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<講 演>
誤嚥防止術としての喉頭気管分離術
笹井久徳先生(関西労災病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科)
ご紹介いただきました関西労災病院耳鼻咽喉科の笹井です。
神経内科の患者さんの誤嚥防止とQOLの向上を目的とした手術には、中江さんのご報告にあった「声門閉鎖術」がありますし、それ以外にも幾つかの手術があります。そうした手術にはそれぞれのメリット、デメリットがありますが、そういうお話はなかなかお聞きになる機会がないと思いますので、今日は誤嚥防止術としての「喉頭気管分離術」に特化した形でお話をさせていただきます。
○進化の過程で誤嚥しやすくなった
まず嚥下に関してですが、嚥下を三つに分けて、どこに障害があるかを診断します。たとえば舌の送り込み、食べ物を送り込む咽頭(いんとう)ですね、これは前が気管で、後ろが食道です。食べ物が前に入っていくのがいわゆる「誤嚥」といわれるもので、本当は後ろの食道のほうに入っていかないといけないのですね。
ただ、人間は二足歩行になって、会話ができるようになったということは、実は喉頭が垂直になり、頸が垂直になりますので、食べ物が誤嚥しやすい。つまり、言葉を獲得したと同時に、誤嚥をしやすいような構造に進化の過程でなっています。これが四足歩行の動物であれば、頸がグッと前に出ますので、誤嚥が非常に起こりにくいのです。人間は言葉をもつことで誤嚥しやすい構造をもつことになってしまった進化の過程があります。
○筋肉や神経が複雑に絡み合う嚥下の動作
一番大事なのは、やはり送り込んだ食べ物が気管のほうに入らないようにすることです。普通は食道のほうに流れていきます。だけど、いろんな筋肉や神経が複雑に絡み合う一瞬の動作ですから、誤嚥なしに食べ物を食道に送り込むのは、なかなか難しいというのが実際です。
上の図は、食べ物が喉頭、気管のほうに入ってしまっている。喉頭というのはノドボトケのある部分ですね。声を出すのは、喉頭の中に声帯がありますから、そこが振動することによって声のもとがつくられています。それも大事なんですが、さらにもっと大事なのは、食べ物を交通整理するということです。食べ物が肺に入らずにしっかりと食道に入るように、要はこの喉頭自体が、唾液をゴクッと飲むと、背骨1個分ぐらい上がることによって喉頭蓋がグッと寝て、食べ物が押し込まれて食道のほうに入っていく、一瞬でこのような働きというか、交通整理がされます。その動きが悪くなったり、神経の動きが悪くなったりすると、食べ物が気管の中に入って「誤嚥」ということが起こってしまいます。
たとえば、鼻からカメラで誤嚥があるかないかをみる場合は、こういうふうに見ています。(下・左の写真)ここに声帯があって、その奥が気管です。印をしているここが食道の入口になっていて、今は閉じています。ごはんを食べる瞬間にパッと開いて、喉頭のここの部分はフタが閉じて、食べ物が後ろにポンと放り込まれて、また元のこういう状態に戻る。
(前ページの下・右側の写真)こちらの写真を見てもらうと、唾液がこういう状態でたまって、今にも声帯を越えて喉頭のほうに入りそうになっている状態です。こういう状態になると、誤嚥する危険性が非常に高いと判断します。
○嚥下障害のある患者さんの治療
一般的に、嚥下障害がある患者さんの治療の流れとしては、まずは脳卒中の方であればリハビリをしたり、それでもやはりむずかしいということであれば、補助的な手術をします。誤嚥がひどい、経口摂取がむずかしいということであれば、気管切開をしたり、胃ろうをつくります。気管切開で誤嚥を完全に防ぐというのはまず無理なので、誤嚥性肺炎、嚥下性肺炎が起こる場合には誤嚥防止手術という流れになります。
ALSの方であれば、リハビリというのは危険を伴うものであったりするので、すぐに気管切開を受けられて、それでも誤嚥性肺炎で悩まれているのであれば、やはり誤嚥防止手術という流れになるかと思います。
○気管切開をすると誤嚥しやすい
一般のドクターにもなかなか知られてないことなんですが、実は気管切開というのは必ずさらに嚥下障害を悪くします。気管切開をすると必ずより誤嚥しやすくなることは大体わかっていることで、カニューレが入りますから、特にカフが付いているカニューレを使うと思いますので、どうしても先ほどお話ししたように、ごはんとか唾液を飲み込むとき、喉頭が背骨一個分グッと上がらないとダメなんですけれども、ここにカニューレが入ることによって、単純にノドをグッと上げる動きがより悪くなります。ロックされるような形になります。
もう一つは、カフがありますので、気管に水一滴でも入ればかなりむせてしまうのですが、カフに唾液が垂れ込む状態がほぼずっと続いた状態になってくると、ノドや気管がセキをする感覚が鈍くなってしまう。つまり、気管に垂れ込んでもセキ込んだりしないということが起こってしまいます。カフが付いていても実はこのワキから少なからず誤嚥が少量は起こりますが、それでもセキが出にくいという知覚の低下があるので誤嚥性肺炎がおこりやすくなります。
また食道は気管の後ろにありますので、カフをふくらますことによって食べ物が物理的に通過しにくい。たとえば物を飲み込んだりするとき、必ず皆さん息を止めておられると思うんですね。止める息は、必ず吐く息のほうで止まっているはずなんです。一回ゴクッとツバを飲み込んでもらうと必ず、そのあと吸う人はいらっしゃらないと思います。逆に飲み込む瞬間は息こらえをしてますので、息こらえをするということが、実は食べ物を飲み込むということにおいては非常に大事なんです。ただ、気管切開されると、どうしても息は息、食べ物は食べ物というふうに、気道と食道が分離されます。食べ物を嚥下する際に息こらえができなくなってしまうので、さらに誤嚥しやすくなってしまいます。
そういったことから、カフ付きのカニューレを気管切開のあとにされると、どうしても誤嚥というか、嚥下障害がさらに悪化するということは避けられない。そういった状況で嚥下性肺炎を繰り返してしまう場合には、誤嚥防止手術、要は誤嚥を完全に防止するような手術が適用になってくると思います。
○誤嚥防止手術の種類
その場合に、先ほどご紹介がありましたけれども「声門閉鎖術」というのもありますし、大きく分けると、喉頭をとってしまう「喉頭全摘術」これはもちろん元の状態に戻すことは不可能な術式です。
声門閉鎖術も一応喉頭の枠組みは残すのですが、声帯の部分を大体縫ってしまいますので、いわゆる瘢痕(はんこん)の状態にして食べ物が気管にいかないようにするという状態をつくりますので、元の状態に戻すことは不可能になります。
基本的にぼくらは神経難病の患者さんには、「喉頭気管分離術」をお勧めしています。これの一番のメリットは、誤嚥を防止する働きは声門閉鎖術も喉頭全摘術も全く遜色ないと思いますが、ただ一つ、喉頭気管分離術は喉頭という部分をさわりませんので、元の状態にもどすということが理論上は可能といわれている術式です。実際小さなお子さんで、小さいときに誤嚥がひどくて気管分離術をされて、中学生ぐらいになって嚥下の状態が、原因がわからなくても元に戻った場合に、手術でもう一回元にもどして、気管孔を閉鎖した報告もありますので、ぼくらとしては、喉頭自体をさわらないという術式を選ぶのがベターかと思って選択しています。
これまでに大阪府立急性期総合医療センターと現在の関西労災病院で約48名の方に誤嚥防止術を行いました。その内訳は神経難病の患者さんが約20例で一番多く、そのあとは重症心身障害児・者の方や脳卒中のあとの方、外傷後の方などがいらっしゃいます。手術数は延べ49例。先ほどぼくは喉頭気管分離手術をお勧めしたのですが、トータルでいうと喉頭気管分離手術は22例、喉頭全摘が27例と、喉頭全摘のほうがちょっと多くなっています。
基本的には声門閉鎖術や、喉頭全摘術を、ALSの患者さんには初めからお勧めすることはありません。喉頭全摘術というのはふつうは喉頭がんの患者さんに行うのですが、メリットでいうと喉頭という大きな硬いものがなくなって、その分の空間ができますから、ごはんを食べることではより容易になるとは言われています。
一方、喉頭気管分離術というのは喉頭を温存しますので手術を受ける際に患者さんの精神的な負担を少しでも軽くということから、手術の承諾は得やすいのではないかと思います。そして元にもどすことが可能な術式です。
これが喉頭気管分離術の大まかなシェーマ(図式)です。たとえば、ここが喉頭で、ここに気管、もともとはこの断端と断端が一つにつながっていた、そこを切らせていただいて、一つは閉鎖する、もう一つは閉鎖した断端を食道につなげることによって、誤嚥してきた食べ物が食道のほうに流れる。こういう両方の手術を合わせて「喉頭気管分離術」、要は喉頭をまったくさわりませんので、元の状態に戻すことができるという理論上のメリットはあります。
上の写真は、ALSの患者さん3人の方の実際の手術後の傷あとを見せてもらって撮影させていただきました。傷は横に、シワに添って切りますので、あまり目立たないのです。大体5、6センチぐらいのシワなので、ほぼ気管切開と同じ傷あとになります。カニューレを入れると、まったく傷あとは見えないですし、気管切開だけの方と何も変わらない状態になります。
喉頭全摘術ですが、重症心身障害者の方はカニューレなしに生活されてる方がほとんどなので、大きなノドボトケが残ったままだと、そのノドボトケが気管腔を覆ってしまって息が詰まってしまうとか、そういう事故が起こることがありますので、あえて重症心身障害者の方に関しては喉頭全摘手術をぼくらは勧めています。
○疾患別の誤嚥防止手術の術式の違い
神経難病の患者さんでは圧倒的に喉頭気管分離術が多くて、重症心身障害児・者の方では逆に喉頭全摘術が多いという内訳になっています。神経難病の患者さんは、ぼくらの施設では喉頭気管分離術を第一選択に勧めています。その理由として、喉頭を完全な形のまま保存して元の状態に戻すことが理論上は可能であるということ。もちろん、誤嚥を完全に防止します。手術時間は最も短いと思います。手術時間は1時間半から2時間弱です。身体に対する負担は気管切開と同程度の負担で終わることができると思います。そして、皮膚の切開が小さくて、首のシワに添って横に切りますので、カニューレを付けると傷が目立たないというメリットがあります。手術のあと、ちょっと目立つように思われるかもしれませんけれども、傷はきれいに治ります。手術中の出血はほとんどしないです。
○誤嚥防止手術の適応
誤嚥防止手術の適応としては、難治性の嚥下障害があること。音声言語でのコミュニケーションが難しいこと。原疾患による嚥下障害が一時的なものではなく、進行的であり不可逆的であるということ。そして一番大事なのは在宅療養の希望があることですね。
短所は、音声を失ってしまうということ。手術を終わって初めだけ、ちょっとの間、空気を呑んでしまうという方が中にいらっしゃいました。それも短所として挙げています。次に手術ができる施設が限られているということ。そして手術に伴う合併症です。気管分離で気管の上のほうを縫ったり、食道につなげるほうでも縫うという操作が出てきますので、そこの縫ってるところがちゃんと付いてくれるかというのが、合併症として術後、特に気をつけて見ていくところです。
術後の合併症で、東京の病院で出しておられたのですが、成人の方の気管分離術で35%ぐらい縫合不全が出たという報告がありました。ぼくらの施設では2人、他の病気の方で縫い目が付きにくかったという方がいらっしゃいました。神経疾患の方に限ると、17名の方全員、幸い今まで縫合不全は経験したことがありませんでした。
○術後の症状の改善――吸引回数の減少
術後の症状の改善と利点についてですが、もちろん術後、誤嚥性肺炎は完全に防止できます。先ほどの発表でも誤嚥が減ると気道の分泌物の低下がみられる。気管孔周囲の汚染もなくなりますし、吸引の回数は減少します。食べるという働き、機能が残っておられる患者さんであれば、もちろん安心して経口摂取ができるようになります。
ただ、この手術は誤嚥の防止手術ですので、たとえば食べ物を食べやすくするとか、嚥下を改善する手術ではないというのはよくご理解いただきたいと思います。
人工呼吸器を装着されてる方においては、たとえば在宅でカニューレが抜けたりする事故抜去のことも考えておかないといけないのですが、そういうことになっても永久気管孔になってますので、とりあえずご家族でも誰でも、カニューレをパッと入れ戻すことができるメリットは非常に大きいと思います。そして術後、音声の消失についての不満の訴えというのは、ぼくの経験した患者さんの中にはありませんでした。
これはアンケートで追跡できた患者さんのデータをまとめたものです。手術されたときの年齢の平均は62.7歳。70代の方も何人かいらっしゃいます。発症時の年齢は59.9歳、発症から胃ろうまでの期間は20.5カ月、31.2カ月ぐらいの経過で手術を受けられた方が多かったです。手術時間は平均102分、約1時間半ですね。退院までは3週間ぐらい。術後カニューレの不具合がないかとか、感覚の違いとか、慣れていただくということで、ちょっと長めに入院してもらっています。
幸い術後の合併症はありませんでした。
術後は誤嚥性肺炎の入院回数は0回。吸引の間隔は、日中、術前は45分おきぐらいが平均であったのが、術後は2時間以上になった。夜間は1時間、2時間おきぐらいだったのが3時間以上の間隔になったというお答えでした。
他の施設の喉頭気管分離術後のアンケートによると、特に夜間の吸引回数が非常に減って、吸引の間隔が延びる。特に在宅の患者さんにとっては、吸引のたびに患者さんも起きますし、介護されてる方もそのつど起きないといけないので、夜間の吸引の間隔を改善できるのは非常にQOLの向上につながると思っています。
これは熊本大学で出しておられたものですが、喉頭全摘、また喉頭気管分離を受けた患者さんとご家族の満足度ということです。誤嚥を繰り返していた患者さんで、やはり「うつ・スケール」で評価すると、吸引の回数が減ったり、誤嚥も減ったりということで、精神状態も著明に改善していたという報告があります。
そういうことで、誤嚥防止手術というのは、困っておられる患者さんには術後、精神的にもQOLを上げる可能性が十分あるのではないかと思っています。
ご静聴ありがとうございました。(拍手)
―会場からの質問―
○奈良市の○○です。いまお話しいただいた手術は、必ず必要になってくるものなんでしょうか。
○笹井先生 必ず、といういうことはないです。在宅の患者さんを見られている先生方が、誤嚥防止手術を受けられた患者さんを診られたことがないと、どうしてもメリット、デメリットというのが実感としてわかりにくいので、紹介しにくいということもありますから、誤嚥性肺炎を何回か繰り返したことがあるとか、あとは痰の吸引の回数が非常に多いとか、そういったことで診られている在宅の先生からご紹介いただくということが圧倒的に多いですね。
○○ もう一点、誤嚥で肺に垂れ込んでしまった鼻汁がありますね。それは排出する方法はあるのですか。
○笹井先生 肺の奥に入ってしまうと、残念ながら吸引しないと難しいと思います。
○患者の家族で矢島と申します。母も気管切開して1年になります。鼻からの吸引や口からもしっかりしていかないと、滲出性の中耳炎になりやすいとお聞きしたのですが、在宅に移ってから1回も鼻からは吸引したことがないんです。やっぱりしないといけないものなんでしょうか。
○笹井先生 鼻の奥には耳とつながっている耳管というのがあります、皆さんも高いところに登ると、唾を飲んだり嚥下することによって、気圧を調節しているのですが、ALS患者さんでは唾を飲み込むということ自体が難しくなってくると、嚥下にて気圧の調節というのができなくなるので滲出性中耳炎になりやすくなるのではないかとぼくは思っています。
一般的に滲出性中耳炎というのは、チビッ子とかがよくなるのですが、それ以外にも鼻と耳をつなぐ耳管がうまく通ってない方がなられるので、その調節は、唾を飲む嚥下でしているので、吸引ももちろん大事ですが、その吸引だけで100%予防できるかどうかは難しいかもしれません。ただ吸引することで、鼻の奥に貯留している鼻汁とか、いわゆる感染の機会というのは減少させることができると思うのでやはり必要じゃないかと思います。(以上)
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