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特定非営利活動法人 ALS/MNDサポートセンターさくら会は、平成 24
年度社会福祉振興助成事業の助成を受けて、「被災地に聞け!進化する介
護 2012」を実施しました。実行委員会には近畿ブロックから樋上静さんが
参加しています。今年 3月にまとまった報告書から、岩手看護短大教授・鈴
木るり子先生の講義を中心に、要約をご紹介します。
ALS/MNDサポートセンターさくら会は、平成 24
年度社会福祉振興助成事業の助成を受けて、「被災地に聞け!進化する介
護 2012」を実施しました。実行委員会には近畿ブロックから樋上静さんが
参加しています。今年 3月にまとまった報告書から、岩手看護短大教授・鈴
木るり子先生の講義を中心に、要約をご紹介します。

被災者に聞け!
進化する介護 2012

被災地で医療的ケアを必要とする人の実態調査

独立行政法人福祉医療機構社会福祉振興助成事業
平成 25年 3月独立非営利活動法人
ALS/MNDサポートセンターさくら会


はじめに


さくら会は発足以来、全国から舞い込む療養相談と重度訪問介護従事者の
養成をしてきましたが、特に岩手・宮城・福島の被災3県から多くの相談が
ありました。震災後の福島県のニーズは特殊で、難病患者の多くは避難した
まま自宅に戻れずにいます。震災から一年後の平成 24年3月末に南相馬市
市立総合病院に赴任した小鷹医師から

「町から難病が消えた。私がここにいることを伝えてほしい。」


と言う強い要望もありました…。「社会福祉士及び介護福祉士法の一部改
定」に基づき、平成 24年度から、ヘルパーによるたんの吸引等が施行され
ています。この法制化に際して、さくら会は「特定の者」の研修モデル事業
を請け負った団体として、被災地で家族以外の者による吸引等の行為が実施
されているか、どのような具体的支援が必要かを調べたいと思い、本事業に
申請いたしました。
定」に基づき、平成 24年度から、ヘルパーによるたんの吸引等が施行され
ています。この法制化に際して、さくら会は「特定の者」の研修モデル事業
を請け負った団体として、被災地で家族以外の者による吸引等の行為が実施
されているか、どのような具体的支援が必要かを調べたいと思い、本事業に
申請いたしました。

今回の法改正で、被災地以外の地域でも混乱がみられます。ですから、震
災の被害の激しかった地域では、医療とケアに係る人材不足や、在宅生活に
必要な情報が停滞するなど、さらなる混乱と不便が強いられていることが予
想されました。介護体制が整わないということで、患者・高齢者の命が危機
的状況に晒されることもあります。自宅に戻れない患者・高齢者が大勢いる
ことを知り、居ても立てもいられなくなりました。

本事業では、実際に被災地で支援に直接関わっている専門職や当事者の話
をじっくり聞くことと、彼らに依頼し戸別訪問や対面調査を実施しました。
そうして、被災地特有のケアニーズを徹底的に調査し、政策提言につなげた
いと思い、取り組みました。いずれは岩手、宮城、福島の三県において、さ
くら会がこれまで都内で実施してきたような、一般市民をヘルパーに養成す
る研修を定期的に開催できるよう、その基盤として全国の専門職と被災地の
専門職を取り結ぶネットワークを作ることを目標に、シンポジウムを開催し
てきました。

津波で壊滅的被害をうけた被災県の沿岸部に、わたしのような障害当事者
がおとずれ、直接発信することに意味があります。難病や重度重複障害の当
事者が移動することで、その後に計り知れない選択肢が生まれます。時に、
雇用を生み、時に、交流や地域支援ネットワークが生まれます。医療支援ネ
ットワークの構築が叫ばれて久しいのですが、この東日本大震災では、地域
医療と保健福祉の関係性が必ずしも良好でないことが露呈しています。県内
の当事者の努力も重要ですが、離れた場所からの支援の継続と現地で頑張っ
ている支援者への応援が、ますます重要になりつつあることが、本事業での
取り組みで明らかになりました。

平成 25年 3月 26日橋本みさお


「被災地に聞け!進化する介護」in東京国際フォーラム介護」in東京国際フォーラム

平成 24年 7月 14日

岩手看護短期大学教授・鈴木るり子先生の講義

「基礎的な介護技術に関する知識」

皆さんは津波で流された車がどうなっているか
ご存知だと思いますが、雑巾が絞られたようにな
っています。絞られたようなこの車の中にご遺体
があります。ですからまだご遺族の方は、このス
クラップ状になってしまって錆ついた車の中を捜
して歩いているということです。ここはその山田
町の老人保健施設「シーサイドかろ」です。皆さ


んも報道されていましたのでご存知だと思いますが、ここの介護職員、それ
から入居している方がたくさんお亡くなりになりました。この津波はですね、
3時22分に来ましたので、皆さん大津波に流されていっている人とかですね、
「助けてくれー」という声を聞いて助けた人が残されているということです。

これは有名な高田松原の松です。一本の松が残ったのですが、この松も今
は命が枯れています。これは高田松原に残った一本の松の前のところの国道
ですね、45号線になりますが。こういうような状態になり、そして満潮時に
なると水没して海になります。これが私が住んでいた町、そして私が勤務し
ていた職場です。ここが報道されていますし、皆さんおわかりだと思うので
すが、ここまで津波が来まして、役場の職員 40人は亡くなっています。助
かった職員たちも鬱の治療を受けているというのが現状でございます。この
屋上にいた人たちは助かったのですが、たくさんの方が亡くなりました。

この観光船が打ち上げられた隣がうちの姉の家でして、まだ行方不明です。
全ての行政機関、それから医療施設、全て無くなりました。あとは小学校、
中学校とかですね。浸水面積は、4平方キロメートルにわたり、市街地の 52
パーセントが浸水したというのは、これは岩手県一ではなく、岩手県、宮城
県、福島県で最大でございます。壊滅しました。この大槌町というのは、非


常に自然が美しく、そして水
が湧く、海の中からも湧水の
ある非常に美しい町だったの
です。

そして住んでいる人も私を
はじめ非常に美しい、そうい
う人たちが暮らしていて町を
作っておりました。これが井

上ひさしの「吉里吉里国」の
モデルになった砂浜の、キリキリと鳴る白い砂浜でございます。それから淡
水のイトヨですね。イトヨがいるということは、バイカモという水草があり、
美しい水でなければ、美しい水が湧かなければ住めない、天然記念物の魚で
す。これが私が住んでいた赤浜のところにあった宝来島で、井上ひさしさん
の「ひょっこりひょうたん島」の人形劇のモデルになったところです。です
から、大槌町で昼 12時の音楽は、ひょっこりひょうたん島の音楽がかかり
ます。この灯台が半分に折れてしまっています。こういう美しい町が、この
津波が来ました 3時 22分、白い煙をあげて町を破壊していったのですね。
堤防があり、こういう大きな津波が来ると思っていなかったんですね。津波
は来るぞと言われていたのにですよ。

(中略)

これが私が住んでいた町です。あの津波で家が壊滅し、その後、火事で焼
けています。これが我が家です。この上に我が家があります、ありましたが。
もう全て私たちの物は持っていかれました。この家は我が家の隣の家じゃな
いのですね。津波というのは、来た波と引き波でいろんな家とか物を持って
きています。これもよその家です。これは私の家の前にあった家です。この
「〇」印は、この中には「ご遺体は無いよ」ということです。「もうこれは
壊していいですよ」ということですね。車もそうです。ご遺体を捜していた
のですが、このヘドロの下にご遺体がたくさん。これは電信柱ですからね。
こうした瓦礫の撤去は、ここも 93人の方が行方不明になっていますので、
ご遺体があるということで、時間をかけてきれいに丁寧にやっています。


私は地元で保健師をしていましたので、3月 3日(の避難訓練)にはこの
校庭に、980人住んでいる地区なのですが、皆さんを誘導しました。ここが
避難所になっていましたので、私は 28名ぐらい誘導して、ここに皆さん集
まってもらって、それでじゃあ解散しますよと言ったところです。ここまで
津波が来たのです。だれも想定していなかったのです。ここに誘導していた
私って、何をやっていたのだろうと思っています。
3月 3日(の避難訓練)にはこの
校庭に、980人住んでいる地区なのですが、皆さんを誘導しました。ここが
避難所になっていましたので、私は 28名ぐらい誘導して、ここに皆さん集
まってもらって、それでじゃあ解散しますよと言ったところです。ここまで
津波が来たのです。だれも想定していなかったのです。ここに誘導していた
私って、何をやっていたのだろうと思っています。

これがですね、遺体安置所になっていたお寺です。津波のご遺体っていう
のは、皆さんも報道されていていくらかご存知かもしれませんが、衣服は着
けてない人が多いです。剥ぎ取られています。それから、お顔もですね、髪
の毛もヘドロで汚れています。ところが、水が出ませんでしたから、1ヶ月
は断水していました。また電気も 1ヶ月は通っていませんでしたので、ご遺
体が来ますと、この雪でお顔をできるだけきれいにしました。私が 13日こ
こに入ったときにはまだご遺体がたくさんありました。毛布とかは全然あり
ませんでしたので、その辺りにある新聞紙とかですね、そういうのをかけて、
お寺に連れていきます。うちの姉のご遺体もあるということで、私たちも行
ったのですが、そこでご遺体が運ばれて来ますと、住民がみんなでその方の
お名前を「この人はこうだよね」と、毛布をかけてくださった上に名前をつ
けてくださっていました。私も、うちの姉だ、姉のご遺体だと言われて行き
ましたら、間違いでした。そのご遺体はちょっと指が無かったのですが、う
ちの姉は指がありましたので、別の人ですね、ということを確認すると、ま
たその人のお名前をつけるということをみんなでやっていきます。

こういう状態が、この大規模被害が起きたときのあの地域の状態になりま
す。津波ということ、津波の害というのは、今までの阪神大震災とそれから、
新潟、新潟の小千谷と違う被害が及ぶということですね。この赤くなってい
るところが、大槌町の津波の、津波で浸水した地域です。私たちがローラー
作戦かけてわかったのですが。ここは安渡地区というところで、家が全壊し
たところ、それから半壊したところ、被害がない。こういう風にして地域に
なっているっていうことなのです。全壊したところだけが、じゃあ津波の被
害があったのかということではないですね。町全部が被害地だということが
よくわかりました。それはどういうことかというと、被害が無いところのお
宅は、その被災した人たちを受け入れていたのですね。水が無い、電気が無


い中で、親戚とかですね、そういう人たちを受け入れていました。食糧もあ
りませんでした。その人たちがみんな避難所に行ったとしても、りませんでした。その人たちがみんな避難所に行ったとしても、

自分が生き残ったことに対する罪悪感、これはサバイバーズギルト
ということで、皆さんも耳にしていると思いますが、これが非常に生
き残った人たちを苦しめてきました。

先ほども言いましたが、津波は 3時 22分でしたので、津波に流されてい
って、「助けてー」っていう声をたくさん聞いている人が生き残ったんです
ね。そういうことについて、ほんとに心のケアが必要だなって思っています。
それから浸水したところ、半壊したお宅があります。これも私たちが全ての
地をローラー作戦かけてわかったのが、住宅の状況です。一階がフローリン
グであれば、その半壊した家の建て直しは早くできます。どんな人が住んで
いるか、フローリングか。高校生ですね、若い世代が住んでいるところは、
だいたい一階がフローリングになっています。その床を引き剥がし、離して、
その床下のヘドロをかき出すのが簡単です。ところが高齢者のお宅ですと、
畳になっています。その畳が非常に重くなっていまして、なかなかですね、
替えるのが大変。それから、一階が風呂場とか台所とかで電化製品がたくさ
んありましたので、それで非常に大変だったのですね。建て直しが大変でし
た。

あと全壊したところは、避難所に入っていくのですが、ここで(重要なの
が)ソーシャルキャピタルです。地域への信頼度がなければ、そのあと長い
避難生活が続くわけですけど、それができなくなります。そういう意味で私
たちが町作りしていかなければいけない中に、その地域の信頼度を増すため
に(しなければならないことがある)。家が壊されそして避難所に行ったも
のの、避難所が足りなくて、何ヶ所も避難所を変えた人たちがいます。それ
からその後、この被災住宅ができるのですが。今大槌町の場合には、その住
宅を建てる土地が無いのです。それで時間がかかるだろうと。それから全て
を失った喪失感です。人も財産も失ってきました。それと絶望感です。そう
いう風に、全体の被害を受けた地域とか人たちとかがいます。避難所は 3月
11日には集計不能でした。避難所の数です。もちろん大槌町にも防災訓練が
ありまして、避難所を指定しておりました。避難所は一時避難所、それから
福祉避難所、それから緊急避難所、たくさんの避難所があったはずなのです


が、このような大規模な津波が来ると思っていませんでしたから、公民館で
避難所になっていたところが全部被災してしまったんです。避難者はその山
の上にあった、城山体育館というのがあるのですけど、そこに 1128人だろ
うと、いうだけで他のところは集計できませんでした。全部で 38ヶ所でき
ていたのですけど。この状態でどんなことが起きていったかというと、避難
所の数が不足している。ですから、皆さん方は専門職です。では、
避難所になっていたところが全部被災してしまったんです。避難者はその山
の上にあった、城山体育館というのがあるのですけど、そこに 1128人だろ
うと、いうだけで他のところは集計できませんでした。全部で 38ヶ所でき
ていたのですけど。この状態でどんなことが起きていったかというと、避難
所の数が不足している。ですから、皆さん方は専門職です。では、

皆さんがお住みになっているところには、どういう防災計画があり、
避難所が何ヶ所あるのだろう。そこの福祉避難所、要介護状態の方が
避難できるところは、どうなっているのだろう、ということを確認し
てください。


それから、地域の防災計画ができていますので、どうできるのかというよ
うなことがとても重要になります。避難所に備蓄されている水とか食糧です
ね。大槌町の場合には、避難所に指定されているところが壊滅しましたので、
避難していたところに、水も食糧も(無い)。それから土間のところもあり


ましたのでね、弓道場に千人は逃げて来ましたが、何も無いところに入って
いきました。そういう時に、感染症の問題があります。先ほど言いましたよ
うに、寒かったので、インフルエンザとかですね、それからノロウィルスと
か、感染性胃腸炎が起きるんじゃないだろうかと。あと、トイレがもう極端
に少ないです。トイレの問題ですね。
いきました。そういう時に、感染症の問題があります。先ほど言いましたよ
うに、寒かったので、インフルエンザとかですね、それからノロウィルスと
か、感染性胃腸炎が起きるんじゃないだろうかと。あと、トイレがもう極端
に少ないです。トイレの問題ですね。

皆さんたちは、その避難所に居た時に、トイレがもし使えないとす
ればどうすればいいのかということも知識としてわかっていただきた
いなと思います。

便の方はゴミとして処理しなければいけませんから、避難所の中では便槽
に排便してはいけないのですね。排尿の場合にも、それを流す水がありませ
ん。そういう排泄物の管理をしていかなければ感染症が起きてしまいます。
それから手を洗う水がありません。そういうことをきちんと考えて、避難所
がどうあればいいのか、考えてやってかなければなりません。

それからペットの問題です。

津波で助けられた高齢者の人を助けたのが、ワンちゃんだったのですよ。
「この子がいなければ、私はここの避難所まで来れなかった」という声をた
くさん聞きました。ですから、今回の場合はペットと一緒に逃げた人は全部
野宿してきました。



雪が降る日もですね。そういうことがないような(ペットと共に逃げてき
た人たちも野宿せずにすむような)避難所を作っていかなければいけない。
それから情報による、情報不足による混乱が起きてきます。これはその単な
る情報ではないのですよ。中国人の窃盗団がですね、殺人事件を起している
っていうのが簡単に情報として流れていくのです。そういうですね、殺人事
件に関わるような、そういう誤報がたくさん触れわたるということです。そ
こをどのようにして、きちんと「それは間違いです」と言うことができるか
ということも、事前の私たちの準備として必要だなあと。情報、正しい情報
をいかに流せるかということです。
た人たちも野宿せずにすむような)避難所を作っていかなければいけない。
それから情報による、情報不足による混乱が起きてきます。これはその単な
る情報ではないのですよ。中国人の窃盗団がですね、殺人事件を起している
っていうのが簡単に情報として流れていくのです。そういうですね、殺人事
件に関わるような、そういう誤報がたくさん触れわたるということです。そ
こをどのようにして、きちんと「それは間違いです」と言うことができるか
ということも、事前の私たちの準備として必要だなあと。情報、正しい情報
をいかに流せるかということです。

それから一番最初に見てもらいましたが、低体温。高い山の上に運ばれて
来た時にはもう命が無い。そういう人たちがたくさんいました。

低体温の場合には、何も無いときは、ほんと体を温めてあげる。

三陸海岸は、岩手県は 190キロの海岸線がありますので、何回も津波に襲
われていました。ですから、明治時代、昭和のあの津波なんかでも、低体温
になった人は、体をマッサージし、そして自分の体で温めてあげたんです。
衣服を全部脱いで、冷たくなった人を、自分の人肌で温めて命を助けるとい
う、そういう津波の文化があります。ただ、今回のは大規模で、そういうこ
とも間に合わずに、一番最初に避難所でやったのは霊安室をどこにするかと
いうことだったのです。

ですから大規模災害のときには、霊安室をどうするかということが、
大事になってきます。

とりあえずで決めていきますが、とりあえず来る方を、どこに、そういう
人たちを安置するかということがとても大事になってくるということです。
これが避難所に張り出された名簿です。これをしっかり読めばわかるのです
が、みんな元気な、ここの名前は元気な人たちの名前ですよとかね。それか
ら探していますとか、この人知りませんか、ということが飛び交いました。

これは私が避難所で血圧を測っているところです。血圧が高いです。 200
ぐらいの人がもうざらにいました。ここに水がありますが、これは薬を飲む
人にしか与えられない水だったのです。水を飲まないと高齢者の人は血圧も


高いですし、脳卒中の危険もあったのですが、飲んでもらう水がなかった、
手に入らなかったのですよ。薬も流されていますので、持ち込んだお薬で「あ
なたは何の薬を飲んでいますか」という風にして、話しながらやりました。
この方もですね、ご主人を行方不明にしていまして。「ラブちゃんがいるか
ら私はどうにか今がある」というお話をしていました。
手に入らなかったのですよ。薬も流されていますので、持ち込んだお薬で「あ
なたは何の薬を飲んでいますか」という風にして、話しながらやりました。
この方もですね、ご主人を行方不明にしていまして。「ラブちゃんがいるか
ら私はどうにか今がある」というお話をしていました。

皆さんが関わる障害者の方たちに対しての非常に重要なことは、避
難する場所があるかどうかです。

大槌町の場合には大規模災害でしたので、町外に避難していただくという
ことで、ヘリコプターでですね、町外に避難していただきました。ですから、
残った人たちでは、こういう風にして自分のことができるような人たちの場
所を作ってあります。避難所の朝です。ラジオ体操をしたりとかしながら。
避難所から動かなくなってしまうのですね。その人たちをどうするかという
こともちゃんとケアしていかなければいけない。沖縄の医療団が一番早く入
ってくれたのですけど。雪が降ってびっくりしていました。避難所の食事は
朝と晩だけの食事ですが、イスラムの方たちが作ってくれた冠婚葬祭のお食
事で、スパイスの効いたお食事が出されました。そんな状況で私たちの全戸
訪問が必要だったというのは、安否確認をしなければいけなかったからです。
どういうことかと言うと、

役場が流されてしまいました。ですから、住基情報が流されてしま
って、データが無かったのですね。誰が生きているのだろう、誰が死
んだのだろう、誰が町外に出たのだろう。

そういう状態がわからないと、これからどのくらい、この町に医療の援助
者を入れなければいけないのかわからない。それから町長が亡くなっていま
したので、町長選挙をしなければいけない。それから、町会議員の選挙をし
なければいけないということがありました。生き残っている人がどのくらい
いるのかということが、必要だったのです。私たちのこの仕事が選挙人名簿
を作る土台になりました。全戸訪問して、そして出会った人は 5117人です。
安否確認できたのが、13935人で 86%の人の安否確認ができました。私たち
は全部ボランティアで入りました。南は長崎から、北は紋別町までの保健師
たちがボランティアで入ってくれまして、この黄色いベストを着て全部情報


網を敷いたのです。そこの中でわかったのが、緊急対応が必要な事例です。
皆様方も地域で活動されていますので、おわかりだと思いますが、緊急対応
が必要な事例 53名中、高齢者は 34名だったのですけれど。治療の中断、そ
れから高血圧、糖尿病、心疾患。私たちは一ヶ月半でローラー作戦をかけま
したので、緊急に必要な人たちは町外に出て行った人が多かったのです。そ
れからタイプ 2としては、もともと脳卒中で介護を受けながら生活していた
のが、自宅が流されてしまって動けなくなって、寝たきりになってしまって
褥瘡が発症、または悪化したという人です。タイプ 3は認知症の悪化です。
これは非常に重要な問題です。皆さんにわかっていただきたいのは、避難所
の数が少なくて、
皆様方も地域で活動されていますので、おわかりだと思いますが、緊急対応
が必要な事例 53名中、高齢者は 34名だったのですけれど。治療の中断、そ
れから高血圧、糖尿病、心疾患。私たちは一ヶ月半でローラー作戦をかけま
したので、緊急に必要な人たちは町外に出て行った人が多かったのです。そ
れからタイプ 2としては、もともと脳卒中で介護を受けながら生活していた
のが、自宅が流されてしまって動けなくなって、寝たきりになってしまって
褥瘡が発症、または悪化したという人です。タイプ 3は認知症の悪化です。
これは非常に重要な問題です。皆さんにわかっていただきたいのは、避難所
の数が少なくて、

避難所を移った回数と認知症の症状の悪化、または早期発生という
のが相関しています。ですから避難所変更の回数が多い人について、
認知症が発症するのではないかと注意しなければいけません。

環境が激変し、そこで認知症が悪化した人が出てきました。それからタイ
プ 4として、介護保険サービスが中断されて、状態が悪化したという人がい
ました。サービス事業そのものが、被害を受けていました。特に訪問系が被
害を受けました。介護サービスが必要な人も出てきました。これはその褥瘡
が発生して寝たきりの高齢者の人です。70歳代の男性で、妻と二人暮らしを
していて訪問入浴サービスを受けていたのですが、津波に遭いました。自宅
が浸水しましたので息子さんのお宅に避難したのですけど、介護サービスが
中断しています。ヘルパーさんも亡くなっていましたし、それから訪問看護
ステーションが一ヶ所あるのですけども、交通網がもう遮断されていました
ので、行けなかったのですね。そこの中で、私たちが訪問した時には、腰部
ですね、大転子部に褥瘡があるのだということだったのですけど。この方は
左右の大転子部にあり、それから仙骨部にもあり、全部もう褥瘡の状態だっ
たのです。低栄養になっていましたので、そこのところでもう、すぐに私た
ちは JMATに繋げてそこから訪問看護ステーションにお願いしてと、医療に
結びつけられたんですが。褥瘡を持っている方については、いつ災害が起こ
るかわかりませんので、低栄養にならないような、そういうことが必要だな
あという風に思いました。経口摂取が、電気も消えそれからプロパンガスだ
ったので、ガスは使えたのですけど。


避難先ではお口に合ったものを食べてもらうようにすることが、難
しいです。ですから、高栄養の物を準備して、それを飲んでもらわな
ければ、褥瘡はひどくなります。
しいです。ですから、高栄養の物を準備して、それを飲んでもらわな
ければ、褥瘡はひどくなります。

それから、もう一つはエアマットを使っている方というのは褥瘡を持って
いる場合がほとんどなのですが、停電になっていますので、すぐそのエアマ
ットを準備しなければいけない。そういうことも必要になってきます。

災害時においては積極的なアウトリーチが必要だということは、こ
れはどの職種にも言われることだと思いますので、ここのところしっ
かりとやってもらわなければいけない。ドアノックをしていただいて、
安否確認を積極的にしていっていただいて、どういうサービスが必要
なのかということを、確認しなければいけないと思います。

大槌町の場合には、アウトリーチをして町外にもう運んでいきました。社
会資源の不足によって、発生する問題が出てきます。あの大槌町の場合には、
病院、診療所が全て無くなりました。その訪問看護ステーションも一ヶ所あ
ったんですが、その時にですね、訪問利用者 30人のうち 15人は亡くなって
います。サービスが再開できたのは 2人だけということです。

ですから訪問系の皆さん方、大規模被災を受けた地域の利用者は減少する
ということです。減少したまんまにしておきますと、復興における町の資源
が非常に乏しくなってしまいますので、一時的に利用者が減っても、町の資
源として機能を維持してもらわなければいけないのですよ。この雇用を確保
するために、援助が必要です。小さな事業所であればあるほどですね、雇用
を確保する、それからその機能を維持できるような財源の援助が必要です。
これは重要なことです。特に訪問系は人材も失い、それから利用者を少なく
してしまうということが出てきますので、働き手が町外に移住してしまう危
険性があります。これは絶対確保してもらいたいな、と思います。

町への提言書っていうのを作りました。私たちには医療サービスが必要、
入院ベッドが必要なのです。町で障害のある人も、それから疾病を持ってい
る人も医療施設が無ければ、安心してその町に住めないことになりますので。
ベッドが欲しいということです。今県立病院は 30億円の予算がつきました
が、施設を建てる場所、小学校か、中学校か、病院を建てるかということで


今その用地の確保に奔走しています。

それからその被害が、災害があった時にこそ予防なのですよ。初めから、
被災地は疾病の予防活動をしていかなければいけない。自殺の予防です。大
槌町の場合には半分の人口が住む仮設住宅が作られてきますので、そこの健
康管理。それはソーシャルキャピタルなのです。地域の信頼度を増していか
なければ、仮設住宅に移る人を助けていけないのです。そういうことを念頭
に入れながら、私たちは提言書を作りました。

それから働く場です。岩手県の中で一番復興が遅れているのは大槌町だと
思います。地場産業を助けていかなければいけないということ。私は商店の
復興に力を貸したいなあと思って、今いろんなことをやっています。住む場
所には質の高い仮設住宅が必要なのです。仮設住宅は一軒の仮設住宅長屋に
なっていますが、500万円かかります。これからの災害地は、もう津波で壊
滅状態になっていますから、高台に復興住宅建てるのに時間がかかります。
でも初めからですね、復興住宅を作るということを念頭に置いていかないと。
仮設住宅は作ってまあ 2年間住めることになっているのですが、 2年間では
無理で、5年は住むだろうなあって。その後、被災者住宅を建てていくので
すが。被災者住宅を初めから建てられるような計画でないといけないなと思
っています。それから教育は学童だけでないのですね。社会教育の場が必要
だということがわかりました。もう JRの復活をしなければいけない。「線
路は続くよ、どこまでも」ということを念頭にやっていかなければいけない。

私たちが入ってみてびっくりしたのは、血圧が高すぎるってことだったの
です。20代、30代、40代の人の血圧が高すぎましてね。これはほっとけば
心疾患とか脳卒中を起こしてくるということで、ここのところをしっかりや
らなければいけない。それには心のケアが必要です。相関が出てきました。
どうしてかと言ったら、もともと血圧の治療をしていない人の 36%に、血圧
が高い人が出てきたのです。そして不眠の人が多かったのですね。その人が
血圧を上げていった。

これは心身や社会的な問題が血圧を高くしているのだということがわか
りましたので、その治療が必要、病院が必要ということです。それから誰が


生きているのだろうということをグラフにしてきました。これは保健師だか
らするのです。保健師は地域診断をしていきますので、残された人がどうい
う状態で生きているのかということです。ここが町内にいる人、町外に出て
いった人。それから黒いところが、亡くなった方です。高齢者が亡くなりま
したが、
らするのです。保健師は地域診断をしていきますので、残された人がどうい
う状態で生きているのかということです。ここが町内にいる人、町外に出て
いった人。それから黒いところが、亡くなった方です。高齢者が亡くなりま
したが、

皆さんがお仕事として関わっている高齢者の寝たきりの人がいる所は、そ
の家族全ての人が亡くなっています。その人を置いて逃げられなかったわけ
ですから。津波が何度も襲来しているこの三陸海岸には、「津波てんでんこ」
(津波が来たら一人ひとりがそれぞれに)高いところに逃げる、逃げろって
いう津波文化がございましたが、その要介護状態になっている人と共々、介
護している人が亡くなったのです。

それからお子さん、赤ちゃんも亡くなっているのですが、これは車で逃げ
ようとした車の中で亡くなっている。小学生も亡くなっています。幼稚園の
方も亡くなっています。これで何が必要かということで私たちは ITの活用
が必要と。これが進化する介護の中でも必要だなあというふうにして捉えて
おります。このシステム、 I(アイ)システムというのは岩手県の「 I」です。
ここの中でアイシステム 1というのは、避難所の把握システムです。このた
び岩手県の中で 10トントラックが入って来られなかったのは大槌町だけな
のです。道が寸断されていましたので、大槌町に入ってくるのは山道しかダ
メだったのです。それで私が救援物資が欲しいって言った時に、「ヘリコプ
ターで降ろせ」と言ったのです。そういうような時に何が必要なのかという
ことと。

仮設住宅と在宅における避難者の把握と支援システムが必要だなあ
っていうことです。連携システムです。これはほんとうに ALSの介護
の方にも必要だと思っています。

自分たちが災害時に何ができるのだろう。それから支援物資として何が必
要なのだろうとか。大槌町の復興には 10年、20年、30年かかると思ってい
るのです。その長い期間ですね、やっぱりシステムが必要だなと思っていま
すので、秋富先生とかシステム会社とか今考えていて、一つの地域に、今実
際大槌町で使っています。そのことをご紹介したいと思います。それがアイ


システム 1です。その時に避難所の中に誰がいるのだろうということです。
大槌町の避難所にも、双子の赤ちゃんがお母さんに連れられて避難してきて、
そこではミルクが必要だったんですね。初めから避難所として作られていま
せんでしたから、ミルクも本当に手に入れるのが大変でした。それから妊婦
さんとかですね、それから親御さんが亡くなった子供たち。私の従兄弟も亡
くなって、子供が 3人いたのですけど、まだ小学生がいました。赤浜の小学
校の子供たちが避難しているところを見た時に、
1です。その時に避難所の中に誰がいるのだろうということです。
大槌町の避難所にも、双子の赤ちゃんがお母さんに連れられて避難してきて、
そこではミルクが必要だったんですね。初めから避難所として作られていま
せんでしたから、ミルクも本当に手に入れるのが大変でした。それから妊婦
さんとかですね、それから親御さんが亡くなった子供たち。私の従兄弟も亡
くなって、子供が 3人いたのですけど、まだ小学生がいました。赤浜の小学
校の子供たちが避難しているところを見た時に、

私に子供たちが尋ねてくるのですね。「おばちゃん」って。「母さ
んどこにいるか、あんただったら知っているだろう」と。

というのは、そのお母さんケアマネジャーでしたから、そういうこと言わ
れたりとかしたのですけど。そういう子供たちに、ほんとに、寄り添う支援
が必要。そういう人たちが何人いるのかってことが必要になってきます。そ
れから薬が流されてしまいましたので、一番流されたのは、ちょうど 3月で
アレルギーを持っている人たちの吸入器ですね。吸入器も流されて、薬物が
無くなったりとか、大変でした。それからいろんな人たちに私たちは出会っ
たのですけど、

人工透析をしている人たちが、自分が頼りにしていた元気な人たちが亡く
なってる中で、自分のような障害者が生きている意味があるんだろうかとい
うことで、人工透析を拒否された人がいたのですけど。そういう人たちはほ
んとにですね、私たちがローラー作戦かけたり、それからそう、ドアノック
してもう積極的なアウトリーチしていかなければいけないという方たちに
たくさん会いました。

そういう障害をもっている人たちに、早く関わっていただいて何が必要な
のかということで、必要な薬物とか入れてもらわなければいけないなあ、と
思いました。人工透析の方も、私たちが「ほんとにもう人工透析受けてちょ
うだい」というようなことを説得して、ヘリコプターで町外の医療機関に運
んでもらったりとか、そういうことをしていました。障害者や介護が必要な
人をどうするか、いろいろとフェーズ 0、1とかって私たちがやっていくの
ですが、もう刻々と変わっていく中で、瞬時に判断し、そして実行し、評価
をしていかなければいけないということです。めまぐるしく避難所の中では、


いろんなことが起きていました。そこの中で、岩手県とか自衛隊とか自衛隊
の人が避難所を回っておにぎりが何個とかって注文取って歩くのですが、そ
ういうことが聞き取れてなくって、システムを使ってきちんとやっていかな
ければいけないなということでやっています。
の人が避難所を回っておにぎりが何個とかって注文取って歩くのですが、そ
ういうことが聞き取れてなくって、システムを使ってきちんとやっていかな
ければいけないなということでやっています。

こういう形で要介護者が何人なのかとか、障害者が何人いるのかと
か。妊婦さんそれから親が亡くなった子供が何人なのかとか。慢性疾
患の人はとか、重い病気がある人はとかいう風にして、報告してやっ
ていくことになっています。

その後の日々をどうやって見守っていくかと、今いろんなことが起こって
います。仮設住宅を回って歩く人たちを雇ったりとかしているのですが。こ
ういう支援をする人たちの負担も大きくなっているので、どうすればいいん
だろうということで。今私たちのシステムでは、集会所に血圧計と体重計と
看護師さんを置いて、そして登録をしていって、それをそこで管理していく
ことをやっています。いつも来ていた人が来なかった場合には、急変がある
のではないかっていうことで、仮設住宅に行くとか。

それから、全然来ない人は、社会的に孤立しているんじゃないか、
ということでそこに介入していくとか。それから時々来ている人たち
は確認が必要な人だよね、ということで。少しでも見守りとか異常の
早期発見ができるようにということで、血圧や体重のデータ化をして
います。

これは私が今は盛岡で仕事をしているものですから。その盛岡に 110キロ
あるんですけど、避難している人たちに対しても同じように血圧とか、体重
を測っています。この津波で、住民の人たちは体重を 10キロ減らしていま
す。10キロ減らしていますので。私が考える津波の被害というのは、私の中
にある「津波は何を持ってきたか」ということですが、3つ持ってきたのだ
なあと思っています。

1つは、老化現象ですね。体重だけじゃなくて、外出したくない、な
んにもやる気が無い、それから人と話をするのもいや、お化粧はしな
い、男性の方は髭をそらない。

そういうですね、老化現象を持ってきたなあと。これから私のスライドで
仮設住宅の中を見てもらうのですけど、姿見がないのですよ。全身を映す鏡


が私は必要だなあって。

皆さんたちには家庭訪問に行っている所に、ぜひですね、その方の姿を映
す鏡があればいいなあと思います。鏡は、一つは客観的に自分の姿を評価で
きるというのがありますので。その鏡を見るっていうことが、とても大事だ
なあと。老化した歳を戻せる一つの方法でないかなと。一日何回鏡を見るの
だろう。外出する時に、衣服を替えるとかですね、女性であれば口紅をつけ
てみようという気持ちが起きるかどうか、というのが必要かなと思います。
(津波は)高齢化を 30年早く大槌町にもたらしました。というのは、高齢
者の方もたくさん亡くなったのですが、若い人たちが町外に出て行ってしま
っていますので、ですから高齢化が 30年早くきた。

私たち保健師は、政策提言します。そこの中で、町の中がどうなっていく
のかというのを、人口推計でやっていくんですが、 30年早く時計が進みまし
た。高齢化が今で 34%なんですけど、もう 40%を超えてきます。

それと、あと資料を持ってきました。血圧が高くなってきたな、というこ
とで 10年計画でいろいろやっております。これでそのプロジェクトチーム
を作って今仮設住宅でやっています。それから皆さんに 1枚のスライドをお
渡しします。これは皆さんの中には無いのですが、皆さんのお仕事をする中
でとても大事な、その優れたアクションリサーチャーの特長です。

皆さんに必要とされるのは、スタミナだろうなと思います。このス
タミナは心理的にも必要です。心理的なスタミナが必要です。

もちろん身体的にもそうなのですけど。それから私たちは、仕事していく
時に、変えられないことを変える勇気をもって、皆様方もそうしてお仕事さ
れていると思います。変えられないことを変える勇気というのは、忍耐力が
必要となってきます。

私たち保健師も、どういう仕事をしているかというと、変えられないこと
を変える仕事をしているのです。未知への遭遇です。誰もやったことのない
仕事を初めて展開していくというのが、保健師の仕事です。ですからその時
に、「いや、これは必要なのだけど。でもそれは変えられないのじゃないの」
と、いろんなことを言われます。だけどこの勇気を持たなければ、私たちは


変えることができないなあと思っています。そこの中で忍耐力が必要だと話
しましたが、成功するという決意が必要なのです。「進化する介護」。そう
ですよね、成功するという決意の下にこの「進化する介護」っていうテーマ
で始まってきたと思います。これはどういうことが必要かというと、
の中で忍耐力が必要だと話
しましたが、成功するという決意が必要なのです。「進化する介護」。そう
ですよね、成功するという決意の下にこの「進化する介護」っていうテーマ
で始まってきたと思います。これはどういうことが必要かというと、

自分たちだけでなく、よその人を動機づけて励ます能力が必要と
なってきます。

「できるのよ、するのよ」ということなのです。

それからそのためには分析の手腕が必要になってきます。これはすぐに磨
きがかかってきます。私たちのやろうと思っていること、それは先行研究と
かさまざまありますから、分析していき、そして他者に動機づけていかなけ
ればいけません。そしてその自分以外の人を励ますことが必要になってきま
す。研究対象というのは、私たち身内のことです。変わらない興味と好奇心
が必要になってきます。私たちは人間相手ですから、研究の対象は人間です。
他者への誠実さが私たちに必要です。一番必要なことです。そのために優れ
たコミュニケーション能力が必要です。これは話をしてもいいし、文章を書
けるという能力が必要になります。変えられないことを変える勇気を持って、
忍耐力を持って、成功するという決意の下に、私たちは分析をし、事業計画
を立てていくのですが。これはですね、簡単に酷評を受けます。「無理だよ、
そんなこと」。それは 2対 6対 2の比率で、言われます。 2というのは、賛
成してくれる人ですが、後の 8割は「それは無理よ」ということをよく言い
ます。そういう屈辱に簡単に傷つかない。そういうスタミナが必要だなとい
つも思っています。それから私たちは専門職です。その専門職の態度という
のは、物事を大局的に捉える能力と、それから専門家としての自分の限界を
認識する能力が必要になってきます。

(中略)

どうぞ今日と明日の研修を積まれまして、現地の方たちと会っていただけ
れば大変ありがたいなと思いながら、私のお話はこれで終わりたいと思いま
す。ありがとうございました。


南相馬市立総合病院神経内科医師小鷹昌明先生の講義小鷹昌明先生の講義

「医療的ケアを必要とする重度訪問介護利用者の障害及び支援に関する知
識」難病の障害・南相馬市の状況


南相馬市立総合病院の先生方(小鷹先生は右端)

「ALSという病気は、認知症状には問題なくて、脳はむしろ冴え渡るという
か、自分の判断はすべて自分でできる。だからやがて訪れる人工呼吸器を装
着するかしないかっていう生死の選択を迫られるというような、ちょっとが
んとか、そういう病気とは違う要素のある病気です」と小鷹先生。

「深く、深く患者さんは生きるということと、尊厳というようなこ
とを、深く考えるのです」「だから ALSの患者さんを一人でも経験する
と、非常に深い、深い思いでやれるようになります。 ALSという病気は、
やはり注目される病気なのです」

南相馬市立総合病院は、原発から 23kmの地点にある。

「岩手県、宮城県と比べて何が違うかっていうと、原発なのですよ、

やっぱり」



小鷹先生は 2012年 4月に南相馬市立総合病院に赴任。調べてもらったら
南相馬市に ALSの患者は 6人(震災前は 3人)いた。

早速 ALSの患者さんの診療に携わった。相馬市在住の 83歳、お寺の住職
さん。夫と息子夫婦の 4人暮らし。夫も障害者で介護認定を受けている患者
さんは入院して、こう訴えた。

「飲むことも食べることもできなくて、楽しみがなくなってきた。
それにこの体ではどうしようもない。頭が重くてふらふらする。口の
中がべたべたする。みんなに迷惑をかけて、これからどうしたらよい
のか。生きる張り合いがなくなった気がする。こんな息苦しい生活、
あまり長く生きたくない」


食べられなくなる、しゃべれなくなる、胃ろうになる。徐々に症状が重
くなるのに、受けられるサービスの幅がどんどんどんどん狭まっていくと息
子さんは言う。「もちろんこの辺りの相双地区に、神経内科医はゼロでした。
介護・福祉施設が圧倒的に足りません。要するにそういう介護・福祉を支え
る若い世代、担い手である女性がどんどんいなくなり、抜けてしまったので、
箱はあっても人がいないというような状況です」と小鷹先生。

「ただ若い世代に帰ってくれとは、帰って来てくれとはなかなか言え
ない。だから村、町の人たちを、ちょっとリタイアした人でも、中高
年の方でも、働けるような人に。まあそういうヘルパーさんを養成す
る、まさにこういう会を、南相馬で立ち上げるしかないかなあと思っ
て、そんなような話をしております」

幸い、おじいちゃんおばあちゃんを、それぞれの家庭がケアしている。
その人たちは介護のプロになっている。そういう人にヘルパーの資格を与え
て、お金を払って、他の人の支援ができるように。「要するにヘルパーさん
の、僕、キャッチフレーズにしているのですけども“地産地消”を目指した
いなと思っております。“地産地消”その地元で産生して地元で消費する」

小鷹先生はそう語った。


仙台往診クリニック院長川島孝一郎先生の講義
「緊急時の対応及び危険防止に関する知識」
クリニック院長川島孝一郎先生の講義
「緊急時の対応及び危険防止に関する知識」


川島先生は、震災の一次被災地域、二次被災地域、安全地域という区分を
している。震災一次被災地域、つまり直接身体・住居などが破壊された地域
の被災者には、当然緊急搬送、自衛隊・消防・救急が必要になる。

今回問題になったのは、震災二次被災地域。住居や身体は確保されている
が、ライフラインが不完全なために逃げ惑った人たち。

「つまり震災二次被災地域、ライフラインが不完全な人にどういう
風に手助けするかによって、支援方法がまるっきり変わっちゃう。つ
まり、この人たちがお家に居続けることができれば、ほんとに必要な
人たちに助けを出すことができる」

「危機管理の初動として大事なのは、自助だということです。これ
はもう 3日間を乗り切ることを考えなきゃならなくて、家庭における
対処マニュアル作っておいて、

電力供給を自前で行えるようにしておくと。やっぱり、電気があるとない
とじゃ全然違うわけですよ。しかもこの頃はオール電化されていて、煮炊き
だって全部電気だったりするわけで、お風呂だって電気だったりするわけで
すから。ですから電力供給どういうふうに自前で行うかと考えておかなきゃ
ならないと。ということで、これは皆さんもご存知のように、車のソケット


からインバーター使ってそしてこうやって、家の人工呼吸器まで繋いでとい
うことです」うことです」


「頼れるのは病院だという感覚をやめるというのが、一つの手でご
ざいます。つまり家でちゃんと自助ができてりゃ、それでいいのだよ
と。あとは在宅に来るような先生達にちゃんと来てもらえるようにす
ればいいってことで」

仙台往診クリニックには、在宅療養している方が 430名おられて、震災前
に入院していた人が 15名。残り 415名のうち 1名が災害死。9名は病死。15
名が災害後にいろんなことで入院していて、390名在宅療養中というのが、
災害後 12〜13日頃の状態だった。

「電源・水道は ○」「水とガスがダメ」とか、どの人には何を供給したら
いいのかというマップを作って、供給した。職員が動くために、「緊急通行
車両」の認定を受けた。この件に関しては厚生労働省が早く対応して、

「在宅に往診する医者と看護師については、緊急通行車両の認定を
しますというお触れが通知で出てきまして」


月曜日に 12台の車を全部緊急通行車両にした。ガソリンスタンドで順番
待ちしなくてもガソリンを供給してもらえる。電気自動車も借りた。
その結果、宮城県全体では、人工呼吸器の方々の 80%が入院したが、川島
先生のところでは、人工呼吸器をつけていた患者 44人のうち 60%は在宅で維
持した。在宅医療は人口分のベッドがあるわけだから、
12台の車を全部緊急通行車両にした。ガソリンスタンドで順番
待ちしなくてもガソリンを供給してもらえる。電気自動車も借りた。
その結果、宮城県全体では、人工呼吸器の方々の 80%が入院したが、川島
先生のところでは、人工呼吸器をつけていた患者 44人のうち 60%は在宅で維
持した。在宅医療は人口分のベッドがあるわけだから、

「無用な避難を避けることが、これからの呼吸器をつけておられる
方々の、震災対策には非常に重要なのだということをわかっていただ
きたい。自助。家庭ごとの対処マニュアルや電力供給を自前で行うと、
これをがっちりやっておく」

「当然ガソリン供給されなくなると困るので、共助として皆さんたちも、
ガソリンを供給できるようにする」「緊急通行車両の認定も、市の条例とか、
県の条例とかで、ちゃんと作っておくと。そういうことを皆さんのそれぞれ
の地域でちゃんと行政と話し合いをしておいて、そんな体制が作れるように
しておくということです」

全国の ALS当事者によるシンポジウムでの発言から

マンパワーを育てることが沿岸の支援になる
深谷圭孝さん(合同会社ほのか代表代行)

今現在も盛岡の病院に入院して、沿岸に帰れない方もたくさんいらっしゃ
います。中には沿岸に帰るのを諦めて、盛岡あるいは内陸のもうひとつ北上
とか、花巻とかに居を構えて、新たな生活をしていこうって決意した人たち
もいらっしゃいます。そういう方々に、僕、相談受けるのです。圧倒的にマ
ンパワーが足りなくって、和歌山の訴訟で重度訪問介護、時間数だけは交渉
すればもらえるようになりましたが、もらっても介護に入る人がいない。と
にかくマンパワーを育てるにはどうしたらいいかっていうのが今後の課題
だと思っております。

マンパワーを育てることによって、内陸が力をつけることによって、沿岸
の支援につながっていくであろうと思います。


市民一人ひとりが真実を語るしかない
佐川優子さん(ILセンター福島在宅独居 ALS患者)佐川優子さん(ILセンター福島在宅独居 ALS患者)

放射能が福島県を覆い、草花の成長まで脅かしております。私は大好きな
自然鑑賞を全くしなくなったのです。部屋は線量が低いので、こもらざるを
えない現状です。理由は介護者の健康被爆を避ける。ALS患者本人ですが、
自分の被爆を避けたい。福島県支部総会で、放射能の話は、内部で話すのは
よいが外で騒ぐのはやめたほうがよいだろうと発言をされた方がおられま
したが、そうだろうか、疑問が残ります。人は福島県を避けるだろうか。福
島県の放射能汚染は、地球まで汚染。過言ではないだろう。これもメーリン
グリストから引用します。福島美しい自然。県民の賢さ。文化人、芸術家の
輩出。自由民権運動発祥の地。

1.知らないって怖いこと。知らされないのは、知ろうとしないのは自分
の罪。
2.もはやマスメディアが真実を語らない今となっては、市民一人ひとり
が真実を語るしかない。
3.作るなら花を。作るなら子どもを、作るなら。
この言葉に共感する私です。
そこそこの高齢者が本当の高齢者を介護するシステムが必要
橋本みさおさん(NPO法人 ALS /MNDサポートセンター
さくら会理事)

皆さんの思いのわりに、橋本は思いついたことをやっているわけですけれ
ど。実は放射能は太平洋岸。東北の太平洋岸の一帯を汚染しているわけです
ね。私は若い人に帰れと言えません。だから、そこそこの高齢者が本当の高
齢者を介護するシステムが必要だと思います。

「海を見て死にたい」っていう人たちを連れて帰るつもりです
鈴木るり子先生

私が 28年間保健師やっていた大槌町というのは高齢化が進み、それでそ
の今、内陸に避難している人たちも「海を見て死にたい」っていう人たちを
私は連れて帰るつもりです。


そこには重度の方たちだけではなくて、高齢化を迎えて介護が必要な人た
ちを連れて帰り、24時間の体制で、彼らたちのその死に場所探しっていうこ
とから、死に場所を保障してやるところまで今私の計画の中に入っています。
そこで亡くなりたいっていう人たちをケアできる集団っていうは必ずでき
る。その一人になろうと私自身は考えています。
ちを連れて帰り、24時間の体制で、彼らたちのその死に場所探しっていうこ
とから、死に場所を保障してやるところまで今私の計画の中に入っています。
そこで亡くなりたいっていう人たちをケアできる集団っていうは必ずでき
る。その一人になろうと私自身は考えています。

大事なのは一つ。ちゃんと情報を教えてほしい
川島孝一郎先生

ただ大事なのは一つ。まあすごく単純で、ちゃんと情報を教えてほしいと
いうことですよ。情報を伝えられる機関は、それは政府であっても行政であ
ってもそれから新聞・テレビ・ラジオなどのそういうメディアであっても、
ですね、インターネットでも。とにかく全員がちゃんと均等にそういう情報
をくまなく知っていること。まずこれが基本にないと。じゃあ自分はどこで
死にたいの、どこで生きたいの、どこへ移り住みたいの。あるいは元の場所
に帰りたいのっていう判断ができないじゃないですか。だから判断するため
には、もう十分な情報がちゃんと正確なですね、十分な情報を僕達に開示し
てほしいという。もうその一点です。

あとはみんな自分で考えればいいと。

楽しいです。町を復興させるっていう作業がね
小鷹昌明先生

周りの同僚達と、この町の復興に対して色々協力を、支援をいただいたり
とか、一緒に頑張っていけるっていう環境が、こういう言い方は非常不遜に
感じられるかもしれないけど、楽しいです。町を復興させるっていう作業が
ね。だからずーっと、ということは約束しませんけれども、少なくとも 1〜2
年は町のために働こうかなと今思っているところです。

いまさら動じるような者たちではございません
川口有美子さん( NPO法人 ALS /MNDサポートセンター
さくら会理事)

原発止められたら電気が足りなくなるから、ALS患者が困るって書かれ


たこともありました。新聞の報道で。で、川口の本音はどうなのかって聞か
れて。まあ私はなんか言うまでもないなあと。ちゃんと備えがあれば。 ALS
の患者さんたちは発症したときから被災したようなものです。今更、動じる
ような者たちではございません、ときっぱり言い返そうと思っているのです
よ。
れて。まあ私はなんか言うまでもないなあと。ちゃんと備えがあれば。 ALS
の患者さんたちは発症したときから被災したようなものです。今更、動じる
ような者たちではございません、ときっぱり言い返そうと思っているのです
よ。

緊急・災害時対応について
「医療的ケアを必要とする人の実態調査」から


「被災地」として、岩手県、宮城県、福島県の3県と、「被災地以
外」の都道府県の ALS療養者 94名(うち被災地 54名)を対象に、
調査員1~2名による質問票に基づく聞き取り調査。

2012年 7月~2013年 2月実施。



緊急・災害時の備えが「あり」と回答した方は、被災地で 45名(83%)、
被災地以外で 33名( 82%)で、100%には届きませんでした。準備している内
容としては、バッテリーやシガライターケーブルなどの医療機器を稼働させ
るための器材や、発電機、衛生材料などがあげられ、被災地ではより具体的
にお金、通帳、ガソリン、おむつ、食糧などがあげられました。
時の備えが「あり」と回答した方は、被災地で 45名(83%)、
被災地以外で 33名( 82%)で、100%には届きませんでした。準備している内
容としては、バッテリーやシガライターケーブルなどの医療機器を稼働させ
るための器材や、発電機、衛生材料などがあげられ、被災地ではより具体的
にお金、通帳、ガソリン、おむつ、食糧などがあげられました。


緊急災害時に研修を受け
ていない方に人名救助の
ための吸引を行っても罪
に問われないことを知っ
ていた方は、被災地で 18
名( 33%)、被災地以外で
19名(47%)。


また、今年度の診療報酬で、人工呼吸器加算に蘇生バッグ(質問表にはア
ンビューバッグと記載)と外部バッテリーを含めることが明記されたことを
「知っていた」方は、被災地で 8名( 15%)、被災地以外で 21名(52%)、「知
らない」方は被災地で 46名(85%)、被災地以外で 16名(40%)と、被災
地以外で周知度が高い状況にありましたが、被災地以外でも約半数を超える
程度にとどまりました。
ンビューバッグと記載)と外部バッテリーを含めることが明記されたことを
「知っていた」方は、被災地で 8名( 15%)、被災地以外で 21名(52%)、「知
らない」方は被災地で 46名(85%)、被災地以外で 16名(40%)と、被災
地以外で周知度が高い状況にありましたが、被災地以外でも約半数を超える
程度にとどまりました。

現在、近隣へのケアへの参加協力をしているかどうかについては、被災地
で 27名( 54%)、被災地以外で 10名( 25%)で、被災地の方が近隣への協力
関係に関して意識が高いことが明らかとなりました。内容としては、病気の
ことを知らせたり、自家発電のガソリンを届けてもらったりしていました。



!"#"$%&'()*!"#"$%&'()+,*-./"0123456-7891:;<=->1?@A456--789--BCDE-BCDE-F./1GH"IJKLA456---./"M1NOPQRA4STUV---F"F"W1XYZYUVT[\1Z]6^25KA4_A5J23456`abVcdefghKAiYTjkRlmnKoU45pqYrrrstKSTUVuaWvwxKyuV`z{|O}~4V`./"MY.......~46....1.i5Y..1..K.~4STUVuq6.$...BCDE1....:;A46..=.d56
避難訓練に関しては、被災地で「経験あり」が 4名( 5%)、被災地以外で 5
名( 12%)で、どちらも経験が乏しいことが明らかになりました。しかし、「避
難したいか」どうかについては、被災地で 19名( 35%)、被災地以外で 12名
(30%)とお住まいの場所にとどまりたい方の方が多く、避難場所に関して
は被災地で「あり」が 25名(52%)、被災地以外で 18名(45%)とどちらも
約半数でした。

コミュニケーション方法に関しては、「あり」が被災地で 42名(78%)、被
災地以外で 37名( 92%)で、被災地ではコミュニケーション手段がなく過ご
している方が 12名( 22%)いらっしゃいました。また、その手段として、コ
ミュニケーション機器にたよっている可能性も推察され、電気の不安定さに
よっては、手段が厳しくなる方もいらっしゃることが推察できました。



「有」とお答えした方、それは何ですか?
被災地被災地

*アンプリコード
*口頭で「あかさたな」と読み上げ、本人が眉毛を上下させ反応
*文字盤
*口文字
*伝の心
*眼の動き
*顔の表情
*パソコン
*声の文字盤(介護者がアカサタナと言って
本人が該当のところで瞬きする)
*コール
*まばたき
*マクトス
*PC(オペレートナビ)
*紙めくり
編集後記“耳を傾けること ”からはじまる…

被災地以外

*文字盤
*口文字
*PC(オペレートナビ)
*伝の心
*トピー
*感情表現のみできる
*眼の動き
*音の出るブザー
*意思伝達装置
から一部抜粋

この事業で見えてきた新たな課題として、そろそろお疲れがみえてきてい
る現地支援者のエンパワメントがあります。また、2年経っても先が見えな
い人々は引きこもり、自殺の危機に晒されています。悲劇は予防したいです
し、診療所や看護や介護など在宅ケアに係る人々の増員は全国的にも必要で
すが、被災地では緊急性を帯びています。現地での草の根の訪問活動に対し
て、きちんとした「手当」がでるようにしたいとの思いを強く持ちました。
これらの課題の解決にむけて、鈴木るり子先生のお言葉を借りれば、私たち
は、たとえ遠く離れた場所にいても、現地の支援者と「長く、しっかり、つ
るんでいくこと」を続けます。

さくら会一同

「被災者に聞け!進化する介護 2012」の報告書は、さくら会のホー
ムページに掲載されています。

http://www.sakura-kai.net/wp/category/events/


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