友達について 投稿者:くりん  投稿日:10月21日(日)14時57分40秒

いつも、質問ばかりですみませんが、是非アドバイス頂けたらと思います。
現在、息子の通っている幼稚園の同じ組の男の子で、落ち着きがなく、お友達にすぐかみつく、砂をかける、叩くなどの行動が日常的に続いているお子さんがいます。

その子の家は、家と近所で何かとお話しすることも多く、またお子さんがその様な状態ですので
園の方から、呼ばれることが多く、お子さんに付き添っている状態です。
私も息子のことでは、色々頭を悩ませている部分もあるので、子供の問題で悩む気持ちは分かるのですが、家の息子も、何もしてないのによく噛まれたり、叩かれたりするので困っています。
私と、その子のお母さんがよくお話しするようになってから息子にも手を出すようになったので、たぶん、親しみを表すのに手を出すという方に行ってしまうのかなと言う気もするのですが。
しかし、息子は、特に人見知りと恐がりが強い子で、だんだん慣れてきたところなだけに、何もしないのにかみつかれたという経験を、怖がっている様子です。一時期、お友達が、近くにきたり、身体に触れたりしても大夫平気になってきたのが、この所、また過敏になってきてしまいました。

私自身もこちらの掲示板で、何かあるとすぐ付き添って下さいと園から呼ばれると相談したことがあるように、他の園では、ここまで付き添うようにはいわれないだろうなと思うようなケースでも、呼ばれるぐらいのところなので、その子供の場合は、毎日職員室に連れていかれ、叱られています。そこでも、先生に対して暴れ、叩いたり砂をかけたりしてしまうのでより一層問題にされてしまいます。
その子のお母さんは、どちらかというと子供は問題行動も含めて、幼稚園でみてくれるものというふうに思っている様子で、療育施設も幼稚園の方から、通って下さいといわれて、仕方なくという感じで通いだしました。
そこで脳波と聴覚の検査をして、異常なしといわれたそうで、幼稚園が療育施設に通って下さいというので行き、指定された場所で脳波と聴覚の検査もして大丈夫だといわれたのに、(療育には、週に一度通っています)後は、やることはやったんだから、すぐ職員室に連れていくことや叱り方の問題で、幼稚園の対応にもっと配慮があればといいます。
その考え方は、少し違うと思うのですが、私としては、毎日のように、お子さん共々園の先生に呼ばれ、叱られている様子を見ると、気の毒にも思います。できれば、お子さんによい手だてが見つかって、問題の行動が改善されることがなによりですし、何もしない子供にも乱暴するので、だんだん園でも「子供にどう説明したらいいか困る」という問題になりつつあります。
親同士、お話しすることも多く、この頃は、お母さん自身も悩んでいる様子ですが、お子さんの状態が悪くなればなるほど、ますます叱り方がエスカレートしていき、このままではよくないなと感じています。出来るだけ力になってあげたいと思うのですが、何をしてあげられるかというと難しく、困っています。皆さんならこのような場合、どう接しますか。


あらら 投稿者:まつこ  投稿日:10月21日(日)17時07分30秒

朝は時間がなくて、舌っ足らずでしたので補足します。

本人自身の感覚を無視・あるいは否定して
>勝つと嬉しい、負けると悔しいという「常識の刷り込み」
を、急ぐことは危険だと思いますよ。アイデンティティに関わる問題です。

「勝ち・負け」も学びました。

「勝ちがいいことで負けがよくないこと」も学びました。

そうすると
「勝つと喜び、負けると悔しがる」ようになりますが下に書いたようなことが起こります。
勝ち負けを学んだら、こういうことが起きるだろうという覚悟がいります。

そこで、「負け」た時の気持ちのもっていき場所というか、切り替えも学びます。

「世の中の人は勝つと喜び、負けると悔しがり、
そういう勝負を楽しむ人も多い」ということも、学びました。

でも、私は、勝負を楽しめ、とまでは思わないですね。
だって……、私自身が勝負を楽しまない人なんだもーん。

>目先の勝敗ではなく、もっと先を見越した勝敗のために
>今を生きることが、より良い結果をもたらすということでしょう。

そのとおりです。できるかぎり将来を見越して
大切なものを見失わないということが大事だと思いますね。

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