2004年1月その2
感覚の過敏 投稿者:ネコまま  投稿日: 1月21日(水)22時35分41秒

感覚の過敏だけ直そうと思っても無理だったように、思い返すと思います。
小さい時は、抱っこしか嫌で、絶対歩こうとしなかった息子を、引きずるようにして1,2時間歩かせました。その内、息子は歩くのが好きになり、5歳位になると山を毎日歩くようにし、今は学校があるので山に行く時間無く、マラソンをしています。最初は嫌がっていたけれど、いったん走れるようになると平気になり、今は一人でも走っていきます。少々のことでは泣いたり喚いたりしなくなりました。やり遂げて帰った時の満足げな顔を見て、今日も、たくましくなったな〜と思いました。
 方や、健常の兄。マラソンは寒いから嫌だといい、手伝いも「しんどい」と言ってしないことがあります。宿題をやってから、〜をやってから、等々言ってなかなかやりません。
親の姿勢で子供はかわるな〜と反省するこの頃です。次男を育てるのは必死だった。
余りの感覚の過敏さと激しさに何とかしなくては!と思えた。
泣き喚くことが可愛そうなのではなくて、このままでいることの方が可哀想と思い、たくましく育てたいと思いやってきた。それがよかったのかな〜と思います。

 感覚だけでなく、体そのものを強くする。
汗をかくことが気持ち悪くパニックになっていた子供。その泣き喚く子を連れて山を歩きとおし、その後のお風呂の気持ちいいことを教え続け、汗を平気にしたお母さんの話を読みました。
感覚だけを平気にすることは出来ないような気がします。いっぱいの経験を通して、たくましく、平気になっていく。やはり、発達・成長がベースに必要だと思います。


頑張っても無理な時もあります 投稿者:空音  投稿日: 1月22日(木)08時59分13秒

私は嗅覚過敏は一時的に息を止める、口で息をすることでクリアーしてきました。
しかし、そのせいかどうかわかりませんが・・・のどがすぐにやられてしまいます。
風邪もひきやすくなります。口呼吸はよろしくないのですが臭いと吐いちゃうので(T_T)
だからどうか・・・あんまりにも強引な方法はやめていただけないかと・・・・。

そして聴覚過敏は私の場合は耳栓で乗り切っております。
しかし頑張って耳栓無しで耐えられるように努力しても、聴覚の方がさらに過敏らしくて無理でした。
成人になった今でも爆発系(ピストル、花火、タイヤの割れる音など・・・数多い)は耳ふさぎをします。
耳ふさぎをしないでその音を聞くとショックで失神しそうになります。頭が一瞬真っ白になるんです。

頑張っても限界があるので、どうか無理はしないで下さい。お願いします。
我慢を覚えることはもちろん必要ですが、個々の発達障害ゆえの限界があります。
最近の皆さんの書き込みをみて、不安になってしまいました。

http://motom.pinky.ne.jp/


実家の犬 投稿者:こよみ  投稿日: 1月22日(木)09時31分23秒

室内で飼っている小型犬ですが、月雄は、犬が吠えて追いかけてくるかもしれない、
と思うらしく、犬が今どこにいるか、の情報がないと、パニックになり実家の中に入れません。
で、入ってからも、犬がいない部屋へ駆け込み、そこから一歩も出れません。
抱っこすれば大丈夫なんだけど、もう重くなったし、これからのこともあるし、
どうしようかと思いました。犬って家族の一員ですよね。だから言いにくいんだけど、
サークルにいれてもらいました。納得してもらうのに、かかりましたけど。
それではじめて犬も実家の家族もいる部屋へ歩いて入ることができました。
はじめて落ち着いて挨拶もできました。挨拶ができたことをはじめてほめてもらいました。
サークルの外から近づいて、犬に「跳んでごらん」なんて言ってる姿からは、
さっきまでの不安な様子は想像できません。
「いつになったら慣れるんだろう」とずっと思いつづけてきたけど、
ちょっとでも安心できる工夫が、もしできるなら、ちがうのかな、と驚いているところです。


そうですね 投稿者:まつこ  投稿日: 1月22日(木)09時32分17秒

>いっぱいの経験を通して、たくましく、平気になっていく。
その経験にしっかり寄り添ってこられたネコままさんの姿勢はとてもすばらしいと思います。

>やはり、発達・成長がベースに必要だと思います。
子どもの発達成長にあわせた経験を選び取る目をネコままさんはおもちだったのでしょう。

まさか「母の愛でアウシュビッツに慣れさせた」とお考えなのではないですよね。
この<例え>についてはちょっと、私は辛いです。

日常生活の中の避けられない感覚の混乱に寄り添って子どもの世界を広げる努力は
家族で一緒に暮らしていく中でお互いの状態をよく考えながらなされていくものだと思います。

一方で、ネコままさんのお子さんにはなかったことでしょうけれども、
非常に強い不快を経験したために、いっそうハードルが高くなってしまうケースも
中にはあるようです。
当事者の自伝には、その具体的な例がたくさん挙げられていて胸が痛みます。

この掲示板でも、以前、ご自身の経験を語ってくださる成人の当事者から
いろいろな話をうかがうことができました。

そういう切実な話をうかがい、自分の経験もあって
(それくらいの音をうるさいなんてダメ)と教えられれば
(ほかの人は我慢してるのにこんなに辛い自分は弱いダメな子)と感じ
(僕がデキルのにあの人はデキナイといってるのはあの人はダメな人)と考えるようになるのではないか

それでは私の思いとは違ってきてしまう。

http://homepage3.nifty.com/~tinker/takumi/today25.htm
今でも私が励ませば、たいていのことを「がんばる」少年(小6・自閉症)ですが
このエピソード(小4)の少し後から
「自分で決めたい」「自分で選びたい」気持ちも強くなりました。
このとき
(自分がどう感じているか自分でわかる力も、
自分がどれくらいがんばれるかの限度も、それを伝える力も、
これから成長していくから長い目でみていって)というアドバイスを成人当事者から
いただいたのですが、そのとおりになってきています。

子どもの世界を広げる手助けと
子どもが自分で自分の感じていることをしっかり意識して自分で選び自分で決める場面を作ること
両方をバランスよく、状況を見ながら暮らして生きたいと思っています。

坊主(弟・小4・カブスカウト)の生活もありますし〜

それぞれの親子にいろいろなスタイルがあると思います。


横から失礼したします 投稿者:びりー  投稿日: 1月22日(木)09時48分50秒

はじめまして。
横から大変失礼いたします。
子どもがADHDですが、診断後その主治医から断定的な言い方ではなくとも自閉の圏内的にサポートを受けながら以前より楽に子どもを育てられるようになりました。
私は、幼い頃から「におい」に割合敏感だったようですが、
今は好きな柑橘系のコロンを小さなビンに持ち歩いて「ダメなにおいの場所だけどいなければいけない場所」の時に手や鼻の下につけたり直接机上に置いたりでしのいでいます。
それで完全に大丈夫ではありません。
場所が自分の家で他の人のにおいが気になるときは、○ブリースという布にかけるスプレーをカーテンなどにかけることもありました。
横から口をはさんですいませんでした。



ありがとうございます 投稿者:しのちゃん  投稿日: 1月22日(木)09時52分41秒

ちびくまままさん、ありがとう!
助かります。


CAP(キャップ) 投稿者:まつこ  投稿日: 1月22日(木)09時59分21秒

小学校でCAP(子どもへの暴力防止プログラム)の大人ワークショップがあったので参加してきました。
来週、学校で6年生が90分のこどもワークショップを受けます。
(CAPについては公式サイトがあります。http://www.cap-j.net/ )

散会してから、講師の先生に
「来週の子ども向けのワークショップにはうちの子も参加しますが
発達障害をもっています。自閉症で聴覚過敏があるので……」とそこまで言いかけたら

先生「ま、それじゃ、<特別な大声>はプログラムからはずしましょうか。
それとも前もって予告しておきましょうか。どうしましょう。」

私、こんなスムーズな反応は初めてでびっくりしてしまいました。

私「いえ、彼にも<特別な大声>は使えるようになってほしいです。
ただ、耳をふさいだりちょっと奇妙な言動があるかもしれないですが
先生方が驚かないでそっとしておいてほしいだけです。」

先生「そうですか。わかりましたよ。」

CAPで学ぶのはハウツーではなくて
自分の心と体を守り、大切にすることですから
少年を含めた少年の周りの子どもたちも一緒にワークショップに参加することができて
とてもうれしく思っています。

少年には「あなたが守る あなたの心・あなたのからだ」(童話館出版)を
一緒に読んで、予告編にしたいと考えています。


がんばったり、諦めたり・・の繰り返しです。 投稿者:伊豆っ子ちゃん  投稿日: 1月22日(木)10時38分28秒

子供が苦しんでいると、何とかしてあげようと思う気持ちが裏目に出ることがあります。
今は、ある程度自分で乗り切る術を身につけているので、かなり本人任せにしています。
それでも避けて通れない場合は本人にどうしたらよいのか聞いてみたり、融通が利くようであれば周りに理解を求めたりします。
空音さまは爆発系の音がNGのようですが、息子はブザー音が特にNGです。
膨らんだ風船は好きだけど、押さえつけたり熱い所にたまたまおいてあったりすると音を立てて壊れるところを想像できるので、それは本人から「こうすると壊れちゃうよ」と自分からそうならない状況にもって行きます。

「私は〇〇が苦手」と自分で言えてしまえば苦労も少ないでしょうが、自分の子供ゆえに乗り越えて欲しいと行き過ぎたことを私もかつてはかなりしてきました。
子供の成長とともにそれも随分なくなりましたので、逆に私のほうが過敏さに対して随分寛容になったなあ・・と思っています。
〇〇ができない、〇〇が苦手だから「仲間はずれ」にするような考えではなく、そこに彼が(誰でも)居てもいいような理由をひとひねりできるようにもっていくようになってしまった・・そういう私を今のところ否定する人は居ませんが・・。

嫌なものは嫌なんだから・・25年前に見た「シャチが人間に復讐する映画」を見てシャチ嫌いになった私。
その当時は人間を襲うシャチの姿が怖かったのですが、シャチが人間を襲うきっかけを作ったのはむやみにシャチを殺そうとした人間なのだから、そうわかっていながらも「シーパラ」に足が向かないのです。
人間同士や動物が復讐する映像はよく見かけますがほとんど見ません・・ホラー好きの主人は「どうせ作り物だろ」と。
作り物であろうと、ただそれだけのこと、であろうと嫌なものは嫌なんじゃ〜!!
そう言葉で言える私、かつては騒ぐことしかできなかった息子、自分に置き換えれば随分優しく対応できたこともあったのでしょうね。

今は子供の成長に感謝、です。


我慢ならない音 投稿者:みっき  投稿日: 1月22日(木)10時42分34秒

>耳ふさぎをしないでその音を聞くとショックで失神しそうになります。頭が一瞬真っ白になるんです。

ああ、やっぱりうちの娘もそんな感じになっているんでしょうね。
どうしても苦手な音、慣れることのできない音が、うちの娘にもあります。
耳栓は触覚的に好きじゃないみたいなので、耳塞ぎかイヤホンでしのぐようにしています。

数年前、新しくファンヒーターを買ったのですが、今までファンヒーターのスイッチを入れても
平気だったのに、新しいファンヒーターをつけたとたん、「きゃー」と言って、耳を塞いで、
涙目になっていました。
もう一台別のファンヒーターは、今でも大丈夫ですが、新しくやってきたそれは今でもダメです。
確かに、新しいそれは微妙にブキミな音です。 A^^;)
ファンヒーターのスイッチといっても、微妙な音の違いで、全然平気な音と絶対ダメな音が
あるのですね。

しかも、いつも苦手なバスの開閉音以上に苦手な音らしく、スイッチをつけて音が止んだ後でも、
どうも頭の中で反響しているらしく、ずっと涙目で堅く耳塞ぎをし続けています。

それからは、「ファンヒーターをつけるから、耳塞ぎしてね!」と声を掛けて、娘が耳塞ぎを
しっかりやったのを見届けてから、スイッチを入れるようにしています。
あるいは、娘が部屋に入る前にスイッチを入れておくとか。

エレベーターに乗るのも、空いている場合は大丈夫ですが、混み始めると、いつ過剰人員の
ブザーが鳴るかと怖くて、パニックを起こしかけます。
その場合は、降りる階ではなくても、いったん降りて階段を使うとか、最初から階段・エスカレーターを
使うとか、どうしてもの場合は、エレベーター内の壁面に体を向けさせて、耳塞ぎさせて、
私が娘をガードするような格好(安心感をもたせるため)で乗ります。

突然の音(トラックのクラクション、バイクのモーター音、破裂音)に関しては、
回避させる手立てがなくて、かわいそうですね。
ま、私でもクラクションや暴走族のバイクの音はたまりませんから、過敏な人は
ことのほか辛いだろうと想像ができます。
傍にいれば、「わー怖かったね。嫌〜ね、あの音は。」と共感してあげるだけでも安心するらしく、
寄り添ってくっついてきます。このとき、私にできることはこれぐらいですね。

娘が大丈夫なのに、私がダメなのは匂い。鼻に栓をするわけにもいきませんが。(笑)
びりーさんがおっしゃっているように、自分の好きな柑橘系の香水を、ハンカチにつけておいたりして、
苦手な匂いのときはハンカチを鼻にあててしのぐようにしています。


何が不快かわからなかった 投稿者:さとか  投稿日: 1月22日(木)11時34分37秒

ずっと前、旦那が子供たちのために水槽と空気ポンプを買ってきました。
私は生き物が苦手で自分がいらいらしてたのだと思ってました。
自分を落ち着かせるのに、いらいらで子供たちにあたらないようにすることに、
1日中力を使い果たしてました。実際へとへとでした。
見ないように見ないようにとしてました。
見なければイライラが減ると思ったからです。
息子(自閉症)がそのころから怒りやすくなりました。

ある時、ふと「これか?」と思いました。

臭いと、小さなブーーンという電気の音。
旦那に、
「これがあるからいらいらする。お願いだから片付けて!(泣)」

無くなったら、息子も私も落ち着いた。
あれが原因だと気がつかなかったらどうなってただろう?

ある程度の我慢はできただろう。
ちょっとしたときの場面で、ちょっとした時間なら。
だけど、できればその場から出られるなら出たいと思う。

辛くても辛くてもどうしてもそこにいなければならない仕方の無い場合なら
我慢するのだろう。命の危険があるというなら。

いらいらだけでも辛い。
わめき騒ぎ暴れるような息子の辛さってどんなに辛いものだったのだろうかと思う。


(無題) 投稿者:sara  投稿日: 1月22日(木)12時44分2秒

感覚過敏があると、不便だけど、不幸ではない・・・と。

>某所でも、慣れたといいます
確かに、慣れたかもしれない・・・でも、不幸だった。

私達親は、子どもを何を願って育てているか・・・
こどもが幸せになることを、願っていると思います。
親から見た子どもの幸せではなく、子ども自身が思う幸せ・・・。

ここで難しいことは、なら感覚過敏に対して何もしないのね?と、いうことに、ならないか・・です。
そうではなく、感覚過敏に対しての付き合い方は教えるべきですし、
軽減されるような方法にも、チャレンジしてみるべきだと思います。
ただ、お子さんにも、情報を提示して、方法を選択をさせてほしいと思います。
(言葉で選択できなくても、きっと態度で選択できると思います)
また、今は消極的でも、そのままではありません。
本人なりのいろんな動機で、違う選択をするようになると思います。



感覚過敏は 投稿者:カンガー  投稿日: 1月22日(木)14時43分16秒

とても不思議なものですね。
娘にもありますが、親の対応の仕方は、以前と今では違います。
以前は、ネコままさんと同じような対応をしていました。
うちも、運良く(?)慣れて、日常生活が楽になったと思います。
今でも残っているものは、「ピストルの音」と「お風呂に入っているときに誰かがトイレに入ると換気扇がまわり、お風呂の中で反響(?)する音」の二つです。
ピストルの音は、本人が耳栓を使うことで、納得しています。
先日のマラソン大会も、親が忘れていたのに、自分で荷物に入れていました。
お風呂にルーが入っているときに、うっかりトイレに入ったりすると(電気をつけると自動的にファンがまわる)、ずぶぬれの身体で「今、お風呂に入ってるんだから、トイレに入らないで!」とお風呂を飛び出して怒ります。
もう、床を拭くのが面倒で、ルーがお風呂に入っているときは、電気をつけずにトイレに入る習慣がついてしまいました(笑)。
たまにこっちも忘れますが、お風呂を飛び出すことはなく、お風呂の中から怒鳴ります。
今後も、何か出てくるかもしれないけれど、臨機応変にやっていこうと思っています。
何が正しくて、何が間違っているか・・・なんて答えは出ないと思うし、それぞれのお子さんや家庭の状況や人に迷惑をかけることなのか、そうではないことなのかでも違うし・・・。

クラクションの音や、バイクの音、ホームに立っているときに、特急が目の前を通り過ぎていく音などは、自然と平気になってしまいましたね。
昔はあんなに嫌がったのに。
先日ホームで本人にきいてみたら、「何度も聞いているうちに、こわいものじゃないってわかったから」「今は全然平気」と答えました。
うちは療育でどうしても電車に乗らなくてはいけなかったので(車がない)、どうしても仕方なかったんですけれど。


(無題) 投稿者:ネコまま  投稿日: 1月22日(木)14時47分9秒

みんな違う、当然です。
私も療育していく中で、無理強いをすると強度行動障害になる、痛めつけるだけ、スパルタはいけない…等々言われました。

 いろんな助言を頂く中で、言葉は優しいけれど、それでは克服できないところが多かったのです。だから、私の意見が全くお子さんに合わないと思われる方も多いと思います。

 私が言いたかったのは、全くそのままでは強度行動障害で外で生きていけなくなった子供でも、生きていけるという可能性があると言う希望を知らせたかったのです。
 言葉も無い、言葉が聞き取りにくい、自分の意思がはっきりしているから他傷や自傷で訴えて他の人には警戒され、排斥されかけた息子。そんな息子でも、今は様々なハードルを超え、家族のために食事を作っていくれ、なにより本人が役に立つこととを喜べるようになりました。

 それらは、私のように療育して欲しい、というのではなく、本当に地獄のような日々から脱出した者もいるので、諦めないで欲しいという願いです。
 スパルタでは子供を追い詰めます。褒め、自尊心を傷つけないように自分で出来ることを利用して、でも出来ないことは諦めず褒めながらやり続ける。ユーモアや冗談も必要だと思います。
 ただ、諦めないで欲しい。喜んで日々を楽しそうに過ごしている息子を見て、願わずにいられません。

 アウシュビッツの例はいけませんでしたね。
手記を読んだのです。
極限の苦悩の中でも、喜びを見つけ、生きていることに感謝の思いまで抱く人がいる。
勿論究極のなかでのやむにやまれぬことだったと思いますが、でも、我慢だけでなかった。本当に苦痛の中で、喜びを見つけ希望を見続けた。

 うまくいえなくてごめんなさい。
我慢ではないんです。
楽しめるようになれば乗り越えられるものも有る。分かれば平気になるものもある。
嫌だけど、喜んでくれる人がいるならば食べてしまう。美味しいと感じてしまう事もある。
嫌だけど、不幸じゃない。

 慣れろ慣れろと無理やりしたわけではないし、今も息子は苦手なことがあります。
クラシックが嫌いですが、その時は静かに退室する事を教えています。
コンサートに連れて行って。ちょっともったいないけど(笑)
息子はニヤッと退室します。そして「付き合ってやるか。しゃーないな〜」てな調子で、嫌がらずコンサートについてきてくれます。
…まだまだ苦手はあるけれど…現在進行形=^_^=


可能なもの、不可能なもの 投稿者:マコロン  投稿日: 1月22日(木)15時52分58秒

こちらには初めて書き込みさせていただきます。
以前よりこちらにはよくお世話になっていたのですが、ロムばかりでしたし、最近、忙しくて、すっかりご無沙汰していました。なんか、最初っからすみません。

感覚過敏、うちの子もあります。(高機能自閉症、5歳、男の子です)
じっと見ていると、何らかのエピソードがあって耐えられなくなったもの、全く関係なくホントにどうにもダメなものなど、本人がつらいと感じることの中にはいろいろなものがあるみたいに感じます。

実際に、感覚が過敏でつらいって言うのは本当に一般の人が想像できないくらいつらいんだと思うし、それは我慢することじゃないと思います。
ただ、中には、何らかの原因があって、とっても嫌なものになってしまっているけれど、記憶の強さやフラッシュバックゆえに「もうどうにもダメ」という状態のものもあるし、本人が安定できる環境や人の中や、それを基盤として、いい記憶に変わっていくとだんだん嫌な感じが薄れていくものもないわけではないように感じます。

もし、つらいものが少しずつでもなくなっていったら、確かに本人はとても生き易くなると思います。
ただ、馴染みを作っていくには、冷静にかかわる者、かかわられる者、取り巻く環境を分析できる観察眼とアセスメントの力、子どもが「NO」をいえるだけの成長と関係とがそろっていて、しかも親が腹をくくれる強さや言葉にも、もしかしたら表情にすらのぼらない苦しみを察知したり、感じ取るだけの感受性を持っている場合で、あくまでも慣れるのが可能なものに対してアプローチをしたほうがいいんだろうと思います。

息子の「感覚過敏によるつらさ」を全て最初から避けなければならないとか、全て慣れることができるとか、そういった思い込みだけはしないようにというのを自分としては心がけるようにしています。
親の単独の作業というよりは親と子、子どもと仲間の間での(関係性の障害ともいわれるのでヘンだと思われるかもしれませんが)新しい記憶によって書き直すことができるものもあるだろうと思っています。期待もかなりはいっていますが。

いずれにせよ、私にはネコままさんのかかわり方と他の方たちの意見は真っ向から対立するものには感じられないし、どちらも本当のことで、大切なことのように感じられます。


星がきれいです 投稿者:こよみ  投稿日: 1月22日(木)20時26分38秒

親が良かれと思っても、子どもには生き地獄だった、ということにならないようにしたいです。


まきこみこだわり 投稿者:さつま  投稿日: 1月22日(木)22時03分37秒

はじめまして。小1年生の自閉症児の母です。けいじばんというものもはじめてつかわせていただきます。
最近、息子が、私が息子の思うようなことをしないと、物を投げる、たたくなどのことが多くなりました。水の流れる様子をみるのがすきなのですが、ぬらしたタオルを服の中にいれてきて、それを断ると家中のものを投げつけてきます。まきこみこだわり、というものであるとききましたが、このような場合、できないことはできないとはっきりさせたほうがよいのでしょうか。自分のやりたいことができない、していたことを中断された(マークや車が好きで、外から帰る際、何時間でも周辺をまわってみたがっていたり、トイレにものをいれて流しているときにとめるときなど)まわりのものを投げて散らかすことで、自分の意見をとうそうとします。よくない、意思の表現方法だとはわかっていますが、まずはどのように、自分の思い通りにいかないことも受け入れていけるようにしていったらよいのだろうか、と悩んでいます。もし、このような風にしてみたら、ということがありましたら、お教えくださるとうれしいです。


うちも同じでした。 投稿者:ネコまま  投稿日: 1月22日(木)22時51分6秒

さつまさま。

うちも同じでした。噛み付いたり、つねったり、他傷という形で出ましたが。

参考になるかどうか分かりませんが。

1、子供の興味にとことん付き合う時間をつくり、欲求を満たすことをしました。
 そして、その興味を使って、手伝い(洗濯機を回したり、洗濯させたり、食器を洗ったり)や絵を描くことに広げていきました。嫌がってもさせているうち、出来るようになり、褒められるようになると進んでするようになりましたよ。4年かかりましたが。

2、どうして服の中に濡れたものを入れたらいけないのか分かってないから、子供は「どうして駄目駄目というの!」と腹も立ちます。私は、冷たくて困った、ぬれていて困ったなどの経験を通して、分からせました。汚したものは自分で洗わせるようにもしていきました。
ズボンに手を入れて困った時は、「入れるな、入れるな」といっても、腹を立てるだけなので、ズボンに手を入れたら手を洗わせました。すると面倒なので、突っ込まなくなりました。駄目駄目、と言葉だけでは、なかなか納得しないし、ますます「お母さんは分かってくれない!」と行動が激しくなりました。

3、でも、迷惑をかけるような事は、絶対許さない態度で向き合いました。
叱ったり怒鳴ったりするのではなく、させないのです。どんなに泣いても叩いても、駄目なものは駄目と、その事をさせませんでした。
例えば、バスで特定の席に座りたがりましたが、「公共の乗り物はみんなの席です。」と言うことで、いろんな席に座らせました。いずれの抵抗も、駄目なものは駄目と一貫して向き合うと、2,3日でどれも収まりました。
許したり許さなかったりすると、子供は許されるのかと迷い、自分の意思をますます押し通そうとします。無邪気な子供です。行動は派手で困ってしまいますが、子供の心は一心で単純で可愛いな〜と思います。

4、毎日、「マラソンをする」「買い物をする」「手伝いをする」などのうちひとつだけでも決めて、親子で取り組むといいと思います。指示に従ってやる、というのを子供に学ばせました。1時間でもひとつのテーマで子供と向き合うと、親子関係が深まります。
指示が通るようになります。勿論、褒めながら、根気強く取り組む姿勢が必要ですが。

子供の思いを満たしながら、でも良いことと悪いことを工夫して教えていく、という事が必要かと思います。


私は逆アプローチ 投稿者:ひいろ  投稿日: 1月23日(金)00時54分27秒

>4、毎日、「マラソンをする」「買い物をする」「手伝いをする」などのうちひとつだけでも決めて、親子で取り組むといいと思います。指示に従ってやる、というのを子供に学ばせました。1時間でもひとつのテーマで子供と向き合うと、親子関係が深まります。

親子関係が深まると、指示が入りやすくなると感じていました。
3歳の時は、母が声かけしても知らんぶり。嫌な事は予測してちゃんと逃げるような
今にして思えば、自閉症にしてはしっかりしたタイプのお子様だったのですが(笑)

我が家は現在親子で何かを取り組むという感じではないです。学校から帰ってくると
お互い勝手に遊んでいます。最近は、母は大抵パソコンをしてますねぇ。
・・ネットショッピングが趣味(笑)
するとやってきて膝に座って一緒に見たりします。母はその時の思いつきで
いろいろなページを見せます。気が向くといわゆる教育ソフトをやらせる時もありますが
今はその時期ではないらしく、そういうのを動かすと去っていきます(爆)
体重が20キロもあるのに、ずーっと膝に座っていると辛いので
わざとそんな手も使ったりする母です。

でも日によっては、母が遊んでるのを許してくれない日もあります。
「コッチ、見てっ!」と顔を自分のほうに向けたり、母が動くだけで怒ったり。
よく言う「かかわり障害」に属するのかもしれませんが。
でもよくよく考えると、普通の子供が2歳くらいの時やっている
「後追い」や「母にべったり」をやっていない分を、今になってやってるのかも?
とも思います。この時期の子供って基本的に親に好かれたくって
一生懸命お手伝いしたりしますよねぇ。親に言われた事もちゃんと守るし。
今はそんな感じです。

だからと言って、全てが普通の子供と同じように発達するとも思っていません。
うちの子は、いわゆる「ひとりでフリースしてるタイプ」です。
付加がかかると、今でも睡眠障害が起こります。運動会の前日は
必ず夜中に一度は起きます。最近は突然吐いたりする事もあります。

いわゆる自傷、他害などはほとんどなく、見た目問題がない子供に思われていますが
母はそんな風に楽観視はしていません。
確かに社会で暮らしていくのには、「やらなければいけない事」や
「我慢しなければいけない事」もたくさんあるでしょう。
「人の指示で動ける」という事も重要な事だと思います。
でもうちの子のようなタイプに1番大事なのは
「本人が自分の気持ちを表現する事ができる」事だと思っています。
(これは障害の軽重は関係ないと思います)
相手に嫌な事の理由が伝われば、上手くいく事もあるのでは?
・・・・異○化コ○ユニケーション?(爆)


追伸 投稿者:ネコまま  投稿日: 1月23日(金)08時17分4秒

さつまさま。

 水の流れるのを見るのが好きですよね。
うちも大好きで、トイレに一杯流し込んで大変でした!!

 でも、流れる水はきれいですよね。
うちでは、ちょっと大き目の洗面器に水を入れてグルグル水を回して、そこに絵の具を流し込んで一緒に眺めました。いろんな色を自分で入れさせて。
 そのうち、そこに画用紙をそっと置いて見せたんです。
流れが画用紙に映るんですよね!
 全く絵に興味なく、描こうとしなかった息子でしたが、そうしているうちに絵の具でグルグル描くようになって、絵を描き始めました。

 止めよう止めようとだけしても、子供は止まりません。突き破ってきますよね。
それが発達の力・子供のパワーだとも思います。
勿論止めなければならないけど、その興味・やりたいことをいい方向に伸ばして、行き場を見つけてやらないとね。
 最初は、止めてばかりいたので親子でドロドロで、しかも隠れてするようになりました。
 自分で興味の世界を広げるのが難しい子供。でも、結構いいところに目をつけている子供だと思いませんか?なんとか興味の世界も広げていってやりたいですね。


八方美人かもしれませんが(汗) 投稿者:水兎  投稿日: 1月23日(金)08時39分43秒

マコロンさんの、
>いずれにせよ、私にはネコままさんのかかわり方と他の方たちの意見は
>真っ向から対立するものには感じられないし、
>どちらも本当のことで、大切なことのように感じられます。

に同感です。
それと、削除されてしまったけれど、Mさんの呟きにも。

しみじみ、目の前のその子どもに対して、一番いいのはどんな方法かを見つけられるのは、
やっぱり育てている方たちなのでしょうね。

でも、そのための情報を集めることが出来る今って、やっぱりいいな〜。
と、早期療育を受けられなかった当事者(AS+ADD+LD)は、思うのでした。


メニュー追加 投稿者:まつこ  投稿日: 1月23日(金)09時54分52秒

>このような場合、できないことはできないと
>はっきりさせたほうがよいのでしょうか。

私はそうしてきました。
現在は大目にみられることでも、3年、5年、10年後にどうか、
という視点も心がけています。
ただ、その線引きがこちらの都合ばかりにならないように気をつけました。

>しみじみ、目の前のその子どもに対して、
>一番いいのはどんな方法かを見つけられるのは、
>やっぱり育てている方たちなのでしょうね。
>でも、そのための情報を集めることが出来る今って、
>やっぱりいいな〜。

ということなので

私もネコままさんと同じ方法で対応したこともありますが
ヒントメニューはいろいろあるほうがいいかなと思うので
また別の方法も書いてみたいと思います。

>ぬらしたタオルを服の中にいれてきて、

さつまさん的には水の流れる様子を見てるのはOKなんですね。
だったら、タオルを撤収しておく手もあります。
水を見る→タオルをぬらす→タオルをお母さんの服に入れる→お母さんが怒る
のパターンを崩してしまうのです。
お母さんの怒りを感じ取るのは難しいのかもしれないので
子どもがタオルを出せと要求したら、ぬれた手や足(!)を拭いて
その場を離れる。
「タオルは水遊びの終わりのしるし」のパターンを作る

水遊びが家事につなげやすいのは、
とりこみたいパターン、よいこだわりにしやすい活動だからだと思います。
うちの少年も水遊びは好きですが、こだわらなかったおかげで
家事に発展させることはできませんでした。
(指示されて働くくらいなら水遊びもやめてしまう程度の好き加減(^_^;))

>マークや車が好きで、外から帰る際、何時間でも周辺をまわってみたがっていたり

行動の切り替えが自分では難しい場合がありますね。
出かける前にコースを決めておいて(大体決まっていたりしません?)
「あれとこれとそれとを見たらうちに帰ってこれをしましょう」という
見通しがあると行動が違ってくるかもしれないです。
マークや標識の意味はどれくらいわかっているでしょう?
マークや標識好きはいろんな場面でコミュニケーションに使えるので
どんな風にマークを見ているのか探ってみるのも面白いです。

>トイレにものをいれて流しているときにとめるときなど

何を流しますか?
特定のものなら、できればそれをしばらく撤収することができるとよいかな。
なんにしても、トイレに排泄物とペーパー以外を流すのは
どーしてもやめてもらわないとやばいので
スペシャルトイレットトレーニングだと思って必ず付き添って
しばらくの間「断固トイレでは遊ばない週間」を実施する……かなぁ。

トイレの後はすぐトイレを出てしたいことがあるとよいのですけど。
何か好きなことはありますか?

学校では「自分の思い通りに行かないとき」のほうが
多いのではないかと思いますが
学校でもも暴れていますか?

私たちも予想外のことが続くとイライラしますね。
だから、できるだけ正解の予想ができるように、情報提供して
環境を整えることもイライラ予防になると思いますよ。


(無題) 投稿者:伊豆っ子ちゃん  投稿日: 1月23日(金)10時39分50秒

>しみじみ、目の前のその子供に対して、一番いいのはどんな方法かを見つけられるのは、やっぱり育てている方たちなのでしょうね。

それゆえに一所懸命が逆効果だったり、諦めていたらいつの間にか受け入れられていた・・なんて、落ち込んだり喜んだり関わる側の思いは結構忙しかったりします。
みんな同じでなくてもいいはずなんだけど、目に見えない、または〇〇歳までの習熟度なんてものにあわせてしまえば、子供の気持ちを考えて・・とはいかないものだとは感じます。
掲示板に自分の思いを投げかけて、賛否両論はあってもレスがあることが私はうれしいし、いただいたアドバイスが自分の子供に合致するか、させたいかを選択するのも我が家であれば「私」なんですね。
もちろん主人にも話しますが・・最終的には「私」です。

ちょうど6年前に、私たち家族の住む神奈川に大雪が降りました。
1月生まれの長男が3歳の誕生日を迎える10日ほど前に・・主人が敷地内に積もった雪(朝、しかも凍りかかっていた)に足を取られ、左足を骨折してしまいました。
ギプスで固定し、1週間後にボルトを入れる手術をしまして、2週間ほど入院しました。
その間は母子2人きりでしたが、毎日お見舞いに行っていたので父子のブランクは感じなかったはず・・しかし、退院後父子の関係に変化が出、それを機に長男の耳ふさぎが始まりました。
3〜4歳はカメラを向けると耳をふさぎ、翌年幼稚園に入園した際に取った集合写真を機にしなくなったものの、1年間は耳をふさがない写真をほとんど撮れませんでした。
それが治まってからが「音」に対する過敏さが出てきました。
オーブンレンジ、ブザー音、今年は出しませんがファンヒーターetc・・これは長いなあ・・いかに生活の中の電化(気)製品にわれわれも翻弄されていることでしょう(涙)
恩恵を賜るとともに、その弊害に悩まされるなんて・・とにかく時間が必要だし、みまもるゆとりをもたなくては、と自分に言い聞かせる日々です。
私も現在進行形です。

年に数回お墓参りに行きます。
その際必ず長男には立ち寄るところが・・それはお寺の鐘を撞くところです。
「あれ、いないね?」
ゴーン・・ゴーン・・おまえかあ!
今は諦めて気が済むまでやらせてます、文句言われないし。

長くなりましたが、個々の持つマルチカラーに戸惑うことなかれ、受け止める側も万能ではないしね。


ここの掲示板はいいですね。 投稿者:ネコまま  投稿日: 1月23日(金)13時03分32秒

 今まで療育してきて、『無理強いはいけない』『スパルタはいけない』と言われ続け、辟易としていたのです。

思い出していました。ヘレンケラーのことを。
サリバン先生は、ヘレンの両親に「ひどいことをする!」と責められ続け、「辞めてくれ!」と言われ続け、数週間の猶予しか与えられなかったのです。
今でこそ、美談になっていますが、当時誰がサリバンを認めたでしょう。
知能が正常だというのは後で分かったことです。
だれが、野生児のヘレンを教育しようと思ったのでしょう。

息子とヘレンは違うことが分かっています。

でもサリバンのように、愛と観察と工夫と、どういう人間になって欲しいかという指針を持ち、真の意味で信じて療育していきたいと思います。

私とは意見や育て方が違うとおっしゃっている方にも、私は子供への強い愛を感じ励まされています。参考にさせてもらっています。ありがとうございました。

本当に、純真な子供達です。
強度行動障害といわれる子供も、大きくなって力が強いから問題になるだけで、本人の訴えは、「思い通りにしたい」「関わって欲しい」「おもしろい」という単純なものであったりします。
幼児なら許されたことだったのです。そのまま大人になってしまっただけ。
 高機能の人は、理解されず、非難され苦しめられ、追い詰められることが多かったのでしょう。

 子供を理解してあげ、劣等感を持たないように認めて育ててやりたいですね。
「五体不満足」の本に教えられるこの頃です。

しばらく療育で忙しくなりそうなので、パソコンから離れようと思います。
皆さん、お騒がせしました。
子供達みんなで幸せになりたいですね。


(無題) 投稿者:  投稿日: 1月23日(金)18時51分55秒

みなさまの書き込みを読んで、色々考えさせられました。
個々に個性があって、どういうやり方が合っているか、それは子供を一番理解している親だからこそ分かるのかもしれませんね。
とは言え、一人では考えつかないやり方もあるから、こういう掲示板で色々知ることが出来る。本当に幸せな時代だと思います。

無理強いすることは良くないし、本当に堪えられない事を無理をさせれば逆に益々拒否が強くなる事もありますよね。それは気をつけたい事だと思います。
嫌な事は嫌でいいし、苦手な事は苦手でもいい。
しかし、今は受け入れられなくても、いつかそれを受け入れてもらえる可能性もあると思いたいのです。だから、試行錯誤している我が家です。

Yはファンヒーターの大パニック事件以来、ヒーターをつける時は部屋を出て2階に行くようになりました。
点火後、私が2階へ行きYを抱っこして1階へ行き、ヒーターがついたのを確認すると安心するようです。Yなりにパニックを起こさず、嫌な事を回避する方法を考えたのでしょう。
少し成長したのかな?それとも無理をさせているのかな?
どっちなのだろうかと少し不安になったりもしています。

Yが我慢している一方で、親も我慢している事はあります。
(それはみなさまもきっとあるのでは?)
家に帰りたがらず、近所の7階建てのスーパーのエレベーター、エスカレーター、階段を何時間も上り下りし、各階のトイレに行きまくる我が息子を迷子にしてはならないと付いて回っていた私。
何もすることなく、ただ息子に連れまわされるだけの辛い時期でした。
しかし、「Yも我慢している時もあるのだ」と思い、「私がYのやりたい事に付き合わなければ誰がYに付き合うのか」という思いだけで乗り切りました。今はさすがに飽きたのか、そのスーパーには長居しなくなりましたが。(笑)
Yに我慢してもらってる代わりに、人に迷惑をかけない事でやりたがる事があれば思い切りさせると、Yもストレスも発散出来るだろうと思っています。

音楽が好きではなく、お遊戯も苦手なYですが、1ヶ月後に保育所で音楽に合わせてリズム打ちをしながら、ちょっとした寸劇を発表するそうです。
担任の先生の意見はYに無理させてまで発表会の舞台に上げるのは、Yにとって辛いことだろうから、それはしたくないということでした。
確かに今のYの状況だと、その舞台の上でリズム打ちも何もせず、フラフラしてしまうかもしれない。でも、最初から出ないと決めてしまえば、それで終わってしまうような気もして。
音楽やお遊戯が苦手なのは感覚過敏からもきていることだと思うし、私達もYに苦痛は与えたくないですが、今は出る方向で考えたいと思っています。
どうしてもYには無理させているだけだと思った時は出ないつもりですが。

ダラダラと書いてしまいました。
すみません…


ありがとうございます 投稿者:さつま  投稿日: 1月24日(土)00時19分24秒

みなさま、たくさんのアドバイスをいただいて、ほんとうにありがとうございます。
家庭の都合で、私が仕事をしないといけないので、私の父、母に息子の学校からの迎えなどしてもらっています。しかし、祖父母に対してすわりこんだり、大きな声をだしたり、力も強くなってきたのでひっぱっていけば、自分の思い通りに動く、ということに息子の中ではなってしまっていて、私と歩く時はあまりないのですが、帰り道に店にはいっていって食べ物を買えと座り込んだり、店のものに手をだしたり、ということが増えてきて、次第に私にも思い通りに動かそうとすることが、増えているのです。
現在の息子にとっては、今目の前にあることがすべて?なのでしょう。次のものへときりかえがうまくいけるように、みなさんのアドバイスを参考にして、考えていきたいと思いました。
そうですよね、息子の何年後の姿を描きながら…
みなさま、本当にありがとうございます。


補足です〜。 投稿者:水兎  投稿日: 1月24日(土)00時38分4秒

>やっぱり育てている方たちなのでしょうね。

の「育てている方たち」というのは、親御さんに限定しておりません。
学校の先生も、幼稚園保育園の先生も、お医者さんも、療育の専門かも、
その子を取り囲み、その子の「育ち」に関わる人たち皆さんを指しています。
それぞれの見方があって、それぞれの考え方があって、
もちろん最終的に選択するのは、親御さん(養育者)なわけですけれど。

>まつこさん
メニュー追加、ありがとうございます。
さすがベテランおお狸さま。ははぁ〜。

それと、
>私、こんなスムーズな反応は初めてでびっくりしてしまいました。

ほんと、びっくりですね。
1人ずつ、こういう方が増えてくれたら嬉しいな〜。

>ネコままさん
お忙しさがひと段落されたら、またネコままさん流の潔いメニューを加えてくださいませ。


(無題) 投稿者:こよみ  投稿日: 1月24日(土)06時49分19秒

わたしも考えさせられました。努力はしても、土の中にある芽が出るときのためにと
情熱を持って寄り添ってきただろうかと思います。
いまはただ、ゆっくりと関係をとりもどしながらやっていきたい気持ちです。
過敏性は、うちの場合はたまに軽減することはあっても平気にはならない、音源の意味がわかっても
不安の大きいタイプです。小さいときから無理がないと思うときには励ましてきました。
でも柔軟にするのがいいと思われるときに見誤りつづければ、関係性を育てるまったく逆になって
しまいます。わたしは見る目がなかったし、いまも、ないかも、で、とてもむずかしいです。
自分を守り、助けを求めていいんだよと、もっていきたいのですが。


ありがたい掲示板です。 投稿者:  投稿日: 1月24日(土)07時59分29秒

>努力はしても、土の中にある芽が出るときのためにと
>情熱を持って寄り添ってきただろうか

それは正直、私も反省しなければならない事です。
私はYと積極的に関わりを持ってきたのだろうか?と…
でも、私達家族だけで情熱を持って接しても、その努力が報われない事もあったのは確かです。
親が努力しても変えられなかった事も、Yに関わってる先生方なら変えられたという事もありました。
これは我が子の場合なのですが…

だから
>「育てている方たち」というのは、親御さんに限定しておりません。
>学校の先生も、幼稚園保育園の先生も、お医者さんも、療育の専門かも、
>その子を取り囲み、その子の「育ち」に関わる人たち皆さんを指しています。
なのですよね。

私は何か大事な事を忘れていたような気がします。我が子の「育て」に関わっている方はたくさんいるのですよね。
これからも色々気づかせて頂けたら有り難いです。
でも、その前に自分でも気づかないと!



はじめまして 投稿者:ぽっぽ  投稿日: 1月24日(土)11時23分41秒

幼稚園年中の娘「ちびねこ」の母です。現在月1回の区の発達指導を受けています。
きっちり診断はされていませんが、私としては高機能自閉症ではないかと考えています。
あと、ADDとLDもミックスなような…。

今後のことを考えて、その心理の先生に診断を受けることを相談したところ、その折に「普通学級は厳しいと思う。」と言われました。
予想していたとはいえ、やはり凹んでしまいました。
以前から色々なHPをさまよい歩いたり、本を読みまくったりしていましたが、最近ここを見つけて、ここで色んなお話を聞き(ROMして)、前向きな気力が沸いてきました。
児童精神科の予約も入れてみました。(1月初旬に申し込んで4月…まだまだ先ですね。)ね。)
とりあえず、無理なく出来ることをやってみたいな〜と思います。
さっそく「ソーシャルスキル幼年版」を注文させていただきました。

まだまだ過去ログを読み進むだけで精一杯の毎日です(^_^;) が、
同じような自分の悩みの回答をもらったり、とてもありがたいです。

みなさま、よろしくお願いします。


ふにゃぁ〜っ・・・。 投稿者:  投稿日: 1月24日(土)12時37分15秒

>に同感です。
>それと、削除されてしまったけれど、Mさんの呟きにも。

夜遅く書いて、朝には消したのだけど読まれてしまっていたのね。

   < ここの管理人、
     “ナチ”とか“強制”とか“優性思想”とかのことばには過敏なようで、
     忌避症状を示すらしいです。


それと、 投稿者:  投稿日: 1月24日(土)13時03分29秒

ここで、私がずっとつぶやいてきたのは、
結果によってコントロールされる“受動的な力”の獲得をまずは目指すというより、

子どもの状態像によっては、
困難に見えたり、遠回りに見えるようであっても、
初めから視野の中心には、
自分でコントロールする“能動的な力”の獲得を据えていきたいなと言うこと。

SST絵カードも、
行動をコントロールするというより、
行動を支えている要因としての認知の力を育てたいという意味で考えた教材ね。


とは言っても、
私は小学校の教師だし、
小さい子や、知的や自閉の部分で、より大きな困難をかかえている子への指導の経験は少ないし
ずっと、懐疑心と不安を持ちながらの発言ではあったの。

でも、、
知識と経験に裏付けられたここのお狸様方に教えてもらいながら、
私の考えていたことも、満更、絵空事ではなかったかもと、少し思い始めている段階。
               < 結構、疑り深い性格だったりするので。

と、
今後の、お狸様方々のますますの繁栄増殖を心より願いながら、
またまたROMの世界に戻ります。
                  では。


凹んだ理由ですが… 投稿者:ぽっぽ  投稿日: 1月24日(土)14時22分28秒

読み返して誤解がありそうなので、補足すると…
普通学級が厳しい!に凹んだのは、普通学級にちびねこが入れないこと自体に
凹んだのではなくて…。

旦那は子供の発達に関して、かなり理解があるように思えていたのです。
区の相談にも一緒に行ったし、自閉関連の本もアマゾンで検索していたし。
しかし色々話してみると、
「何が何でも普通学級、入れればなんとかなる。お前は考えすぎ。」
と言われたのです。
「なんだ〜、全然わかってなかったんじゃん!」と、がっかりでした。
本も結局読んでないし…。

実は私自身ちびねこに普通学級は厳しいと感じていて、
就学に向けて本人に合う環境を探していきたいと思ってました。
まだ何も話していない、近くに住む旦那の両親にも理解を得たいな〜
と思っていたのですが…。(障害に対してとても偏見がありそうなので…)
一番身近で頼りになると思っていた旦那がこれじゃ〜!とほほ…。
旦那との争いを避けるためにも、
普通学級にい入れればよいな〜と心の片隅で思ってしまったのですが、
心理の先生に「厳しい」と言われ、これから旦那とたくさん
話し合いをしなければならないことに、がっくり来てしまった次第です。

でも、そんなことにへこたれてはいられませんね。

自分に出来ることは何か、ひとりよがりに突っ走らず、
客観的にも考えられるように、ここでたくさん勉強したいと思います。


聴覚過敏 投稿者:ぽっぽ  投稿日: 1月24日(土)14時54分27秒

うちもたくさん苦手な音があり、
以前から、おびえて泣いたりしがみついてきたりしていましたが、
最近耳をふさぐようになってきました。
一番苦手なのは、ウォシュレットの脱臭機能の音…。
思い返せば、トイレットトレーニングで、
おまるからトイレへの移行が進まなかったのは、これのせいかも。
言葉の発達も遅れていたので、全然わからなかった。
恐怖の空間へ無理強いさせていたと思うと、
「本人の気持ちはどんなだったのか?」と、かわいそうに思えてきます。

外出先のトイレもウォシュレットが普及してきたのは嬉しいのですが、
脱臭機能のスイッチがなく、電源もコンセントでない場合は、
座ったときの脱臭機能の音から避けられないため、
そのトイレで用を足すことが出来ず、とても困っています。
(膀胱炎になるんじゃないかと、心配してしまいます。)
他にも運動会のピストル音、工事現場の音、バイクの音、
外出先のハンドドライの音などなど…
たくさんありますが、とにかくトイレが困ってしまいます。

避けられるときは避けてあげたいけど、避けられないときには、
周囲の人に迷惑を掛けずに我慢できるようになって欲しいな〜と思います。
どうしたらうま〜くそんなふうに誘導出来るか?
試行錯誤の毎日です。みなさまのログがとても参考になります。

こだわりも最近強くなったような…
儀式もあいかわらず多いし…    ふうう。
周囲の視線が痛いことが増えて、ちょっと困ってます。
でも、本人は周囲の視線に気付いていないのよね〜。(ーー;)


へこまないで 投稿者:豆やっこ  投稿日: 1月24日(土)15時49分32秒

はじめまして。ぽっぽさんのお子さんの就学を控えての記事を読み、教師の立場からの意見を書きたくなりました。

私は、通級指導教室の担当で、通常学級の児童の取り出し指導をしています。
その子たちの中には、通常学級での生活がとても辛そうな子がいます。軽度の知的障害と自閉傾向をもっています。こだわりが少しあるのと状況理解が難しいために、学級全体への指示だけではうまく流れに沿った行動ができません。担任は、教室移動や、課題を与えるときは必ず個別に様子を見たり補足指示を出したりして支援しています。学習も理解できないことがたくさんあるので別課題を与えたり、問題の量を減らすなど、本人が意欲を失わないようにできるだけの配慮をしようとしています。でも、40人近くの児童がいる中で、できることに限りがあります。

その子が3年生になると、他の子と自分の違いに気づき始めました。
できない・・・事がたくさんあることに気づき出しました。
周りの子も違いを感じ始めました。
担任や、私は、周りの子から馬鹿にされないように、周囲の子へその子を正しく理解できるように働きかけています。

でも、うまくいくことばかりではありません。だんだんその子にとって教室という場所が居心地悪くなってきています。逃げたい気持ちが強くなってきています。
私や担任は、その子が、かけ算の筆算を苦しみながらしていくよりも、その子の生活に直に役立つ学習に重きを置いた方がいいと考え、障害児学級(特殊学級)への入級を進めました。何よりもその方が情緒的に落ち着き、学校が楽しめると考えたからです。

でも,親御さんはあくまでも通常学級のこだわられました。
障害児学級に対する偏見をぬぐい去れなかったのではないかと思われます。
学校は、親御さんの意見を尊重するより仕方がありません。でも果たしてその子は幸せなのでしょうか?通常級にいる限り、学習指導要領に沿った教科学習はして行かなくてはならないのです。担任ががんばっても障害児学級ほど個にあったサービスは受けられないのです。
御主人が「普通学級に入れば何とかなる」と思われる気持ちもわかるのですが、その子にとって学校が楽しく行ける場所はどこなのかという視点をお忘れにならないようにしていただきたいと思います。
長々とごめんなさい。ぽっぽさんのようなお母さんと日々接しています.名回答はできないけれど一緒に考えていきたい気持ちで仕事をしています。


(無題) 投稿者:伊豆っ子ちゃん  投稿日: 1月25日(日)11時05分8秒

この数日,においや音に対しての過敏さについてたくさんのご意見を拝見できたことは、私にとってよい意味で考えさせられ、息子に対してより柔軟に向き合えるような気持ちになれました。
音に過敏な人に共通するのは“間(ま)”なのかな?
息子を見て思いますが、うちの二層式洗濯機の水流切り替えが標準になっているときは一定の間隔で回ったり止まったりしていますが(これは問題なし)、ソフト水流にすると、少しだけ回ってからとまり、すぐに回りださないところに《疑問+苛立ち+不安→パニック》となるようです。
ソフト水流には滅多に切り替えないのですが、音に対する過敏さを説明するのには理解を得やすい事例だと思っています。
ファンヒーターにも独特の間がありますよね。
ピッとなってからすぐに点火するわけではない、温度センサーに待たされた挙句のビィーと響く不快な音・・今年はあえて出しませんが、使っていた時には私が、「ファンヒーター点けまーす!!」と叫び、彼に自分なりに防御&避難してもらっていました。
皆に当てはまることではないと思いますが、個々の持つリズムに合わないものはNG・・
私の幼児期にはエスカレーターやエレベーターなんてテレビの中だけのことだったけど、今は幼児期から乗れることが当たり前というか・・乗れないことは特別なことではないけど特別視されることもしばしばあるでしょう。

私たちがある程度大きくなってから体験することを生まれたときから求められている今の子供たち・・その差を縮めるために必要なのはやはり時間と支える人たちの愛情なんだろうなあ。
息子を見ていると、当たり前が恨めしく思えます。

本人にとっては不快な音や間でも、それが安全に稼動している証であると、まだ説明し、わかってもらえるには至っていません。
またご意見などをいただければ幸いです。


体調を崩してまして 投稿者:空音  投稿日: 1月25日(日)18時56分51秒

どうも体調が悪いと書き込みも粗暴になるようで、しばらくROMしてました。すみません。
(あまりにもめまいがひどいので、メニエールに使うお薬を短期的に飲んでます)
(発達障害の主治医いわく、自閉ちゃんの疲労症状だそうです)

先日のカキコの時、フラッシュバックを起こしていたんだと思います。
運動会で頑張ってピストル音に耐えているのに、それを「当たり前」だと言われたショックを
思い出してしまったのです。震えが来ました。
音や匂いに対する我慢も、頑張りも、工夫も、必要なことはするように心がけていますが
努力を努力として認めてもらえない辛さは、聴覚過敏以上なのかもしれません。

一生懸命喋っているのに、聞いてもらえない辛さも連鎖で思い出してもうたし(汗)
(私の言っていることの意味がわからないと、言われ続けた10代のことです)

こちらにいらっしゃるかたに、勇気づけしてもらったので、もうしばらくROMに戻りますね。
体調が良くなれば、カキコも平常に戻ると思います。

http://motom.pinky.ne.jp/


ありがとうございます 投稿者:ぽっぽ  投稿日: 1月25日(日)22時06分4秒

>豆やっこさん
教師の立場からのご意見、とてもありがたく読ませていただきました。

そうなんです。そういったことがとても心配なんです。
普通学級にこだわって不適合を起こしてしまったら…。
掛け算なんて出来なくていいから、簡単な引き算足し算位をじっくりと
身につけていってくれたら…と考えています。
生活のスベが何よりも優先しますよね。
わからない勉強を聞き流してただ時間だけ過ぎるより、
先々で身につくような手段(?)をマスターして欲しいなって思ってます。

今日も、とある大型スーパーでの子供向けイベントに参加し、
もっと小さい子がたくさんいる中で、ちびねこだけが話を聞かずに
マイペースで行動…。そこで私が、気を引けるように注意を促すと
一時的に戻るのですが、やはり気付くとマイペースに…。
旦那に「どう思う? こんな調子で普通学級で行ける?」と聞いてみましたが、
「仕方ないだろう!こうなんだから!!」と切れてしまいました。
彼にも、受容の時間が必要なのかな?
彼自身アスペであるような?本人も「自閉的である」と自覚しつつ、
でも自分がなんとかやってこれたので、
ちびねこもなんとかやっていけると思っているようです。
私も、時間がたてばなんとかなる…という気持ちでいた期間が
長いので、仕方ないかと思いますが。

しかし、旦那よりちびねこのほうがどう見ても奔放…。
もう少し時間をかけて、理解をしてもらえるように努力したいと思います。
そのためには、児童精神科での診断がクロであって欲しい…
おかしいかもしれませんが、そのほうがいいような気がしてしまいます。

感情論に走らずに、旦那にうまく理解してもらいたい。
そのためのアドバイスなど、小手先のテクニックでも(口八丁でも?^^;)
みなさま、ぜひご教授くださいね。


フラッシュバック 投稿者:ぽっぽ  投稿日: 1月25日(日)22時27分22秒

ちびねこはフラッシュバックが盛ん(?)で、しばしば涙ながらに
辛い思い出を語っておりますが、その中にはまだ言葉も出なかった頃のことも…。
その頃に無表情だったのに、しっかり場面も感情も残っているのですね。
「頭いいじゃん!」と思った私は、かなり親ばかでしょうか…? (^^ゞ

ちびねこも、運動会のピストルが大嫌いです。
綱引きでただ一人立ちすくみ、全く綱を持とうとしませんでした。
でも、それがピストル音のせいであるとわかったのは、その半月後のことでした。
町会連合の運動会で、未就学児の競技があり、母子で手をつないで走る…
その時にひとりごとのようにか細い声で「わたしこの音は苦手なの…」と
言いながら泣き出しました。
「ああ、そうだったのか。」と、一瞬私の体中がしびれました。
その競技はちびねこにとってつらかった訳ですが、
一緒にその場にいたことで「ピストル音がコワイ」ことが私の理解の範疇に入り、
とても良かったと思いました。

苦手なことは、ひとそれぞれ違う。「無理して当たり前」なんて…?

実は私の兄も、とても頭が良いアスペです。(未診断)
小学校時代の担任がとても無理解な人で、
今でも涙を流してその話をすることがあります。
授業中にその先生の誤りを指摘してしまったりたことが
とても怒りをかったようで、「異常」とまで言われたそうです。
そこまで児童を否定するような人が教師だったなんて?
逆に疑問に思ってしまいます。
教育ってなんなんだろうなって…。

周りの環境って、とても大きいと感じています。
理解の大きい環境に恵まれると嬉しいですね。
それは、子供のことのみならず、全てのことに通じることですが。


教師的メタ認知 投稿者:みたらし  投稿日: 1月25日(日)22時49分18秒

はじめまして。お団子好きの教諭です。

豆やっこさんへ。

>でも,親御さんはあくまでも通常学級のこだわられました。
>障害児学級に対する偏見をぬぐい去れなかったのではないかと思われます。

こういうケースは、少なくないと思います。障害をありのままに受け入れるためには、大きな決断が必要だったと、多くの保護者がおっしゃいます。それは、私たち教師にとっては、想像のつかない苦しみを伴うものであるのだろうと思います。でも、いったんこの苦しみを乗り越えてしまえば、保護者はもちろん腹をくくって明るい笑顔を取り戻すことができるし、子どもたちも、親から愛されていることを実感し、安心を手に入れることができるのでしょう。

障害に対する偏見は、「世間」が持つものと考えがちですが、実はその前に、保護者がそれを持ってしまっている。しかも、保護者本人は、そのことに気がついていない。わたしたちが日々直面している、とても困難な状況です。

ほかに兄弟姉妹がいらっしゃる時には、その子たちにも、差別的な態度が投影されてしまいます。保護者は「兄弟姉妹には、この子の障害を理解させたい」とおっしゃいます。「どうして、仲良くしてくれないのか」と・・・。しかし、保護者に偏見がある以上、兄弟姉妹に偏見を持って欲しくないと考えるのは、それこそ、大人の身勝手だなあ、と思い、悲しくなってしまいます。

こんなことを書いていると、「あなたが障害児の親じゃないからそんなことが言えるんだ」とお叱りを受けそうですが、それは承知の上です。あくまで、子どもたちの幸せを一番に考える、そういう「学校の先生」でありたいと思います。この掲示板を長い間ROMさせていただいていて、よけいに、そう思うようになりました。

ここにいらっしゃる方々は、皆さん腹が座っていて、とても爽やかに感じます。これからも読ませていただきます。いきなり長々とごめんなさい、失礼いたしました。


そうは言ってもね・・・ 投稿者:わらしぺまめちゃん  投稿日: 1月25日(日)23時52分13秒

久々のカキコのまめちゃんです。

>みたらしさま・豆奴さま

貴重な先生のご意見を頂いてとても参考になりました。

>障害児学級に対する偏見

についてご意見をお書きですが、逆に「通常学級に障害児がいることに対しての偏見」と
いうのも考えられない事はないでしょうか・・・。

一口に障害と言っても、その子一人一人、本当に個性と言ってもいいくらい症状は違います。
通常学級にいてこそ、「自分もがんばろう」と伸びていく子もいます。
必ずしも「障害児だから障害児学級」と言う考えは個人的にはいい感じがしません。

また、障害児教育の質の地域差と言うのも気になります。
(何時までも、校舎の外れにある他の教室と離れたところに障害児クラスを置くというのは
いい加減やめてほしいです。(そうではないところもあるでしょうが、私はお目にかかったことはない)体育館も別棟に建てるなんて学校もあるとか・・。それこそ税金の無駄使いです。)

「子どもの幸せを一番に考えられる学校の先生」とお考えならば、このような親もいるということをお察しください。
個人的には、どうか「この子がいると自分のクラスの評価の妨げになる」なんて思わず、「この子もいてこそ私のクラス」と思っていただけたら幸いです。

先生として、行政や教育委員会の方針等でいろいろな柵があると思いますが、こういう気持ちの
親もいるということです。(そのためには、家庭と学校の協力体制は絶対に必要ですね。)

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