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心象スケッチ
地図もない、充実させたい私の在宅療養
奈良市 杉本孝子さん

 在宅療養が推進されている昨今ですが、ALSの在宅ケアは不備な面を大変多く感じています。最近、また改めて思ったことです。
 その中には相変わらず介護支援のマンパワーの問題もあり、夜勤者が必要になった場合の人材確保です。

 今年の5月、またまた家族が入院する事態発生!です。避けたいことですが、年齢が高くなれば、配偶者の入院などの事態も避けられなくなるのでしょう。二人暮らしの夫が、今回は胃の手術のために入院。私は2度目の独居生活をすることになったのです。1回目はケガのために突然の入院でしたから、介護者や福祉サービス支給量の不足で介護体制は整わず。2度目は1ヶ月前頃から入院がわかっていましたので体制作りの準備期間がありました。就寝ケアのみと就寝ケアを含む夜勤の手当等々を事業所より提示してもらったプリントを数枚コピーしてヘルパーさんや看護師さん達に手渡し、また誰の目にも留まりやすい場所、いわゆる冷蔵庫の前にも貼り、口頭でも夜勤者の紹介を募りました。
 日頃は日中のケアでほとんどをしめていますから主婦のヘルパーが大半で、就寝ケアや夜勤の人材確保は簡単ではありません。前回より短期間であったせいか、協力者に恵まれたのはラッキーです。ヘルパーさんや看護師さんより紹介された初めての方も数人いましたので、私のナイトケアのやり方と排泄介助のマニュアルを作成し、それを参考にしてもらって何回かの研修を行いました。
 また介護スタッフはボランティアで続くものではありません。介護保険や1日短時間の訪問看護も利用して、更に、福祉サービス支援で在宅療養は継続します。以前の時間数に80時間プラスして福祉サービス支援で夜勤分を補いましたが、すべての夜勤分までは補えません。

 今回の事態は事業所のバックアップとケアスタッフの理解、支援があり、乗り越えられたと思います。
 普段から24時間他人介護体制を可能とすればこのような事態にも備えられるでしょう。いつも話すことですが、普段はようやく12時間程度。1日の半分ぐらいを補っているにすぎません。1度目の経験から2度目は同じ轍を踏まずです。自分が必要とするケア体制を具体化して整わない部分を補っていかなければと思っていますが、少しは進歩したのかしら?と振り返っています。 
 居宅介護サービス支給量の充実と夜間ケアの人材確保はたやすくないことを改めて実感しています。

 福祉サービス支援において、40年前頃から言われていますノーマライゼーションの理念を今更と思いますが、パソコン辞書には「障害者に,すべての人がもつ通常の生活を送る権利を可能な限り保障することを目標に社会福祉をすすめること」と。揺るぎない福祉の基本とも考えます。
 福祉、保健や医療は誰のために何のためにあるのでしょうか。と、問いたくもあります。QOL(生活の質)、その人が望む生活を少しでも高められるために……ですが、私などは福祉も医療もフル活用のフルフル回転です。高めると言っても何においても最低ライン! 必要最小限の闘病生活の維持です。これは譲れないラインです。
 家族が不在時のケアで困られた経験の方も多いでしょう。家族がいれば家族に看てもらうのは当然なのでしょうか? 家族は責任があるとしても、家族介護は当然と考えられてしまうのは介護をされる側からも腑に落ちません。家族に依存し、負担が多くなればDV(ドメスティックバイオレンス)や介護ネグレクト(無視、放棄)。我が家ではそこまでいかなくても言葉の暴力は日常茶飯事! お陰で私は逞しくなりますが、家族の健康状態などいろいろと別な問題を心配してしまいます。

 実際は地域差があり地道な交渉も重要なのだと思いますが、家族が居ても居なくても、ひとりの障害者の生活が保障されなければノーマライデーションは空論ですね。 訪問看護も同様です。訪問看護師の訪問時間はおよそ1日1回1時間ですが、この頃は瘻孔の手術をして胃ろうなどの経管栄養をする方も多くなっています。医療依存度の高い患者にとっても厳しい療養生活だと思います。今後、私も経管栄養など必要とするかもしれません。訪問看護師は時間がなく、ヘルパーの注入は認められずでは……このままだと私の在宅ケアの体制は立てられなくなりますね。明日は我が身と思うと不安を通り越して、憤りを感じてしまいます。

 さて、今回の独り暮らしの間には外出の予定が偶然にも何度か集中して、夫の入院先にはじまり、大阪、東京、地元の奈良と出かけることが重なり、外出介助をケアスタッフにも助けていただきました。
 外出の時はほとんど車で移動していますが、今年(平成19年5月)の近畿ブロックの総会は家族(夫)不在で、介護者はヘルパー2人同行。奈良から久しぶりに電車で参加。鶴橋の駅では環状線に乗り換えるエレベーターがわからずに上に行ったり下に降りたり。JRと私鉄、連絡の不便なエレベーター。同行のヘルパーさんは福島駅から府立国際会議場までの道を知ってくれていましたので、駅から目的地まで「テク!テク!」と徒歩。徒歩は初めて。地図を見るとタクシーに乗るほどでもないすぐ近くですが、移動介助の大変はヘルパーさん! 重い荷物を交代で持ち交代で車椅子を押し、坂道や道路の凹凸、僅かな段差もリクライニングの車椅子は重くて大きい。介護者は1人でなくて助かったと思った瞬間です。

 公共機関を利用する場合の不便さは大阪も他の地域も一昔に比べれば、幾らか改善はされて来ているのでしょうけれど。
 府立国際会議場の前を流れる堂島川! 水の透明度は高くないのですが、水面を渡る5月の風は橋上を渡る私にもさわやかで心地よい。いつもと違った交通手段で、沿道の花を眺めつつ、行き交う人人……はどこから来てどこに行くのかしら? 雑踏へと消えていく……。会の時間に遅れぬように先を急いでもらった私一行でした。
 そして、何某の立派なガイドラインは数々あれど、地図もない私の充実させたい在宅療養! 道のりは遠くないことを願っています。

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