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休職を勧められる
「え! それはつまり辞めろということですか!」
桜の木もピンクの花からすっかりと青々とした葉っぱに入れ代わった4月下旬に、職場の上司に呼ばれて調理室から事務所に行くと、さらに上役が二人いた。
上役の話は「1月から、君の補助としてパートをいれているが、これは異常である。
少し考えてくれないか?」という内容であった。幸いにも僕が勤めている保育所には休職制度があるため、辞めろとは言わないが、休職を勧められた形だ。しかし、このALS
は少し休んだら治るでも良くなるわけでもないので、事実上僕にとっては、休職=辞職であった。いずれは、休職するつもりでいた。
しかし、人から言われるとかなりショックであった。
2000 年から保育所に働きだし、丸10 年がたった。以前働いていた病院と違い、作った料理を「これ、めっちゃおいしい」と最高の笑顔や、「これ、まずい」と顔をクシャクシャにする子どもたちの素直で厳しい採点に、「ありがとう」や「身体にいいから頑張って食べてなー」と笑顔や苦笑いの返答をする日々に、料理を作る喜びと楽しさとやりがいを感じていたので、保育所の仕事はとても大好きで、できれば定年近くまで続けたいと思っていた。
しかし、この日から具体的にいつ辞めるか?とカレンダーを見る日々が続いた。それから約3週間が過ぎたある日、仕事を終えて帰ろうと、出入り口の門扉の鍵(約160
センチの高さにある)を開けようと手を上げたら、そのまま後ろに倒れて後頭部を強打してしまった。このとき、どうやら脳震とうを起こしたらしく、その後の保育士さんたちが介抱してくれたことや迎えに来た父の車に乗って約20
分かかる自宅までの道のりの記憶が夢のようにあいまいで、意識もうろう状態で、倒れる前後の記憶は今でも思い出せない。
いったん自宅に戻り、妻を乗せて、子どもたちは妻のお母さんに見てもらい、中央市民病院に行った。このあたりからから意識がしっかりしてきた。
MR を撮ったが異常もなく、自宅に帰ることができた。
次の日は土曜日で休みだったのでゆっくりすることができた。
それから数日後に上役がきた。てっきりこの出来事で来たのかと思ったが話に出ず、前回の休職の答えを求められた。今回は自分の中では答えが決まっていた。
「休職します。まだ、有給があるし、都合もあるので、いつから休むかは決めていないですが」と言うと、上役たちは安堵の顔を浮かべた。
上役たちは変に働いて怪我をされて労災になるよりかは、休んでもらった方がいいという感じであった。
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