| 母のそばでチェロ |
| 私の場合、母のそばにいる時に、一番最初にやったのがチェロを買って母のそばで練習しました。その次に週に1時間フラメンコに通うようになりました。後はずっとパソコンでした。母のそばで指1本からパソコンを独習しました。パソコンできるようになったらお友達ができまして、メーリングリストに入ってメールのやりとりをして、そこで何となく社会復帰が少しできてきました。そこでまた欲が出てきてホームページを作って、介護の記録も公開しましょう、と例の言いたい放題のホームページができたんです。 |
| 今度は佐藤ひろこさん、区議さんです、障害者運動で学生の時には都庁の前で座り込みをやったような人で、中野区にはこういう良い区議さんがいて、その人のホームページを、じゃ私が作ってあげるわよと、押しかけで作らせてもらったんです。区長選挙の時に、公式ホームページを作らなければいけない。雨の中を田中さんを連れてきて、田中さんをお願いします、とうだつの上がらない人でこんな人が区長になるのかな、私応援しないといけないのかしらと思いながらホームページを作ったらうまく当選したんです。そんなことをしながら社会との接続ができて、家にいながら社会的な活動ができるようになったんです。お金にはならないけどかなり自己満足できる生活ができました。そうこうするうちに介護保険事業をやるようになり、ジャルサやさくら会の活動にも参加し、とりあえずいま、ここまでできることを出来るなりに楽しみながらやってきました。 |
| Everything is going to be all right |
| これが最後なんですけど、Everything is going to be all right(大丈夫、心配しなくていいのよ)。私は最初すごく悲観的に24時間介護がいつまで続くかしらなんてことばかり思っていたんですけど、ま、その時々で私は世界で一番不幸せなんだと何回思ったかわからないんですけど、ここまで母に導いてもらい、橋本みさおさんや周りの方々に導いてもらって来れました。 |
| 終章 ALSの基本的潜在能力について |
| 以上、母のライフヒストリーと私の脱・介護に至るまでのお話をさせていただきました。すでにお気づきの方はいらっしゃると思いますが、母のALSは私の自立と自己解放のストーリーに発展しています。 |
| 私は母のALSによって、それまで無意識に抱いていた優生思想や差別的な発想を捨て去ることができました。以前の私は学歴主義の典型的な教育ママでしたし、障害者を見れば気の毒だと思い、小学校に勤めていた時は知的障害児を教えながらも、その教育の意義に深い疑問を持ち続けていました。しかし今の私は障害や疾病だけでなく、人種や国籍、貧困や教育などの偏見までもがなくなり、差異や個人の属性がまったく気にならなくなり、すべての物事を同じ地平に眺めることができるようになりました。これはALSになった母が与えてくれた最大のギフトといえます。そして、それは私の信条を180度近く変えたので、私は大変自由な生き方ができるようになりました。これは私だけでなく、ALSを親に持つ子どもやご家族にたぶん同じように与えられるギフト、特殊な才能といえるものであると思っています。 |
| 不思議に、介護やその他の苦労をしながらもALSとの出会いに感謝しているご家族は多いのです。確かにALS患者さんご本人は発病当初はそれどころではないですし、そのようなことを言っている家族はいません。ようやく在宅介護に慣れて自分のペースを取り戻し、少し離れて母のALSを見つめることで得られた視座なのだと思います。 |
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| 本質、身体性とコミュニケーション障害 |
| ALSを取り巻く問題群は、悲惨さや介護の困難さばかりが表面立って語られてしまいますが、その本質は、患者さんの「痛い、動けない、かゆい」などの身体性と「言葉が伝えられず、それで不自由であること」のコミュニケーション障害にあると言い切ってよいものです。 |
| それが、なぜか生死の問題に置き換えられて、やたらに深刻化されてしまっていますが、ALSの闘病とは決してそのような質のものではありません。 |
| ではなぜ、これまで告知や療養において、患者さんは「生死をかけた選択を迫られてきたか」ですが、これは現代日本の社会構造に大きな原因があります。言い換えれば、介護保障制度や在宅医療の不備によってもたらされた部分が大きかったといえます。 |
| 「愛ある家族」という言説が生きるチャンスを奪う |
| これまで施設や病院で長期療養できなかったALS患者さんたちは、吸引を始めとした医療的ケアが他人には許可されない事情や多額な介護費用がかかる等の経済的な理由で24時間介護のほとんどを家族が果たしてきました。そして、あたかも、家族の協力を得られるか否かが患者さんの生存の条件のように呼吸器装着の選択の際に査定されてきました。確かにそういう局面は否定できません。しかし、何の保障もなかったこれまでの在宅医療史において、ALSの人々が生きのこってこられたのは、日本独自の家族規範が日本独自のALS観を作り支えてきたからと言っても過言ではありません。しかし、昨今では、その条件こそが家族の介護力に恵まれない患者さんをむしろ死に追いやっている現実があり、患者さんにひたむきにつくす「愛ある家族」という言説こそが、実は多くの患者さんから生きるチャンスを奪っている事にどうぞ気がついてください。 |
| 介護に疲れた家族によって |
| また、たぶん、少子高齢化の余波による福祉の切りつめから議論が始まるであろう「呼吸器を外す権利」についてですが、これについても、呼吸器をつけたくないのに付いてしまう人の権利や外したい人の権利を呼吸器をつける権利と同等に必要なことだと多くの人は言うかもしれません。しかし、前述したようにALS患者の介護がこれまでのように家族主体であり続けるのであれば、ALSの患者家族には意図しない新しい悲劇が生まれてしまう危険な未来を予測できます。つまり、介護に疲れた家族によって、患者の尊厳死が暗にうながされてしまう可能性がでてくるだろうと私は思うのです。 |
| たとえば、呼吸器をつける時でさえ、患者さんは家族のこれからのことを想像すると、どうしても遠慮がちになってしまい、本当の自分の気持ちさえわからなくなってしまいます。本当は生きたいと思っても生きたいと遠慮なく言えるのはごくわずかな人で、たいていの人は心の中で悩み続けぎりぎりまで結論が出せません。 |
| もし、呼吸器を外す権利が与えられたら、とりあえず呼吸器を着けるでしょう。しかし、装着前よりも家族の介護疲れは現実化して日常的に目に見え言葉で聞こえているのだから、最悪の結末として起こってしまうことは「感謝しつつ死んでいくこと」「もういい、ありがとう」と患者さん本人の意思で言わせてしまうことです。そして、そのような事態は患者さんの自己決定として位置づけられてしまうので、医療費の削減をしたい側からすれば大変ありがたいことなのです。 私は、何人かの患者さんからは既にそのような事態を予測して、「死の日常化」や「死の連鎖」を恐れているという意見をもらっています。 |
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