| 筋萎縮性側索硬化症の病因解明に突破口 2of4 |
| [この研究の意義・将来への展望] 1. 神経難病の研究は、単因子遺伝疾患の責任遺伝子同定に関する研究において過去10数年で長足の進歩を遂げましたが、発症のメカニズムは未解明のものが大多数を占めます。遺伝性ALSの場合も、SOD1遺伝子の点突然変異によることが明らかにされてから(1993)10年以上が経ちますが、細胞死とSOD活性との間に相関がなく、細胞死のメカニズムは依然謎です。 2. 遺伝の明らかでない孤発性(または多因子遺伝)疾患は、神経難病の大部分を占めるにもかかわらず、遺伝性疾患の責任遺伝子同定に用いられた研究手法が通用しないこと、病因と関連する標的の分子を絞りきれないこともあり、さらに研究が遅れておりました。 3. RNA編集は、機能分子に遺伝子には表されない修飾を行うもので、遺伝子変異では説明のできない疾患、病態を説明する上で、RNA編集の異常が孤発性疾患の病因に関与している可能性は十分に想定しうるものです。本研究で神経細胞に関与している最初の例が示されたことは、今後の神経難病研究の方向性を示唆している可能性があります。 4. グルタミン酸受容体のような、中枢神経の神経活動に中心的な機能を持つ分子の異常が細胞死に結びつき、さらにそれが疾患特異的に現れている事を明らかにした例はきわめて少なく、本研究は希少な例です。 5. 病因が機能分子の異常であることが明らかになり、その機能を正常化することにより、治癒を目指した根本治療の開発につながると期待されます。 |
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[謝辞] 基礎医学研究の必要性にご理解を示され、研究材料にご遺体を快くご提供くださいました患者様、ご遺族に感謝申し上げます。共同研究者以外にも、多くの病理医、臨床医など医療スタッフの協力を得ましたことに感謝します。 |
| [補足説明] #1) 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, ALS) ALSは、1869年、フランスの神経学者Charcot & Joffroyにより最初の症例が報告され、1874年に疾患概念としてCharcotにより提唱された、全身の骨格筋を支配する運動ニューロンを選択的かつ系統的に障害し、運動神経の変性脱落により呼吸筋を含むほぼ全身の筋萎縮を来す進行性の神経難病です。ALSの患者数は世界的に10万人あたり2?8人で、日本全国に5?6千人の患者がおられると推定されています。身体的な障害が重い上に、末期まで意識、知能が保たれることもあり、精神的な負荷も大きく、また、介護に当たる家族も長期にわたり他に類を見ない物心面での負担を強いることから、病因の解明、特異的治療法の開発は、社会的、人道的にも急務であります。一部(5-10%)は、家族性の発症がみられ遺伝性ですが、大部分は遺伝の関与はない孤発性の疾患であると考えられています。 #2) 興奮性神経細胞死(図1) 神経伝達は興奮性と抑制性の2種類があり、中枢神経の興奮性神経伝達はシナプスにおける神経伝達物質であるグルタミン酸が行っています。すなわち、前シナプスから放出されたグルタミン酸が後シナプスのグルタミン酸受容体に結合し、この受容体を通過するイオンが増減して神経細胞膜の電位が変化(脱分極)することにより行われるわけです。そこには、神経興奮が過不足無く行われるような様々な調節機構があり、ニューロンを細胞死から保護しています。その調節機構に障害があると、神経が興奮しすぎて死に至るわけで、これを興奮性神経細胞死と総称しています。 #3) AMPA受容体(図2、5b) グルタミン酸受容体にはいくつかの種類があり、イオンを通す受容体の中にAMPA受容体があります。AMPA受容体はサブユニット構造をとっており、4種のサブユニット(GluR1?GluR4)からの組み合わせによる4量体と考えられています。AMPA受容体は主にナトリウムイオンを通すことにより膜電位を調節しますが、一部にカルシウムイオン(Ca2+)をよく通すものがあります。AMPA受容体のCa2+透過性を規定するのはGluR2サブユニットであり、GluR2をサブユニットに含むAMPA受容体はCa2+透過性が低いが、GluR2を含まないAMPA受容体は高いCa2+透過性を持ちます。ただし、このGluR2は、RNA編集[#4]を受けて初めてCa2+透過性を規定することができ、未編集のGluR2を含んでいてもそのAMPA受容体のCa2+透過性は高いままです。脊髄運動ニューロンは、AMPA受容体の密度が高いことが明らかにされています。 #4) RNA編集(図5) 生物を構成する様々なタンパク質の構造は遺伝子に書かれており、その遺伝子のDNA情報が正確にメッセンジャーRNAに転写され、さらに蛋白に翻訳される、というのがセントラルドグマです。蛋白に伝わるべき、遺伝子(DNA)にコードされた塩基情報が、mRNAに転写された段階で書き換えられることがあります。これはランダムに起こるのではなく、4種の核酸のうちアデノシン(A)からイノシン(I)へ、およびシトシン(C)からウラシル(U)への書き換えのみが知られています(図5a)。 AMPA受容体の場合、GluR2の第2膜ドメインの一塩基が前者の反応で編集され、この結果アミノ酸レベルでは編集前のグルタミン(Q)が編集後にアルギニン(R)になり(そのためこの場所をQ/R 部位と呼びます)(図5b)、このアミノ酸置換がAMPA受容体のイオン透過性を変え、未編集のQの場合はCa2+透過性ですが編集されたRの場合はCa2+非透過性になります。哺乳類でもヒトでも、脳のGluR2はQ/R 部位での編集率が胎児から大人まで100%に保たれています。これを人工的に起こらなくした変異動物は神経細胞が興奮性細胞死を起こし、死んでしまいます。また、神経細胞死を起こすような過酷な条件下でもRNA編集が落ちるという報告はなく、きわめて高度に保存されています。さらに、ALSとの関連では、未編集型と同様の機能を持つ人工的なGluR2遺伝子を遺伝子導入したマウスでは、生後1年ほどでALS様の症状を出すことが報告されています。 |