1999年10月その1/5
うう、昨日、書き込めなかった分ですーー。 投稿者:ねむりん  投稿日:10月01日(金)00時10分50秒

昨日、書き込もうと思ったら、ハネられてしまったので、今書きますぅ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ちょっとサボってると、ログがすごい勢いでたまりますぅ。
ぜえぜえ。

よって、凄く前の話だけど、
>こくっぱさんちのおじいちゃん
素晴らしいおじいちゃんで羨ましいです。
やっぱりそう言ってくれる人が同居してると、全然気持ちが変わりますよねぇ。
こくっぱくんのお家の構成(笑)も、実は以前から「良いなぁ」と、チェック入って
ました。
しかも、「どんぐり拾い放題」とか、更に環境も羨ましいなぁ。ほんとに、遊びに行
きたい。(笑)

>謎のニャース。謎の犬。(笑)
ああっ。娘もやります。
歩いてる時とかにいきなり、「ピカチュウ!」とか、「だんご3兄弟!!」と
か………。
でも、彼女の場合は、「それが居る」って言うより、「言いたい!」って雰囲気か
なぁ。
だから、
娘「(何の脈絡も無く)アラレちゃん!」
私「アラレちゃんなの?」
娘「うん」
また、しばらくして
娘「たれぱんだ!」
私「今度はたれぱんだなの?」
娘「うん」
………こんな会話(?)が、しばらく続く事があります。(汗)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
しかし、今日の「こくっぱくんのおじいちゃん話」も、感動しました。
やっぱりそういう気持ちにならないと、ほんとはいけないよなぁ。
娘にもきゅうりをどんどん与えられるように。(笑)

(でも、以前、私も「なし」を剥こうとされた事がありました…汗)


わー!! 投稿者:ぴっぴ  投稿日:10月01日(金)15時35分01秒

これだけたくさんカキコが並ぶと一つ一つに頭を突っ込みたくても
亀の私には至難のワザです。
でも、ここに参加させてもらえてうれしいですー。


M○○!(←なんていれたらいいのですか?)
またまた情報をありがとうございました。
ペンギンさんのHPとても参考になりました。(でもむずかしいーーー)
そうそう、私がやった検査はあれでした。
母がうやむやだから、トーゼン結果もうやむやです・・・。うーん、こんなもんでしょうか?
佐々木正美先生の本は色々なところで推薦されているようなので、
「自閉症療育ハンドブック」ですよね、読んでみますね。
(でもなアー、この手の本は夫に秘密にしないとならないのがちょっと大変なんですウ。
家庭内平和のため。
ちなみにうちの夫なら、’視線が合わないことが顕著か?’の質問に対し、
「視線?合うだろ、そりゃあー」  と答えると思います(笑)
新米おやじさんの爪のアカをぜひともいただきたいです・・・(笑))

玲さん、
>言葉を理解するようになって、いろいろと興味の幅も広がってきたら、以前ほどには視覚優勢
>ではなくなってきたような気がします。
>前は、一度見ただけでばっちり記憶していたものですが、今はそれほど詳しく覚えていないよ
>うですから。でも、これって、
>いろいろなものが分かるようになってきたから、今までほど、視覚だけに頼らなくて良くなっ
>てきた、と言うことで、喜ばしいことじゃないかと思って見ています。

すっごくポジティブな考え方ですね。そうかあー。そういう見方大切ですよね。
でもほら・・’せめてもの特技’って要素も持っていた方がよかったのでは・・・?
なーんていうのは欲張りなのかしら?

あと、以前の話になりますが、
>将来はLDかなあっておもいながら見ています・・・
ってありましたが、そう思うのは早すぎるみたいですよ。
就学前の段階では、LDの可能性とか、LDだろう、としか言えなくて、
はっきりとは学校へあがってからでないと・・・と私も言われました。
私も最終的にはLDってなるかも・・とか、LDは併せ持つだろうな・・・とか
思うんですけどね。
だけどね、私の先生は言うんです。
あっ、病院の先生だけでなく、保健婦さんもSTの先生も・・・みんな同じなんだけど・・・。
要は、
いくら今から先を見越して少しぐらい早くから懸命に色々やったって
完全に防ぐことはできないんだから・・・。なるものは仕方ないって。
そしてお母さんに大切なのは、療育とかを懸命にやる立場ではなくて、
母親として優しく接してかわいがってあげることだよ・・・・って。



・・・妙に納得できる部分も最近はあるんです。
なんとかしなくちゃ、ではなくて、この子にはこの子なりにいくであろう成長の道が
あるものならば(あれ、これ・・ウルトラの母さんの言葉だっけ?)
私にできることは、ただそれに寄り添うことなのかな・・と。
うーん、M○○の考え方に似てきたかなあー。

だけど・・・それじゃあ早期療育が効果を上げるって考え方と相反してしまいますよね。
もし、ちびくまママさんやしまの母さんのおっしゃられるアメリカのような早期寮育のシステムが
充実していたとしたならば、この発想はうまれないのでは・・・?
だって、療育してくれる人が他にいて、ちゃんとサポートしてくれるっていうんですもの。
それならば、母は母の役割の方を十分にはたしますよ。
私がなんとかしなくっちゃ・・・と思ってしまえば、どうしても優しいお母さんの部分が
十分でなくなってしまう私・・・・
それが子供にとって、はたして幸せなんだろうか・・・・。

そんな気持ちをひきずりながら、megumiさんのHPを読みました。
まだ全部じゃないのですが・・・takumi君のところ以上にakaneちゃん
のページにくぎづけになりました。
そして、玲さんも言われているように、ご両親の姿勢にとてもとても感動しました。


本当に大切なことって何だろう・・をまた新たに考えています。


まあ!そうだったんですか。 投稿者:megumi  投稿日:10月01日(金)15時47分32秒

ちびくまママさん、Mさん、朝倉さん、ご訪問ありがとうございます。
とても嬉しいです。m(__)mペコ
Mさんのおっしゃるように
>統合教育に夢を託して入学はしたものの、加配の配慮もなく結局は担任ひとりに
>任されてしまい、不適応を起こしてしまったという子どもを何人も見てきたので。
統合の現実は「形だけ」のことが多いですよね。
実際、先生方は多忙で、どんなにその気があっても
障害児学級に状態の違う複数の子供がいて、
それぞれに必要なカリキュラムを組んで実行することは
物理的に不可能です。

就学前の教育委員会との攻防と
この春、介助員を突然リストラされたのをひっくり返したいきさつを
HPに書きたいのですが、takumiのことをクラスの皆さんに知っていただきたくて
URLを学級通信に載せてもらったりしたので
逆にあまり過激なことは書きにくくなってしまいました。
ジレンマですが、来春は弟が入学するのでtakumiに直接関わったり
障害児学級に関心のある先生以外にも、「自閉症」や「障害児の生活」を
知ってもらって、もっと学校全体で自分のこととして考えてもらうきっかけに
したいと思って…
担任がかわるたび、管理職がかわるたび、説明しなくちゃならないのは
たまらないけれど、その度に「協力者」を増やすつもりで頑張っています。
________________
こくっぱ君のおじいちゃん、ステキ
うちは今日、小学校が創立記念日で休みだったので、
子供会で芋掘りに行ってきました。
takumiは天ぷらを作るのだと張り切っています。はてさてどうなることやら…

http://village.infoweb.ne.jp/~tinker/


・・・疲れたぁ・・・・ 投稿者:ひいろ  投稿日:10月01日(金)16時39分54秒

今日は、療育センターの運動会でした。
想像通りにドラくんは体育館の中を、端から端まで走り回り、
イタズラはし放題、大騒ぎでした。
療育センターの部屋の中なら、目だけで追えばいいですが広い体育館だとそうはいきません。
ドラパパは親馬鹿カメラ小僧に変身してて、当てにはならんし・・
うちは、あと通っている幼稚園の運動会(こちらは園児ではないので、出場はできない)にも
行くし、その幼稚園か主催する未就園児の運動会にも行かなきゃならんのです。
私は、小学校の時から、体育はアヒルの学校で(2・2・2・・・グァグァ?)
逆上がりもまともにできない根性なしたったので、運動会って苦手。
Mさんもそんなこと言ってましたよねぇ。
それ以外にも、幼稚園の入園説明会やらいろいろで、イヘント盛り沢山です。
10月を生きて乗り切れるかどうかちょっと不安の母です。

☆ megumiさんへ

私も密かにお邪魔してました。
とてもお子さんたちを愛しく思ってらっしゃる気持ちが
ストレートにででいるホームペーシですよね。
私は、何でもちょっと斜めに見る癖があり、気恥ずかしくてスッと読み逃げしてました。

>担任がかわるたび、管理職がかわるたび、説明しなくちゃならないのはたまらないけれど、
>その度に「協力者」を増やすつもりで頑張っています。

やはりそうですか・・それが現実なのですね。
どこの学校へ入れても、それはついて回る現実なんでしょうね。
教師との出会いって運に頼るしかないのでしょうかねぇ。
いまのところドラは先生の運をもっているようですが。
私は、本当に先生との運がよく(こうゆう言い方するのかな?)
今でも尊敬している先生が5人以上いますが、
ドラパパなんぞは、「小・中・高」とろくな先生に出逢っていないようで
先生と名がつくものには、とても懐疑的です。
運だけでは、親としてはやっばり困るんですがね。


megumiさんへ 投稿者:ウルトラの母  投稿日:10月01日(金)20時12分48秒

ひいろさん同様、こっそりとお邪魔していました。

夜中にakaneちゃんのページを何度も何度も読み返しました。
先月、ろう学校のお友達で息子と同じ心臓病の女の子が逝きました。
きっと今頃はakaneちゃんとすっかり仲良しになっていると思います。
だから・・・淋しくなんかないよね。


ちょっと、 ひとやすみ 投稿者:M  投稿日:10月01日(金)23時09分01秒




                       
                                        Μ
              お茶でもどうぞ           ≡∵≡


わ〜い 投稿者:朝倉玲  投稿日:10月01日(金)23時15分18秒

さっそくお茶、いただきま〜す!
ごくごくごく・・・・・・・・・・ふ〜っ、おいしい♪

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


今更もういいかな 投稿者:akagumi  投稿日:10月01日(金)23時31分37秒

DSM−4(本当はローマ数字だけど、ローマ数字って文字化けするんだっけ)
のこと出てましたよね。
DSMの診断基準は操作的でその分類法は
疾患や障害の本質的な理解を深めると
言うよりは、用語の使用者間(精神科のお医者さんとか
そういうからみで訴訟とかになったときに弁護士さんとかが)
の意志疎通を促進することに重点を置いて作られているものだそうです。
では、私めもお茶などひとつ、ご相伴にあずかりまして。

そういえば、ビデオのせりふのまねをする子の話が出てましたよね。
私が2歳の頃からおつきあいしてた自閉症の子(今年度、普通学級にご入学)も
一時期、しまじろうのビデオのせりふを脈絡なく話していました。
そこで、その内容に沿って、質問課題を作って、
視覚的手がかりを徐々に与えながら、課題を
進めていったところ、質問に対して
適切に答えられるようになったケースが
ありました。
どんなものを見て、どんな風に言ってるのか
また、それが次の言葉につながっていくか
働きかけながら、反応を見ていくと
よいかもしれませんね。
行った


いろいろです。 投稿者:ピーチまま  投稿日:10月02日(土)01時05分32秒

akagumiさんへ
私の書きこみ方ちょっとキツク感じられたかな…
少し、いいわけを。
園で、「あ、この先生はちょっと違う」と感じていた先生がいるんです。
知り合いの人に聞いてみると、その先生には養護学校へ通っているお子さんがいるとの事。
そのため、障害について、かなりの勉強をしていらっしゃると言う話…。
それを聞いて、ちょっと複雑な気持ちになったのです。
先生方の仕事の実情は、素人の私が察する以上に大変なのでしょう。
でも、そんな中でも、もし自分の子供が障害児だったら…?

それと、私にはよくわからないのですが、
養護学校の先生と、小学校の先生って、まったく違った課程を経てこられるのですか?
私も、養護学校、地域の小学校の1年生のクラスと障害児教室と見学をさせて頂いたのですが
これがひとつの学校だったらなぁ…と思ったものですから…

小学校の校長先生が、「学校側としては精一杯やっているが、二兎を追う事は出来ません。」と
おっしゃった事が印象的でした。

megumiさんへ
私も昨日HPを読ませていただきました。
涙目で娘のお迎えに行って、先生に変な目で見られてしまった…

新米おやじさんへ
ピーチぱぱと児童相談所へ行った時、「お父さんがいっしょに来られるなんて、
すごく珍しい事ですよ。」と驚かれました。
良いことだ、と言う意味だったんで、調子に乗ってどんどん発言していました(^_^;)。


あう。(汗) 投稿者:ねむりん  投稿日:10月02日(土)02時12分48秒

●ピーチままさん
>先生方の仕事の実情は、素人の私が察する以上に大変なのでしょう。
>でも、そんな中でも、もし自分の子供が障害児だったら…?
耳が痛いですーーーー。(汗汗汗汗)
私自身が言うのもなんですが、実際、勉強不足のまま、情報を入手する事も出来ない先生は
多いと思います。仕事が大変というのもありますが、何しろ「情報の検索の仕方」すら、
わかんないままの人は多いはず。
私も、娘が居なかったら、こんなに「障害」について情報を探したかどうか………。
本当はこういう状態じゃいけないはずなんですけどね。プロとして。
うーー。せめて愚痴を言わせてもらえば、1校に1人、「障害児教育」の専門家が居れば、
大分違うんだろうけどなぁ。それは、「普通」の子供達にとっても、良い事になると思うし。
現在、「一見普通」の子供達でも、専門家のサポートが必要かもしれない子は多いです。
………なのに、人員削減なんかしないでよおぉぉぉ。石●都知事ーーーーっっっ。(八つ当たり)

>養護学校の先生と、小学校の先生って、まったく違った課程を経てこられるのですか?
実は、私が就職する時(もう10年前ですが)の面接で、こう言われました。
「小学校全科希望と言うことですが、盲ろう養護に配属される可能性もあります。
よろしいですか??」
………これって、今考えると、恐ろしい事ですよねぇ。
希望して「養護」に行く人は、自分から勉強しているかもしれないけど、私の後輩では、
「養護しか空きがないから」って言われて、しかたなく(すみません)行った人も居ました。
そういう先生ばっかりってことは無いと思うけど………。どうなんでしょう?。Mさん。

>私も、養護学校、地域の小学校の1年生のクラスと障害児教室と見学をさせて頂いたのですが
>これがひとつの学校だったらなぁ…と思ったものですから…
同感です。
各地域の学校で、発達の早い子も遅い子も一緒に活動するのが理想ですよね。
前述の通りこういう所に、予算ケチって欲しくないのになぁ。



ちなみに、今日はうちの娘も運動会でした。
去年と比べて、大分お友達と一緒に行動できてきて、ちょっと嬉しかったです。
娘は踊りやリトミックは大好きなので、演技はばっちりだし。(笑)
とにかく、音楽が流れてくれればご機嫌なので、見ていて安心できました。

…………でも、はしゃぎすぎて、夜に熱を出しました。(爆)
勘弁してよおぉぉぉ。やっぱり「ひきつけ」が怖くてしょうがないです。
やっぱり未だに慣れられない。こないだ異常派でちゃったしーーー。(泣泣泣)
はあ。では、これからまた、お熱を計ってきますぅ。しくしくしくしく。


声の悩み情報交換 投稿者:ロレンス  投稿日:10月02日(土)02時23分47秒

はじめまして、構音障害を検索してここへ来ました。
私は声の悩み情報交換というHPをつくっています。
よければ一度覗きにきてください。
掲示板にここのHPの紹介とリンクをさせてもらいました。
もし不都合があれば削除しますので連絡ください。

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Kaigan/1603/


ぴっぴさんへ 投稿者:朝倉玲  投稿日:10月02日(土)05時51分08秒

>でもほら・・’せめてもの特技’って要素も持っていた方がよかったのでは・・・?
>なーんていうのは欲張りなのかしら?

いえ、私だって、そう言う思いありますよぉ。(笑)
ただね、こんな話も聞いたことがあるんです。
人が持つ能力やエネルギーの量は、どの人間でもだいたい同じで、
ただ、それが現れるジャンルが違うだけだって。
視覚優位の子どもたちは、他の部分で能力が劣っている分、
それを補う形で、視覚能力が伸びたんじゃないかと思うのです。
目の見えない人たちの聴覚や触覚が鋭くなっていくのと同じように。

普通の子どもたちは、とりたてて秀でたところがない、凡人のような気がしますけど(笑)、
実は、あちらこちらの面でバランス良く自分の能力を配分しているのじゃないでしょうか。
だから、我が子の能力が飛び抜けなくなってきても、
それは別の方面に能力が振り向けられるようになってきた証拠だ、と・・・まぁ・・・
やっぱり私は根がポジティブですよね。(^_^;)

>あと、以前の話になりますが、
>>将来はLDかなあっておもいながら見ています・・・
>ってありましたが、そう思うのは早すぎるみたいですよ。

はは・・・Mさんにも同じようなことを言われてしまいましたね。(^o^;)
確かに、次男はまだ幼稚園や保育園にさえ上がっていないのですから、
今の状態を見て「LDになるのでは」と考えるのは、早すぎですよね。(笑)

どうも、私には最悪に備える癖があるのです。(^_^;)
それよりひどい結果が来なければラッキー。最悪の状態が来ても、
一応覚悟しているから、そんなにショックは大きくない。
精神的に予防線張っているのかもしれませんね。

次男がLDになって行くなら、それはそれで仕方ない。と思っています。
それが彼の持って生まれてきた道ならば。
でも、そうなったとき、少しでも集団教育についていけるよう、
今から訓練して行けることはないだろうか、
担任の先生に対してとるべき態度はなんだろうか、と考えてしまいます。
とりあえず、今は、次男と私、マンツーマンで工作や本を読むようなことを、やってみているところですが、
その状態なら、彼もあまり気を逸らすことがないようで、集中して作業に取り組みます。
けっこう嬉しいです。(*^_^*)

>なんとかしなくちゃ、ではなくて、
>この子にはこの子なりにいくであろう成長の道があるものならば
>私にできることは、ただそれに寄り添うことなのかな・・
>だけど・・・それじゃあ早期療育が効果を上げるって考え方と相反してしまいますよね。

そうですね。
でも、う〜ん、私は、「寄り添うこと=早期療育をやらない」ということではないと思います。
寄り添う、ということは、その子の現在の状態をありのままに受け入れることではあるけれど、
だからといって、その状態のままでよい、と放っておくことではないと思うのですね。
その子をありのままに見たときに思いつく手だてや、手段というのがあると思うのです。
その子に合わない療育をむりやりやらせたら、
どんなに良い方法でも、効果はないどころか、逆効果になりかねないでしょう。
その子に合った、有効な療育方を見つけられるのは、
やはり、「その子に寄り添っている親」なのだと思います。

そして、療育に関して、私はこう思っています。
その子の負担にならない限り、できるだけふんだんに、いろいろと与えるべきもの。
でも、その成果を決して子どもに強要しないこと。
愛情と療育をたっぷり与えていけば、いつか、もしかしたら、何かの成長につながるかもしれない。
そんな風に期待しながら、でも、最悪にも備えつつ、私は毎日を過ごしています。
あ、いえ、過ごしたい・・・と思っています。(^_^;)

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


お茶いただきまあす 投稿者:しまの母  投稿日:10月02日(土)11時33分14秒

ふう。(^ゝ^)子どもたちが寝てる間の一服は最高。ごちそうさま。

megumiさんへ
HP読みました。私も涙+寝不足で(一気に読んで気がつくと3:00AMで)朝娘のプリスクールに
ウサギの目で行きました。また読み切れなかったトコも読みに伺います。

ちびくまママさんへ
本の紹介、ありがとうございました! 早速さがして読んでみます。

質問です。
ムスコが物を噛みません。赤ちゃんの時から何でも呑み込んでいて、今でもご飯やパン類などは
なんとかくちゃくちゃやってるのですが、それ以外はすぐに口から消えています。この春、初めて
前歯で物をかみちぎることが出来るようになりましたが、舌で食べ物を前後左右に移動させながら
奥歯ですりあわせる、という高度な(?)事ができているかは、ご飯、パン類に関してもあやしい
ようです。どなたか、自閉症/PDDとこの咀嚼障害(このことばは一度だけ文献で見ましたが
言葉として載ってるだけだった)についてご存知の方、指導法のアドバイスなどありませんか?


○が4個事件 投稿者:こくっぱの母  投稿日:10月02日(土)11時56分14秒

ある夜の会話
パパ「2つで20円、ひとつはいくら?」
長♀(小2)「わからん」
かあちゃん「まだ÷してないのに、無理よ」
長♂(年長)「10円」
・・・・・一瞬の沈黙・・・・・
かあちゃん「2つで40円、ひとつは」
長♂「20円」
・・・・・不気味な沈黙・・・・・
長♂「800円には○が4個あるって、かあちゃんしっとる?」
かあちゃん「・・・・・」

長♂が異常に数字好きとは思っていたが、計り知れない思考形態に、
背筋が寒くなった一瞬でした。
そりゃあまあ、<800>には○が4個あるけど・・・・・・。
長♂もやっぱり視覚優位なヤツだったのねえ〜。


次は、お茶より お○が好い? 投稿者:M  投稿日:10月02日(土)12時28分38秒

ピーチままさん
>幼稚園、保育園、小学校に、障害についてちゃんと知識のある
>先生はあまり多くないで>すよね…
>クラスを持ってから>ゼロから勉強…って言うのはちょっと辛い…
>不安と言うよりも、不満です。
   
 (..;)(;-_-;)(¨;)A^^; (^_^;)
 えへへ・・・それは私です。
大学も教育系ではなく社会科学系。今は何の役にも立たないマ○クス、エン○ルス
おじさん達の本を読んでおりました。。。
    
 で、OL生活を数年した後 A^^;、教員免許を取得し教師に・・。
障害児教育どころか、教育原理、心理さえも、テスト勉強並の知識しかもたないま
ま教壇に立ってしまいました。
 現場で、教材やら、教科内容の研究やらも含めて必死で勉強をしA^^;
今、目の前にいるこの子達にはどんな指導が必要なのかというその日ぐらしの狭い
視野で毎日を過ごしました。。。
クラスに所謂障害児と言われる子がいた時にも、手のかかるやんちゃ坊主達の指導と
全く同じ感覚で、「手」はかけても、当然「手だて」は取れていませんでした。
 
 私は自分がもともと集団生活、行動っていうのが苦手なので、何かの行事や取り組
みを通してクラスをまとめていくっていうのができなくて、当然たどりついたのは、
「すべての子どもに確かな学力を!!」
っていう教師としては無難な道の入り口です。(^_^;)
算数は水道方式、国語は文芸研、理科は仮説実験授業・・等々、これぞと思うものに
は何でも喰い付いていったのですが・・。

 目につくのは、それでわかってくれる子より、それでもわかってくれない子。
そこで、やっと障害児教育にたどりついたのです。勉強を始めた時は、既に教師にな
ってから十年もの月日が経っておりました。A^^;


>私も、養護学校、地域の小学校の1年生のクラスと障害児教室と見学をさせて頂いたの
>ですが
>これがひとつの学校だったらなぁ…と思ったものですから…
  
 わたしも、いつもそう思います。確かに養護学校には立派な設備があるのだけど、
当面必要なのは、熱意と人的配置と教育内容。設備は、その次。
だから、大きな立派な養護学校が遠くにひとつあるより、地域に密着した学級、学校
が沢山あるほうがいいよねと、いつも同僚と話しています。
       

ねむりんさん
>「養護しか空きがないから」って言われて、しかたなく(すみません)行った人も居ま
>した。
>そういう先生ばっかりってことは無いと思うけど………。どうなんでしょう?。Mさん。

 以前養護学校の先生に
「どうして、養護学校を希望されたんですか。」
 って不躾な質問をしたことがあるのですが、その先生は
「だれにでも、エネルギーを本気で注げる対象ってあるでしょう? 向き不向きって言
 ってもいいのかも知れないけど。」
って、答えて下さいました。

 高校卒業段階で初めから障害児教育を目指してその課程のある大学に入るっていう人もい
るとは思うけど、その道一筋のakagumiさんのような人ばかりではないでしょうね、多分。
理念だけでは、厳しい現実には対処できません。
 逆に、いやいや行かされた養護学校(そんな人もいると思います。)でも、そこで現実を
見つめ、そこから勉強を始めて、すばらしい実践をつんでおられる先生は沢山います。
 そうでない人もいる? 否定はできませんが・・・・A^^;。



ところで、megumiさんちのHPで、
予想通り、うさぎ目さんたちの続出ですね。
いつも”偉い先生のHP”で勉強をさせてもらっている私ですが、それと同じぐらい親御さん
のHPも渡り歩いております。
                   <でも、まだ半分も見られてないかも・・。
もう一つ私が心惹かれたHPがあります。「自閉症の少女、真理子の世界へようこそ♪」です。
下にURLを書いておきますね。


ぴっぴさん
>M○○!(←なんていれたらいいのですか?)
  
 例えば、M(大姉)とか M(信女)とか?
                <わたしは、やっぱりご先祖様かいっ!! 

http://village.infoweb.or.jp/~fwhd7909/index.htm


わかった気がします 投稿者:ウルトラの母  投稿日:10月02日(土)14時44分55秒

MさんがどうしてMさんなのか。(なんのこっちゃ?)

Mさんの歩いてきた道のり、行き止まりだったり回り道したり。
試行錯誤で積み重ねて十数年なんですね。(数十年? わーっ怒らないでっ)

職業柄こどもの療育について情報を得ることが有利なMさんですら、長い時間を費やしている。
私たち母親がそれと同じ事をやっていたら、こどもはすっかり大人になってしまいますよね。
だから、こうしてヒントをちりばめておいてくれるのですね。

Mさんの目から見れば、「あっ、そっちに行ったら崖っぷちよ、こっちだってば」なんて
ココロの中で叫びながら、それでもグッと教えることを我慢してるんですね。
時々『遠い目』になっちゃうワケ、わかりましたよ。
最初から正解を教えてしまうのではなくて、答えにたどり着くように導いてくれていますね。
それが本当の意味の指導なんだなぁ、と感じています。

その「指導」という言葉を別の意味に解釈している先生もいますね。
どちらが好きか、どちらが自分にとってありがたいかは人それぞれでしょうね。
グイグイ引っ張って(もしくは背中を押して)もらって成果をあげ満足する事もあるでしょう。

この先、何人もの先生に出会います。(長男の担任も含めて)
「運」にだけ任せておくのは悔しいから、担任によって自分自身が左右されないように、
しっかりした考えを持っている人間でいたいです。


私が小学校4年生の時の担任の先生(当時20代後半だと思う)。
私はその先生がダイダイ大好きで、あこがれの女性でした。産休明けで、たった1年しか
教えてもらえなかった。
自分の希望で養護学校へ行くと聞いたとき、「どうして?」と思いました。
子供ながらに養護学校って大変なんじゃないかなぁと思いました。
でも「一生懸命勉強して念願かなって行くから嬉しいんだよ」って最後の挨拶で話して
くれました。
たった1年だけだったけど、私にとって一生忘れない先生です。
S先生は今もきっと子供達に囲まれていると思います。逢いたくなっちゃった。


(;゜゜)ウッ 投稿者:  投稿日:10月02日(土)20時48分20秒

ウルトラの母様
それは単なる勘違いでございます。。。

まあ、この道数十・・いや十数年、迷路でうろうろしているのは事実ですが。

>最初から正解を教えてしまうのではなくて、答えにたどり着くように導いてくれていますね。
>それが本当の意味の指導なんだなぁ、と感じています。
 
オイオイ、御先祖様の次は御導師様・・合掌。
(・・? 
単に正解がわからないだけだったりして。。。
1+1=2だけど、
1+1=2−2+2かな・・とか
1+1=4÷2かな・・とか考えてしまう。

要するに、私も、
「そこ、右に曲がって!!」
って言われたら、左の道も覗いてみたくなるへそまが・・いや好奇心旺盛なウルトラ母さん
と同じタイプの人間なんでしょう、多分。


皆様 投稿者:megumi  投稿日:10月02日(土)22時49分34秒

ご訪問ありがとうございます。
おいしいお茶でした。ごちそうさまです。 ( ^‐^)_且~~

先生だけでなく、お医者様も大学では「障害児」についてはほとんど教わらないと言う
メールをいただいたことがあります。
そんな状況の中でも、であった「障害児」のことを親身に考え、
学び、実践し、親を支えて下さる先生もたくさんいらっしゃると思います。

子供のありのままを受け入れたときに、かえって早期療育が重要になるとは
言えないでしょうか。外界のことが解らなくて混乱し、不安になったり、
自分の鋭敏な感覚をもてあましていらだったり、そう言う苦しみを
少しでも軽くするための療育を小さい頃からしていくことで、
「最良の状態」を手に入れることが出来るのなら。

子供の状態を「異常」だからと「治療」する、「完治」を目指す早期療育には
賛成できませんが。

真理子さんのお母様は今どうしていらっしゃるのか、
少し心配になりました。

http://village.infoweb.ne.jp/~tinker/


ふふふ 投稿者:朝倉玲  投稿日:10月02日(土)22時54分54秒

Mさんなら、そんな風に反応するような気がしていました。
予想通りのレス。(^^)
やっぱり、私たちのMさんですねぇ。
私は、「導師」にも「尊師」(笑)にもいたしません。
Mさんは、私のお姉さんです。だぁいすき!\(^o^)/

私の大学にも、一度社会に出てから、職場を辞めて、大学に入ってきていた男性がいました。
そういう人は、高校からストレートで入学してきた学生たちの何倍も現実的で、意欲的でした。
先生になる、ということを地に足つけて考えていたから。
すごく尊敬していました。今でも忘れられない人です。

私は自分の適性を考えて、大学卒業するときに採用試験を受けなかったのだけど、
今なら・・・次男と毎日接している今なら、あの頃よりずっとましな先生になれる気がします。
でも、この年齢になってしまっては、もう採用試験に通る可能性はゼロなのよねぇ。(苦笑)
ま、現実問題、体力的にもう子どもたちについていけなくなってきている気はするのですが。
あれはやはり、若いうちのものですね。(^_^;)

以上、恒例の(?)「職員室での会話」でした。(笑)

○こくっぱの母さん
 長♂くんも、なかなかやりますねぇ。
 数学的センスがありますよ。
 「8には○が4つある」というの、たしか、以前数学クイズかなんかの本で見かけたことがあります。
 将来が楽しみかも。(^^)

ところで、うちも明日、長男の小学校の運動会。
次男は、幼児宝拾いというのに出ます。
途中でお菓子のは行った袋を拾ってゴールするだけなのですが、
最近「よーいどん」が大好きな彼なので、きっと喜ぶことでしょう。
喜びすぎて、宝を拾い忘れるかも・・・?(笑)

http://village.infoweb.ne.jp/~asakura/


しまの母さんへ 投稿者:ひいろ  投稿日:10月03日(日)00時50分20秒

>ムスコが物を噛みません。赤ちゃんの時から何でも呑み込んでいて、
>今でもご飯やパン類などはなんとかくちゃくちゃやってるのですが、
>それ以外はすぐに口から消えています。

ドラの通っている療育センターには、摂食指導があり、ドラは全く問題はないのですが
一緒にいた他のお子さんが全く同じだったで、参考になれば・・・

先生いわく、「お母さんは少し大変かもしれないけど、食べ物を大きめに切って
少しずつ噛み切らせて食べさせる練習をした方がいい」と言ってました。
噛み切る訓練をしないと、やはりなかなか覚えないそうです。
発達の遅れた子供は、摂食に問題があることが多いです。
丸飲みをする。口に入れては、出して物を確認し、なかなか食べない。偏食。
基本は「親は手抜きをして食べ物を大きく切る」とよくいわれます。
それで全てが解決するわけではないですけど・・・

ドラが固いバン(ボンデケージョというチーズ味のバン)を上手に食べてたら
「バンが食べれるなんてうらやましい」なんて言われてしまって・・・
この子は唾液の量も少なく、バンは恐くてあげられないそうです。
やはり人それぞれなので、一概には当てはまらないかもしれませんので
参考程度に聞き流しておいてください。

P・S  お茶まだ残ってます?
     秋深しなので、今度はコーヒーがいいなぁ・・・




あ。うちのもです。 投稿者:ねむりん  投稿日:10月03日(日)01時44分38秒

>食べ物を噛まない
……これに入るかどうか分からないんですが、娘はときどき、パンなどを口の中に溜め込んでしまい、
ずーーっとそのままで居る事があります。
「噛んで」って言っても、その言葉が「噛む」って事だと分かんなくて泣いてしまうので、随分
困りました。
今は、口に指を入れて(汗)ちょっとかきまぜてあげると、ちゃんと食べられますが。
何か原因があるのかなぁ。

ちなみに、娘は固いものは大好きで、フランスパンだろうが、煮干しだろうが、ばりばり食べます。
要は、溜めちゃうのは、「嫌いなもの」なんですけどね。ただ単にわがままか?(汗汗)。


ROMだけで・・ 投稿者:ぴっぴ  投稿日:10月03日(日)06時39分51秒

時間がかかってしまうほどたくさんの情報量・・・恐るべし!!
のんびりしていると過去の話題になりそうですね。

akagimiさん、
DSM−4の件、突っ込んでいただいてありがとうございました。
>DSMの診断基準は操作的でその分類法は
>疾患や障害の本質的な理解を深めると言うよりは、用語の使用者間(精神科のお医者さんとか
>そうういうからみで訴訟とかになったときに弁護士さんとかが)
>の意志疎通を促進することに重点を置いて作られているものだそうです。

ちょっとわかったようなわかんないような私なんですが・・・、検査の時の先生の態度
(すごく悩んで答える私に、まあね、一応やってみただけだから・・・みたいな、
 これ、そんなに重要じゃないんですよーっぽい態度だったのが納得できた気はします。)
ありがとうございました。また教えてくださいんね。

玲さん、
いつもながら玲さんの鋭い考察には感心いたします。
>視覚優位の子どもたちは、他の部分で能力が劣っている分、それを補う形で、視覚能力が伸び
>たんじゃないかと思うのです。
>目の見えない人たちの聴覚や触覚が鋭くなっていくのと同じように。

確かに!!そうかもしれないですよね。ほんとだ。そう思えば不思議はないですよね。
そういえば・・・この間、上の子が借りてきた「ヘレンケラー」にもそういう供述って
ありましたよ。偉大なヘレンケラーと一緒かもしれない・・・フッフッフッ。


>でも、う〜ん、私は、「寄り添うこと=早期療育をやらない」ということではないと思います。
>寄り添う、ということは、その子の現在の状態をありのままに受け入れることではあるけれど、
>だからといって、その状態のままでよい、と放っておくことではないと思うのですね。その子
>をありのままに見たときに思いつく手だてや、手段というのがあると思うのです。
>その子に合わない療育をむりやりやらせたら、どんなに良い方法でも、効果はないどころか、
>逆効果になりかねないでしょう。
>その子に合った、有効な療育方を見つけられるのは、やはり、「その子に寄り添っている親」
>なのだと思います。

その子に合った、有効なかつ具体的な療育方を見つけられなくていつも悩んでいる私です。
たとえば玲さんの場合、それは何なんでしょう?さしつかえなかったらぜひ教えてください。
たとえば私の場合、そうですね、一番心がけていることは子供に楽しい思いをさせること。
で、外遊び大好きな子なので、夕方はひたすら(今だと6時ちかくまでかなあ)
一緒に外であそびます。なるべく友達との関わりを学ばせたいから周りの子もなるべく一緒に
・・・。上の子の時ならいざ知らず、これが結構大変なのですが、少なくとも子供の目が輝いてる
ひとときが感じられて私はうれしいです。
でも・・・これって特別な療育でもなんでもないじゃないですか。
これでどうにかなるってわけでもないし・・・。
何かやることが・・・っていう気持ちにだれも答えてくれないので悩みます。
皆さん、どんなことをやっているのでしょう?

で、megumiさんの言葉に
>子供のありのままを受け入れたときに、かえって早期療育が重要になるとは言えないでしょう
>か。外界のことが解らなくて混乱し、不安になったり、
>自分の鋭敏な感覚をもてあましていらだったり、そう言う苦しみを少しでも軽くするための療
>育を小さい頃からしていくことで、
>「最良の状態」を手に入れることが出来るのなら。
とありましたが、同感です。
ありのままに受け入れるためには、何が問題なのかの知識や情報が必要になると思います。
それを示して欲しいと思っているのに、いつも様子をみましょうですまされるのは
苦しいです。
でも・・・
>職業柄こどもの療育について情報を得ることが有利なMさんですら、長い時間を費やしている。
>私たち母親がそれと同じ事をやっていたら、こどもはすっかり大人になってしまいますよね。
>だから、こうしてヒントをちりばめておいてくれるのですね。
そう、Mさんと皆さんに助けてもらいながら、自分なりに考えていきたいです。


朝倉流療育法? 投稿者:朝倉玲  投稿日:10月03日(日)16時28分50秒

>その子に合った、有効なかつ具体的な療育方を見つけられなくていつも悩んでいる私です。
>たとえば玲さんの場合、それは何なんでしょう?さしつかえなかったらぜひ教えてください。

と、改めてつっこまれると困る私だったりして・・・(^_^;)
実をいえば私は、「○○法」と名の付く療育法は何一つやったことがないのです。
私がやっているのは、ピッピさんがやっているのと同様、普通の子育てを拡大しただけのものです。
次男の好みそうな絵本を見つけては、読み聞かせて、
その世界の「ごっこ遊び」を始めたら、こちらもそれに乗って、一緒に楽しんでやる、とか
初めから「できない」と決めつけずに、やりたがることは挑戦させてみる、とか
まわりに同年齢のお友だちがいないので、子育てサークルなどに毎週連れ出す、とか・・・
とにかく、次男の喜んでやりそうな方法で、できるだけいろいろな体験をさせよう、と考えています。
先日は、電車と新幹線を乗り継いで、私の実家まで連れていってみました。
自家用車で行った方が、時間的にも経費的にも楽なのだけど、大変でもやってみて良かったと思っています。

言葉に関しては、自分の元の職業(小さな子どもに英語を教える仕事)を、日本語に拡大したところが大きいです。
初めは、ゼスチャーでも何でもよいから、次男の意志表示を読みとることに専念して、母子関係を強化し、
(つまり、『お母さんになら、ぼくの気持ちはちゃんと分かってもらえるんだ』と思ってもらえるようにして)
次に相手の意志表示を正しい日本語でこちらが言い換えてやるようにし、
(コップを指さしたら「ああ、お水が欲しいのね」といって水をくんでやる、という具合に)
その後、発語を待つ、発語を促す、正しい表現の日本語になるよう、無理のない程度に修正する、
という段階を踏んで、言語発達を促しています。
akagumiさんがおっしゃっていたように、子どもがある場面を思い出して独り言を言っているのを利用して、
その世界に私も入り込み、発展させたこともあります。
これなら、言語面での療育と言えるかもしれません。

どの段階でも、本人が嫌がらないように、楽しい雰囲気でできることを第一に考えています。
だって、そうですよね。
基本的に、「話す」と言うことは「楽しい」ことのはずですもの。
無理やり発語訓練させても、それが苦痛だったら、話したくなんてなくなるだろうと思うのです。
ただし、これは我が子のタイプをみて、そう判断したことで、
他のタイプの子には、少し無理になっても、しっかり訓練した方が良い場合もあるでしょう。
そのあたりが、「子どもに寄り添って」判断する、ということだと思っています。

それと、生活すべてが療育につながる、というのが基本信念かなぁ。
誰かも以前ここで書いていらっしゃいましたが、療育といっても、特別なことじゃないような気がするのです。
基本は、普通の子育てと同じことだ、と。
少なくとも、私たち母親、父親は、その態度でよいだろう、と思うのです。
(専門家はまた別でしょうが。ね? Mさん、akagumiさん・・・笑)
ただ、我が子は普通の子どもたちより、ちょっと多めにハンディキャップを持って生まれてきているので、
それを補うように、普通よりちょっと余計に手をかけたり、
普通の子には必要ないような配慮をしてやったり・・・
要は、そう言うことが療育なのだと、自分では思っています。
もちろん、人によって、いろいろな考え方があるとは思いますが。(^^;

こんなんで、参考になりましたか? ぴっぴさん。

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京都も・・ 投稿者:M  投稿日:10月04日(月)07時35分58秒

一気に秋・・。
一昨日までは半袖のTシャツ1枚で
「暑い暑い。」
と言っていたのに、昨日は長袖の2枚重ねという人が目立ちました。

昨日は朝から久しぶりに娘に連れられて遠出。
夜もバタンキューとお布団に倒れ込んでしまいました。

ふんふん、療育と子育てねぇ。
共通する部分もあるけど、それぞれの独自の役割の部分もあるのかなぁ。
お○○から帰って来て又、思いをまとめてみますね。
          <また、意味不明の長文を書きそうな予感・・A^^;


やる気が大切よね 投稿者:こくっぱの母  投稿日:10月04日(月)14時49分40秒

 運動会でした。かけっこも、障害物競走も、その外なんでも人並み以上にできるこくっぱ・・・
 でも、自分の出番か待つ時間かなんて、さっぱりわかっちゃいない!
 障害物競走は、最初にヨーイドン。「上手にできたねえ」と誉める先生を無視して、またスター
トにもどり・・・3回もやってしまいました。気に入った競技なら勝手に出ていって、いっしょに
やってしまう。それも上手にするので、思いっきりうけて・・・。で、閉会式を待たずに爆睡。他
の子の何倍も出場するので、思いっきりくたびれはてたのでした。夜は、ご飯も食べず、風呂にも
入らず6時に寝てしまい、今朝は5時起床!嵐のようなヤツです。

朝倉さん、同い年だったんですねえ。でもちょっと私の方が年下です。
>どの段階でも、本人が嫌がらないように、楽しい雰囲気でできることを第一に考えています。
>だって、そうですよね。
>基本的に、「話す」と言うことは「楽しい」ことのはずですもの。
大賛成です。
人間、目的のないガマンや、訓練が身につくとは思いません。
自分を振り返っても、やる気のない事はしませんでしたもん。
やっぱり、障害があろうとなかろうと、しゃべろうと思わなければ、しゃべれませんよねえ。
どんな手段を取ろうとも、しゃべりたい気持ちを育てるのが、一番大切なのでは。
うちのこくっぱは、言葉では難しいのですが、ジェスチャーでかなり意思表示をするように成りま
した。「して欲しい事がいっぱい」あると、一生懸命動作で、最近は言葉でも表現しようとしてい
ます。だから、「して欲しい事をいっぱい」作る事が、我が家の療育といえばそうかなあ、と思っ
たりします。・・・・・かなりいいかげんな方法だったりして。


はらら・・・ 投稿者:朝倉玲  投稿日:10月04日(月)16時21分20秒

こくっぱの母さん、同い年だったのですか?
絶対、そちらの方がお若いと思っていました。(根拠はなかったけど・・・笑)

英語を教えていたとき、文法や単語を教えることより先に、
話したい内容を自分の中に育てることが大切だ、と
講師仲間と話し合ったことがあります。
日本人は、その、話す内容を持たないまま、ただ英語だけを学ぼうとするから、
いつまでたっても外国で本当の会話ができないのだ、と。
それって、日本語にだって言えることですよね。

英語のテストの点数が良くなったり、長文英語がすらすら言えるようになったりする、
そういう英語教室ではなかったから、
お母さん方になかなか理解してもらえなくて、いつも閑古鳥の鳴いてる教室だったけど、
今になって、とても大事なことを学ばせてもらってきたんだ、と思っています。(*^_^*)       

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療育と子育てその1 投稿者:  投稿日:10月04日(月)20時32分09秒

 療育って何かなという話が少し前にありましたね。
「一人ひとりの子の弱い部分を補ったり、それに代わる強い部分の成長発達を促したりす
  る独自の治療的プログラム」
っていうのが私の勝手な解釈です。

ぴっぴさん
>一緒に外であそびます。なるべく友達との関わりを学ばせたいから周りの子もなるべく一緒に
>・・・。上の子の時ならいざ知らず、これが結構大変なのですが、少なくとも子供の目が輝い
>てるひとときが感じられて私はうれしいです。
>でも・・・これって特別な療育でもなんでもないじゃないですか。 

玲さん 
>誰かも以前ここで書いていらっしゃいましたが、療育といっても、特別なことじゃないような
>気がするのです。基本は、普通の子育てと同じことだ、と。
>少なくとも、私たち母親、父親は、その態度でよいだろう、と思うのです。
(専門家はまた別でしょうが。ね? Mさん、akagumiさん・・・笑) 

で、療育と子育ての関係について、玲さんのリクエストに応えましてA^^; M流に勝手に解釈し
て書いてみます。

 療育では、一人ひとりの子の弱い部分、強い部分を明らかにし、そこへの直接的なアプロ〜チ
をする方法と、それも視野に入れながらの全体的成長発達を目的とする保育的形態の療育の二種
類があるのかなと思います。前者は個別指導、後者はグループ指導の形式を取っている事が多い
ようです。

 弱い部分の補いとしては、発音に課題のある子には構音訓練、マヒがあれば機能訓練、知覚統
合や協応運動が困難であれば感覚統合訓練等々ありますね。聴覚や視覚の認知力を高めるための
プログラムも療育って事になるのでしょうか。語彙力や表現力を高める事に的をしぼった療育っ
ていうのも当然ありますね。
 一方、それら弱い部分の力に代わる強い部分の活用という視点の療育と言えば、聴覚認知の弱
い子には優位な視覚認知(絵、シンボル、文字)の力を活用させたり、ことばや場の状況の認知
の弱さをもつ子には記憶力を活用させるといった形で言語指導をするといった事もこれに入ると
思います。そうです、akagumiさんも書かれていた、絵本などの記憶している文と似たたような
状況を設定し、会話の場でそれを活用させてみるといったような指導ですね。


療育と子育てその2 投稿者:  投稿日:10月04日(月)20時33分27秒

それでは、本題の A^^; 子育てにおける療育的役割って何かなということですが・・・。

IEPの作成やTEACCHやABA(応用行動分析)に見られるように、すう勢から言えば、親も療育に
積極的に関わっていくというのが本流にはなっていくような気もします。(ノースカロライナの
TEACCHのビデオでも父親が療育の場と同じように家でマッチング等の練習をしている場面が出て
きます。)
 2年ほど前にそのビデオを見た時は、違和感を感じながらも、まあ、たまには家でもそんな場
面もあっていいかなという程度の感想でしたが A^^; ぴっぴさんの言われるように、その時、
子どもの目が輝いている(or居心地がよさそう)かどうかがその是非の目安になるのかなって
気もします。いや、輝かせるように持っていくというのが本当の意味の実のある療育なんでしょ
うね。でも、生活者としての親が実際問題としてそれだけのエネルギーを費やすことができるの
か疑問は残ります。  
 でも、感覚統合的療育の意味合いで見れば、家庭での療育もそれほどの違和感はないですね。
公園にも家にも子供の興味をそそる遊具(=療育の道具)がいっばいです。滑り台、ブランコ、
トンネル、砂場、三輪車、お絵描き、粘土、ブロック・・。
ある特定の知覚に弱さがある子供たちには、初めは苦手なものも多いかもしれません。
でも、
「今はどこまでやらせれば良いのか。」
「どこからは強いる事はやめなければならないか。」
そこを見極め、次第に遊びの幅を広げていくよう援助するのはきっと、お母さん方の一番得意と
するところでもありますね。これらは遊びでありながら、実は療育的意味合いも濃いものでもあ
るわけですよね。
 日常的な楽しい遊びの中での感覚統合の力の伸長、いつのまにか動作の協調性がよくなってきた
り、知覚の過敏、あるいは鈍感さから少しずつ脱却できたり・・。何よりも、遊びを通じて情緒
も安定し、自信も育ち・・と、まあ、そんなに速効性はないにしても、それらの遊びには療育的
な要素が沢山含まれているということだけは確かですから。。。
これも少し前のここでの話題ですが「母親は最強の療育者になりうる」というウルトラの母さん
の名言の所以もこういう事だと思っています。
 
 「見ること、聞くこと、触れること、におうこと、手足を動かすこと・・・」 
これらは、赤ちゃんが自分の回りの”世界”を学ぶ時に辿っていく道、手段ですね。抱いてもら
ったり、ゆらしてもらったりする中から、重力を感じたり平衡感覚も育って来たりもするそうで
す。 
 感覚刺激の受け入れに問題のある子には、触られることが、いやな子供もいます。大きな音や
特定の音を嫌う子供もいます。音に注意を払おうとしても、雑音が気になり集中できない子もい
ます。それらの反応を、問題行動としてではなく、知覚や認知の弱さに起因するその子の特質で
あることに気がついてあげることが大切ですよね。それを一番よく知っているのはお母さん、お
父さんです。
 事それに限らず、親は遊びや日常の子育ての中で、子どもが安定できる状況をつくったり、不
安な状況を避けてくれたりする、子供にとっては一番大切な存在です。
結局は、それが、親が直接的な療育アプローチをする事以上に、大きな役割でもあり、療育の専
門家にはとても手の及ばないところでもあるのではないでしょうか。

              ふーーっ、また書いているうちに、論点がずれたような。。
                                       (*^^*)


つまさきだちが・・・ 投稿者:ゆめまま  投稿日:10月05日(火)00時50分29秒

うるうる・・・じゅる。
megumiさんとこからかえってきたところです。

akagumiさんの以前おっしゃていたしまじろうをそのまま真似する自閉症の子って
娘のことのように拝見しました(笑)
久しぶりに開けると山のような情報量!はあ、はあ、追いつけないようー。

さて、食べ物を噛まないというのがありましたが娘はパンやおにぎり、からあげなど
塊になっているものは”ちっちゃくしてー”といいますが、やっぱりこれは
あまえてるだけだなあ。はい。だってお菓子関係は誠に素早くイケるし。
でも、偏食はひどくて火・木のおべんとうは本当にお決まりのものばかりで
むなしい限りです。

娘は、単語はかなりでて、2,3語分でてますが相手のいる会話(や質問)など
ほとんどできてません。たまになにかきかれて一言くらいはかえせたりするけど。
で、人には話し掛けたり思ってる事や感じたりすることも最近では言えるようになりました
がやっぱりどちらかの一方通行です。これでも幼稚園に入って半年で目覚しい進歩・・・。
絵本やビデオの場面の再現のごっこ遊びにも少しずつですがアレンジはいってきたし
落ち着きも以前よりは(といってもパニックになるとまだ訳わかんない事いってる)・・・。

で、最近すごく気になるのは”つまさきだち”です。
伝い歩きのころから現在に至るまで、ちょっと緊張したり嬉しかったり
こころの変化みたいなときになってて、ぼーっとしてるときはさほどでも
なかったのですが、いまは立っているとき、歩いてるときのほとんどを
つまさきだちでいます。前よりかなり高い頻度です。
平衡感覚が悪いためとか、自閉症との関係とかききますが
情緒も言葉も少し明るい兆し・・・と思っていただけに不安が。
Mさん、akagimiさん、みなさん、何か情報はありませんか。
おねがいします。

よく幼稚園のお母様方に”まあー。バレエでもさせたら?”なんて言われて
苦笑いです。


つまさきだちについては 投稿者:ちびくまママ  投稿日:10月05日(火)10時05分35秒

ここのサイトに情報があります。

○お母さんのための感覚統合療法
http://home4.highway.ne.jp/matsu1/kayano_si.htm

その他、こだわりや癇癪、ことばの遅れ、立ち姿勢、座り姿勢などの
問題について、感覚統合の見地から解説してあり、自閉傾向の
お子さんについては、思い当たることが多いのではないかと思います。


うーん、療育!! 投稿者:ぴっぴ  投稿日:10月05日(火)15時03分46秒

玲さん、突っ込みに対してたくさんの返答をありがとうございました。
突っ込まれると困る、とおっしゃられながらこれだけ書けるところ・・・さすがですー。

私もできるだけ色々なことをやらせようと考えています。
遊びに限らないのですが、バリエーションが広がることがうちのこの課題の一つだと、
寄り添っている(?)母としては思うので、まずは基本の’遊び’が大切だと思うんです。
でもそれって、もっとも大変なような・・・・。
ほっておけば本人の遊びの範囲が狭いので、私が誘ったり、示したり、教えたり・・・。
それには、同年代の子がどんなことをどんなレベルでやっているかも大いに観察
する必要もありますし・・・。
(毎日公園で夕方までかけまわっている私は、そんな時間や体力があっていいわねえー!と、
うらやましがられています。(笑))

あと、
>生活すべてが療育につながる、というのが基本信念かなぁ
とありましたが、私は、生活すべてを療育につなげる!という信念でやってきました。
そのせいかどうかはわからないのですが、こどもは随分成長してきました。
でも、ここへきて、正直それはまちがいだったかな、と思うんです。
だから今・・どうしたら前へ進めるか、どう修正しようかと考えています。
私の場合はですが、Mさんの書かれているように
>生活者としての親が実際問題としてそれだけのエネルギーを費やすこと
に疑問を感じはじめました。

>日常的な楽しい遊びの中での感覚統合の力の伸長、いつのまにか動作の協調性がよくなってきた
>り、知覚の過敏、あるいは鈍感さから少しずつ脱却できたり・・。何よりも、遊びを通じて情緒
>も安定し、自信も育ち・・と、まあ、そんなに速効性はないにしても、それらの遊びには療育
>的な要素が沢山含まれているということだけは確かですから。。。
Mさんのこのお言葉。これは感じます。すっごく。
さてそれ以外の(Mさんの論じられるような)専門的な療育というと・・・
センターなどがない私の地域では望むべくもなく・・・・

それでも玲さんのように自信をもって突き進むには、まだまだ時間がかかりそうな私です。


どうしよう・・・ 投稿者:ひいろ  投稿日:10月05日(火)17時32分58秒

今日、療育センターにある単独通所の見学がありました。
ドラくんは、幼稚園に通う予定なので単独はあまり関係ないのですが、
自閉症の場合は発達が退行する場合もあるそうで
その時には、単独通所も範疇に入るので一応見学してきましたが・・
これが、思っていたような所ではなくて・・・
まず、当然個別指導がたくさんだと思ってたのですが、
これは月1回だというのです。
月1回というのは、幼稚園に通っていても外来として診てもらえるので
条件は全く同じになります。
あとは、噂には聞いていたのですが、単独であっても月に何回かは母も行かなければならず、
職業をもっているお母さんは事実上入れないそうです。
ドラの通っている幼稚園に、自閉症のお子さんがいて、そのお母さんと話した時、
家は自営業なので入れなかったと聞いて本当なのかなと思っていたら本当でした。
担当の方が言われた言葉が、
「お子さんの事を一番に考えればお母さんは一緒に来られますよ」とか
「ただ預かるだけなら、保育園がある」」とか言われて(発言者は男性です)
私には「障害者を生んだんだから、お母さん他の事は考えるのはやめてください」って
聞こえてしまって・・・
私は、専業主婦なのでムカつくのは筋違いなのかもしれないけど
障害者を抱えている人は、働いてはいけないなんて考え方、おかしくありませんか?
そのお母さんは本当は入れたかったんです。でも、あきらめたんです。
う〜〜〜〜やっぱムカついてきた。

母子通所の先生や専門の先生達はとても親切だし、強制はしないし、
とっても気に入ってるんですよ。
だから、単独にはもっとプロの集団がいるのだろうと思ってた分だけ
がっかりしてしまいました。

ドラが発達が退行しても単独には入れるつもりはなくなりました。
でも、本当に退行したらどうしよう・・・また探さなくちゃいけないんでしょうか?


・・・似た経験有ります 投稿者:ウルトラの母  投稿日:10月05日(火)23時52分17秒

>私には「障害者を生んだんだから、お母さん他の事は考えるのはやめてください」って
>聞こえてしまって・・・

ろう学校の母子教室の開所式の日、教頭先生のお話がありました。(校長は所用で不在)
話しの中盤で、「世間一般には子供を幼稚園に入れた途端、さあ働くぞというお母さんが
いますが、ここへこられるお母さんの中にはそういう考えをお持ちにならないように・・・」
と言いました。
母子教室は週に2〜3日、半日です。ここへも働いているお母さんは通えません。
そういう方は「教育相談」という形で不定期に来られています。
幼稚部は週3日です。朝9時頃より3時まで、子供は教室に、母は別室待機です。
専業主婦にもキツイですよ、これ。

ウルトラが生まれて、長男に淋しい思いをさせていた時、ある医師は「今はこの子の事だけ
考えてあげて」と言いました。高速すっ飛ばしての面会のため、交通費だけで月10万円は
かかり経済的に苦しい時も「今は借金をしてでも」と。
私、医師の前でわぁわぁ泣きました。
「この子のためにはそれが一番かもしれない。でも、家族だって生活だって大切なんです。
それを犠牲にしてしまったらこの子を生んだことを後悔してしまうかもしれないです」


>「お子さんの事を一番に考えればお母さんは一緒に来られますよ」

本当にそうでしょうか。働かざるを得ない家庭だってあるじゃないですか。
どうして追いつめるような発言をするのでしょう?
一緒に来られないのは子供のためを思っていないからだとでも言うのでしょうか?
ろう学校でも「週3回は増えることはあっても減らすことはできない」と言います。
それに通えなければ指導はできないと。
なぜもっと柔軟な対応ができないのでしょう?
入りたいのに入れない。教育(療育)にそんな差別があっていいのでしょうか?


療育と子育てについて 投稿者:ウルトラの母  投稿日:10月06日(水)00時45分37秒

予告通りの長文を読みまして、「母親は黒子になればいいのだな」と解釈したんですが、
「全然違う、勘違いよーっ!」だったら傷が浅いうちに訂正してやってください。

舞台の上で演じる役者に付かず離れず、邪魔なものは除いてやり、必要なものを手渡して
あげる・・・。そんな黒子のような存在になりたいなぁ。
母親が主役になると過保護や過干渉になっちゃうのかな。

私は子供と遊ぶのが下手くそです。だから主導権を取ってあれこれとやるよりも、子供が
自分で興味を持ったものに手を添えてあげるというのは無理せずできそうです。
それにプラスして「興味を示すように小細工する」とかやればいいのかな。


>生活すべてが療育につながる、というのが基本信念かなぁ(玲さん)
>生活すべてを療育につなげる!という信念でやってきました(ぴっぴさん)

「が」と「を」の違いだけで全く逆の意味になりますね。ぴっぴさんが疑問を感じ始めて
いるのはその部分ですか?
でも「まちがっていた」というのは違うと思います。きっとお子さんの成長と共にズレが
生じただけで、一生懸命やってきた事に間違いなんて一つもないと私は思います。


ひどい話ね 投稿者:megumi  投稿日:10月06日(水)01時25分56秒

確かに母子通園には大きな意味がありますが、
それぞれのニーズに応えるのが公の勤めでしょうに。

たとえば、母親が病弱だったら?
弟妹を産んじゃいけないの?
たとえば、3人子供がいたらその3人ともを同じように大切に思いたい。

うちの子が2年半毎日(月〜金)通った園は基本的には母子通園で
4時間の活動も母子でしていました。母親への指導も細々ありますから
しんどいけれども、私としてはとても充実していました。
でも、仕事をしているお母さんもいたし、父子家庭の子もいましたよ。
もちろん、そう言う場合は単独です。
そのほかにも母親が妊娠したり、就学前で母子分離の練習を希望したりすると、
子供の状態を見ながら単独通園になりました。

就学前の療育施設だけでなく、養護学校も障害児学級も、
公のシステムなのにどうしてこうもちがうんだろう。
同じ税金払っているのに。

<つまさきだちのこと>
うちも頑固なつま先男ですよ。バランスが悪かったのか、過度の緊張だったのか、
触覚過敏だったのか、4歳の頃には一日中つま先で、靴もつま先だけがすり減っていました。
「かかとをつける」ように指示したり、足をマッサージしたこともありましたが、
他のことに気を取られると、すぐにつまさきだちになってしまいます。
で、もういいか、と。「関節が固まってかかとが地面に付かない」わけではないから。

今(2年生)もつま先で歩くことが多いですが、平均台もブランコの立ちこぎもできますし、
先週コマを外した自転車にも(まだ少し怪しいですが)何とか乗っています。(*^_^*)

http://village.infoweb.ne.jp/~tinker/


療育と子育てについて 投稿者:ぴっぴ  投稿日:10月06日(水)12時09分00秒

明日から忙しくなるのでROMだけ・・・とおもいつつ、また書き込んでしまいます。
今まで、話を聞いたり聞いてもらう場がなかったので、とてもありがたくうれしく思います。


>「お子さんの事を一番に考えればお母さんは一緒に来られますよ」
>「障害者を生んだんだから、お母さん他の事は考えるのはやめてください」
>「世間一般には子供を幼稚園に入れた途端、さあ働くぞというお母さんがいますが、ここへこ
>られるお母さんの中にはそういう考えをお持ちにならないように・・・」

私は市のセンターがやっている、発達に問題のある子達(?)の教室(月一回)みたいなのに
しか行ったことがないので、こういう言葉は聞いたことがありません。
むしろ保健婦さん達から、
「お母さんが自分らしく生きること」とか、
「自分にゆとりを見つけて。自分が楽しくなければ子供も楽しくないよ」
みたいに励まされ続けました。
でも私は・・・
当時はそんな悠長なことを言ってられるレベルではありませんでしたので、
私にできることは、’せめて、この子のハンディを軽くすること’ それしか見えませんでした。
自分のことなんて考えもしなかったし、他の子には申し訳なく思ったけど、
あの子達にはそれなりに自分でやっていける力があるはずだから、と目をつぶりました。
家族だって生活だって大切だけど、
>今はこの子の事だけ考えて
と、やってきました。もう、そう思い込んでしまった、というかんじです。
もしもこの時、私があれらの言葉を聞いていたなら、一層この思いを強く肯定してしまっていた
と思います。
そしてもし、ひいろさんやウルトラの母さんのように、もっと広く考えられていたならば、
もっと早くこのまちがいに気がついていたはずだなーと、今は思います。


ウルトラの母さん、
>「まちがっていた」というのは違うと思います。きっとお子さんの成長と共にズレが生じただ
>けで、一生懸命やってきた事に間違いなんて一つもないと私は思います

そう言ってくださってありがとう。
障害と決めつけること、病院へ連れていくこと、そんなにこの子ばかりに一生懸命になること・・
ずっと私はまちがっていると言われ続けてきました。
初めてです。そう言ってもらえたのは。
でも少なくとも、私のものすごい思いこみの部分は間違いだったんだな・・・と今は思っています。
今はあの保健婦さん達の言われた言葉の意味も、何となく少しはわかるような気も
しています。

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