| ☆普段の生活を紹介 | |||
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早朝7時、ホームヘルパーによる起床で、私の1日は始まります。よほど体調を崩さない限り、パジャマ姿でいるのではなく、普段着に着替えさせてもらいます。気を引き締めて、エプロンもします。エプロンは上着を固定するためなどの別の意味合いもあります。私は主婦という役割を持って生活をしています。☆○趣味は絵を描くこと、読書、パソコンを使い「一太郎」で文章を書いたりメールなどです。読書はページめくり機を使っています。ページめくり機は高額なため奈良県知事宛に福祉施策の日常生活用具としてみとめていただく要望書をおくりました。今回は認可されませんでしたが・・絵は描き始めて20年ぐらいになります。 2週間に1度、絵の先生に来て頂きまして勉強をしていますが、私のペースを尊重してくれていますので、続けられていると思います。かなり限られた可動域ですから、膝の上のスケッチブックを横や上下を逆にして、夫の手作りの工夫された机で描いております。パソコンは障害者用ソフトを使用して、ワンスイッチ操作です。トラックボールを親指の第2関節で操作して、右の足裏に置いたフットスイッチで一文字一文字を確定します。いずれにしても時間はかかりますが、何か自分のできる範囲のことを自分に義務として課す、与えないとダメな性分なので、毎日多忙な日々となっています。 |
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| ☆ケアの内容 | |||
| 主に家事全般と、すべて全介助の状態ですので、毎日の食事介助、口腔、排泄介助、更衣、整髪、車椅子の移乗、清拭などをヘルパーさんにお願いして。看護師さんにはバイタルとシャワー浴の入浴介助や手足を動かしてもらうなどの簡単なリハビリ的マッサージ、口腔ケアプラス口腔周囲筋群リハや呼吸リハ、爪切りなどをお願いしています。週間ケアスケジュールはおおよそ決まっていますが、ケアマネージャーのアドバイスも受け、自らケアをしてくれる方々の都合を聞きながらヘルパーの調整をして計画を立てています。) |
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| シャワーチェアに座ってる旦那さんの写真 | |||
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| ☆病気の受容 | |||
| 昨今は本人への病名告知も当然のようになっていますが、発病当初、病状は4,5年で一気に進み、病気を受容できなくて、人と会うのも嫌で、言語機能の低下もあり、電話での会話も怖いくらいでした。自分が自分でなく、まるで悪い夢でも見ているような世界です。発病が20代で年齢的な若さもありますが、身体の機能も低下して不自由な体になっていくことは、受け入れがたいことです。外見や病気などで、自分の価値や人格までもが決められることはないと今は考えられますが、その時は至難の業です。○まだ幼い息子がいましたから子供を育てなければならない母親の義務、責任もありましたが、私も必要な人間なのだと自分の存在を励ましつつ、何よりもその子の母親でありたかったのかもしれません。幼い子に逆に支えられて乗り越えられたと思います。もちろん夫や周りの方の助けもあってのことです。また私の発病当初は神経内科も少なくて、病名もわからず、東奔西走して最終的な病名はALSでした。今は情報も氾濫しておりますが、その頃は情報も皆無です。すべて手探りの中で、○頼みの綱は医師のみ。ある医師にモルモットのような仕打ちを受け、プライバシーもなく、傷つき、不信感をいだくことに。「医は仁術なり」と医術は単なる技術ではなく人を救う道である。とも言われますが、美化された絵空事のように思えました。医師によって深く傷心した事実。他の医師によって救われたことも事実です。ですが、命はひとつです。当たり外れではありません。 病気そのものは憎むべきものですが、罹病して、心ある人との出会いには深く感謝しております。 |
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