最後のページです
介護の社会化を前提にして
ですから、呼吸器装着の権利と外す権利は同等にあるというロジックから、あるいは尊厳死を巡る裁判や国の検討会などを契機に世論が高まり、万が一、尊厳死を含む呼吸器を外す権利の法制化などが望まれるようになったとしたら、私たちはまず、最初に意見を求められる立場にあります。その場合は、介護の完全なる社会化と、医療職の不要なペシミズムの介入を阻止する何らかの対策を前提にしなければ法制化など考えることすら認められないと言っていかねばならないだろうと思っています。
運動の先頭にALS患者が
さて、最後になりましたが、日本ALS協会はたった20年ほどのこれまでの歴史において、当事者側から医療職や国への直接的な働きかけをおこなって、日本の在宅医療の向上や難病の人権擁護に努めてまいりました。
そして、その活動で私がもっともすばらしいと思うのは、運動や陳情の先頭にいつもALS患者さんご本人がおられ、その個々人と社会の連動が鮮やかに見られたことであります。
1998年、アジアで初めてノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センは、人間のもっとも基本的なニーズを「基本的潜在能力」(ケイパビリティ)といい、それが多様であることを認めました。「基本的潜在能力」とは、@身体を動かすこと、A共同体の社会生活に参加すること、B衣食住に関するニーズなどであるといい、その平等を実現することをセンは主張しています。
これは、それまでの正義や道徳における平等の定義が健常者の平等を前提として語られており、暗黙のうちに障害者や病気の人々を除外していたことを批判しています。(つまり、財を皆に同じずつ分配するのではなく、必要ある人にはそれだけ厚く分配してよいということです)そして、この「基本的潜在能力」を拡大したり、選択の幅を広げているか否かで、制度は評価されるといっています。制度も権利もその社会の人々の承認なくしては存在できないのです。もし、ALSの人の「基本的潜在能力」をサポートしてくれる制度がないのだったら、センの理論では私たちは当たり前のようにそれを請求してよいことになります。主体的に行動するのです。
この主体的に行動する人をセンはエージェントと呼び「行動して変化をもたらす人」「公共政策において重要な働きをする人」「市民権の参加型行使に結びついている人」と呼んで、大変重要視しています。
私はこれまでのALS協会の活動史に多くの優秀なエージェントを見つけています。まさしく、日本社会全体から見ても、またそれぞれの地域や業界においても優秀なエージェントを多く輩出してきたのがALS関係者といってもよいと思っています。また、その中でも独自の発展を遂げてこられた近畿ブロックの活動にはたいへん興味深いものがあります。
       
ALSの人が生きられる社会に 私も生きていたい
これから私たちは、「かわいそうな患者」「気の毒な家族」といった難病家族に対する世間の同情的で悲観的なイメージを払拭していくことになるでしょう。そして、当事者エージェントがますますALS関係者の中から誕生することを願って、私は出来うる限りのサポートしていくつもりでいます。
それは、ALSの人が生きられる社会に、私も生きていたいと思うからで、ALSの生存が守られる間はこの社会の良心の存在を信じてもよいと思うからです。これで私の報告は終わります。長い時間、ご清聴ありがとうございました。(拍手)
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