忘れな草をあなたに(3)


仲間がいれば
もっと違った療養生活を

加藤豊子(遺族)

ナイトトレーニング体験外泊……退院の準備

刀根山病院からの退院が決まって、病棟の看護師長さんから保健所の担当保健
師さんに連絡が入り、保健師さんから私に早急にケアマネジャーを選定し、住宅
の改修にかかるようにとのお話がありました。ケアマネジャーは保健師さんにお
まかせすることにしました。

担当看護師さんから BiPAPのパイプの洗浄、つなぎ換え、フィルターの交換
などの指導を受け、リハビリの先生の指導でアンビューバッグの使い方の練習も
しました。ナイトトレーニングと称して病室に一泊し、夕食後、夜中、翌朝の3
回、体温、血圧、脈拍、呼吸数、 O2濃度等を測って記入するということも経験
しました。その次は体験外泊です。一泊二日で帰宅し、 BiPAPの会社の技術者
が来て、プラグとコンセントを合わせてもらいました。

久しぶりの我が家でよく眠り、翌日はケアマネジャーさんと住宅改修の業者さ
ん 3人が来て、いろいろ話し合って計画を立てました。

退院の前日、病院で、主治医の先生、担当看護師さんに保健師さん、ケアマネ
さん、以後お世話になる訪問看護師さんも加わってカンファレンスが開かれ、こ
れまでの経過と今後のことが話し合われました。住宅改修は一日で完成しました。

退院の準備がすっかり整いました。私自身は何も考えることなく、流されるま
まにことが進んでいくという感じでした。

おだやかに在宅療養生活始まる

いよいよ在宅療養の生活が始まり、訪問看護師さんに週 3回、ヘルパーさんに
1回来てもらうことになりました。「案ずるより産むが易し」の言葉通り、特に


困ったこともなく、順調に過ごしていました。ベッドから起き上がり、室内に取
り付けた手すりやポールにつかまりながら家の中を歩いたり、いすに座ってテレ
ビを見たり、ラジオや CDを聴いたり、庭に出て植木や花をながめたり、食事も
食卓について、ほとんど家族と同じものを取ることができ、穏やかな生活をする
ことができました。
した。ベッドから起き上がり、室内に取
り付けた手すりやポールにつかまりながら家の中を歩いたり、いすに座ってテレ
ビを見たり、ラジオや CDを聴いたり、庭に出て植木や花をながめたり、食事も
食卓について、ほとんど家族と同じものを取ることができ、穏やかな生活をする
ことができました。

でも手すりをつかみ損ねて、あるいはいすに腰を下ろしたつもりが、お尻がち
ゃんと乗っていなくて尻もちをつくということも起きました。お箸がうまく使え
なくなったり、水道栓が開けにくくなったりと、これまで何の苦もなく無意識に
していたことが困難になり、出来なくなっていきました。

言葉で励ますことの限界

少しずつ進行していく自分の身体の変化を感じる口惜しさ、不安感。それを私
がどこまで感じ取ってあげていたでしょうか?いま振り返って考えています。
「もう出来なくなったことを考えても仕方がない、まだ出来ることを考えよう」
言葉にすれば簡単です。そ
うは言ってもやはり、同じ病
気を患う者どうしでないと
わかり合えないところがあ
るのではないでしょうか。言
葉で励ますことの限界を感
じていました。

その意味でも患者さんの
交流会や、直接会えなくとも
インターネットのブログな
どで励まし合ったりするこ
とはとても意義深いことと
思います。
 
夫は人見知りするたちと言いますか、恥ずかしがりと言いますか、相手に気を
使いすぎて自分で自分をしんどくしてしまうところがありました。仕事上の取引
先、兄弟で経営していた会社の社員以外、友人と呼べる人はいませんでした。

散髪は結婚前から行っていたおなじみの店にその後もわざわざ出かけていま
した。ところが、そこの御主人が高齢のため廃業され、家の近くで散髪屋さんを
探すことになりました。 2、3か所行ってみては一度限りで終わり、また別のとこ
ろを探すを繰り返し、最後にめぐり会ったのが Hさんという方でした。それ以
後はずっと「散髪行ってくる」といそいそと出かけ、髪を整えてもらいながら聞
いたこと、共通の趣味の車の話など、帰ってからうれしそうに話していました。
した。ところが、そこの御主人が高齢のため廃業され、家の近くで散髪屋さんを
探すことになりました。 2、3か所行ってみては一度限りで終わり、また別のとこ
ろを探すを繰り返し、最後にめぐり会ったのが Hさんという方でした。それ以
後はずっと「散髪行ってくる」といそいそと出かけ、髪を整えてもらいながら聞
いたこと、共通の趣味の車の話など、帰ってからうれしそうに話していました。

まさか、あの散髪屋さん.

夫の亡くなった後、豊中の保健所での ALS家族交流会に呼ばれ、保健師さんか
らある患者さんの奥さんを紹介されました。なんと、その患者さんは Hさんそ
の人だったのです。そのときの驚きと言ったら、なんと表現すればいいのでしょ
うか?お店は少し離れたところになりますが、御自宅は我が家からほんの歩い
て 5分とかからない所だったのです。

Hさんご夫妻も「近ごろ加藤さん見えないね、膝の手術をすると言っていたけ
ど……」と心配して下さっていたそうですが、まさかこの難病に、しかもご自身
も同じ病気にと、信じられないごようすでした。

私も直接お目にかかって、夫がいかに Hさんのお人柄に惹かれていたのかよく
わかりました。単に理容師さんとその客と言う関係以上のつながりがあることを
感じていました。もう少し遅く発病していたら、ときに愚痴もこぼし、理解し合
える仲間として励まし合い、生きる意味を失っていた夫の療養生活も少しは違っ
たものになっていたかもしれないと思わずにいられません。

Hさんはいま、ブログを開設し、 ALSの患者さん数人と交流を続けておられ
ます。夫もその仲間に入れていただけていたら ……考えてもどうしようもないこ
とをつい考えてしまうのです。
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