●理事長・校長あいさつ

  ●建学精神

  ●授業 

  ●カリキュラム














 

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『社会人としては豊かな知識と技術とをもって経済的に独立し,
家庭人としては美しい情操と強い奉仕心とをもって一家幸福の源泉となる,
健全な精神と身体とをそなえた女子の育成』 この目的達成の為に,
学園は創立以来職業教育に力を入れて卒業後直ちに実社会に
役立つ生徒を送り出しており,又同時に教育の基盤を道徳教育において,
「親切正直」 を校訓に掲げている。
親切正直は全人類を貫く倫理であり,愛と真はすべての女性の
魂でなければならぬ。法,秩序を重んじ,礼儀正しく,公衆道徳を守り,
人に迷惑をかけず,自分の仕事に精を出し,進んで社会に奉仕する。
このように愛と真を発露し,この美しい自分の国を更に一層
美しくしてゆくことを生活の信条とする。
私達はこれを正しい愛国心ととなえる。

― 創立者の言葉による ―


               愛国心―自分の国を愛するという気持ちは,いつの時代
              でもどこの国においても誰もが持っているものだと思います
              が,本校の『愛国』という校名には,創立者の織田小三郎・
              淑子両先生の女子教育に対する強い思いが込められてい
              ます。
               昭和の始めに東京麻布で出版業を営んでいた両先生は,
              世の中が戦争へと向かう中で事業で得た財産を国に寄付
              をして田舎へ帰ろうと決意なさいました。
                当時は「お国のために」と民間から軍に飛行機を献納す
              ることが奨励されていました。飛行機の名前は決められて
              いて『愛国号』でした。しかし熟慮の結果「本当に国を愛す
              るなら兵器ではなく未来を担う人材を育てる『教育』に私財
              を使うべきだ」と,都の東・江戸川区小岩に学校を創立なさ
              いました。
               女子が教育を受ける機会が少ない時代でした。しかし,
              社会的に自立した女性・わが子に正しい家庭教育ができる
              女性が必要になるとの確信もお持ちでした。そして昭和13
              年(1938年)に織田教育財団を設立,翌14年(1939年),
              初志を忘れずに『愛国』の名を冠し,文部大臣の許可の下
              で『愛国女子商業学校』を開校なさいました。
               戦後の学校制度改革で女子商業学校は昭和22年に中学
              校・23年に高等学校に,教育財団は昭和26年に学校法人と
              なりました。その際,進駐軍から「愛国」という学校名は変更
              するようにと言われましたが,自分の国を愛することがなぜ
              いけないと両先生は応じられず,現在に至っております。

   


1938年 7月    財団法人織田教育財団創立

1938年12月    愛国女子商業学校設立

1951年 3月    財団法人を学校法人愛国学園と組織変更

1962年 2月    愛国学園女子短期大学設立

1969年 2月    愛国学園保育専門学校設立

1974年 4月    愛国学園短期大学四街道校舎増築落成

1980年 4月    愛国学園短期大学附属四街道高等学校開校

1982年 3月    四街道高等学校新校舎増築落成

1982年 6月    軽井沢高原寮新寮増築落成

1983年 4月    愛国学園短期大学附属四街道高等学校に普通課程増設

1984年 7月    軽井沢高原寮新寮舎増築落成

1985年 7月    一の宮臨海寮新寮舎増築落成

1988年 5月    一の宮臨海寮に体育館落成

1990年 6月    一の宮臨海寮完成

1993年 3月    愛国学園短期大学商経科校舎(四街道キャンパス)落成

1998年 4月    愛国学園大学(人間文化学部)開学

1999年 4月    校名を愛国学園大学附属四街道高等学校に変更