2002年5月その3
……llllll(-_-;)llllll  投稿者:まつこ  投稿日: 5月17日(金)10時00分06秒

坊主の場合で、知っているお宅なら
>「おうちの人に知らせてあげようよ」と言ったと思います。

ですが、少年にはそんなことは怖くて言えません。

それでなくても、いつもと違う状態・あるべき姿だと彼が思っている状態でない場合
相手がどう感じるかを予測・感受できないのに、
指摘してしまうことをコントロールする練習をしてきたんですもの。

落ちている一円玉を見つけたけど、よその人のだからそっとしておいた、

と言ったときに、それでいい、よくやった、と誉めました。
大人が一緒にいる時に、落ちているお金を見つけたときは
その大人の人に知らせるといいと思う、とは教えときましたけど。


でも、↓これは難しいかなぁ。 投稿者:まつこ  投稿日: 5月17日(金)10時15分08秒

>人に誤解されるといけないから・・・という説明は理解できるでしょうか。

実際は、そんな風に誤解されてしまうことが多いだろうなとは思いますけれども
少年にそれを説明すると、どうしても、よその人は意地悪なんだと思わせてしまいそうなので

よその人のものは触らないでね。とか
よその人のことは言わないでね。とか ですね。

よその人が嫌な気持ちになるかもしれないから、ですね。

その分、「気が利かない」「気配りがない」と思われるようになるかもしれませんが
人の気持ちを逆なですることやトラブルに巻き込まれることを少しでも減らす方が
いいんじゃないかと思っています。


ケロさん 投稿者:カンガー  投稿日: 5月17日(金)19時26分54秒

>最初はどう言えば良いかのセリフも教えるし、手順も教えましたよ。

これで、ある程度は行けそうなんだけれど、どこまで応用がきくかが、問題ですね。
うちの子の場合。
なんせ、人と話をするのが、苦手でしょ?
できるだけ、人と話をせずに、自分で実行するタイプだから、「教えてあげる」くらいなら、「自分で直してあげたい」のね。
勝手に自分でやるよりも、言葉で教えてあげる程度にしておくほうが、無難な場合が多いとおもうので、そこは、これからの課題にしたいと思います。


まつこさん 投稿者:カンガー  投稿日: 5月17日(金)19時37分17秒

>それでなくても、いつもと違う状態・あるべき姿だと彼が思っている状態でない場合
相手がどう感じるかを予測・感受できないのに、
指摘してしまうことをコントロールする練習をしてきたんですもの。

たまたま、うちの娘はこの「指摘してしまう」ということが今のところないんです。
だから、あまり、怖いと私は思わなかったのかもしれない。
でももっと本人に自信がついてきたら、こういうこともあるかもしれないと思います。
気をつけていきたいです。

>少年にそれを説明すると、どうしても、よその人は意地悪なんだと思わせてしまいそうなので

そうですね、意地悪だと思ってしまう可能性、確かにありますね。
誤解されるって概念自体が難しい子どもたちですものね。
う〜ん、むずかしい。


実はね、 投稿者:  投稿日: 5月19日(日)16時58分18秒

SST絵カードにも、こんな場面を入れたのよ。

一つは、
自転車に乗っている小さい子が電柱にぶつかって怪我。
そこに小学生の男の子が通りかかる。
男の子は知らん顔をして通り過ぎようとしている。
辺りにはだれもいない。
という場面。

"非力な小さい子""怪我""辺りには誰もいない"
この場合は、
「小さい子はどうして良いかわからないだろうね、助けてあげようね。」
と教えたいね。

まあ、方法は
”力づけてあげる””家まで連れて行ってあげる”゛大人を呼ぶ”
等、色々だろうけどその子にできる事をする事が社会的にも期待される場
面だものね。


もう一つは、
大きな荷物をかかえたおばあさんが、家を探して歩いている。
通りかかった男の子に道を尋ねる。
男の子はそんなの知らんと答えて通り過ぎようとしている。
少し離れた所には数名の大人の姿が見える。
という場面。

この場合、おばあさんは非力でも、男の子以外に頼れる人はある。
大きな荷物をもって大変そうだけど、怪我のように緊急を要するというわけ
でもない。
だったら、その子の実情に応じて、
「知らないです。」
と言ってその場を離れる事を教えても良いと思う。特に、今の時代
親切につけこんだ犯罪に巻き込まれる危険性もあるわけだしね。
で、実情に応じて、(余力があれば)
「ちょっと、向こうの方にいる人に聞いてきますね。」
と、荷物を抱えて動きにくいお婆さんの代わりに、聞いてきてあげる
ぐらいの事はできるねと教えてあげても良いかな。

実はSST絵カードを作る時にも、
答えは一つではないのに、一つのストーリーを作らなければならない事が、
結構、苦痛だったのよ。
          < SSTカードを使ってくださっている指導者の皆様、
            その点への配慮、よろしくね。


で、植木鉢の件だけど、 投稿者:  投稿日: 5月19日(日)17時06分26秒

これも子どもによって教え方も教える内容も違うよね。
社会的にはどのような行動が期待されているかと言う事も一応は頭のすみっこには置いて
おいた方が良いしね。

>指摘してしまうことをコントロールする練習をしてきた

少年君なら、
「植木がひっくり返っているね。でもお家の人も家から出て来た時には
 直すから丈夫よ。」
と安心させてあげることが大事かもしれない。緊急性のある事でもないしね。


>誤解されるって概念自体が難しい子どもたちですものね。

”これこれのこういう行動を取ると人からはこう見えてしまうよ”
という事は、この場面とは切り離した(もっと単純な場面を使って)教えて
あげたいね。

うん、まあ、何にしても、場面やその子の状況に応じて、
どう対処していくか、どう教えていくかを考えていくしかないよね。

マニュアルやハウツーものの指導法の本は苦手なのだけど、
そこからもヒントをもらいつつ、色々考えていきませう。
           < えっ、Mさんも一緒に考えてくれるの?
             あっ、いや、まぁ、その・・・・・。

あ、今、書いた事を
ここの古ダ〇〇の面々は
”ていねいな子育て”と呼んでいるらしいですよ。 < 新たな訪問者様方。


おとなになった今も、 投稿者:リンコ  投稿日: 5月19日(日)23時40分58秒

急病で倒れている人を放っていくと思う、私。


誤解されるということ 投稿者:カンガー  投稿日: 5月20日(月)06時31分25秒

>”これこれのこういう行動を取ると人からはこう見えてしまうよ”
という事は、この場面とは切り離した(もっと単純な場面を使って)教えて
あげたいね。

教えてあげたいです。
でも、「ひとからどう見えるか」ということを教えるのって、難しい。
「だから、なに?」みたいに娘に言われてしまって・・・。
「恥ずかしい」系なら理解するんだけれど、「悪く思われる」系は難しくて・・・。

>マニュアルやハウツーものの指導法の本は苦手なのだけど、
そこからもヒントをもらいつつ、色々考えていきませう。
           < えっ、Mさんも一緒に考えてくれるの?
 
どうぞよろしくお願いいたします。


入学してすぐの頃 投稿者:カンガー  投稿日: 5月20日(月)11時24分37秒

まだ集団下校でね。
急に雨が降ってきたの。
私は傘を持ってきていて、娘に渡した。
近くにいた子が「傘に入れて」と娘に言ったの。
娘はその子を自分の傘に入れた。
先生が近くに来て、「ルーちゃん、お友達を傘に入れてあげて、偉いわね」とほめてくれた。

そして、娘はお友達と別れたあと、
「お友達、傘に入れたくなかった。」と何度も何度も私に訴えた。
「嫌だった、嫌だった、もう入れてあげるのは嫌だ。」

社会的には、困っている子が「入れて」とお願いしてきたら、傘に入れてあげるのが、親切なこと、入れてあげる子は良い子。
私もずっとそう思ってきた。
娘にそのとき、「そんなことをいっちゃだめよ、これからも入れてあげなさい。お友達がぬれちゃったら、かわいそうでしょ」と答えた。

でも、よく考えたら、よく知らない子と、異常に接近するのは娘にとって、想像以上に辛いことなのかもしれない。
他に理由があるかもしれないけれど、本当に辛そうだった。
もし、娘が自分が辛いという理由で、「入れてあげない!」と拒否したら、誤解されるよね。
意地悪な子って・・・。
難しいなあ。
どうしたらいいのかな。


だからさ 投稿者:まつこ  投稿日: 5月20日(月)12時11分02秒

「他人と近づくのは辛い」人なのだということを
周りの人がわかればいいんでしょう。

ルーちゃんは自分でそのことわかっていて
ちゃんとお母さんにも言ってるんだから。
で、カンガーさんもわかってるんだから。
カンガーさんが先生やお友だちにそのことを教えてあげればいい。

そしたら、カンガーさんがいない時でも先生やお友だちが
知らない子にも
「ルーちゃんにそんな風にくっついちゃダメよ。辛いんだから。」って
言ってくれるようになるの。

そうしたら、ルーちゃんも「ごめんね。ほかの人の傘に入れてもらって。」って
ちゃんと言えるようになるかもしれないでしょう。

ルーちゃんが自分で言えるようになるためには
「あ、そうか。そうだね。ごめんね。」ってわかる環境ができてなければ……

………………人に悪く思われないために自分を曲げるという思考法が私にはない。
確かに、これも極端ではある、と自覚はしてます。(f^^)


場面認知 投稿者:まつこ  投稿日: 5月20日(月)13時54分50秒

まず、「雨にぬれている子ども」を見たときに何を思うか。
電柱がぬれて立ってるのを見たのとは違うことを考えるのかどうか。
いい悪いじゃなくて、どう思うかな?
濡れている子の冷たさ・寒さがわかるだろうか?
____

傘を持っていない子を見たときどう思うか?
傘なしで帰ろうとすれば雨にぬれることや、
ぬれたくないと思えば帰れないことが、推測できるのか?

傘に入れてあげたくなるための情報をもっているかどうか。
それがなければ譲歩する理由もないです。
そういう情報をもたない者にとって「入れて」はただの侵入。


そうねぇ、 投稿者:リンコ  投稿日: 5月20日(月)16時25分47秒

私の7才当時を思い出すと、

雨に濡れる→服が濡れる→お母さんに叱られる

だったかもしれない。これが「かさを忘れていったことがお母さんにバレないように、入れてあげなくては」に結びつくのは、「お母さんにはどうせ何でもバレる仮説(別名・大人は全知全能仮説)」が崩壊するのを待たなくてはいけなかったけど。

濡れる→寒い

は、かなり高度だったかな。どしゃぶりとしとしとでは、差があるでしょうけどね。

雨に濡れるって、最初の数十本は、服の表面にかかったりしみたりするだけで、体表まで伝わらないじゃないですかー、だから、そのタイムラグがあるぶん、なかなか因果関係として結びつかなかった気はします。

つまり、同じくらいの降りかげんでも、2キロ歩けば最後のほうは「寒い」になるけど、1ブロックだったら「寒い」まで行かないでしょ? 「濡れたけど寒くなかった経験」って、けっこう回数があるので、せっかく1回か2回「濡れた→寒い」の経験を積んでいても、学習の蓄積としては、そこで帳消しになっちゃうんだな。

私の場合、入れてもらったり入れてあげたりっていう経験があったかどうかは思い出せない。でも、今の私は、濡れるのは大嫌いだけど、入れてもらうのがすごーく嫌い。くっついて歩くのがイヤだっていうこと以上に、うろちょろ、ふらふらできないから。歩調を合わせて歩かないといけないから。はねを上げないように歩いた方がなお良い(入れてくれた人にひっかけるのは気の毒)から。それを思うと、なおさら「濡れた方がいい!」と。どしゃぶりだとこれが逆転しますが。

いま、知りたいのは、「入れてあげる」と言われて、かどを立てずに断る方法かもしれない。「ウロチョロしたいから」っていうのって、30代後半としては、恥ずかしいカモ。



そう、


それでも、 投稿者:リンコ  投稿日: 5月20日(月)16時41分36秒

「雨に濡れるのは、かわいそうなこと」「入れてあげるのが良い子」「入れてあげないのが悪い子」という公式は持っていました。

「雨に濡れるのが、かわいそうなことである」という公式の「理由」は、わかっていませんでしたが、それは問題にならなかった。なぜなら、公式には理由は必要ないと思っていたから。公式は絶対だと思っていたので、理由を問われること自体がおかしいと思っていたはず。

「他の子にもお母さんがいるらしい」ことを知ってから、濡れて、かさを忘れたことがバレて叱られたら(あるいは、服を濡らしたことを叱られたら)、そのことは「かわいそうなことである」と覚えたはずですが、「叱られるとかわいそう」(別に、「寒いとかわいそう」でもいいんですが)と、「入れてあげなくてはならないもの」との間には、何の関連もなかったと思う。それぞれ、別々のこと。公式には理由はない。

「どうして、入れてあげなくてはいけないの?」ときかれたら、「私はいい子だから」と答えてたと思います。

あと、「悪い子は、人を入れてあげないはず」と思っていたと思う。だから、前に「バレーボールを蹴ってサッカーごっこをしている場面を見たことのある男の子」(バレーボールを蹴ってはいけないから)が、別の誰かをかさに入れてあげている場面をうっかり目撃したら、大パニックになっていたはず。

現実には、小学校の前の通りにはずっと屋根(広告入り日除けテント?)があって、かさうんぬんが問題になるのは、横断歩道の間だけだったような気がするけど。そのせいか、「悪い子(と私が思い込んでいる子)が他の子をかさに入れてあげている場面を見てしまう危険は低かったと思われ(あ、それ以前に、他の子をあまり見ていなかったか……)。


そういえば、 投稿者:リンコ  投稿日: 5月20日(月)16時54分21秒

「入れてあげる」より、「渡してしまう」方が、もっと良いことのはず、という思い込みもあったな。もう少し大きくなってからだけど。

自分もまっすぐ歩かなくてすむし、相手もまっすぐ歩かなくてすむし、相手は一人で1本、ゆうゆうと使えるのだからもっとうれしいはず、だからもっと良いことと思い込んでいた。

入れてほしいと思って頼んだだけなのに、「気を使ってしまって、借りられない」という立場に相手を追い込む(そして、「入れて」という当初のお願いさえ、自分から取り下げざるを得ない立場に追い込む)、無神経な行為であるなんて、思ってもみなかった。

今だったら、相手が喜ぶはずという誤解からではなく、自分がふらふら歩けるよう、「あ、もう1本持ってるから」と嘘をついて反対方向に歩いたり、「もうじき、もう1本持って迎えが来るから、待ってなきゃいけないの」と嘘をついてその場で時間をつぶしたりして、渡してしまおうとするかもしれないな。でも、それから後、嘘がバレないように、こそこそと隠れて回らなくてはならないから、それを思うと、やっぱりがまんして入れてあげるかもしれない。距離によるかなあ……。

でも、日除けテントのないところが通学路になった年齢のときには、それを実際にやってしまう心配はほとんどなかったです。私の傘にさわりたがる人は数人しかいなかったから。


なるほど〜 投稿者:カンガー  投稿日: 5月20日(月)21時21分22秒

なんか、少し見えてきた。
まず、ひとつずつ考えてみたんだけれど。

>「他人と近づくのは辛い」人なのだということを
周りの人がわかればいいんでしょう。

これって、すごく難しいと思うの。
どうしてかというと、今、運動会の練習で二人三脚をやっているの。
これって二人がくっつくでしょ?
すごくうれしそうにやっているから。
そういっても、信じてもらえないような気がする。

>傘に入れてあげたくなるための情報をもっているかどうか。
それがなければ譲歩する理由もないです。
そういう情報をもたない者にとって「入れて」はただの侵入。

これはすごく納得です。
情報をもっていないですね、おそらく娘は。
教えたことないから、チャレンジしてみます。
難しいとは思うけれど。

>「雨に濡れるのは、かわいそうなこと」「入れてあげるのが良い子」「入れてあげないのが悪い子」という公式は持っていました。

この公式は持っていると思います。
だから、我慢して入れてあげたんだと思うんです。

>今の私は、濡れるのは大嫌いだけど、入れてもらうのがすごーく嫌い。くっついて歩くのがイヤだっていうこと以上に、うろちょろ、ふらふらできないから。歩調を合わせて歩かないといけないから。

これだ〜!
そう思いました。
マイペースで歩けないのが、一番の苦痛なのに、違いないと思うんです。
単にくっつくのが嫌なのかな?と想像していたけれど、私の思い違いかもしれない。
もしかしたら、自分の好きなように歩けないのが、嫌だったんじゃないかとすごく思えてきました。
おまけに相手の子が、「私が持つ!」と傘をぶんどってしまったのです。
完全にその子のペースで歩かされていましたから、余計そう思うのです。

もしそうだとして、それを周りの人にわかってもらうのは、もっと大変かもしれないですね。
マイペースで歩きたいから・・・なんて理由、通用するか、かなり不安です。

我慢できるなら、してもらいたいと願うのは、いけないことかな。
ちゃんと周りの理解を求めるべきかな。
むずかしいですね。


(無題) 投稿者:sara  投稿日: 5月20日(月)22時29分45秒

えーとね、しなくてはいけないことが多い世の中でしょ?
特に、ルーちゃんや次郎にとっては、違う感性がある部分もあるし、
もちろん、絶対にしなくてはいけないことも、してはいけないこともある。
どうしても、しなくてはいけないことではなかったら、ルーちゃんが選んでもいいと思う。

大きくなった時や、これから、我慢までして、しなくてはいけない、と、苦痛に思うより、
できるときには、すればいいんだ・・・そう思えれば、生きていくのが楽になるんじゃないかな?

今、傘に入れるのがいやだったら、じゃあ、どうすればいいのか、考えようよ。
「イヤ」っていうより、「ごめんね」と言って、イヤな理由を言えばいいのかな?
「ごめんね、二人で傘をさすと、転びそうで怖いの」とか・・・
すぐに、断らないで「ごめんね」と先に言う・・・とか。

今は、まつこさんが書いてあるように、「入れて」の言葉からの情報が伝わらなかったり、
相手の立場がわからなかったり、一緒に歩くのが苦手だったり・・・
でも、変わっていくかもしれないし・・・

「こうあるべき」って、ルーちゃんの中で作られてしまうと、とっても息苦しいと思うの。
「イヤ」を、応援してあげたいな。

私は、金木犀が苦手。
だけど、好きな人もいる。
金木犀のある道を必ず歩きなさい、って言われたら、辛い。
いつも通る道だけど、今日は通らないとか、
近道だから歩こう、とか自分で、納得したり、妥協して歩いてる。
上手なかわし方も、大事だと思うし、自分で選べばちょっと違うと思うよ。


そうですね 投稿者:カンガー  投稿日: 5月21日(火)06時11分30秒

>どうしても、しなくてはいけないことではなかったら、ルーちゃんが選んでもいいと思う。

必ず我慢して、いつでも傘に入れてあげなさい・・・。
そう教えることは、やめます。

いままで、何か教えるときは、パターンで教えてきたことが多いです。
例外はあまりつくらない。
だから、本当は、入れるか入れないかで教えてしまいたい気持ちがあります。
でも、世の中、白か黒かだけでは生きづらい。
そろそろ自分で選んだり、難しいけれど「臨機応変」も教えたい。

傘のことは、良い機会だと捉えて、じっくり話をしてみます。

>「イヤ」を、応援してあげたいな。

この気持ちを親としてきちんと持って、娘の話を聞いてやりたいと思います。
どうしても嫌なら、どうやって回避するか、考えてやりたいと思います。

一緒に考えてくださった皆さん、ありがとうございました。


逆に 投稿者:まつこ  投稿日: 5月21日(火)09時41分10秒

雨の中、
傘を支えながら、
ぬれないようにしながら
人とくっついて歩くことが辛くても

二人三脚のように「人と歩調を合わせて歩くこと」に集中すればいいんなら楽だし、
リズムをとるのが好きなら、面白さも感じる、ということはありそうに思います。

「傘」って自分のテリトリーが目に見えるようになる部分もあるから
そこに人が入ってくる、あるいは人をいれる、という別の気分も付加されてるかも。

>すごくうれしそうにやっているから。
>そういっても、信じてもらえないような気がする。

私もそう思っていたのですよ。
ところが、先生がおっしゃるには
「子どもたちにはピンとわかるようです。わからないのは大人。」

少年が、窓から吹き込む風が怖いことも、
帽子をふいに取られたり、追いかけられたりするのが怖いことも
叱られると笑ってしまうことも
いつも必ずそうなるわけではなくても、子どもたちは割とすんなりわかったそうです。
理屈ではなく、見たまんま、感じる力が強いこともあるからでしょう。
もちろん先生の粘り強い通訳があってこそではありますけどね。

少年にとっては集団内にいて混乱しながら過ごす事は辛かったでしょうが
同じ目の高さの応援団はこういう機会なしには育たなかっただろうとも思います。

今日は障担は出張です。 「僕、一人でちゃんとできる。がんばるよ。」と
力こぶを作っていました。
……慣れない先生の介助ではかえって辛いことを、自覚してるのかどうかわかりませんが
交流級で授業を受けたあと料理クラブにも参加する意欲満々です。


私自身の課題でもあるからもう少し書かせてね 投稿者:まつこ  投稿日: 5月21日(火)10時36分28秒

>いままで、何か教えるときは、パターンで教えてきたことが多いです。
>例外はあまりつくらない。
>だから、本当は、入れるか入れないかで教えてしまいたい気持ちがあります。

わかりますよ。私もそう。
この「パターン」というのがリンコさんの「公式」にあたりますよね。

ところが、幼児から子ども〜思春期〜青年期と成長するにしたがって
公式で対処できない場面がたくさん出てくるように思うのです。

理由ぬきの「公式」を、私が教えて対処できるようにするだけでは
私がいない時、教えられなくなった時、初めて直面する状況には対処できない。
そこから一人でサバイバルさせたくはありません。

世の中の法則性を自分で見つけ出して対処する力をつけるには
彼が世の中をよく観察する余裕、しっかり「観る人」になれる環境が必要だと思っています。
もちろん「障害」ですから、100%自分で対処判断できるようになるわけではないでしょう。
だから、状況判断のモニター役や安全基地的な人間関係も必要です。

そもそも感覚情報処理で手一杯で、周りをよく見る余裕のない中で、
手にいれた少ない情報を頼りに、『俺ルール』を作るとトラブル頻発でしょう。
トラブルを起こさないように、いわれたとおりに・ちゃんとやろうと思えば
もっと周りを見られなくなる。自分が見たもの、自分の感覚は頼りにできなくなる。

<受動・指示待ち>は、傍目には安全でも、自分の気持ちを殺した牢獄なわけですよ。

非自閉の子どもが親離れして一人前になるのもさまざまな葛藤があるわけですが
自閉症児が自我をもった大人になるのは大変です。


牢獄かあ・・・ 投稿者:カンガー  投稿日: 5月22日(水)06時23分36秒

><受動・指示待ち>は、傍目には安全でも、自分の気持ちを殺した牢獄なわけですよ。

そうなのかなあ。
決して、「違うんじゃないかなあ」という意味ではありません。
とてもよくわかるんです。そうだなあと思います。
ただ、娘を見ていると、「自分の気持ちを殺した牢獄」というよりも、「安心してすごせる快適な部屋」にいるって感じ。
まだ小学校一年だからかな。
思春期とかになってくると、「牢獄」になっちゃうのかな。
そういえば、まだ自我といっても、たいしたものじゃないものね。
もともと受動型だし、性格も温厚だし・・・。

牢獄にしてしまうことはどうしても避けたいけれど、居心地の良い場所にまだ居させてやりたい。
少しずつ、少しずつ、世間というものを教えていけば良いってことでしょうか?


(無題) 投稿者:sara  投稿日: 5月22日(水)09時53分55秒

公式って、どんなに完璧に立てたつもりでも、その子の年齢やその他状況によっても、変わってくるよね。
だから、公式を教えるだけでなく、その背景にあるものまで、教えていくと、
自分で選んでいくんじゃないかな?
(もちろん、その子の状況によっては、公式だけのほうがわかりやすい子もいる)
公式もその時々で、変化した時や、子ども自身が「あれ?」と、思う時に修正していってもいいと思う(これも、子どもによって違うけど)
混乱しないようになきっかけを使って、乗り越えやすくする配慮は必要だと思うけれど。
例えば、中学生になったから、失敗をきっかけにする、とか、新しいチャンスを大いに利用して。

もちろん、自分で判断すると、勘違いした行動になってしまうこともある。
だけど、その時に、また、公式を新たに書き換えればいいと思う。
トラブルは、新しい公式を作るチャンスかもしれない。
トラブルが起きることを予想して、周りを固めておくのは、お母さんの大事な仕事かもしれないね。
失敗して、考えて、対策を練る、人生って、その繰り返しかもしれないね。

普通の子もそうだけど、
親の公式通りに行動してくれれば、安心。
だけど、その公式は、子ども自身が作ったものではない。
親ができるのは、子ども自身が、その公式を作るお手伝い(情報の提示とか、多面的な見方や、やり方があることを教える・・・とか)
自分で作った公式だからこそ、牢獄でなくなるんじゃないかな?
自分で考えたことだから、踏ん張りも効くし・・・
考えることは、3つの答えから選ぶでもいいと思うんだ。

ただ、その公式には、<しなければいけない>だけでなく、
本当に必要ではないことは、<しない>という選択肢があってもいいのではないかなぁ?


安全確保と管理 投稿者:まつこ  投稿日: 5月22日(水)10時14分48秒

確かに、バランスの問題である部分もあると思います。

行動の規範や指示が明確な環境は安全基地として必要ですよ。
それは誰でもそうでしょうね。

牢獄ということばが不穏当なら「シェルター」といいかえましょう。
そこにいるほうが安心だと思うのは
シェルターの外は危険だと感じているからですね。

私は少年の安全地帯を広げることと
彼の中に規範を育てることをしたいと思っているのです。
それは彼が自閉症でなくたって多分同じでしょうね。

でも、すっごく難しいです。
お母さんや先生にいわれたとおりにしてたら安全だと
少年が思っているから。

坊主(3年生)はそろそろ生意気になってきました。
でも、少年は自分で考え・感じたように行動して
大人や周囲の人間と利害がぶつかることはあえてしません。
混乱して自分でもどうしようもないときだけです。

私「**したらあかんねんで。」
少年「わかった。」
私「どうして、**したらあかんのかな?」
少年「お母さんのいうとおりする。」

ビックリして、きちんとした理由を説明したんですけど、
彼はなんとなくめんどくさそうでした。

だから、一層、彼が何を感じているのか、
彼がどんな情報を持っていてどんな情報をもっていないのか
私が知らなくてはならないと思ったのです。
彼の感覚ときちんとつながった価値規範が彼の中に育つように。


指示待ち炸裂 投稿者:ひいろ  投稿日: 5月22日(水)10時39分44秒

ドラは元来は「野生児」でした。でも今は指示待ち炸裂になってしまう事もしばしばです。
実はこれは保育園時代から始まった事なのですか。
担当の保母さんが「今は○○の時間です」という方法で、ドラを自分勝手に行動させないような
指導をした成果なのです。おかげでドラの多動はピタッと止まり
現在学校では「自分で何でもできる優等生」のようです。
でもね。家ではその反動で泣いたり睡眠障害が起きたりしているんです。

まだまだ先生に慣れるはずもないし、本人としては「先生の言っている事がわかってしまう」ので
そのままに動いてしまうのでしょうね。
・・そして細かい要求などができないくって頑張ってしまう。
ドラにとって、コミュニケーションをとるという事がこんなに大変な事な事なのだと
現在実感している最中です(笑)


一言 投稿者:腐乱検死体  投稿日: 5月22日(水)19時47分07秒

>ただ、娘を見ていると、「自分の気持ちを殺した牢獄」というよりも、
>「安心してすごせる快適な部屋」にいるって感じ。

障害があろうとなかろうと、ケースバイケースではないでしょうか。
先生の指示の出し方にもよりますし、クラスの雰囲気にも左右されますので。


佐々木正美先生講演会(6/22 投稿者:ままはっち  投稿日: 5月22日(水)22時45分18秒

兵庫県LD親の会「たつの子」主催
佐々木正美先生講演会
演題 「LDと高機能自閉症・アスペルガー症候群」

日本の障害児教育の第一人者であられる佐々木正美先生を姫路にお呼びして、
LD(学習障害)及び近隣障害であります高機能自閉症・アスペルガー症候群に
つきまして講演して頂きます。障害を理解し家庭や学校で適切な環境を作るた
めに何が必要か・・・。
多くの教育関係者・療育関係者及び保護者の方のご参加をお待ちいたしており
ます。

■日時 平成14年6月22日(土)
    午後2:00〜午後4:30(開場 午後1:30)
■場所 姫路市民会館・中ホール(第2会議室)
    姫路市総社本町112番地 TEL.0792-84-2800
■定員 200名
■参加費 たつの子会員 無料   非会員 500円
(託児予定有り お申し込み先着20名まで  お子様お一人に付き 500円)
 ※託児申し込みの締め切りは、5月31日(金)
■主催 兵庫県LD親の会「たつの子」
■後援 姫路市・姫路市教育委員会・加古川市教育委員会・龍野市教育委員会
■申込み方法
E-mailにて、1.お名前、、 2.ご住所、3.お電話番号、
4.正会員・通信会員・賛助会員、
5.非会員(非会員の保護者・教育関係者・療育関係者・学生・その他) 
6.託児(希望の方のみお子様の名前と人数) を書いてお送りください。
※託児希望の方は注意すべき点がありましたらお書きください。
※この企画は木口ひょうご地域振興財団助成金の交付を受けています。

■ご注意 
講演会当日、主催者以外の方は会場での録音・録画は固く禁止いたします。

■佐々木正美先生 経歴ご紹介
昭和10年(1935)群馬県前橋市に生まれる。
新潟大学医学部に入学、昭和41年(1996)に卒業。その後東京大学医学部で
精神医学を学び、同愛記念病院神経科に勤務。プリティシュ・コロンビア大学
医学部児童精神科にデジデントとして留学。帰国後、国立秩父学園(重度知的
障害児居住施設)をはじめ、東京大学精神科(助手)を経て、小児療育相談セ
ンター(所長)に20年間勤める。その間東京大学精神科、東京女子医科大学小
児科、お茶の水女子大学児童学科で講師を勤め、1982年からノースカロライナ
大学(チャペルヒル)精神科TEACCH部で自閉症の臨床を学びながら、共同研究
にも参加して現在に至る。

現  職  横浜発達クリニック顧問
      川崎医療福祉大学教授
      横浜市総合リハビリテーションセンター参与
      ノースカロライナ大学医学部精神科・臨床教授

主な薯書 児童精神医学の臨床(ぶどう社)
     自閉症ハンドブック/TEACCHプログラムに学ぶ(学習研究社)
     子供へのまなさし(福音館書店)
     相田みつを・いのちのことば/育てたように子は育つ(小学館)
     エリクソンとの散歩/生き方への道標(子育て協会)
     人生・出会いと別れ(子育て協会)
     「お母さんが好き、自分が好き」と言える子に(企画室)


↓メアド忘れ 投稿者:ままはっち  投稿日: 5月22日(水)22時48分09秒

佐々木先生講演会のお申込みは、
tatunoko@sanynet.ne.jp
までお願いします。」

http://www.sanynet.ne.jp/~tatunoko/


意識を変えます 投稿者:カンガー  投稿日: 5月23日(木)06時58分10秒

>だから、公式を教えるだけでなく、その背景にあるものまで、教えていくと、
自分で選んでいくんじゃないかな?

その背景にあるものを、教えてこなかったですね。
意識的に、まだ難しいからとか、混乱させないためとか、そういう理由で教えないこともあるし、そこまで考えないでというか、そこまで説明しなければわからないことに気がつかないで、教えてこなかった部分もあります。
いずれにしても、丁寧さに欠けていたかなと反省しました。
心のどこかで、「どうせ言ってもわからないだろう」的な気持ちもあったかもしれません。
小学校にあがって、もう幼児ではなくなりました。
背も高くなり、見た目も立派な小学生。
理解力もついてきていますし、行動力も出てきました。
そろそろ私の方が意識を変えていくときなのかもしれませんね。

>親ができるのは、子ども自身が、その公式を作るお手伝い(情報の提示とか、多面的な見方や、やり方があることを教える・・・とか)

こういったことを、これから考えていきたいです。

>ビックリして、きちんとした理由を説明したんですけど、
彼はなんとなくめんどくさそうでした。

すごくよくわかります。
きっとうちも同じです。
私の言うことをきいていれば間違いないと、そう思っていると思います。

>だから、一層、彼が何を感じているのか、
彼がどんな情報を持っていてどんな情報をもっていないのか
私が知らなくてはならないと思ったのです。
彼の感覚ときちんとつながった価値規範が彼の中に育つように。

本当に、そうですね。
大変だけれど、ほんと、やりがいがありますね。

勉強になりました。
楽しく、前向きに、これからのことを考えていきます。
ありがとうございました。


はじめまして 投稿者:たむりん  投稿日: 5月23日(木)10時00分10秒

長くなりますが、現在小学校1年生の長男のことで相談させてください。

入学後しばらくはすんなりと登校していたのですが、GW辺りから怪しくなってきました。
充分早い時間に起きていても、ずるずる遅れてしまい、更に「間に合わないかもしれない」と一度思い込んでしまうと、不安感からパニックになって動けなくなってしまう、という悪循環になっています。
何とか家から出しても「力が出ない」と道端にへたり込んでしまい、かなり体が大きいために母親の力ではどうすることもできず、しばらく放っておいて落ち着かせてから、学校まで送って行くようにしています。歩きだしてしまえば割と平気です。
たまに、特に早く起きたわけでもないのにてきぱき動いて早く家を出られる時もあります。
ところが、駄目な時はいくら早目に起こしても布団に戻ってしまうし、本当に全く動こうとしないのです。
できるだけおだてて調子に乗せたりごほうびをちらつかせて『操縦』していますが、何をやっても効果がないこともあって、毎日疲れています。

幼稚園では年中の2学期から、朝登園するのを嫌がり始め、結局卒園まで引きずってしまいました。
先生への甘え方なども極端で、ちょっとしたことで泣いてばかりいて、幼稚園の先生の勧めで、児童相談所に通い始めました。
児相では、口の周りや手先の筋肉の発達が若干遅れていることと、知能全般には特に遅れがないことを指摘されています。
今は自分の思うようにできないのがストレスになっているが、充分喋らせていろんな作業をさせて発達を促せば、自信もついてやる気も出てくると言われています。

確かに多少不器用で言葉も遅いです。私自身はスムーズに喋れないことよりも、話がどうも噛み合わない感じが気になっています。
「お母さん」という呼びかけに私が「なーに?」と返事をすると「僕のこと忘れちゃったの?」と半分本気で心配します。
親の言葉は疑うくせに、マンガのギャグを「だって本に書いてあったもん」と『正しい言葉』と思いこんでまねしたりします。
あいさつしただけの通りすがりの他人に、自分の名前・住所・家族構成などを一方的に話そうとします。

本当に、筋肉の発達だけが問題なのでしょうか。
一応、児相にはもう少し詳しい検査をお願いしています。なかなか予約が取れず月に一度くらいしか通えないのでもどかしいです。


私自身の子どもの頃は 投稿者:たむりん  投稿日: 5月23日(木)10時30分38秒

同じように不器用で運動オンチでしたが、人懐こい長男とは違って非常に引っ込み思案でほとんど喋りませんでした。
先生に言われたことを覚えていられなかったり、意味を取り違えてしまうことが多く、忘れ物ばかりでした。
授業中はとにかく教科書を読んでいて、テストの成績はとても良かったです。
宿題はぜんぜん提出できず、時間内に絵とか作文とかを仕上げることはできず、いつも怠けていると怒られていました。

今も家の中は散らかり放題、物忘れも激しいし、いい加減な毎日ですが、無理せず手を抜いて生活しています。

長男はそれほどひどくないと思うのですが、私以上に精神的に不安定な時があるのが心配なのです。


初めて投稿します 投稿者:よしこ  投稿日: 5月23日(木)22時17分52秒

はじめまして。3歳2ヶ月の男の子を持つ母親です。
言葉の発達が遅く長いこと悩んでいましたが、去年の夏、総合病院での検査から始まり、言語訓練、児童相談所といろいろと足を運んでいます。今日、初めて児童精神医学の先生と話をすることができました。先生が息子を見ておっしゃった事は、自閉症ではない、これから言葉が出てくる可能性も十分ある、もし疑うとすれば特異性発達障害(言語、会話)でしょう、とのことでした。
障害かどうかはまだ判定をすることが無理で半年、1年、2年と長い目で見ていかなくてはならない、と言われました。
今の息子の状態は、こちらの言うことは理解していることもある、しかし、基本的な「これなーに?」「お目目はどれ?足は?手は?]というようなことがわかりません。バ、バ(ばいばい)、
ド、ド(どうぞ)、はさみを使う私を見るとチキチキ(チョキチョキ)、包丁で何かを刻んでいるとトントン(はっきりと‘ト’とは発音していませんが)という程度です。
4月から普通の幼稚園に入れましたが、他の子はお話ができるので、家の子は少し「不思議な子」
と思われているように思います。本人はお友達が大好きで嬉しそうにはしゃいでますが他の子にしてみればただ「きゃっきゃ」言っている息子が???っていう感じのようです。
幼稚園の先生からも初めの頃は「困る」となんども電話がかかってきました。
皆さんのメールを拝見していると、言葉が単語でも少し出てきたというような事もあったので望みを捨てず子供にかかわっていきたいと思っていますが、言葉って突然出てくるものなんですか?
もちろん私たちの環境作りは重要だと思うのですが、今の息子の口から出てくる音を聞いていてこれが言葉になっていくのだろうか?と本当に不安なのです。
みなさんはいろいろな状況のなか、とても前向きにお子さんたちと向き合っている様子でこんなこというと叱られそうですが、私はもういっぱいいっぱいでとうとう、精神科へ通うことになってしまいした。
なかなか言葉が出てこないという中で、単語が出てきたという方、その時の様子教えていただけませんか?
私がいままで子供にストレスを与えるような環境にしていた可能性も十分あります。
テレビにお守りをさせていたこともあります。手を上げたこともあります。
自分のペースを崩されるのが嫌で、子供のペースを無視していたとも思います。
こんな私がいま子供にしてあげられることって何でしょう。
情けない内容ですが、どなたかアドバイスをお願い致します。


いらっしゃいませ♪ 投稿者:こくっぱの母  投稿日: 5月24日(金)09時17分37秒

管理人さんより先に、ごあいさつ。

たむりんさんへ
1度、子どもの発達を専門に診てくださる病院へいかれたらどうでしょうか?
ただ、こうした子ども達を見てくださる病院の数は少ないですし、
どこも予約を入れて、かなり待たなければならないようですが。
一方的に自己紹介するところは、うちのハカセ(アスペルガ−です)と同じですが、
やはり専門の方に直接診断してもらわないと、わからないことです。

よしこさんへ
>言葉って突然出てくるものなんですか?
話す言葉だけに注目すると、突然出てくるように思えることもあります。
うちのこくっぱは、3歳の頃ほとんど言葉がありませんでした。
6歳の今、「突然」言葉が増えています。
でも、言葉が出るまでの下準備があると思うんです。

話したいことがある。伝えたい相手がある。

話し言葉はほとんどなくても、ジェスチャーや、いろんな方法で自分の思いを伝えてきていませんか?
こくっぱの場合ですが、周りで思いを受け止め、言葉で代弁して、さらに一緒に喜んだり悲しんだりする。
そんな時間をたくさん積み重ねて、それからやっと言葉が出てきました。言葉が出始めて、それが皆とのやり取りになってくると、本当に爆発的に言葉は増えてきました。まだまだ、これからだと思います。

さて、古狸の皆様、後はよろしく〜。

http://homepage1.nifty.com/kokuppa/


よしこさんへ 投稿者:朝倉玲  投稿日: 5月24日(金)09時30分41秒

今お子さんが口にしているものは、ことばの芽生えですよね。
大事に育ててあげてくださいね。
ハサミを使っているのを見て「チキチキ」と言っていたら、「そう、チョキチョキ。ハサミだよね〜」
包丁を見て「トントン」と言っていたら、「そう、トントン、包丁。よく言えたね」なんてふうに
ことばの芽生えを受け止めてあげると良いと思います。
バイバイしたら、こちらもバイバイして、「いってきま〜す!」
どうぞ、と何かを差し出してきたら、「はい、どうもありがとう」と受け取る。
そういうやりとりの中で、ことばは育っていくものだと思います。

また、相手が何も言えなくても、こちらから分かりやすく話しかけ続けていくことも大事だと思います。
時には、ことばだけでなく、実物や絵、写真などを補って説明するようにすると、
子どもにぐっと分かりやすくなるかもしれません。
それに、会話の根っこになる、コミュニケーション能力を育てていくことは、とても大事なことです。

その子が、いつ、どんなふうに話し出すようになるのかは、誰にも分かりません。
うちの子どもたちも二人とも話し出しは遅かったけれど
上の子は2才過ぎたところで突然、あふれるようにいろいろ話し出しましたし
下の子は3歳半を過ぎたあたりから、やっと少しずつ言葉数が増え始めました。
同じ親から生まれた子であっても、ことばや心の発達は違っています。
世間一般の基準に我が子を照らし合わせて、そこに少しでも追いつこうと焦るより
今の我が子の状態をしっかり見極めて、今よりほんの少し上、ほんの少しだけ先を目指しながら進んだ方が
親子でことばを交わすゆとりも出てくるだろうし、
生活の中のいろいろなことを親子で共有して楽しむこともできるようになるから
結局は一番の近道になるのかもしれません。

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


はじめまして 投稿者:あんず  投稿日: 5月24日(金)10時06分35秒

昨日、主治医が変わったので、初診に行ってきました。まだ薬は飲んでいませんが、癲癇で経過観察ということで、脳波とAD/HDもあるんではないかと言うことと、発達が遅いという事で、診てもらいました。
発達は4歳4ヶ月ですが、ケンケンは1回しかできないし、まだ自転車に乗れないし(乗ろうとしない)すぐに諦めてしまいます。
言葉は普通に喋るので、後の点で幼稚だと言われました。
短時間しかDrと接点がなのにここまで言われると、辛いのですが、保育所での生活でいろいろな刺激を取り入れることによって発達していくのでどれくらい伸びていくのか半年に1度発達の検査を
してもらいにいくことになりました。そして小学校に入るまでに追いついていればよいでしょうということでした。ただでさえ1月生まれですしどうなることやらと思っていますが、落ち着いて
みんなと仲良くすごせてくれればよいと思っています。


たむりんさん 投稿者:まつこ  投稿日: 5月24日(金)12時04分32秒

>私自身はスムーズに喋れないことよりも、
>話がどうも噛み合わない感じが気になっています。

>本当に、筋肉の発達だけが問題なのでしょうか。

動き(=出力の問題)だけではなく、場面の意味理解(=入力の問題)も
独特だと感じておられるんですね。

もしもそうなら、その疲れ・ストレスは相当なものでしょうね。
傍目には「ちょっとしたこと」でも、お子さんにとっては
世の中が揺らぐほどに感じられていたのかもしれません。

>ずるずる遅れてしまい、

は、どういう場面に時間がかかるのでしょうか?
着替えや食事にてまどるのなら、着替えやすい服、食べやすい食事など
できるかぎりネックになる要素を取り除くことで
対処できる部分もあるでしょう。
お子さんにとっては登校すること自体が大変な作業であれば
途中でふとんにもどりたくなるほど疲れてしまうのかもしれませんから。

親自身、長年やって来た「朝はこんな風に行動する」という形を
変えるのは難しいかもしれませんが……。いかがでしょう?


ご無沙汰です 投稿者:パンジー  投稿日: 5月24日(金)13時39分43秒

投稿した後、何かと忙しくなってしまい、こくっぱさんの投稿に対してもレスできず(見てはいたのですが)失礼しました。

>診断名は専門家の中でもいろいろもめていらっしゃるようです。

そのようですね。
今ソーシャルスキルの方をやって下さってる心理の先生も、うちの息子(チョッパー)が非言語性学習障害だと診断されたと伝えると同じ事をおっしゃってました。
実はこくっぱさんのHPは、以前から拝見させて頂いておりました。
最初はADHDっぽいと、又違う医師に言われた事があって、朝倉さんのHPに興味を持ち、そこからのリンクでここにもたどり着きました。(朝倉さん色々お世話になってます^^)
ハカセくんとは共通点が多いな〜とも思っていました。(文字、数字、標識大好き)
診断してくだっさった先生も、やはりチョッパーとは五〜六分しか会話をしていないので、彼のすべてが解ったとは思えませんが、話し方や内容で判断なさったようです。

謎のタヌキさんも非言語性になるのかな?
うちのチョッパーはもうちょっと(?^^;)両方ともIQが低いですが、差は40以上あります。
やはり友達との接し方が解らないようです。
ゲームや何か媒体があると良いのですが、友達といても何を話したら良いか解らないそうです。
なんかみんなのROMを読んでほっとしてしまいました。

チョッパーもカンガーさんのところと一緒で訓練の場が息抜きになっているようです。
どんなに疲れていても、(学校休んでも)そこだけは行きたがります。
なぜ今まで気がついてあげられなかったんだろうと(診断を受けたのが四年生)思いますが、悔いても始まらないので、これから動作性が伸びるような遊びを楽しみながらできたらと思っています。
後は好きなこと、得意なことが伸びるといいですよね〜。それが一番かな。


よしこさんへ 投稿者:ケロ  投稿日: 5月24日(金)14時37分28秒

>こんな私がいま子供にしてあげられることって何でしょう。

ご自分を責めないことだと思います。
よしこさんが後悔しているようなことだけが原因ではないですよ。
言葉が遅いと指摘された時、誰だってギクッとしてしまうことだし、
そういう環境で育っていても、言葉の遅れない子は遅れないんですから。
それでも自責の念が消えませんか?
私は、そうやって振り返ることができたところで帳消しにしたって
いいと思いますよ。

やるだけのことをやってきたから、いっぱいいっぱいになっちゃったんでしょう?
だから、自分を責めないで。


うちの子供達も言葉の出始めは遅めでしたが、
長男は言葉を話す必要性に迫られて、という感じで話し始めたことを覚えています。
次男は、「物には名前ってものがあったのか!」と気付いたから・・・という感じです。
(もちろんその時に「物」や「名前」の概念はありませんでしたが)

長男は、欲しい物の名前を口にしてみたら手に入ったという成功体験を積んで覚えたし、
言葉は遅かったけれど言語発達に弱い部分はないので、今は流暢に話しています。

次男は、好きなキャラクター達の名前から覚えて行きました。
こちらは難聴(言葉は聞こえるけれど歪んで聞こえる)もあるし、身体・精神ともにゆっくりと
発達してきた子なので、現在6歳にして3歳児レベルの会話をしています。
言葉が出てから3年が経ちましたが、初めの一年は単語のみでの会話でした。
グッと言葉が増えて文章になったのは、色々な概念が育ってきてからのことでした。

他の方々も仰っている通り、「喋る」までには下準備が必要だと思います。
物の名前を教え込むことでも、何らかの発音をさせることでもありません。
お子さんの気持ちを汲んであげて、ジェスチャーでも何でもいいからお互いの気持ちを
伝え合う手段を増やして、そこに言葉を添えてあげることかなと思います。

ついでですが、身体の部位はうちの子も年中くらいまで解りませんでした。
「これは手」と教えてもなかなか覚えられるものでもないと思います。
子供さんが汚れた手を嫌がって差し出してきた時、
「お手々、汚れちゃったね」「お手々、洗おうね」「お手々、キレイになったね」と
繰り返す中で、それが手だということに気付くのではないでしょうか?
(この時、手そのものに興味がなければ1度や2度では覚えませんが)

「これ」や「なに?」という言葉も、言葉の出る前の子供にはとても難しいようです。


レスありがとうございます! 投稿者:たむりん  投稿日: 5月24日(金)15時44分49秒

ここの掲示板を覗くようになって約一ヶ月で過去ログ読破しました。
(ずっとPCつけっぱなしでダンナが呆れてました)
常連の方々からレスをいただけるなんて、超有名人とお話できた気分です。

私もハカセくんとはちょっと似ているかも、と思ったことあります。
数字大好き、妙に難しい言い回しを使うところなど。
でも、素人判断はいけませんよね。

朝、遅くなるのは「動かない」からです。
単にぼんやりしている時は、声を掛けて次にすることを指示すれば動き出します。
(私自身も一緒にぼんやりしてることがあるのが問題!)
「さあ、何秒でズボンを穿けるでしょうか?」などと気分を盛り上げるのも効果的です。
甘えている時はちょっと手伝ってやれば気が済んで、後は自分でやることもあります。

ただ最近は、わざと動かないで時間を引き伸ばして登校を後回しにしている感じがします。
そういう時はとっても疲れます。
声を掛ければ「だって疲れて動けないの!」と文句ばかり、手伝えば「自分でやる」とせっかく着せた服を脱いでしまう、朝食をやたらとおかわりしていつまでも食べ続ける、やっと玄関まで連れてきても「ちょっと待って」と戻っておもちゃを調べ始める、という調子です。
「いいかげんにしろ!」と怒鳴りつければ、ぎゃーぎゃー泣いて結局時間がなくなるだけなので、「はいはい、そうですか」と受け流し、「それはそうとして早く行こうね」とはらわた煮えくり返りながらも笑顔で送り出します。
それでもうまく行かずに登校時間を過ぎてしまうと、「もう手遅れだ」とぶつぶつ繰り返して座り込んでしまい、ある程度頭を冷やすまでは「一緒に行こう」と言っても聞く耳持ちません。

単なるワガママという気もしますが……。
でも本人が「できない」と言っている時は本当にそう思っているみたいなんですよね。
自信過剰かと思うとどん底まで落ち込んでるし、すごく気分にムラのある子です。

児童相談所の相談員さんに「自閉やADHDの可能性について医師の診断を受けたい」と電話しました。
この子の場合は神経科がいいか精神科がいいか、心理判定士さんと相談してみますと言われました。
児童精神科は非常に数が少ないようなことを言っていました。
違いがよくわからないのですが、皆さんはどちらにかかっているのでしょうか?


そう! 投稿者:まつこ  投稿日: 5月24日(金)16時23分29秒

>そういう環境で育っていても、言葉の遅れない子は遅れないんですから。

そのとおり!


>本人はお友達が大好きで嬉しそうにはしゃいでます
それは、何よりでしたね。楽しいことが沢山あると
そこからいろんなことを吸収できるでしょう。
それで、
>幼稚園の先生からも初めの頃は「困る」となんども電話がかかってきました。
幼稚園の先生は何に困っておられるんでしょう?

はさみをつかうのを見てチキチキというなら
ことばの芽はしっかり出てますよ。

よし子さんがお子さんにしてあげられること……
しゃべるには口や息をうまく使うことも必要です
理尚先生のワンポイントアドバイス
いっぱい楽しく遊びましょう。


ならば 投稿者:まつこ  投稿日: 5月24日(金)16時43分59秒

親子でぼんやりしてしまうのを毎朝がんばっておられるんですね。
はぁ〜〜〜〜、大変。疲れますね。

声かけも、いつもいつもになると
かける方もかけられるほうも感情的になってしまいがちでしょう。

朝、起きてから出発するまでの行動を
料理のレシピのように箇条書きにしてみるのはどうでしょう?

毎日していることで、何をするか当然わかっていることでも
一覧にしたほうがスムーズに動ける場合もありますよ。
息子さんも一緒に考えれば、彼自身も自分の行動を整理できるかも。

ただ、問題が登校だけでなくて、学校でも一事が万事疲れるとなると
意欲がでない日があるのもしかたないでしょう。

筋力は手先だけでしょうか?
ただ立っているのも座っているのも、
姿勢保持に人知れず努力している子もいるようです。
そういう子にとって4時間キチンと座って勉強するのは
かなりの努力を要することだと思います。
ひょっとすると、ワガママかもしれなくても、そういうことも想定して
お子さんの声を聞いてあげると、また状況の見え方も違ってきませんか。

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