在宅看護のゲンバから その3
    ALS患者さんの口腔ケアについて
小林智子(エンパワー訪問看護ステーション)
 
                   唯一の方法ではなく
前回の『初めての吸引、物品整備のために』について、事務局にお問い合わせもいただいたと聞きました。医療は日進月歩なので、それまで正しいと信じられていたことが、誤りだったということも多々ありますし、「在宅看護のゲンバから」のご報告は、これが唯一の方法という意味では全くありません。「初めての吸引」に際してご参考になるような資料としてお読みいただければ幸いです。
吸引は、基本的なところで、気管用と口腔用は別にするとか、液は毎日交換するといったことは大事なことです。ずいぶん前になりますが、肺炎による入院を繰り返されていた患者さんがおられました。その方は気管と口腔を同じカテーテルで吸引されていたので、カテーテルを別にしていただいたところ、入院するほどの肺炎は起こらなくなったという経験があります。口とのどはつながっているではないか、と思われるかもしれませんが、清潔度は別物ですね。
そのような例はあるものの、肺炎予防に関しては、吸引物品や方法というよりも、むしろ口腔ケアのほうが重要だと思います。そこで、今回は、口腔ケアについて…です。
 
                   口腔ケアについて
口からものを食べないから、汚れない、ということは決してありません。食べない方が却って、機械的にこすれ落ちたり、唾液の分泌が促されて自浄作用が働いたりが行われにくい分、汚れやすいのです。口の中は、適度に湿って温度もあるため、放置すれば細菌の繁殖にはうってつけの場所です。口からのどに流れた細菌いっぱいの唾液は、気管へと落ちていきます。それは「カフをしっかり膨らませているから大丈夫」と思っていたら大間違い。カフを膨らませていても100%落ちないというものではないのです。カフを膨らませた状態でも気管との間でしわができ、毛細管現象で少しずつ流れていくと言われています。
それでは、予防も何もないではないか--と思われた方、決してそうではありませんからご安心ください。細菌が少々入ってきたところで、私たちの体には免疫機能が働いているのです。感染の状態は、入ってくる細菌の強さや量と、自身の抵抗力のせめぎあいで後者が負けてしまったときに起きるものです。
 
細菌を減らす最善の方法 口腔ケア
細菌の強さという面では、多数の病原微生物がうようよしている病院と違って、在宅ではそれほど強力な細菌類は多くは存在しないでしょう。(飼い猫が呼吸器にじゃれついて回路を噛んでいたお家もあったので、多少の例外はあるかもしれませんが…。)そして、ALSの患者さんの場合、内臓機能は問題ない方が多いので、免疫機能もさほど落ちてはいないと思います。問題になるのは、細菌の量です。
気管に入る細菌の量を減らす簡単で最善の方法は口腔ケアです。朝晩歯磨きをすれば、それだけで辛い肺炎になる可能性が低くなります。柔らかい歯ブラシを使って、歯ぐきのマッサージを行っていれば、歯肉炎も防げます。舌も汚れやすいので、柔らかい歯ブラシや、モアブラシなどを使って、舌苔を取り除きましょう。また、口腔吸引をしていても、のどの奥(口蓋垂の両わき辺り)にねばい痰がからんで気持ち悪いと言われる患者さんは多いようです。それもモアブラシなどで丁寧に取り除き、仕上げに水をたっぷり流しながら吸引歯ブラシで吸い取れば、スッキリしますよ。
口の中を清潔にしておけば、気になるにおいもなくなります。筋肉の痩せとともに歯茎も痩せて歯が内側に倒れこんでくる場合があります。歯並びが悪くなりがちですので、一層細やかなケアが必要になってきます。
患者さんは、口の中に唾液たっぷりで溢れ出るほどの方と、カラカラに乾燥してしまう方の両極端になる場合が多いように思います。唾液には抗菌・洗浄作用があるのですが、カラカラの状態ではその作用は低下し、むし歯や歯周病になりやすくなります。口腔ケアとともに、適度な湿度を保てるように、保湿用のジェルやスプレーなどを適宜使用すると良いでしょう。また、唇が乾燥しがちなので、リップクリームも欠かせません。
 
                     お鼻のケア
もうひとつ、鼻のケアも忘れずに…。鼻から吸引しているからきれい、と思っている方、試しにティッシュを丸めて鼻の中を拭ってみてください。きっと汚れているはず…。鼻と口はつながっていますから、鼻の汚れはのどにも入っていきます。鼻の奥は細菌がたまりやすい場所ですから、毎日ティッシュや綿棒できれいにしてください。
 
保湿用品の例
 
 
 
 
患者さんが使われている物品を紹介します。
 
 
                  
 
  
 
 
 
 
 
      
 
 
 
 
 
開口幅が小さい患者さんの場合、吸引歯ブラシは小さめのほうが使いやすいでしょう(吸引用の穴が小さいので、吸引力が弱くなる点はマイナスですけど)。持続的な開口が困難な場合は、ライト付きの開口器具を使うのもひとつの方法です。
 
私は、水をたっぷり流しながら洗うのが好き(?)なので、注水ボトルと吸引歯ブラシをセットでお勧めしています。ただし、水がのどに流れていかないように、歯磨きをする前には吸引を行い、カフエアが適正量入っているかの確認をしてください。(カフが膨らんでいても流れ落ちると先ほど書きましたが、そのスピードは違いますから…。)
口腔ケアに関しては、歯科医や歯科衛生士の訪問をぜひ活用してください。物品の紹介や、個々に応じた注意点、姿勢の工夫などについても丁寧に指導してもらえるはずです。
「芸能人は歯が命…」というCMがありました。口腔ケアで虫歯や歯肉炎、肺炎の予防を行い、爽快感を得ることで生命力もアップするでしょうから、患者さんにとっても、文字通り命につながるもの…かもしれませんね。