|
忘れな草をあなたに(8) 意思や感情は残り からだが動 かないのはつらい 加藤豊子(遺族)
2008年8月13日、胃瘻の造設とそれに続く取り扱いについての勉強会も終わり退院しました。筋力の低下は確実に進んで、介護用品もあれこれ使ってみては短期間で使えなくなり、介護に手がかかるようになり、ヘルパーさんをお願いする回数も増え、要介護認定の区分変更の申請、介護プランの作成し直し等、ケアマネジャーさんにお世話になりました。 胃瘻 未知の経験ひとつひとつ積み上げて 胃瘻の形状については、おなかの外に出る部分にチューブ式とボタン式、胃の内側の抜け落ちを防ぐストッパーにバンパー式とバルーン式があり、それぞれ一長一短があります。それらの組み合わせによって主に4種類の方式があり、また各メーカーができるだけ患者の負担を軽減するように改良が加えられています。 患者の状態などを見て、主治医の先生がどの方式を採用するか決定されるのですが、夫の主治医、神経内科の訪問医の先生はボタン式のバルーン式を、造設手術を行った先生はチューブ式のバンパー式を推薦されました。 7月2日造設手術を受けたときはチューブ式のバンパー式、12月10日の第1回の交換は手術を受けた病院の外来でボタン式のバルーン式でお願いしました。 その後の交換は原則として4週に1度、自宅で訪問医の先生にしていただき、バルーン(胃の内側にあるふうせん)を膨らませる水は毎週1回、訪問看護師さんに入れ替えてもらいます。バルーン式の方がバンパー式に比べて交換頻度は高いのですが、交換時の痛みなどは少なくて済みます。 食事についてはほんの少しの工夫と介助で口から何でも好きなものが食べられ、胃瘻からの注入は薬だけにしました。錠剤はつぶして、カプセルは中身を出して、粉薬とともにぬるま湯にとかして注射器で胃瘻のチューブに注入します。 注射器の押し棒(内筒)の先端のゴム部分が古くなると伸びて入りにくく動きにくくなるので、保存するときは別々ではなく、中に差し込んでおくと良いとアドバイスされました。私はゴムが古くなると縮んで動きが軽くなるのかと思っていました。刀根山の看護師さんが「固くなったら取りかえ時」と言われたのはゴムが固く弾力を失ってくるという意味だと思っていました。動きが固くなるという意味だったらしいと気づきました。このように未知の経験をひとつひとつ積み上げていきました。 マッサージ 初期からお世話になっていた先生が ALSと診断された初期の段階からお世話になっていたマッサージの先生が事業所のつごうで辞めることになり、新しいかたを紹介されました。胃瘻の手術の入院前に2回ほど来て、退院後に再開。でも、ごく初期のまだ筋力の残っていた頃からだんだん症状が進んでいくのをまの当たりに見、十分理解して施術して下さっていた最初の先生と違って、ALS患者は初めてのようでした。夫は週1回の理学療法士さんの訪問を2回に増やしマッサージをやめたいと言いました。 ところが、理学療法士さんの事業所ではこれ以上ふやす余裕がなく、主治医の先生やケアマネジャーさんに相談しました。訪問看護師さんにマッサージやリハビリ等もお願いして、これまでしていた身体の清拭やシャンプーなどヘルパーさんにできることはヘルパーさんに移し、そのためヘルパーさんの回数を増やす、と決めました。 症状の進行 庭に出て花をながめることも難しく 筋力の低下は確実に進行していきましたが、咀嚼嚥下にはあまり問題はなく、ヘルパーさんに食事介助をしてもらったときは薬も口から飲めていました。 手足の動きや体幹の衰えでいろいろな問題が起こってきました。ベッドから車椅子へ移り、車椅子に乗って家の中を動いたり、自分でトイレへ行ったりと出来ていたのがだんだん困難になり、ベッドから滑り落ちたり、ベッドと車椅子の両方に体が渡ったまま身動きが取れなくなったりということも起きました。 私が移乗を助けるのに使うスライドボードも試してみました。ベッドと車椅子の間に敷いてその上を滑らせるものですが、初めのうちはうまく使えました。かろうじて残っていた腕の力で自分の体を支えていたのですが、ほんの2~3か月で腕の力が落ちて使えなくなったのです。そうなると前へ滑り落ちるようになり、かえって恐怖心を抱かせるものでした。このボードを使い始めるときからレンタル業者さんに欠点として指摘されていたことでした。 車椅子に移ったあと下に落としたものを取ろうとして体が前のめりになり、頭が下へ下へと落ちていき、もとに戻れなくなったことがありました。声を出して助けを呼ぶこともできず、それ以降、誰も見ていないところでひとりで移乗することはしなくなりました。 車椅子で家の中を自由に移動したり、庭に出て外の空気を吸い植木や花をながめることも難しくなって、レンタルしていた外用の車椅子、会報77号で紹介した昇降機等を返却しました。 デリケートな排泄の問題 どこまでわかってあげていたか 自分で家のトイレに行けるときでも夜中の小用には尿器を使うことを看護師さんに勧められ、実行していました。ベッドから車椅子に移乗して使うのですが、時に間に合わずもらすこともあり、尿器を手で持つことが重く感じるようにもなってきました。尿をためるタンクをベッドの下に置き、受け口のカップがパイプでつながっているという、商品名『安楽尿器』を使い始めましたが、カップを少し持ち上げて下のタンクへ流し込むのに失敗してあふれさせることもありました。 排便はベッドの横に置いたポータブルトイレに座らせてもらうもよし、家のトイレに連れて行ってもらえればなおよし、でした。ポータブルトイレならボトルに入れたお湯で洗浄してもらいます。家のトイレなら温水洗浄、温風乾燥器つきでしたから、何と言ってもできるだけ自分で始末したい、できるのが嬉しいという気持ちのようでした。やはり排泄はデリケートな問題で、どこまで私が思いやりの心を持って分かってあげていたかと、いま思います。 「迷惑ではない」と言っても説得力はなく 12月23日(祝日)には、訪問看護師さんのひとりがお友達の姉妹を伴って、会報69号で記したホームコンサートの第1回目を開いて下さいました。このときはケアマネジャーさんも参加して、一緒に「聖しこの夜」や「ジングルベル」などを歌いました。 食事は車椅子で食卓について取っていました。年末年始には娘夫婦もまじえてお鍋を囲み、いつにも増して食欲旺盛、楽しく過ごしました。 夫は口癖のように迷惑をかけている、迷惑をかけていると繰り返していました。私は迷惑ではない、世話にはなっているけど、それは迷惑ではないと言いましたが、あまり説得力はありませんでした。意思や感情は残り、体が動けないのはなおのこと辛い、いっそ何も分からない方が気が楽だとも言いました。私はそれでは介護のしがいがない、分かってもらえる方が良いとも言いました。これも説得力はありませんでした。 このような会話はALSの患者さんどなたも一度は通られた道、あるいはいつか通られる道ではないかと思います。私としては、急に倒れられていっぺんに介護の負担がのしかかったのではなく、少しずつ増えていったので、それにあわせて介護力もついて行けたと思います。ここ数か月はかなりの変化があってばたばたもしましたが、なんとか在宅介護を続けていける見通しが立ったと思いました。
|
| ページトップ |