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アイラブ・神戸
ネバーギブアップ 松平 正子
1995年、17年前の阪神大震災の時に、松平猛さん(58歳)は神戸市中央市民病院に入院中でした。人工呼吸器は吹っ飛び、個室のドアは開かず、病院職員によって救出されるまで(5分くらい?と本人)自発呼吸でもちこたえたのは奇跡でした。自宅には妻・正子さんと、娘、息子の3人が住んでいましたが、全壊に近く、近くの小学校に避難しました。
猛さんは2003年に闘病15年で亡くなり、今年は10年目になります。
猛さんは「アイ・ラブ・神戸」「ネバー・ギブアップ」という言葉を家族に残しました。
妻・正子さん(70歳)は昨年、進行性球麻痺と診断されたそうです。「まさか主人と同じ病になるとは」と驚きつつ、ご主人の闘病中、たくさんの患者を見てきたので、いろんなことを受け止め、前向きにやっていくしかないとおっしゃる正子さんから、原稿と絵をいただきました。
主人と同じ病に
私は神戸に住む松平正子と申します。
主人もALS近畿ブロックの水町さん、豊浦さん、西村さん、前主人のケースワーカで今会の相談者になられてる加藤さんやその他多くの皆様にお世話していただき、闘病生活15年で亡くなり、今年の10月で10年になります。本当に良くしていただき、感謝感謝の気持ちでいっぱいです。
私は昨年の1月と2月に皮膚癌で2回手術してから、体調が少しずつ悪くなり、6月頃から、うがいができないのとしゃべりにくいので近くの耳鼻科でみてもらいましたが、何ともいわれませんでした。疲れやすい、しゃべりにくいがなおらず、加藤さんに相談しましたら、セカンドオピニオンとして中央市民病院へ行った方がいいと言われました。主人も同じところでお世話になりました。
9月に耳鼻科に行きましたが、神経内科へ行きなさいといわれまして、そこでいろんな検査をうけまして、最後の針を使用しての筋電図検査をし、10
月24日に、進行性球麻痺と言われ、進行すればALSになるといわれびっくりしてしまいました。まさか主人と同じ病になるなんて思ってもいませんでした。
でも神様はその人その人にいろんなことを与えるから、きたら受けとめ?! 前向きにやって行くしかないなあと思いました。それは主人の介護中、いろんな患者さんを見て、そういう方が沢山いらっしゃいました。主人もそうでした。
ALSは足手口からくるが、女の人は口からの人が多いと先生は言われました。あまり痩せないうち胃ろうを作った方がいい、それは水町さんもいってくれました。それとしゃべられなくなるからパソコンを練習したら、ともいってくれまして、いま、娘から教えてもらっていますが、なかなか難しいです。でもすぐそばでわからないと教えてくれるのでとても助かっています。
前向きにやっていくのが一番いい
このごろ足の動きが悪く、階段の上り下りがしんどくなり、重い物はもてない、しゃべりにくいですが、でも食べ物はいまのところ何でも食べれてますので、胃ろうはまだつくらなくてもいいと先生はおっしゃいました。毎日嚥下のリハビリを、食べた後1日3回しています。
ヨガも、はがき絵もやっています。できることは前向きにやっていくのが一番いいと思いますし、進行も遅いと思います。まさかまた近畿ブロックの皆さまにお世話なるなんて思ってもいませんでしたが、これからもいろいろお世話になることと思いますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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