人工呼吸器を装着しなかったALS患者遺族へのインタビュー調査が厚生労働省・科学研究事業の一部として実施されました。9遺族の方々がご協力なさっています。患者会としても、患者・家族の経験を自分たちの問題として共有したいと考え、共同研究者のひとり、東京家政大学の田中恵美子さんにお願いして、研究報告の概要を紹介していただ。
研究報告

人工呼吸器を装着しなかった筋委縮性側索硬化症患者と家族の経験

−ウォルマンの生活の資源枠組に沿って−
東京家政大学 田中恵美子
1.はじめに

 皆様、はじめまして。私は東京家政大学の田中恵美子と申します。この度はALS協会東京支部・佐々木公一さまのご紹介でALS協会近畿ブロックの水町様と御縁ができ、私たちの研究に興味を持ってくださり、このような形でご報告させていただきますこと、大変うれしく思っております。

初めに若干、私の自己紹介と、この論文の経緯を簡単にご説明したいと思います。

 私は現在、大学の教員をしておりますが、社会人を経てからの大学院生活が長く、非常勤講師をしながらワーキングプアー生活を経験しております。ようやく昨年、博士論文をまとめた本(『障害者の自立生活と生活の資源』生活書院)が刊行され、ほんの少し報われる思いですが、まだまだ駆け出しの研究者です。

 とはいえ、私がALSの方たちとお会いしたのは、かれこれ10年以上前になります。まだ大学院生になりたての頃、医療ソーシャルワーカーの方のご提案で始まった研究に参加させていただいたことがきっかけでした。その成果は『人工呼吸器をつけますか?――ALS・告知・選択――』(メディカ出版)となっておりますが、ALSの方たちやご家族にお話しを伺い、医療者にもインタビューを行ってALSという病いとの生活について、告知や人工呼吸器について、ない頭をひねりながら考え、研究費にお世話になりながら、様々なところへ出かけていました。
2.今回の調査について

 今回皆様にご紹介させていただきます調査は、厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 「特定疾患患者の生活の質(QOL)の向上に関する研究」(主任研究者・小森哲夫)によるもので、研究分担者・大生定義(立教大学社会学部)教授のもとで行われております。私のほか、愛知大学の土屋葉さん、東京大学大学院の平野優子さんが加わり、活発な議論を展開しながら、研究を進め、報告書を作成しました。

 今回の調査の特徴は、人工呼吸器を装着せずに亡くなられた方のご遺族にお話をうかがっている点であると思います。昨今は、人工呼吸器を装着されている方を対象とした調査が徐々に増えてきておりますが、実際には人工呼吸器を装着せず亡くなる方が現在でも7割近くに上っております。そうした方たちの生前の思いや生活、そして現在のご遺族の思いを知ることで、ALSの患者の方々とご家族に対して必要な支援について考えることができるのではないかと思っております。
3.調査概要

 調査は先に述べましたように人工呼吸器を装着せずに亡くなられた方のご遺族9家族の方に対して行っております。質問項目は、療養場所(住宅改修、居住形態等)、経済状況、社会サービスの利用、病気の発症から死に至るまでのおおよその経過(発症時の病状、診断に至るまで、告知の内容)、社会活動の変化、生活の変化に対する対応方法、親戚・友人・近隣との関係、各種情報の入手方法、患者会・他の患者との関係、人工呼吸器装着に対する考え、死後振り返っての思い(死後に経験したこと、現在の遺族の生活)などです。

調査の分析枠組みとしては、先にご紹介した博士論文で援用しましたサンドラ・ウォルマンというイギリスの都市人類学者の手法を取り入れております。彼女は「生活の資源」と「資源の管理者」を設定し、生活の資源を、構造的資源(住宅、お金、サービス)と編成資源(時間、情報、アイデンティティ)の二種類としました。そして、生活とは日常的・習慣的な運動と、変動を受け止め正常化していく運動とが交差する動態的なものであり、資源の管理者は構造的資源を、編成資源を用いて編成(構造化)し、日常的・習慣的な運動を管理し、変動を乗り切り正常化していく営みを司るものとしました。

インタビュー内容は同意を得て録音し、後に逐語録を作成し、繰り返し読み、全体を把握して、内容を生活の資源に即して【住宅】、【経済状況】、【家族介護・社会サービス】、【時間】、【情報】、【人々】の項目と、さらに疾病に関わる生活変動に即して<発症>、<告知>、<病気に対する思いと行動>、<人工呼吸器に関する経験>、<死亡後の家族の思いと行動>に分け、分析しました。
4.結果概要
患者の発症時期は1994年〜2008年、年齢は19歳〜74歳、発症から死亡までの年数は、最短1年5か月〜最長9年、9事例のうち、7事例が5年未満で死亡していました。
【住宅】全事例が自宅療養で、配偶者のみ(3例)、または子どもを含む他の親族と同居していました。住宅改修は7例で、そのうち1例は改修費用のため、その後の生活費に困窮したことが述べられた。
【経済状況】患者および介護者が仕事を断念または休職した例は7例あり、1例は患者の配偶者の親から支援を受け生計を立てていました。

【家族介護・社会サービス】社会サービスの利用は、身体状況、介護年数、介護者数、介護負担感とは連動せず、患者及び主たる介護者の社会サービスに対する抵抗感による影響がみられました。

抵抗感は、男性5例中4例、女性4例中1例、介護者は夫、妻各1例に見られました。8事例で介護負担感が語られ、特に死亡間際は相当強かったと言及されました。しかしヘルパー派遣制度を多用したのは1例だけであり、吸引等医療的ケアを含めた介護労働は、主たる介護者又は家族員のみで行われていました。
【時間】患者と介護者は日中一緒に過ごす生活を送っていましたが、患者がテレビ、CD、DVDなどで時間を過ごす一方、介護者は吸引、呼吸補助を含む介助労働と家事などを行い、同じ空間でかなり異なった時間の使い方をしていました。
【情報】医師、保健師、ケアマネージャーなどから病気、医療や社会サービスに関する情報を得ていました。5例は、インターネット、テレビ、ビデオ、書籍等印刷物によってALSに関する否定的な情報を得ていたことが述べられました(「見ないほうがよかった」)。

【人々】介護者間で負担感を共有していない例が3例ありました。このうち、1例(女性)は患者と二人暮らしでしたが、2例は男性で、子どもと同居又は介護労働を共同していたにもかかわらず、負担感を共有していませんでした。

患者会への参加は全例ありませんでした。理由は患者が拒否5例、時間的に余裕がなかったなどが2例でした。全事例で親族、近隣、友人等発病以前の人間関係を維持していました。
<人工呼吸器について>人工呼吸器装着について、5例は医師に尋ねられた当初から拒否し、メディアの影響も述べられました。介護者が語った、患者の人工呼吸器非装着の理由は、周囲への負担(経済・介護)、何もできなくなることに対する情けなさが挙げられました。
<死亡後の家族の思いと行動>患者死亡後、死亡間際に優しくできなかったことや人工呼吸器非装着に若干の後悔の念を示すなどが女性介護者にみられました。男性介護者は3例中2例が物の所在など分からず困ったと述べていました。
5.考察と結論
調査をした事例の数が少ないことやそれぞれの患者の方々の生きられた時代、地域の違いによる社会サービスの差などがあるため、結果を一般化することはできないのですが、報告書では、以下の点について述べました。
(1)ニーズに応じた資源開発、既存制度変更の必要性

 調査の結果、患者・家族は借金の返済を含む療養生活における資金、日常的な介護労働力、専門医および療養生活における情報など、多くの資源を親族から得ていました。さらに在宅を支える様々な社会制度は存在していても、それらが実際には利用されていないことも明らかになりました。

 特に介護労働については先行研究(平野ら2007、佐々木2009)同様、訪問介護の利用が少なく、死亡間際の介護負担感は高いのですが、最期まで利用は少ない状態でした。指導を受けた訪問介護員による痰の吸引が可能となっている(平成15年)のですが、必要な全例で配偶者または家族員のみで行われていました。

【時間】の項目では、仕事や家事に加え、自らに関わる介護労働が加わり、家族が忙しく動き回っていた様子がわかり、患者の方々は申し訳ないと思い、又介護者は死亡間際に「優しくできなかった」と死後、後悔していることが語られました。

現存する社会制度を、地域において、使える社会資源として開発しておく必要性があることを述べました。
2)ニーズと資源を繋ぐ社会サービスの必要性

要となる情報の多くが親族から提供されていました。訪問介護については家事にしか使えないといった誤解もありました。社会サービスに対する抵抗感が示されつつも、一方で利用するようになるとその訪問を心待ちにしていた例もあり、適切にサービスを導入することができれば、患者・家族の介護負担感を軽減できた可能性は否めないと思います。

地域における社会資源の開発に加え、必要な情報を正確に知らせ、資源とニーズを直接結び付ける相談援助を中心とした社会サービスが求められていると思います。
3)資源の管理者を支援する社会サービスの必要性

【家族介護・社会サービス】、【情報】や疾病に関わる生活変動においてみられたのですが、患者・家族における資源の管理者役割は他人と共同あるいは代行される例はありませんでした。この点、先行研究(田中 2009)では、障害当事者団体、介助者や専門職などの他人が、特に介護労働について資源の管理者役割を共同又は代行する例がみられました。

ALSの場合、障害のない健常な状態から急激に全廃状態へと変化していくという特徴があり、この急激な変動を支えるために、資源開発、相談援助体制の整備だけでなく、変動の激しい一時期、実際の構造的資源の調達・編成に積極的に関与していくケアマネジメント機能が求められていると思います。
4)新たなアイデンティティ・価値観の確立における困難

アイデンティティをここでは、「自分は何者なのか」(Wallman=福井1996:59)、あるいは「私というポジションを定めるための分類」(石川 1999:52)としております。

【家族介護・社会サービス】、【情報】、【人々】や疾病における生活変動にみられたのですが、身体状況の変化に応じて積極的に社会サービスを利用したり、新しい人間関係の中でALS患者・家族としてアイデンティティを獲得していくような事例は見られませんでした。逆に、急激な生活変動を受け止めつつ、これまでの資源や人間関係を用いて従来のアイデンティティや価値観を維持し続けようと懸命に努めた例がみられました。

先行研究では、他患者との交流によって「できることが広がった」「人工呼吸器に対する考え方が変わった、と評価している」(佐々木 2009)との報告もあり、本研究の全事例で他患者との交流がなかったことから、他患者との交流を促進することで、新しい価値観の創造、アイデンティティの確立がなされた可能性は否定できないと思っております。

ただし、本研究の患者の特徴として、発症から死亡までの期間及び病気に気がついたときから全介助までの時間が短いことがあり、先行研究(佐々木 2009)や他のインタビュー調査において価値観の転換に要した時間が3年半から4年といわれていることから考えると、患者・家族が新たなアイデンティティ・価値観を獲得していくには時間的制約があったことも事実だと思います。
6.おわりに

今後の調査の課題として、同じ地域での人工呼吸器装着事例へのインタビュー調査、他の地域での人工呼吸器非装着及び装着事例へのインタビュー調査を行い、人工呼吸器装着と社会資源との関係を明らかにすること、また人工呼吸器装着・非装着に関係する要因についての資料を得ることとしております。より詳細な結果については、4月に報告書が出されますので、ぜひそちらをご参照いただければと思います。

この調査は、ご遺族の方たちの多大なご協力のもとで実現いたしました。時に涙し、「思い出したくない」というお気持ちもありながら、それでも私たちの質問に対し真摯にお答えくださり、最期のご様子を語ってくださいました。またそうしたご遺族をご紹介してくださった方々のご協力もあり、調査が行われております。皆様のご協力に心から感謝して、これからも誠心誠意研究を続けていきたいと思っております。

参考文献

平野優子、清水準一 2007 「在宅人工呼吸療法を行うALS患者の医療・福祉サービス利用状況と地域差」『日本難病看護学会誌』 vol.12 No.2:156-16

石川准 1999 『人はなぜ認められたいのか』旬報社

佐々木公一 2009 『ALS療養者自身ができることを見出すきっかけと促進要因』

田中恵美子 2009 『障害者の「自立生活」と生活の資源』生活書院

Wallman, Sandra = 福井正子 1996 『家庭の三つの資源』 河出書房新社
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