| 人権侵害だから訴えてやる | ||
| 「犬死にはしない」 と娘に言った。 平成9年 難病医療費制度も! 「はらえないひとのかわりのたいさくは?」 主治医も応援した ベッドからの発信 「難病ALSだからこそ見える社会がある」 |
そうしているうちに、だんだん元気になりまして、ある日自宅に郵便投票用紙が届いたのです。前年度から選挙が続きまして、母はもともと社会参加が大好き。桃園デイクラブをやっていたときから、「大学に行くのだったらあたしは社会学をやりたい」と言っていたような人で(笑)、若かった頃は新聞記者になりたかったそうなんです。 | |
| 郵便投票用紙には「自筆じゃないとだめって書いてあるよ。ママ、どうする ? 内緒で書いちゃおうよ」と言ったんです。「それじゃだめ、人権侵害だから訴えてやる。新聞記者を呼べ」とか言うわけです、文字盤で(笑)。私は唖然としちゃって、「これ以上忙しくしないで、介護だけで手一ぱいなんだから」。そうすると母は主治医に言いつけたわけです。主治医がまた政治的な活動が大好きな人で(笑)、とうとう新聞記者が来てしまいました。母は大張り切りで、文字盤で訴えているわけです、「ベッドの上から投票したい」「病で動けない人にも投票の機会を」と。 | ||
| 次は文字盤で人権擁護委員会に手紙を書いたり、赤旗新聞までやってきて、その上テレビ局の人も取材にやってきましたが、さすがにこれはお断りしました。私たちはもともと日本ALS協会の松岡事務局長(故人)にお世話になって、電話相談もしまくっていたのですが、松岡さんがあらわれた時点で、これはオオゴトになってしまったと思ったんです。そしたら弁護団の先生方がやってきて、母は大張り切りで訴えていました。そうしながらも、どんどん母のALSは内部で進行していったわけです。 | ![]() |
楽しみにしていた社会参加 ベッドのうえからとうひょうしたい 平成8年10月19日 |
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母のTLS と 私たちの孤独 平成9年ごろから特に重篤な症状を発症した。 ■眼球が動かなくなり、意志の疎通ができなくなった Totally Locked−in State(TLS) ■どこも動かなくなった母 ■否定的なALS観に悩んだ2年間 ■哲学・生命論理学に学ぼうとしたが・・・ ■社会現象としてALSを考える→社会学 |
| 母はかなり進行の早いタイプのALSで、母ほど進行の早い方に私は今まで会ったことがないくらいです。ALSの中でも、私もホームページに書かせていただいたのですがTLS(トータリイ・ロックト・イン・ステート)という状態になっていく方が出てきた。眼球まで動かなくなってしまった。意志の疎通が全くできなくなって、社会的なことを考えて外に向かって発信したいのに、どんどん身体が動かなくなって、最終的にはどこも動かなくなってしまった。母のALSは私たちの気持ちを無視してどんどん進んでしまって、私にとってはいままでの人生で一番つらい時期でした。かなり否定的なALS観をもちまして、2年ほどどうしていいかわからない。「何で ? 」というのと、人間ってどこまでがんばればいいのかわからない。いろいろごちゃごちゃ考えて、これは哲学の問題だろうとか、生命倫理学だろうとか、本を読みあさった時もありました。 | |
| それでも納得する答えが出なかったのです。では社会現象としてALSをとらえてみるかということで、社会学に私は導かれるようにして走っていったわけです。 現代社会に生きるALSが抱える問題群の一つとして、TLSだとか、母が訴えた選挙権の問題とか、書き出しただけでこれだけ思い浮かぶくらいに私たちは問題を抱えているわけです。呼吸器の選択のときには自己決定をしろと言われるし、 |
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| だいぶ最近はましになったようでありますが、かなりひどい告知をされた方のお話も聞きます。お医者さんのパターナリズム(父権主義)、介護保障、所得保障の問題。在宅療養が難病ネットワークはあるのにうまく使えてない問題とか、選挙権などの社会参加の機会平等の問題。家族の規範の問題。介護は家族がするべきかどうかということとか、医療的ケアの問題、これは大騒ぎして吸引OKになりましたけど、 | |
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まだうまくいってない問題もあって引き続きの問題として残っています。将来的に問題になってくるだろう尊厳死、安楽死のこととか、それに含まれる呼吸器を外す権利の論議もそろそろ始まるのではないかと思います。 |
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