2003年3月その2
学校になってからの 投稿者:なおみおな  投稿日: 3月13日(木)10時10分27秒

専門家による療育機関が…
とのことですが、ウチの子、ダイダイ(小1、自閉症)もやはり昨年心配でした。
当時通っていた療育施設で非常勤で通っていた音楽療法の先生に入学後にも通える所を紹介して頂いたり焦っていました。
しかし、4月になって(養護学校です)入学してみると、意外に小学生以上を対象にした活動が沢山あって、ビックリ、ホッとしました。
もちろん地域差はあるでしょうが、障碍児を対象にした、都道府県単位の水泳教室(私達が通っている所では無料のものも)があります。
ボランティアで、養護学校教師をはじめ様々な専門科がいらしてて、水泳を教えるだけではないような教室で、勉強になるなーって感じました。

また、養護学校のPTA等にもその他様々な校外活動(内容は千差万別なので自分達で選ばなければいけませんが)の情報が入ってきますので、ガンコママさんが校区の養護学校に情報を求めれば対応してくれるのじゃないかな?、と思います。
最近は、地域のターミナル校として…とか銘打ったりして教育相談したりしてますもんね。

それ以外にも、学校に上がってから参加資格がうまれるイベント(表現が上手くない…)
って結構沢山あって、あれも此れもと楽しもうとすると、ホント週末が埋まっちゃう(笑)
問題はそう言う情報が就学まえに、適切に流れてこないって事かな?就学前と後とを結ぶパイプがきちんと出来ていれば必要以上の不安感を煽られなくて済むのにって思います。


見つかるといいですね 投稿者:カンガー  投稿日: 3月13日(木)12時21分05秒

>では娘のように普通学級に入る子供はどうなるんでしょうね。

なにもしてもらえないと思ってください。
もちろん、対応してくださる学校や先生もいらっしゃるでしょうけれど、そうではないことを覚悟しておいた方がいいでしょう。
学校では軽度発達障害の子が普通学級にいます。
でも、とても残念ですが、障害がない子と同様の対応しかできないと言いきられてしまうケースもあります(うちのことだけど)。
だから、私は、学校外に療育の場なり、親の相談できる場所を求めています。
愚痴もきいてくれるし、担任への対応も考えてくれるし、なにより、子供にとって何が一番大切か、何が今必要なのかを一緒に考えてくれる人がいることはありがたいことです。
それから、療育の場で出してもらう報告書とかを、学校側に提出することで、学校では見えてこない娘のいろいろな面を知ってもらうことができます。
親が勝手に騒いでいるわけではなくて、専門家の目から見て、必要なことなんだというアピールができるわけです。
それから、子供にとって、普通学級はきっととても緊張する場所だと思うのですが、療育の場はわかってくれる先生や仲間に囲まれて、リラックスしたり、学んだり、楽しい場所になっています。

でも、問題がないわけではありません。
学校帰りに重いランドセルを背負って、片道1時間も2時間もかけて療育の場に通うので、どうしても夕食が外食になったり、コンビニ弁当になったり、子供の体力的な問題もあるし(うちは体力があるので良いのですが)、体力のない子の場合、情緒的な問題に関わってくるケースもあるでしょうから、無理できないですね。
兄弟児がいる場合は、その子のことも考えないといけないでしょうし。
そして、民間の療育の場は、とても料金が高いということも大問題です。
さらにすぐには入会できずに、1年待ちなんて当たり前です。
それだけ需要があるのに、そういう場が少ないってことなんですね。

不安なお気持ちはとてもよくわかります。
良い場所が見つかるといいですね。


だから 投稿者:まつこ  投稿日: 3月13日(木)13時12分59秒

>では娘のように普通学級に入る子供はどうなるんでしょうね。

文部科学省が「普通学級在籍の障害児」の存在を認めたんですから
保護者も「うちの子がその該当者です」ときっちり表明して

現実に目の前にいる子どもの教育環境を整えるために
現実に毎日指導を担当する先生に正しい理解と適切な援助を求めるための
うしろだてはできたんだと思っています。

ただ、「性格が悪いのでも、しつけが悪いのでもなくそういう障害なんです」と
保護者だけが主張するのは、とても負担が大きいので
その子どもの特徴や援助のポイントや現在の課題などがしっかりわかっている
専門家の存在があるのとないのとではまったく違ってきます。

先日うちの中を整理していたら
私が少年と通っていた療育センター(市の福祉事業団)での
保護者研修ノートが出てきました。
進路研修のメモ書きの最後に
診断名に頼らずに自分の子どもの特徴を説明できるようにしておく
先生を育てる
と、大きく殴り書きしてあったので、噴き出してしまいました。

園長先生は(作業療法士)「お母さん、takumiくんは学校から帰ってきたらくたくたになっていますから、
くれぐれも今までのように(爆)がんばらせないように
のんびりさせてあげてください」とおっしゃいましたので
下校後はいわゆる「お勉強」だと子どもが感じるようなことは宿題以外させていません。
そもそも高機能と分類されるかどうかボーダーの知的機能の上に
全体への指示を聞き取る集中力は、とても調子のよいときでも長持ちしないと言うことはわかっていたので、
一般的な学習の進度についていく気は初めからなかったんです。

うちの近所からも、かなりの遠距離を療育のために毎週通っておられる方もおられます。
けれどもうちは経済的な問題や他の家族の状況を考えるとそれをする気にはなりませんでした。
その分、学校での対応を倦まずたゆまず求めてきました。

私の主張と同じことを
2年半療育してきた療育センターの園長先生の「所見」と
心理検査を受けた病院で児童精神科の医師の「所見」とで
裏書してもらって、毎日の具体的な課題は障担と一緒に考えて
今までやってきました。

1年生から3年生まで、みっちりうちの少年&私に関わってくださった先生は
少年が入学した時、けっして「自閉症についてよくわかっている方」ではありませんでした。
少年が4年になったとき転勤になって、その年、転勤先で普通学級を担任して、
少年とそっくりの様子でフラッシュバックを起こす女の子を発見しました。
その女の子のお母さんと私は仲間になりましたよ。


う〜ん・・・ 投稿者:朝倉玲  投稿日: 3月13日(木)14時26分02秒

>なにもしてもらえないと思ってください。

私は地元のADHD親の会に入っています。
そこは、保護者部会の他に専門者部会というのもあって
そちらには学校や幼稚園、保育園の先生方、心理職、医療関係、保健士さん・・・といった方々が所属して、勉強をなさっています。

先日、保護者部会と専門者部会との合同懇親会がありました。
テーマごとに分かれてのグループミーティング形式だったので
私は「地域との連携」というテーブルに混ざりました。
そこで、親の気持ち、子どもに関わる専門者(学校の先生も含む)の気持ちを話し合ううち
ひしひしと伝わってきたこと・・・
それは
「地域にだって、こういう子どもたちの力になりたいと心から願っている人たちがちゃんといるんだ」ということ。
そして、その専門者たちは、親たちから「子どものことを分かってくれる先生や医者が少ない」「障害をきちんと把握して対応してもらえない」といった不満が出るたびに
「ぼくたち(わたしたち)は違いますよ。あなた達の力になりたいと思っていますよ。ぼくたちのように思っている専門者は、他にもたくさんいます。だから、あなたもあきらめてしまわないで、探し求めてください」というメッセージを伝えてくれていたんです。
そして、親たちが「地域は誰も助けてくれなかった」ということを言うたびに、専門者の皆さんは、本当に辛そうだったし、口惜しそうに見えました。

たしかに、そういうふうに考えてくれる先生たちは、今はまだ割合としてはあまり多くないかもしれない。
でも、根気強く(けんか腰でなく)こちらが働きかけ続ければ
今は無理解で非協力的に見える先生たちだって、いつかは協力者に変わってくれるかもしれない。
その潜在数はかなりのものだと思うんですよね。

今、うちは情緒障害児学級に籍を置いているから、理解があるのは当然といえば当然だけど
保育園時代はまったくと言っていいほど何も知らない先生たちと、二人三脚、三人四脚(担任がふたりだったので)で子どもに対応してきましたし
その成果は、その後の保育園での発達障害児の対応のモデルケースになったと、後に聞かされました。
先生たちを育てる・・・理解者を増やす・・・
このことは、情緒障害児学級に通うようになった今でも、あきらめたくはないと思います。

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


普通学級では 投稿者:かずりん  投稿日: 3月13日(木)15時50分19秒

>障害がない子と同様の対応しかできない
といわれるのなら、障害のある子に合わせてもらうのが一番かな?
障害のある子にわかりやすいことは、障害の無い子にとってもわかりやすいということになるから。
たとえばこれはしょう君の場合ですが、次の日の持ち物を伝える時に言葉の指示だけだと聞き逃しやすいから黒板に書いてもらうとか、後ろの席だと他の子達が気になって集中できないので前の席にしてほしいとか・・・。

しょう君の担任は障害に関する知識はたぶん無かったと思うんだけど、しょう君の特徴は理解してくださり、私からの申し出もちゃんと聞いてくださいました。
黒板に書くなどは他の子にも共通する配慮だったので、周りの子もしょう君が特別扱いされているというふうには感じませんでしたし・・・へたに障害のある子だけに配慮してもらうと(その子がボーダーに近い子だと特に)周りの子達はその子だけ先生がえこひいきしていると思いかねないので難しいところです。

しょう君が2年になって変わった校長先生は理解のある方で、外部との連携もとりましょうと校長先生から言っていただけ、4月に新担任が決まり次第、主治医と連絡をとり指導について主治医からアドバイスをしてもらうことにもなっていますし、4月から通う民間の療育教室とも連携を取りたいですと言っていただけました。

朝倉さんの書かれていた
>でも、根気強く(けんか腰でなく)こちらが働きかけ続ければ
今は無理解で非協力敵に見える先生たちだって、いつかは協力者に変わってくれるかもしれない。
その潜在数はかなりのものだと思うんですよね。

私もそう思います。


お礼のことば 投稿者:しのちゃん  投稿日: 3月13日(木)15時59分03秒

突然、すいません。しのちゃんです。
前回のメールで、いろいろとアドバイスいただきありがとうございました。
これから、気をつけてがんばっていこうとおもいます。


療育と教育 投稿者:M  投稿日: 3月14日(金)00時02分38秒

大辞林によると、
療育とは、障害児が医療的配慮のもとで育成されること。
教育とは、意図的な働きかけを行うことによって、望ましい方向へ変化させること。

通常級も通級も障級も養護学校も教育の場。
通常級では、
主には集団の中で集団の力を利用して一人ひとりの成長発達を促す。
他の3つは、
個別または小集団の中で、一人ひとりニーズに応える形で成長発達を促す。

療育の場では、治療的側面が大きいのだろうけど、
教育の場では、環境を調整し、目的意識的な一人ひとりへの働きかけで最大限の力を
       引き出すという視点が大切なのではないかな。
       
       それは通常級の子たちへの指導でも言えること。
       本当にプロだと思わせるような教師は、
       障碍のことは知らなくても、その子の特性を見抜いて、
       見事なほどに的確な対応をしておられますよ。

ところで、
>先生を育てる

 この言葉、本来的な意図はわかるけど、
 字面に引っかかりを感じる。

 逆に、教師から(たとえ普段は◎な教師でも)
 ”親を育てる”
 なんて言われたら、反発したくならない?

  
 人に育てられたくはない。
 自分の力で育ちたい。
 
            < M@育ち盛りのひとりごとでした。。。


今後の 投稿者:M  投稿日: 3月14日(金)08時02分03秒

ニーズ教育で中心的な役割を担っていくことが期待されるのは、資格・免許で言えば、

LD教育士
養護学校自立活動教諭免許(肢体不自由教育) 
養護学校自立活動教諭免許(言語障害教育)

ってことかなぁ・・。
去年、日本自閉症スペクトラム教育研究会から改組された日本自閉症スペクトラム学会
でもその筋の資格を検討されているとの噂も聞いた。

やっぱり、子どもたちが1日の大半を過ごす教育の場が、
しっかりしなければね。


療育と教育・2 投稿者:朝倉玲  投稿日: 3月14日(金)08時55分48秒

>療育の場では、治療的側面が大きいのだろうけど、
>教育の場では、環境を調整し、目的意識的な一人ひとりへの働きかけで最大限の力を
>       引き出すという視点が大切なのではないかな。

療育はどちらかというと医療サイドの関わりになるから、子どもの障害主体の働きかけを要求してくる、という気がしています。
子どもの特性に対して、「こういう対応をしてください」という要求のしかた。
それは、家庭で子育てしている親の我々にはやりやすい形ではあるのだけれど
集団の中で全員を一緒に指導していき、その中で個々の子どもへの働きかけをしていく、というやり方をする学校では
要求される内容によっては、とても実現不可能なこともあると思うんですよね。

これは、我が家の保育園時代の話なんですが
偏食がものすごい上に、
リタリンの副作用や周囲の騒がしさの影響で給食がほとんど食べられなくて
先生方が「どうしましょうか」と心配してきたことがありました。
食事時に落ちつかないのは家庭でも同じだったものだから
「一対一で食べるようにすれば、周囲にも気を取られなくなって、わりと落ちついて食べますが」
と答えたら
「園ではひとりのお子さんだけに先生ひとりがついて、別室で食事をさせる、ということはできないんです・・・」
と言われました。
他の子どもたちの指導もしなくてはいけないし、将来を考えたとき、ひとりでなくては食事ができないようでも困るのではないかと思われるから、と。

療育的指導と、教育的指導の違いというのは、たとえば上のようなことじゃないかな、と思うのです。
ADHDのある子は、周囲のざわざわに気を取られがちで、食事に集中しにくくなる。
だから、静かなところに置いて、食事に集中できるよう指導してくれる人と共に食べるのが良いでしょう、と言ってくるのが療育。
周囲のざわざわがあっても、なんとかして集中して食べられるようになる方法はないだろうか、と考えていくのが教育。

次男の場合は、先生ともいろいろ話し合って、
給食の時、先生に近くに座ってもらう、食事中に声かけしてもらう、
「食べた」という実感を持ちやすいように、家庭から弁当箱で持っていくご飯の量をごく少しにする、
といった工夫をしました。
そうやって始めた弁当箱なんて、最初は5センチ×7センチ×3センチくらいの、本当に小さな容器でした。
でも、それを皮切りに、少しずつ給食でご飯が食べられるようになり、おかずにも手が出始め、
最後には、苦手なメニューでも頑張って食べきれるようになっていきました。
先生もだんだん遠くに座っても大丈夫になって、
しまいには、先生と目があっただけで「ぼく、ちゃんと食べてるよ」というように一生懸命口を動かして見せるので、
先生が「そんなに叱られそうな気がするのかな〜」なんて苦笑いしたほどでした。

医療サイドの人たちは、方向は正確に見極められると思うのですが
実際の教育現場の様子までは、あまり詳しくご存じないことが多いから
現場で応用することを考えたとき、教育サイドの人間(=先生)と相容れなくなることがあるんじゃないかな、という気がしています。
そこをうまく工夫して、かみ合わせていくことこそ、大事かな・・・と。

療育関係者だって教育関係者だって
子どもを一番に考えて、その子のために良くしてあげようと思っていることは、間違いないのだもの。

p.s.
「先生を育てる」・・・確かに失礼な言い方でした。m(_ _)m
親を育てる必要がある、と面と向かって言われたら、確かに私も腹が立ちます。(笑)

「この親子のためになら力になりたい」と考えてくれる先生を増やしていく。
そう思ってもらえるような親になっていく。
某常連さんの名言ですが、本当にそういうことなんだと思います。


 

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


わが家の場合 投稿者:こくっぱの母  投稿日: 3月14日(金)09時16分03秒

1日の大半は学校生活ですから、学校をとにかく楽しい所にしよう。
これが、今年の目標でした。

先生には、「困ったことをしたら、どうしてするのか、原因を探って下さい。
その時、常識で考えるとわからないので、ありのままの子どもを見て下さい」
と、お願いしました。
障害についての専門的なことは、主治医がとても協力して下さって
(息子達がほっておけない問題児だということもありますが)
先生方が全職員で勉強したいという申し出に、何度も講師で参加して下さいました。

1年間過ごした今、息子たちの成長や、楽しそうに過ごす笑顔で、ほっとしています。
そして何よりも嬉しかったのは、先生方と色んなことを笑い飛ばせたこと。
息子達が繰り広げる数々の珍事件も、「今日はこんなことがあって〜」と、
笑いながら報告し合える関係になれたことです。
そして、どうやって問題にうまく対処できたか、これまたお互いに自慢し合える関係。
どんなことでも、楽しく取り組みたいのは子どもだけではなく、私も一緒。
本当に楽しい1年間でした。


そうですね 投稿者:カンガー  投稿日: 3月14日(金)09時53分42秒

療育と教育はちがいます。
私の書き方は、学校には何も求められないから、学校の外に求めているっていう形になってしまっていますね。
上手く書けなくてごめんなさい。
学校で配慮してもらえないことと、療育を行っていることは、全く別次元のことなのに、混同した書き方をしてしまいました。
学校での配慮があったとしても、娘に必要な療育そのものにはなりえないと私は思っています。
学校生活を娘が楽しく送れるように、指示を通りやすくしたり、娘の理解しやすい形をとってくださったりすることを学校側には望んでいますが、娘の苦手な部分を特別に手をかけて教えてもらえるとは思っていません。
多くのお子さんを見ている先生に、そこまで要求はできません。
本当に手のかかる健常児が多いですし、先生方は多忙で、余裕がありません。
見ていて気の毒になるくらいです。
そこで、療育の場できめ細かく、一人一人にあわせてマンツーマンで指導を受けたり、グループで障害を良く理解した先生の指導でソーシャルスキルトレーニングをしているわけです。
どこの療育の場も、普通学級でやっていくために必要なことを個別またはグループで学ぶことを目的としています。
学校という社会で、娘が娘らしく、楽しく、そして、周りから受け入れられる行動をとるためには、どうしたらいいのかを常に考えてくれています。


もぐると落ち着く○○太郎〜♪ 投稿者:かえる  投稿日: 3月14日(金)10時03分55秒

 締め付け機は写真で見たことがあります。かなり大きなものだったのでびっくりしました。
わたしも体験してみたいです。
わたしは子どもの頃 押入れにしまわれたふとんにもぐるのが大好きでした。眠るときは横になって丸まって眠ります。暑くても重いかけ布団がないとダメです。  でも 低反発枕とスノービーズクッションは苦手です。手ごたえがなさすぎて 底なし沼みたいで怖いんです。
   こども(自閉症のあるなしに関わらず)って ダンボールや衣装ケースや洗濯籠にはいるの
好きじゃないですか?


はあい(・_・)/ 投稿者:まつこ  投稿日: 3月14日(金)10時56分01秒

> 逆に、教師から(たとえ普段は◎な教師でも)
> ”親を育てる”
> なんて言われたら、反発したくならない?

なります。

でも、先生が「親を育てよう」としてること、多いんじゃないですか?
子どもが順調に(?)育っている保護者の方や
自分自身も親としても順調に(?)育った子どもをお持ちの先生方は
遠慮会釈なく「未熟な親を育てよう」となさるように感じるんですけど。

で、先生との協力関係ができにくいということはありがちじゃないですか?

文部科学省のホームページから引用しましょう。
<新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について>
___________________________________
 家庭は教育の原点であり,すべての教育の出発点である。特に,豊かな情操や基本的な生活習慣,他人に対する思いやり,善悪の判断などの基本的倫理観,社会的なマナー,自制心や自立心を養う上で,家庭教育は重要な役割を担っている。しかし,少子化や親のライフスタイルの変化等が進む中で,過干渉・過保護や,児童虐待が社会問題化するとともに,親が「模範」を示すという家庭教育の基本が忘れ去られつつあるなど,家庭教育の機能の低下が顕在化している。また,父親の家庭教育へのかかわりが社会全体として十分ではない。
 しかしながら現行法においては,家庭教育について,社会教育の条文の中に,「家庭教育は国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない」と規定されているにとどまっている。家庭教育の現状を考えると,それぞれの家庭(保護者)が子どもの教育に対する責任を自覚し,自らの役割について改めて認識を深めることがまず重要であるとの観点から,家庭(保護者)の果たすべき役割や責任について新たに規定することが適当と考える。なお,その際には,家庭(保護者)が子どもの教育に第一義的な責任を負っているという観点に十分留意し,最小限の範囲で規定することが適当と考える。
_________________________________________
お互いに協力・連携しあうことで、育ちあいたいです。


やっぱり…… 投稿者:まつこ  投稿日: 3月14日(金)11時16分19秒

>だから、静かなところに置いて、食事に集中できるよう指導してくれる人と
>共に食べるのが良いでしょう、と言ってくるのが療育。
>周囲のざわざわがあっても、なんとかして集中して食べられるようになる方法は
>ないだろうか、と考えていくのが教育。

もしそうなら、うちの少年はそういう「教育」にはのりません。

>他の子どもたちの指導もしなくてはいけないし、
>将来を考えたとき、ひとりでなくては食事ができないようでも困るのではないか

少年が集団内で押し寄せてくる情報の波に飲まれずに食事することができるようになるためには
まず、静かなところで食事に集中することからです。
先生がついていなくても……ついていないほうがいいかもしれないくらいです。
それから、自分の安心できるテリトリーに、安心できるお友だちを少人数招いて。
それから、慎重に慎重に集団参加です。
それで、食べている時には話しかけないでもらいたいですね。

まだ食べているのに、食べ終わった子が退屈しないように
先生が絵本の読みきかせをされたら少年は食べられなくなりました。

そういう子もできる部分は一緒に活動できるような配慮は「教育」にも求めたいんです。

私は「療育」と「教育」もスペクトラム的なとらえ方をしています。
だって、それを受けるこどもがスペクトラムでしょう。
分けるのは無理じゃない?


まぁ 投稿者:まつこ  投稿日: 3月14日(金)11時19分59秒

>低反発枕とスノービーズクッションは苦手です。手ごたえがなさすぎて 
>底なし沼みたいで怖いんです。

そういわれてみると、そうかもしれないです。なるほど〜。ありがとうございます。


スノービーズクッション 投稿者:なおみおな  投稿日: 3月14日(金)13時08分18秒

同居の祖母も苦手らしいです。
感触がなんともいえず、ゾーっとするらしいです。
それを聞いた娘達、祖母の昼寝を狙って持って行ってあげてます(笑)
いかんですね。

布団と布団の間に潜るのは私もすきです。
子どもの頃『押し入れで一生暮らしたい』なんて思った事も
今も、冬場はオーソドックスにひいてある布団の
敷き布団の下に身体が潜っています<無意識に
箪笥の観音開きのスペースに入って怒られたりとか(笑)


臨機応変 投稿者:朝倉玲  投稿日: 3月14日(金)13時48分09秒

>>静かなところに置いて、食事に集中できるよう指導してくれる人と
>>共に食べるのが良いでしょう、と言ってくるのが療育。
>>周囲のざわざわがあっても、なんとかして集中して食べられるようになる方法は
>>ないだろうか、と考えていくのが教育。

>もしそうなら、うちの少年はそういう「教育」にはのりません。

ふふ。これはあくまでも一例ですよ。
実際には、その子どもによって、現場での参加の仕方、程度は様々だと思います。
うちの次男は、保育園でやってもらったような方法で食事ができるようになったけど
少年君のようにそれでは食事できるようにならない子もいる。
そこの対応の仕方は、子ども一人一人の能力や特徴をよく見極めてのことになると思うし
それができてこその教育現場だと思います。
個性重視、個の尊重、ということばの本当の意味は、そういうことなのだと。

私が言いたかったのは
医療サイドから出される指導をそのまま教育サイドに持ち込むと
規格の違うものを持ち込んでしまったみたいに、現場でうまく機能しないことが多いような気がするから
指導の方針はしっかり押さえつつも、具体的なやり方には、現場サイドでの臨機応変な工夫が必要なんじゃないかな、ってことです。
臨機応変ってのは、つまり、子どもの個性(特性)に配慮しつつ、まわりとの調整をして、その教育現場での実現を図るってことね。

そして、子どもの個性を考えるときには
その子と生まれたときから付き合っている、親のノウハウや見解が、ものすごく参考になるはずだと思うんですよね。





(無題) 投稿者:sara  投稿日: 3月14日(金)17時23分50秒

療育というと、子どもと1対1でが、浮かぶと思うけれども、
それだけではないと思う。

例えば、生活力をつける、経験を増やすとか・・・
お買い物の練習をしたり、
料理をしたり、
回覧板やポストにはがきを入れに行くとか
お皿洗いや洗濯物たたみもそう。

将来の趣味につながるような事もあるだろうし・・・

生活の幅を広げる事も、療育かもしれない。


うむ・・・ 投稿者:rishou  投稿日: 3月14日(金)21時59分42秒

>でも、先生が「親を育てよう」としてること、多いんじゃないですか?
>子どもが順調に(?)育っている保護者の方や
>自分自身も親としても順調に(?)育った子どもをお持ちの先生方は
>遠慮会釈なく「未熟な親を育てよう」となさるように感じるんですけど。

私めは いっしょに 育ちたいと ねがっております。
親と 教師と 療育者とが 役割分担していくと 良いんですけどね・・・
その為に 誰がコーディネートするか なんですけどね・・・


はい。 投稿者:朝倉玲  投稿日: 3月14日(金)23時59分45秒

先日の保護者と専門者の合同懇親会でも
間の橋渡しをして調整をしてくれるコーディネーターがぜひ欲しい!
という意見が、両方の側からたくさん出ていました。


訓練の場 投稿者:ちびくまママ  投稿日: 3月15日(土)00時06分54秒

「療育とは丁寧な子育て」というこくっぱの母さんの言葉に初めて出会ったとき、
目からウロコがボロボロ落ちた私としては、
やはり「専門家による訓練」が「療育」の全てではないと思います。

ガンコママさんがお尋ねになりたかったのは、きっとその「訓練」の
部分のことですね。

うちの息子(小2)は、知的障碍を伴う自閉症で障級在籍ですが、
学校以外には、地域の療育センターで感覚統合訓練
(障級在籍か否かにかかわらず、障碍があると判断されれば小6まで通える、週1回)
地元の教育大学でやっている、障碍の有る子の教育相談(週1回)、
それに、地元の福祉センターで養護学校の先生がボランティアで指導してくださる訓練会(月1回)
に参加しています。
どこにも、普通学級の子どもさんもいらしていますよ。

ただ、援助の必要な子は沢山いるのに、そういう場で受け入れ可能な子の数はごく
限られているので、あちらから「どうぞいらっしゃい」と宣伝してきてくれることは
ほとんどなく、まず「探し当てた者勝ち」になってしまっているのは、
事実のようです。

一度行って断られたけれども、何度もコンタクトをとるうちに、
「そこまで熱心におっしゃるのなら」と受け入れてもらった、という話や
あちこちの親の会に顔を出したり、就学前の段階で通っているところの先生に
片っ端から相談しまくったら運良く知り合いのところを紹介してもらえた、と
いう話も聞いたことがあります。
インターネットでマメに検索、というのも情報収集の手段ですよね。

本当はこういうことをしないでもいいのが理想なんですが、同じ立場の親が
まとまって声をあげていかないと、なかなか状況も変わっていかないようです。


うちの息子が 投稿者:ちびくまママ  投稿日: 3月15日(土)00時19分42秒

入学するとき、私は学校に次のようにお願いしました。

***********************************************************
知的障碍のある子だから勉強が必要ないとは思っていませんし、
普通学級のお子さんと接する事で学ぶことがあることも否定しません。
でも、読み書き計算をすることや
自閉でない子に一方的に合わせて普通学級で暮らしていくことを
「目的」にしてしまうと、この子にとって一番大切なことが失われて
しまうような気がするのです。
『自分は皆と違うけれども、それでOKで、皆からも認められている』
『人といるのは怖くない。自分にはわからないこと、できないことが
あるけれども、手伝ってもらいたい、教えてもらいたい、と伝えて
教えてもらったり手伝ってもらったりしていい』
この子が将来生きていくためには、そう思えることがなにより必要だと
思うのです。この子や私がどんなに死に物狂いで努力しても、
この子が自閉でなくなることはありません。
でも、自分にできないことがあることを前向きに捉えることができて、
人を信頼し、自分に必要な援助を求めることさえできれば、
いわゆる読み書き計算や「集団の暗黙のきまり」は後から
知識としてインプットできる子どもだと思うのです。

ですから、絶対に人嫌い、集団嫌いにしないでください。
そのことを尊重したがために「勉強」ができなかったり、普通学級との
交流ができないのでしたら、私は構いません。
********************************************************

「なんなら、6年間、一度も交流がなくたっていいんです」と
言い切った私に、先生方は度肝を抜かれたそうですが
幸い、私が思っていた以上に、学校の先生方は「そのこと」を
尊重してくださいました。

その結果、本人に「先生に聞いたり、手伝いを頼んだりして
まわりの子どもたちと同じようにやっていきたい」という気持ちが
芽生え、集団のルールや読み書き計算も頑張って学ぼう、と
いう気に自らなってくれたことは、嬉しいおまけです。
毎日毎日、障級でも交流級でも色々な事を吸収して、
しかも自前の「変」ぶりもしっかりと発揮して、
「すごーく変わってるけどなんか面白い」という地位を
確立しつつあるようです。

ですから、少なくとも私と息子にとっては、学校はとても大切な
「療育の場」です。就学先を選ぶときに、最もポイントになったのは
この私の期待に応えてくれそうな空気のある学校かどうか、ということでした。

もちろん、こんな学校や先生ばかりではない、というより、むしろ
少数派でしょうから、そういうところが手近にあったのは、
ラッキーとしかいいようがありません。
でも、ただ寝っころがっているところへ、そういう場が転がり込んで
きてくれたわけではないのも事実です。


ちびくまママさんの、 投稿者:ガンコママ  投稿日: 3月15日(土)16時22分46秒

>ただ寝っころがっているところへ、そういう場が転がり込んで
>きてくれたわけではない
との言葉ちょっと耳に痛かったです。皆さんの書き込みを読んで
つくづく自分は受け身だなと思っていたところだったので。
娘にあった療育の場を探すにしても、学校側に理解と配慮を求める
にしても自分から行動を起こさなきゃ何も始まりませんね。

まず第一歩としてまつこさんの書かれていた
>診断名に頼らずに自分の子どもの特徴を説明できるようにしておく
ということを実行したいです。最近娘のことを説明する場面が多いの
ですが何かうまく出来ないんですね。文章にまとめておこうと前々か
ら思っているのですがいまだに実行しておらず、毎回思いつくままに
喋っているので、後で後悔したり。

就学後の療育についてですが、県外なのですがその子の状況に応じて
個別のプログラムを考えてくれ、希望によっては学校への働きかけや
療育の相談にものってくれるというところがありました。でも問い合
わせてみたら今予約して実際に受けられるのは1年後とのことでした。
1年後どうなっているかはわからないけど、とりあえず予約だけは入れ
とこうかと思っています。





説明 投稿者:こくっぱの母  投稿日: 3月16日(日)08時46分21秒

>文章にまとめておこうと前々から思っているのですがいまだに実行しておらず、
>毎回思いつくままに喋っているので、後で後悔したり。

「できないこと」や「にがてなこと」だけではなくて、
「できること」と「とくいなこと」も書き込みました。
そして、「苦手なことをなくすより、得意なことを増やして欲しい」とお願いしました。

「こくっぱの取り扱い説明書」↓
http://homepage1.nifty.com/kokuppa/kokuppa001/kosodate/ko020403.htm


ふむふむ・・・。 投稿者:M  投稿日: 3月16日(日)11時49分41秒

>どうすれば、世の中と折り合って生きていけるのか?
>こくっぱの感じ方、考え方を大切にし、その上で世の中と折り合っていく方法を
>一緒に探していきたいと考えています。
>問題行動があらわれるとき、その行動そのものを止めさせる事を考える前に、
>原因を探して下さい。
>まだまだうまく自分の思いを説明する事のできないこくっぱは、
>問題行動を通して、SOSを発信しています。

いわゆる早期療育でも
一番、大事にしなければならない点なのかな。

本人の知覚や認知の特異性を無視、軽視して
「普通にふるまうこと」    
を目的化してしまうと、

成長に従って、
自分を押さえ込んで、周囲の都合に合わせるだけの従順な人になってしまったり
自分の感覚との葛藤から、行動障害を引き起こしてしまうことにも
なりかねないのかも?


ガンコママさんへ 投稿者:腐乱検死体  投稿日: 3月16日(日)15時35分33秒

私信送っておきましたのでご確認下さい。


二つ下の文 投稿者:M  投稿日: 3月17日(月)07時11分56秒

読み返してみたら、
考えていたこととニュアンスが違うような気がしてきたので
訂正しました。


卒園しました 投稿者:ガンコママ  投稿日: 3月17日(月)17時26分53秒

今日はガンコちゃんの卒園式でした。
卒園生だけで100人以上いるのですが、ひとりひとり名前を呼ばれて
壇上にあがり、幼稚園の思い出をひとこと言って卒園証書をもらい
ました。ガンコちゃんもとても立派に(親バカ)できて、ちょっと
だけうるっときました。

今日のガンコちゃんは朝からやたらはりきっていて、めずらしく
ひとりで起きてきたかと思うと、いつもは母が無理やりやってる
着替えも自分でさっさとやるし、なんと髪の毛までピンクのゴム
で結んで欲しいと言うのです。髪を結んだりヘアピンをとめたり
するのはいつも嫌がってるのに。(卒園式が終わるとさっさと
はずしてました。)
とりあえずこのぶんなら入学式も大丈夫かな、とちょっと安心
しました。(入学式は卒園式と違って練習ないけど。)


ことばの教室 投稿者:たむりん  投稿日: 3月17日(月)18時25分10秒

先月から数回通ったところで今年度はおしまい。来年度も引き続き通います。
本人いわく
「へえ、ここも学校なの? それにしては楽しいね」
「お勉強も遊びながらだと楽しさゆーぴー!」(「ゆーぴー」=「UP」)
彼の苦手な『文字を書くこと』をゲームにしてくれて、とても喜んでいます。

残念ながらマジックミラーは機能していませんでした。
鏡の向こう側も勉強部屋として他の子が使っているからです。
でも、そのうち同じ部屋で指導の様子を見せてもらえるそうです。楽しみ。

下の子を連れて行ったら、指導の間、空いているプレイルームを使わせてくれました。
待合室にある本を適当に借りて読みながら、一緒にトランポリンしています。
私にとってもあっという間の一時間で、お買物に行く暇はなかったですね。


子育て中のママさん 投稿者:みっき  投稿日: 3月19日(水)01時14分15秒

お怒りも、おっしゃっていることも、よくわかりますけれど、
抜粋部分の引用文への意見交換は、公平性を欠くので、こういった公けの掲示板では、
控えた方がいいと思いますよ。(^-^;)

   <全文ならいいかといえばそういう問題でもないのですけど。
   <それと、ハンドルネームも、できれば紛らわしくないものが望ましいかなと。
   <ここには、子育て中のお母さん方が大勢いらっしゃるので。 いろいろごめんなさいね A^-^;;)


削除させて頂きました 投稿者:子育て中のママ  投稿日: 3月19日(水)14時54分01秒

みっき様
 なにぶん未熟者の自分?ですので、お許し下さい。
 子育てにはマニュアルより、コミュニケーションだと
 思う強さが、この掲示板に向かった次第です。
 
 一人でも多くの、温かい対応と理解は、毎日痛感していますので
 そこのところ、お察し下さればありがたいです。

(PCはまだ初心者の上、お気に入りのHPも厳選中につき、これからの
 上達具合と、子育てにおいての良きアドバイスがいただければ嬉しい
 です。)←HNも紛らわしくないものを熟考いたします。


さあさあみなさま 投稿者:謎のタヌキ  投稿日: 3月19日(水)21時20分27秒

今日謎のタヌキは、小学校をめでたく卒業しました。
んで、もらった紅白まんじゅうをおすそ分けです。

(^.^)_旦~ を∞セット用意。
どうぞ、もらってください。たぬたぬ。
よく行く和菓子屋さんの紅白まんじゅうで、中に栗が入っていて、なかなか美味です。
栗で思い出しましたが、「たぬきもなか」というお菓子があります。
タヌキ型の最中に、北海道産小豆と甘栗がギュウギュウ詰まっている最中です。
「他を抜くおいしさ たぬきもなか」で覚えてしまいました。
そうか、「抜き 受験によろしい」かも知れませんね。

もう、正直練習は嫌です。怖い先生に
「声が小さい」「五年生ががんばっているのにどうして静かに出来ないの」

ええんええんとたぬきさん心で泣いちゃいますよ。従って、女子が集まって愚痴ると、
卒業式のことばっかり。同じ事を何度も繰り返す。これ卒業式の常識かも。


卒業式 投稿者:謎のタヌキの母  投稿日: 3月19日(水)21時21分13秒

今日の卒業式は無事おわりました。
さて、どこの小学校でもそうだと思いますが、
どうしても学校にこれない子ども(教室にはいれない子)もいれば、
普通学級に在籍するけれど援助の必要な子どもがいます。
うちの「ことばの教室」の先生が、秘密兵器を登場させました。

1.事前に「ソーシャルストーリー」を書いて、渡しておく。
(こういう風に、卒業式はすすんでいくんだよ、というやつ)
2.より詳しい台本を渡しておく。
TEACCHで紹介される「カード」によるスケジュールの提示の応用編です。
(ほかの子は、事前にイヤというほど練習させられているので、
本番は、「ぼくたち、わたしたちXX名は、今日卒業します・・・・」
といったセリフは丸暗記状態なので、何も持ちません。もちろんその子もそうです。
でも、リマインダーとして持ちます。これさえあれば、あなたはOK、大丈夫よって。)
3.台本があっても、自分でめくるのが、ちょっと・・・という子のために、
保護者席からはみえないけれど、その子にはしっかり見える位置に
OHPのスクリーンをおいて、「カード」を表示する。
4.ロッキングしてしまう人には、「多動用ざぶとん?」
(ごめんなさい、正式名称はわかりません)を使う。
(ゴム製クッションのなかに空気をいれて、使います。
ロッキングするとイスが倒れたりするじゃないですか。
ロッキングの衝撃を緩和して、本人にとっても楽、見ている人にとっても、
あぶなっかしい感じがちょっとはまし)

もちろん、座る順番には、「配慮」がされています。

今年の卒業式ソングは「世界に一つだけの花」でした。
「ナンバーワンにならなくていい、もともと特別なオンリーワン」
そうよ、そうなのよって思わずウルウルしてしまいました。

※この時期、秘密「兵器」という言葉は使ってはいけなかったかしら?
謎のタヌキのクラスにも、一人教室にどうしても入れない子がいたのですが、
最後、教室の前の廊下で、クラスのみんなに囲まれて、担任の先生から
卒業証書をもらったそうです。


あら〜♪ 投稿者:ひいろ  投稿日: 3月19日(水)22時45分04秒

栗入りのおまんじゅうとはなかなか豪華・・学校が配るものでなかなか栗は入りませんよ。
謎のたぬきくん、そしてお母さま。ご卒業おめてとうごさいます。

謎のタヌキくんの発言は、いっつも楽しみに見ていますよ〜♪
卒業のお祝いにたぬきまんじゅうでもと探してみたら
「○バ製菓のぽ○ぽこ」はもうないのだそうです(下参照)

おばちゃんの子供の頃に、あったのよ〜♪
「ポンポコダヌキのおまんじゅう〜♪」ってCMソングでね。耳タコのようにきいてました。
ちなみに中身は、なんら「ひよこ」と変わりありませーん(爆)

http://www.utasen.com/tv/021_040/033.html


秘密兵器 投稿者:ケリー。  投稿日: 3月19日(水)23時39分12秒

ただいま製作中です。
モックは5年生なので、主役ではありませんが、送る側の代表学年です。
リハーサルに参加して、細かくメモを取り、
>「ぼくたち、わたしたちXX名は、今日卒業します・・・・」といったセリフ
と、卒業生の名簿を手に入れ(合法的に^^;)、
時間と式次第を、カウントダウン法(?)で作っています。

大きい音は大きな文字(ショック軽減のため)で、
母からのメッセージは可愛い丸ゴシック(母が可愛いため!!)でと、
それなりに考えています。
時折、
「お母さんの方をそっと見てください。」
なんてのも入れようかな^^。
私はなんと、職員席の最後に陣取っているのじゃ!
(緑のお○さん列に花を添えるのだ!)
本番は25日です。
消しこみは、すでに手馴れたものですので、ペンを持たせます。
(秘密兵器B5半分サイズとともに、首かけ式を考案中。アドバイス求む。)
耳栓を忘れないように。予備も持参。
予定の変更がないか、直前に教頭にチェックし、
あとは・・・・・祈ります。

みなさま
 ご無沙汰しています。
 いろいろな事が続き、あなぐら生活をしておりました。
 まだ、出たり入ったりの途中ですが、花粉に怯えながら外界を覗いています^^。

はじめましてのみなさま
 モックの診断名は、高機能自閉症です。
 特徴は、靴のサイズが母より大きく、身体もでかく、かわいいやつです。
 どうぞよろしくお願いいたします。


贈ることば 投稿者:まつこ  投稿日: 3月20日(木)09時26分09秒

少年(小5自閉症)はちょうど今頃、6年生入場のために拍手をしているところだと思います。

連日の卒業式の練習中は
在宅時のひとりごとがかなり多くなったり声が大きくなったりはありましたが
ここ数日、他の子どもたちに気合が入って段取りよくリハーサルができたせいか
なんだかご機嫌で、昨夜も「明日はいよいよ卒業式。」とニコニコしながら
(不調のヘラヘラ笑いではなくて)就寝して、夜中に布団をなおしに行っても
目を覚まさないほど、深く眠っていました。

安心用のグッズも私は何も用意しませんでした。
式次第はすっかりダウンロードしているようです。
式次第に「ない」ことが起きなければ(^_^;)
しっかり6年生を送り出す「儀式」に参加して
本人もそれなりに達成感をもってこれるでしょう。

4月には……中学校の入学式には潜入してデータ収集するつもりです。


追伸 投稿者:まつこ  投稿日: 3月21日(金)16時49分48秒

>在宅時のひとりごとがかなり多くなったり声が大きくなったりはありましたが

そのひとりごとに、「卒業式の練習中、先生が子どもたちを叱る声」の再生が
全然なかったことに、ふと気がついたので
昨日の帰宅後に少年に尋ねてみると

「練習の時、先生は誰も一度も怒らなかった!」だそうです。

感情的な大声は、まずたいてい彼の脳に録音されるのです。(^_^;)
「誰が叱られたのか」まで、私にわかってしまうこともあります。

卒業式に出ていた方から
「子どもたちも先生もみんな涙涙のしみじみとしたいい卒業式だった。」とうかがったので
少年に「先生も、6年生も泣いていたの?」と尋ねると
「う〜ん。そうだったみたい。」
   「どうして泣いていたんだろうね。」
「う〜ん。わかんないけどぉ。寂しい。」
   「なにが寂しいんだと思う?」
「えっとぉ。別れるのは寂しいと思うよ。」
   「そうかぁ。6年生と先生は別れるのが寂しくて泣いてしまったんだね。」


謎のたぬき ご一族様 投稿者:rishou  投稿日: 3月22日(土)19時40分53秒

>今日の卒業式は無事おわりました。

ご卒業おめでとうございます。 
いつも 書き込み 拝見しています。

ここで 一番年寄りらしいタヌキより


ご卒業おめでとうございます 投稿者:セサミ  投稿日: 3月23日(日)09時14分39秒

こちらにもおじゃまします、セサミと申します。
謎のたぬき様、お母様、そしてこの春ご卒業の皆様、おめでとうございます!!。

皆さんの式への取組み勉強になりました。苦手な息子の来年以降の参考にさせていただこうと思います。

そういえば本番までの独り言は「つぎは〜!!」が多かった。一番よく聞く言葉だったのね(^^;)。


質問 投稿者:あやや  投稿日: 3月24日(月)03時14分52秒

はじめまして。いろいろHPを見てみましたが、
該当するところがわからず、ジャンルが広そうな、こちらに投稿してみました。
書き込みのルールには不案内なので、ここが不適当ならば消してください。

4歳になるおしゃべり娘がずっとハスキーボイスで、気になっていたので、
耳鼻科に連れて行ったところ、
「声帯がちゃんと閉じないので、息が漏れている。一生このままだ。
声が出にくいからために発声に無理をするので、声が出なくなるかもしれない。
話をさせないほうがいい。」
と言われました。ずいぶん乱暴だと思い、鵜呑みにはしてないのですが、
ほかの病院をまわる気力は今のところ失っています。
具体的な病名があるのか、
ほんとうに声はでなくなるのか、
もし声が出なくなったら障害者認定ということになる
(=手帳をもらうなどの公的なもの)のか、
ほかにもこういう方がいるのか、
声が出なくなったら、どんな対応方法があるのか、
喉頭がんによる声帯切除者の食道発声法は知っているが、子供にさせるのか?など
疑問がつきません。
まずは予備知識として詳しく知りたいのですが、
どういう手段があるのでしょうか。
どなたかにアドバイスいただければ幸いです。

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