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忘れな草をあなたに(4)
自分でできることを
確かめている
加藤豊子(遺族)
我慢すればやさしくできない
2006年9月 夫が本格的に在宅療養を始めると決まったとき、ある人が私にアドバイスをしてくれました。その人は長年、養護学校(現・支援学校)で教師をしていて、障害者(児)やその介護者と常に身近に接していた人です。
「自分のやりたいことを我慢してはいけません。やりたいことは全部しなさい。我慢をすれば病人さんに優しくできませんから」
私は全くその通りだと思いました。何かを我慢すれば、こんなことではいけないと思いつつ、つい夫が病気になったためにこれこれのことができなくなったと不満を抱いたり、ときには本人の目の前で愚痴をこぼしてしまったり、そしてそのことでかえって自己嫌悪に陥ったりするでしょう。
私はそれまで長年2か所で習いごとを続けていましたので、それを継続していけるように考えました。習いごとの内容はもちろん大切ですが、それを通しての多くの友人たちとの交流が私の生活にとってかけがえのないものとなっていたのです。1か所は平日午前11:30ごろ家を出て、午後4:00過ぎに帰宅。もう1か所は土曜日午前9:00前に家を出て、午後4:00過ぎに帰宅というものでした。
前者は昼食の用意をして食卓に並べておき、自分で食べてもらい、午後に訪問看護師さんに入浴させてもらうことで対応する。後者は時間の長いこともあり、一応昼食の準備はしておいて、ヘルパーさんに温め直しと配膳をしてもらう、加えてケアマネさんの提案により、食後に足浴あるいは身体の清拭などをしてもらう、と決まりました。
ヘルパーさんとの信頼関係を
夫は食事の世話はいらない、自分でラーメンでも炊いて食べると言いましたが(その当時まだそんなことが自分でできたのです)、誰もいないところで火を使って調理をするようなことは絶対にやめてくれるように私が申しました。もし熱湯の入った鍋をひっくり返して体に浴びることでもあったら取り返しのつかないことになります。
夫もそれは素直に聞き入れてくれましたが、わざわざヘルパーさんを頼む必要はないと言いました。未知の人に対する人見知りの性格からです。昼食はどうするのと問えば、朝用意したのが冷めていてもかまわない、あるいは私の帰りを待つ、と答えます。でもおなかをすかせて夫が待っていると思えば私も安心して外出はできません。また夫も私に対して「夫の食事と習いごととどっちが大事だ」と怒りたくもなるでしょう。
ケアマネさんも「いずれ将来、もっとさまざまなことをヘルパーさんにお世話になる機会が増える。いよいよ体力気力が衰えてから新しい人に慣れるのは難しい。まだ今のうちから慣れて信頼関係を築いておいた方がいい」と説得して下さって納得させました。このケアマネさんの予言は実にまとを射たものでした。この2年後、ヘルパーさんなしでは1日たりとも過ごせなくなっていたのです。
週3回の訪看さんのうち1回は入浴、2回は呼吸器リハビリ、つまり肺の周りの筋肉を柔らかく保つための運動です。呼吸に合わせて胸の筋肉を押したり、両腕を広げて上へ引きあげたりします。私も時間のあるときにすればいいとやり方を教えてもらいました。
指の力が少しずつ
73号でも記したように、そのころ夫は室内をほとんど自由に動くことができました。右手に杖を持ち、左手で手すりやポールにつかまりますので、左手に何か物をもっていると転びそうになりました。左足首はぐらぐらしていましたので、左足から一歩踏み出すのは危なく、右足を先に出して左足を引きつける、という歩き方でした。少しずつ前かがみになっていくのが訪看さんたちから指摘されていました。
指の力が少しずつ衰えていきました。特に親指に力が入らなくなって、眼鏡を拭くのに親指と人さし指の間にペーパーをはさんでもうまく拭けないけれど、人さし指と中指の間にはさめばできる、と言いました。
右手の親指より左手の親指の方がより力が弱いけれど、爪を切るときは右手で左の爪を切るより、左手で右の爪を切る方がやりやすい、なぜなら右手で爪切りを持っても左手首がぐらぐらでうまく切れないのだ、とも言いまし
た。そんな無理をして自分で眼鏡を拭いたり、爪を切ったりしなくてもいいのに、むしろ危ないのではないかと私は言いましたが、そうやって自分でできることを確かめているのだと答えました。
お尻の筋肉が減って長く座っているとお尻が痛くなるので、ドーナツ型クッションのような、まん中に穴がひとつではなく、お尻の出っ張りの位置にふたつ穴のあいたクッションはないか、と難しい注文。百貨店の介護用品売り場で尋ねてみて、スポンジに格子状に溝が入っているクッションを買いましたが、座り心地はいまイチ、とのことでした。
首の筋力が弱るのにつれて肩こりがひどくなってきました。訪看さんに肩もみをしてもらっていました。首サポーターをつけるとラクになる人もあると聞き、試供品も試してみて購入しましたが、結局あまり利用するときもなかったようです。
携帯メールでやりとり
いすに座り損ねて尻もちをつき、柱に後頭部をぶつけて、少し出血し、こぶができたときは、もう死ぬかというほどの大騒ぎ。頭蓋骨が陥没したのではないかと言うので、悪いけど大笑いしてしまいました。ただBiPAPのベルトがちょうどこぶの位置に当たるのには困りました。BiPAPは、就寝中6〜7時間連続してつけられれば、朝気分よく起きられるのですが、ベルトをこぶに当たらないようにつけていたら、夜中にはずれてしまったり、痛いのを我慢してつけても、途中で目が覚めてしまったり、思わぬところに影響が出ました。
入浴後、息が荒くなるのはどうすればいいか、訪看さんを通じて主治医の先生に問い合わせ、入浴前にたとえ30分でもBiPAPをつけてから入浴すればラクになると言われ、早速試してみて、その通りでした。
保健所の保健師さんがレッツチャットの練習器を貸して下さって少し練習をしましたが、すでに携帯のメールを使えるようになっていたのでその方がいいとのことでした。指先が携帯のボタンを押せなくなるまで、私と同じ家の中でメールのやりとりをしていました。
入院して検査 BiPAPの圧力調整
7か月前退院するときは、未知の在宅療養生活に不安もあり、退院のうれしさ半分というところでしたが、やはり訪看さんやヘルパーさんに助けられ、家での生活に慣れてくると、入院はいやと思うようになっていました。4週に1度のペースで通院していました。
2月にCTと肺機能検査を受け、肺機能は悪くなっていないと言われ、CT写真を見せてもらって、背筋が弱っているのがよくわかりました。背中や腰の痛みを訴え、痛み止めの湿布薬を貼って過ごしていました。
3月にはレントゲン検査を受け、脊椎の骨が2か所、四角いはずのがペチャンと薄くなっていて、圧迫骨折した痕でした。頚椎は年齢による変化はあるが脊髄の通るスペースは十分あるという説明でした。
4月には動脈血のO?とCO?の濃度測定があり、CO?がたまっていることがわかり、夜間のようすを調べたり、BiPAPの圧力調整、筋力や肺機能の検査などで入院することになりました。前月の診察日にも一度入院を、と勧められましたが「いやです」と答えていました。今回の動脈血の検査結果が出て、あきらめて覚悟を決めました。4月20日入院と決まりました。
入院して、BiPAPの圧力を、それまで息を吸うとき8、吐くとき4にしていたのを、10と4に上げて練習。その後、夜中の就寝中O?濃度が90くらいに下がっていて、12と4にも上げてがんばって練習するように言われました。最初強すぎると言っていたのが少しずつ慣れてきました。動脈血のCO?濃度が正常値の範囲になり圧力12でちょうどいいとなりました。
BiPAPのマスクが両眼の間に当たって皮膚がただれ、テープを貼って対応していましたが、新型マスクのパッキングが少し柔らかい、ゴムベルトの留め具が少し大きく扱いやすくなったのと交換しました。
その他いくつかの検査をし、特に異常がなく6週間で退院となりました。
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