ブレイン・マシン・インターフェース技術を用いた
運動・意志伝達機能代行装置
大阪大学脳神経外科 特任准教授 平田雅之先生
1.ブレイン・マシン・インターフェースとは

筋萎縮性側索硬化症、脊髄損傷、脳卒中により運動機能、意志伝達に重度な障害を生じた患者さんに対しては現在、残念ながらなかなか有効な治療法がないのが現状です。そこで私達はブレイン・マシン・インターフェースという技術を用いて、傷害された運動・意志伝達機能を代行する装置の研究・開発に現在取り組んでいます。

ブレイン・マシン・インターフェースとは、脳波などの脳信号からコンピュータを用いてその人の意図をくみ取り、その意図通りにロボットハンドを動かしたり、コンピュータ画面上に文章を書いたりする技術です(図1)。

現在、運動機能代行装置に関しては、商品化されたり医療器具として認可されているものはまだありません。また意志伝達代行装置としては筋電図や近接センサなどを用いてわずかに残された顔面筋の動きをとらえて画面操作ができるようにして意志伝達を可能にしているものがいくつか商品化されていますが、これらも顔面筋の動きが悪くなるとうまく使いにくい面が出てきます。特に筋萎縮性側索硬化症で閉じ込め症候群に近い状態では、筋肉の動きがほとんどなくなっても、脳の働きはほぼ保たれている場合が多いので、ブレイン・マシン・インターフェースを用いた方法が適していると言えます。

本稿では、私達が現在取り組んでいる、ブレイン・マシン・インターフェースを用いた運動機能・意志伝達代行装置の研究・開発に関する現在の取り組みをご紹介します。
2.P300意志伝達装置

先に説明しましたように、筋萎縮性側索硬化症で最重症例では現状の意志伝達装置でもなかなか利用困難となる場合があります。このような場合でも脳の働きはほぼ保たれている場合が多いので、脳波などの脳信号から意図がくみ取れれば、意志伝達が可能になります。

脳波を利用したブレイン・マシン・インターフェースによる意志伝達方法として、P300意志伝達装置があります。このP300意志伝達装置は10年ほど前に考えられたもので、海外では筋萎縮側索硬化症での臨床研究がすでに行われて、その有効性が確かめられつつあります。

P300意志伝達装置はP300誘発電位という脳波の反応を応用した意志伝達装置です。まず患者さんは脳波用の電極を頭の皮膚の上に8カ所くらいはり付けます(図2)。私達が日本語用に開発した装置の画面には50音のひらがなが碁盤の目状に並べてあり、装置をスタートすると、文字がランダムに点滅します(図3)。自分が選びたい文字に注目していると、どの文字に注目しているかをコンピュータが誘発脳波を解析して判読し、10秒ほどで注目している文字を画面上に表示してくれます。これを続けることで、伝えたい言葉や文章を作ることができます(図4)。この装置の原理は、注目している文字が時々点灯したときに点灯後約0.3秒後にP300という大きな誘発電位が脳波で記録できるので、この反応をコンピュータで検知するというものです。

現在、日本語バージョンの開発をほぼ終了し、大阪大学医学部附属病院倫理審査委員会の承認も得ました。刀根山病院、大阪府急性期総合医療センターと共同で臨床研究開始準備を進めており、まもなく患者の皆様にもご使用頂くことが可能になるかと思います。但し現状ではまだ研究用の高価な脳波計を用いているため、利用できる台数がわずかしかなく、有効性や改善点を調べる段階にあります。それらの後に商品化してくれる企業が見つかれば、皆様のお手元にも届けられる日はそう遠くないと思われます。
注目している文字が点灯すると、約0.3秒後に脳波に大きな反応がでる。P300意志伝達装置では、これをコンピュータで判別することにより、注目している文字を順々に表示していく。
3.頭蓋内電極を用いた運動機能代行装置

P300意志伝達装置は頭皮脳波を用いますが、私達は頭蓋内脳波を用いた運動機能代行装置の研究・開発も行っています。

頭蓋内脳波というのは、脳外科手術により電極を頭蓋内に留置して脳波を計測するもので、いくつかの種類がありますが、私達の使っているのは硬膜下電極といって、シリコンプレート上にグリッド状に配置した数十個の電極を脳の表面に留置するものです(図6)。手術が必要ですが、脳の表面に電極を直接置くため、頭皮脳波よりもはるかに精度の高い脳信号が得られるため、得られる性能も非常に高くできるという特徴があります。

また最近脳科学の進歩により脳信号から意図を読み取ることができるようになってきました。ニューラルデコーディングという技術です。最新の成果はテレビなどでご覧になった方もいらっしゃると思いますが、例えばNHKという文字を見ているときの脳血流をMRIという検査装置で計測して、ニューラルデコーディング技術を用いてしらべると、脳血流だけからNHKという字を見ていることが読み取れるところまで技術が進歩してきたのです。私達はこのニューラルデコーディング技術と硬膜下電極を用いて、患者さんの運動意図を正確にくみ取り、運動内容や運動開始時期を正確に推定して、患者さんが思った通りにロボットハンドをリアルタイムに動かせるようにするのが目標です。意志伝達に加えて、ロボットハンドを思い通りに動かすことができれば、患者さんの生活レベルは格段に改善することが期待されます。

サポートベクターマシンというニューラルデコーディング技術を用いて、硬膜下電極から記録した脳信号を解析することにより、現在、手を握る、手を開くなどの手の細かい動作を70〜90%の正解率で推定できるところまで来ています。さらに共同研究を行っている電気通信大学の横井研究室から義手タイプのロボットハンドを導入して、脳波からの推定結果に基づいてロボットハンドをリアルタイムに動作させることに成功しています(図7、図8)。図8では実際に手を動かして、その動きをロボットに再現させていますが、手を動かさずに動くイメージしただけでも同じようにロボットを操作することができましたので、筋萎縮性側索硬化症の患者さんのように体が動かない方でも運動のイメージをするだけでロボットを操作することができると考えられます。今後はより自然で思い通りにロボットハンドをコントロールできるようにすることを目指しています。
現在は、難治性疼痛と呼ばれる薬が効かない強い痛みや、難治性てんかんなどの治療のために硬膜下電極(図6下)を一時的に留置した患者さんにボランティアとして研究に協力して頂き、これらの研究を行っています。使用している電極は現在臨床で一般的に用いられている電極であるため、現在開発している専用の高密度の電極を用いればより高い性能が得られると期待しています。一方、筋萎縮性側索硬化症などの患者さんに将来長期にわたって利用して頂くためには、電極から計測した脳信号をコードで体外に接続するのではなく、ワイヤレス通信で体外と接続する必要があります。これは患者さんが楽であるという理由だけでなく、体内と体外がコードでつながっていると感染をおこす危険性もあるからです。逆に完全に埋込化してしまえば心臓のペースメーカのようにその存在を患者さんが意識することなく、ごく自然に使えるようになるかもしれません。
4.アンケート調査
現在、大阪難病医療情報センターにご協力頂き、大阪府下の重症の筋萎縮性側索硬化症の患者さんを対象として、ブレイン・マシン・インターフェースに関するアンケート調査を行っています(図9)。現在結果を集計中で、まもなく結果をご紹介できると思います。今後より多くの患者さんからご意見をお聞きし、患者さんや家族の方々の意見を研究開発に反映して、よりよいブレイン・マシン・インターフェースによる意志伝達・運動代行装置を目指していきたいと考えています。
5.むすび
私達が研究・開発しているブレイン・マシン・インターフェースを用いた運動機能・意志伝達代行装置をご紹介しました。まずはP300意志伝達装置など方法が確立していて、手術の必要もないものから実用化してゆき、将来的には高性能でより思い通りの意志伝達や運動代行が可能な埋込型の装置を実用化していきたいと考えています。こうした研究開発には種々の困難があり、また日本では医療機器の産業化や認可にもまだまだ困難な点が数多くありますが、地道な努力を続けて困難を克服していきたいと思います。患者さんや家族の方々のご声援とご協力を頂ければ幸いです。
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