療法と遺族の心の音楽癒し

遺族 加藤豊子

花の季節がまためぐってきます。

 夫・加藤宗价は昨年、桜の花の散るころ浄土へ旅立ちました。

 2006年(平成18年)春 ALSの告知を受けて以来5年余り、在宅で療養生活を送って参りましたが、レスパイトのつもりで入院したクリニックで、1週間手あつい緩和ケアを受け、最期は苦しむことなく逝きました。

近藤先生の講演
夫を思い出して涙が

 今年2月26日、日本ALS協会近畿ブロックの水町様のお誘いで「難病患者の医療・福祉・介護を考える府民のつどい」に参加しました。公立八鹿病院福祉センター長、脳神経内科部長の近藤清彦先生の講演会を聴き、音楽療法に取り組んでおられるお姿を映像で拝見しました。

 先生が竪琴(ハープ)を奏でながら歌をうたわれますと、ALSの患者さんがわずかに動く手で拍子を取り、手が動かなくなると、まぶたで拍子を取っておられる姿を拝見し、夫のことを思い出して涙が止まりませんでした。

 私も夜、寝られない夫のために枕元でよく子守唄がわりに歌をうたってあげました。「あざみの歌」「かあさんの歌」「四季の歌」「忘れな草をあなたに」……ときにはには「六甲おろし」等々。 

 訪問看護師さんで、のちに転職して病院勤務になられた方がギターを持ち、ヴァイオリンを弾く姉妹おふたりを伴って、うちでミニホームコンサートを開いてくださったことが何度かありました。そのころは夫も声に出して歌うことができました。ギターとヴァイオリンの伴奏で「六甲おろし」をうたった人はそれほど多くはないでしょう。

音楽が夫の心を動かし
私自身のグリーフケアに
 当時の私は音楽療法という言葉さえ知らずにいましたが、音楽が夫の心を強く動かしていたのだと、いま、思います。その後だんだんバイパップが一時も離せなくなり、歌うこともできなくなりました。

 最期の夜、寝る前に「歌、うたおか?何がいい?」と尋ねますと、苦しい息の中で、言葉にならない声をしぼり出すように「ア、ウ、エ、ア、ウ、ア」。私には確かに『忘れな草』と聞き取れました。

♪別れても別れても心の奥に 

  いつまでもいつまでも おぼえておいてほしいから♪

夫亡きあと私は何度もこの歌をうたいました。遺影に向かって泣きながら、ときに「なんで私を残してこんなに早く逝ってしまった」と愚痴をこぼしながら、ときに「私に苦労をおしつけて、自分ばかりにこにこ笑ってる場合か」と毒づきながら。

 歌が夫の心の支えになっていたのと同じくらい、あるいはそれ以上に私自身の心の癒し、グリーフケアになっていたのだと、いま、気づきました。音楽療法の大きな力を教えて下さった近藤清彦先生に感謝申し上げます。

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