連載第13回
6年ぶりの・・・
姫路市 大多和 清子
人工呼吸器を装着して6年が過ぎ、その間、病院に行くこともなく穏やかに過ごせています。スタッフを始め、かかわってくれているみんなのおかげだと思います。感謝。
自分を守ること 私にできること
私のところには、1日に10人以上のスタッフが出入りしています。そこで、基本的なことを実践してもらうことにしたのです。
まず外で、花粉除去用ブラシで衣服を払い、家に入り、洗面所でハンドソープで手洗いをします。そして、1番大切なこと……マスクの着用です。
この3つのことは全ての人の義務となっています。
その予防が功を奏したのか定かではありませんが、ヘルパーさんがインフルエンザに罹ったとき、私には感染しませんでした。みんなはとても心配してくれましたが、至って元気でした。
私にとって、1番怖いのは肺炎やウイルス感染です。自分を守ることが私にできることです。
寝たきりの身でも危険が潜んでいるのです。
寝たきりに付き物の手足の巻き爪です。幸いにも手にはできていませんが、気をつけていなければ、チャットも打てなくなります。
足の巻き爪は気管切開をして、しばらくして左足、そして右足にもできました。
訪看さんが毎日、ケアをしてくれたおかげで治りました。これで安心してケアもしませんでした。しかし、1か月後に左足に巻き爪ができたのです。油断していたのです。それからは、ずっとケアを続けています(巻き爪は左足の親指にできました)。
左手親指はチャットを打てる唯一の大切な指です。身体を左に向けるとき、親指が下敷きになります。どうしてもケアに集中すると親指に気が回らなくなります。
担当者会議で何度もメッセージを出していますが、完全には防ぐことはできません。
夫の手づくりクッション
右手は、2009年12月に親指の機能を失いました。いうなれば必要のない右手です。その右手に、予想もしなかったことが起きたのです。
2010年4月、新人のヘルパーさんにより突き指が連鎖的に起きました。
私の右手は手のひらが上向きになっています(左手は反対に手の甲が上になっています)。
左右の腕の下にクッションを入れています。肩から指先まで、ゆったり置けるように夫が作ってくれました。手芸店でキルテイングの布とパンヤ、そして、ファスナーを買ってきて左右少し違うので、それぞれ型紙を作り、布を裁断して素早くミシンがけをしてくれました。
女性でも難しいファスナー付けを、きれいに仕上げてくれたのです。
ちなみに、クッションにファスナーを付けたのには理由があります。パンヤの位置の調整ができます。クッションを外してのケアのときは、ファスナーを開けておくとパンヤは膨らみ、ふんわりとしたクッションに甦ります。汚れたら、パンヤを取り除くと、キルテイングのみが洗濯できます。
なんとも扱いにくい手だと思います。なぜ、突き指が起きたのでしょうか?
それは……
ヘルパーさんのケアが終わり、ギャッチアップして腕のクッションを入れるとき、突き指をしたのです(簡単なことなのに……)。
私の腕を高く持ち上げ、片方の手でクッションを入れれば、突き指などしないのです。
突き指をしない週がないほど、おさまることはないのです。
2010年5月頃から右手の指先に湿布を巻くようになりました。それは痛み止めと予防の意味でもあったのです。
度重なる突き指が原因で、中指と人差し指は痛みがあり、変形しています。
予防していても無理なことはたくさんあります。でもしないよりは、いいと思います。
6年を振り返ってみると、約30人のスタッフがいるわけですから、決まっているマニュアルを遂行することが、いかに大切かがわかりました。
流れるような手さばきで、しかも気遣いもしてくれるスタッフが増えることを望みます。
6年ぶりの病院はあたたかく
2013年春。
往診に来てくれたDr.から「6年も検査をしていないから、花見がてら受けに来たら?」と言われました。
数年前にも言われましたが、受けることをしなかったのです。
毎週、Dr.に往診に来てもらっているので、安心して6年間を過ごしてきました。でも、胸のレントゲンは受けるべきだと思いました。
4月9日(火曜日)
次男夫婦に今回も同行をしてもらいました。いつものように福祉車両をレンタルしてくれました。
当日は、いい天気に恵まれました。
昨年、ALS近畿ブロック総会に参加して以来の外出です。
夫と次男夫婦の4人で出発しました。西へ向い約30分で到着します。
処置室では、外来を受診したときにお世話になった看護師長さんが待ってくれていました。
レッツチャットで少し会話をしました。6年の歳月を経ても、全然変わりないのに驚きました。
変わったのは、私なのです(ビジュアルが……)。
レントゲンと心電図、そして血液検査を受け、夫がDr.より検査結果を聞き、異常がないとのことでした。ひとまず安心しました。
病院から車で出ようとしたとき、師長さんが手を振って見送ってくれまし
た。
6年ぶりの病院は、少しも変わってなく、温かみを感じました。
はらり足元に 姫路城の桜
車は姫路城へと向かいました。ほどなく駐車場に到着。
車から降りると、春の日射しがまぶしく、目を開けることができませんでした。
次男が、お土産物屋さんで傘を買って来てくれたので、日射しを遮ることができました。
城内は、桜が吹く風に花吹雪となり、風情があり、あと数日で残り桜になりそうな……。
そんな気がしました。
いつからお城を訪れていないのか……。もう、10年ぶりだろうか……。
夫の転勤で東京から姫路に来て最初の住まいは、ちょうどお城の東にある社宅でした。
春には、家族でお弁当を持って花見に行き、夏にはお城祭りに、秋には薪能を見て、冬には長男が第1回城下町マラソンに参加し、沿道で応援をしました。お城の天守閣に登ったとき、真っ先に東の方に向い、社宅を探したものでした。それはすぐ見つかり、みんなで感激したのが今でも思い出されます。現在の住まいはお城よりずっと東にあり、訪れる機会もなくなりました。
桜の花びらが、はらりと私の足元にも……。
はかない桜……。
好きな花の一つです。
いつしか東の方まで来ました。石垣の上の方を見上げると、お城に囲いがしてあるのが見えました。この光景は貴重なのです(平成の大修理が行われ
ており、来年には美しい姫路城が見られます)。
次男が車を回してくれました。車は名残の桜とお城を後に東へ……。
私が6年もの間、元気でいられたのには多くのことが作用していると思います。
これから1年、2年……と、心も身体も元気で生きていきたいと思います。
|
| ページトップ |