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ALS協会近畿ブロック会長の和中勝三さんが、
看護学校で、ご自分の体験をもとに、
人工呼吸器をつけたALS患者さんを
看護・介護するときに気をつけてほしいことを講義されました。
事務局では、
今後、さまざまな研修会で使っていただけるように、小冊子にまとめる予定です。

私たち、こんな看護・介護を望んでいます

人工呼吸器をつけて在宅療養をしている

ALS患者の立場から

ALS協会近畿ブロック会長   和中勝三  
簡単な自己紹介

 皆さま初めまして。和中 勝三(わなか かつみ)、58歳です。よろしくお願いいたします。簡単な自己紹介と難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した時から現在までの、在宅で生活している様子を紹介したいと思います。

 在宅療養12年目になりますが、決してスムーズに今日まで来たわけではありません。何度も「もうこれまで」かと危ない目にあいながら過ごしてきました。

 高等学校を卒業後に、化学会社に就職しました。昭和53年に鮮魚商店の一人娘と結婚。二人目の子どもができて、13年間勤めた会社を退職し、鮮魚商に転職しました。両親と子ども三人で、何不自由ない、にぎやかな家庭生活をおくっていたとき、難病ALS「筋萎縮性側索硬化症」を発病しました。

病歴:体に異変

 平成2年9月ごろ、鮮魚商の仕事に変わって10年が過ぎ、商売に慣れてきて、やっと一人前になり、商売の面白さがわかってきたところでした。右手の握力低下、体がだるい、腰痛など、身体に少し異変を感じ、いくつかの病院で診察を受けましたが、急激な脊髄の老化といわれました。

 まだ、難病と知らずに一生懸命にリハビリをして、病気に負けてたまるか!という思いで必死に頑張りました。それが結局、病気の進行を速めているような気がしてリハビリを中止しました。リハビリをしていても急激に体力が低下し、昨日まで楽に出来ていたことが、今日はしにくくなってくるので、これはおかしい、大変な病気かも知れないと嫌な予感がし、もう何をしてもダメだと思い落ち込んで、涙が止まらなく、一人で泣くこともありました。

ALSの診断

 平成4年9月、県外の専門病院に20日間検査入院し、私の気がすむように、すべての検査をしてもらいました。主治医は妻に病気の告知をしましたが、妻は「本人に告知をしてください」と先生に頼み、私は「筋萎縮性側索硬化症」の説明をうけました。

 思っていたとおりの説明に納得した半面、ショックが大きく、それ以来、自分の寿命は長生きしても、あと3年かと心の中で覚悟をしました。入院中に手が上がりにくくなり、シャツが自分で着られなくなり、病状も日に日に進行してくるのがわかるようになってきました。精神的に不安定になりイライラして、妻にあたる日が多くなってきました。

和中さんの講義を聞く看護学校の学生たち。ビデオの撮影も行われた

子どもたちにも告知

 一番、つらい思いをしたのは、小学生の子ども三人を前に並べ、「お父さんはあと3年で死ぬから、お母さんの言うことを聞いて、お母さんを助けるのやで!」と言ったときです。あとで、まだ自分で判断ができない子どもにキツイことを言ったと後悔しました。子どもにつらい思いをさせましたが、いつか言わないといけないことなので、思い切って言いました。

 私が転倒し、けがをして病院へ手当をしに行くことが2回あり、そのころから長女と次男が円形脱毛症になってしまい、治るのに7〜8年かかりました。子どもたちには精神的に大きな負担をかけたと思いました。けれども、子どもに早く告知をしたことは、マイナス面ばかりではありません。親に無理を言わなくなり、精神的に強くなったと思います。入浴のときの手伝いを進んでしてくれるようになりましたし、自分のことは、自分でするようになりました。

 子どもの介護力は大きな支えになりました。

初めての呼吸困難

 平成6年12月、気管支炎になり、初めて呼吸の苦しさを体験しました。このときから、呼吸に危機感を感じるようになり、呼吸器をつけるか、つけないかで悩み苦しみましたが、まだ呼吸器をつける自信がなく、拒否していました。

 私の最後は呼吸困難に襲われ、のたうちまわって苦しんで死ぬのかと思うと、死ぬのが怖くなってきました。このときから私は「死」を考えないで、生きることだけ考えるようになりました。家族の同意のもとに、呼吸器をつける方向で主治医に申し出ました。

 平成8年4月に呼吸が困難になり、一睡も出来なくなって、呼吸器を装着しました。じっと寝ているだけで呼吸ができて、こんなに楽なことなら早く呼吸器をつければよかったと後悔しました。この1年間で胃瘻造設、気管切開、呼吸器の装着を行い、なんとか乗り越えましたが、入退院を3回も繰り返し、1日の睡眠時間は2〜3時間で、介護をする妻も私も、すごくつらい1年でした。呼吸器をつける前は、熟睡すると無呼吸になるので、睡眠剤を一度も使用しませんでした。いまも使用したことがありません。ALSの患者は睡眠剤を使用されている方が多いです。

人工呼吸器在宅療養を始める

 在宅療養に向けて、主治医・訪問看護師・保健師・病棟師長・看護師・家内が、在宅のケアについて、主治医から説明を受けました。在宅療養をするには、訪問看護ステーションの看護師が頼りでした。

 平成8年8月から、人工呼吸器在宅療養を始めました。

 在宅療養するのに一番心配したのは、呼吸器につながれた私を見て、子どもたちが受け入れることができるかどうか、ということでした。リフト車で久しぶりに家に帰ると、まず出迎えてくれたのが長女です。笑顔で迎え入れてくれたので、ホッとし、とてもうれしかった。家のベッドに寝るとすぐ意思伝達装置(MSXパソコン)をテレビにつないで設置してもらいました。

 用事はすべてパソコンで伝えますが、一言伝えるのに何分もかかるのです。たとえば「ありがとう」と書くのに、いまのパソコン(Macintosh)でスイッチを18回押します。筋肉がないし、それに運動神経が侵されている体で、1ミリほど表情筋を動かして、パソコンを打つのはすごい重労働になります。

 毎日、休まずケアに来るスタッフの皆さんに日記「体の状態」を書いておきます。何故かというとケアスタッフが正しい看護ができるし、時間短縮になり、ケアを受ける私も安心ですから、11年間、書き続けてきました。在宅療養を始めてから3年間は不安で気が休まることがありませんでしたが、子どもがいるときは交代で吸引をしに来てくれ、助かりました。

在宅療養のいいところ

1.家族と一緒に過ごせる(家族の一員になれる)。

2.一日の時間をマイペースで過ごせる。

3.テレビを見る時間も自由になる。

4.インターネット環境が良くなる。

5.いろいろなケアスタッフの訪問が楽しみ

6.散歩や外出の機会も増えた(いまは、毎月1回は大阪に行きます)。

7.気ままな生活をすれば「あれもしたい、これもしたいと意欲が沸いてくる」。

         

                   このように思うのは私だけかな!!

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