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関西事務所を開設します |
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| 大野 直之・全国障害者介護保障協議会事務局 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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全国の障害者団体の事業所をネットワークで結び、47都道府県でヘルパーの自薦登録をできるように整備している全国ホームヘルパー広域自薦登録協会(略称:全国広域協会。全国障害者介護保障協議会の関連団体)が2015年6月に、直営の関西事務所を大阪府に開設します。 自薦登録とは、一般のヘルパー事業所が吸引などの医療的ケアを行ってくれなかったり、長時間連続の重度訪問介護を行ってくれなかったり、使い勝手が悪いため、ALSや頚損、筋ジス、脳性麻痺などの最重度障害者が、自分でヘルパーを雇用して、自分専用のヘルパーとして公的制度から給与が出るようにして使う仕組みです。 最近は全国的にALSの利用者が増えています。古くは1970年代に、東京都で自薦登録の制度を、脳性まひ者など24時間介護の必要な1人ぐらしの最重度障害者が交渉して作ったことに始まり、2002年には全国200の自治体で、各地の障害者の市町村交渉により実施されていました。2003年以降はヘルパー事業を民間で行うように制度開始があり、全国各地の障害者団体が全国ネットワークを組んで自薦登録を行っています。その取りまとめを行っているのが全国広域協会です。 いままで、南関東や秋田など一部の県では全国広域協会の直営で事業所を設けていましたが、それ以外の地域では、関係の障害者団体に業務を委託していたため、無理がきかなかったこともありました(例えば、自薦ヘルパーが労働基準監督署などに苦情を言うようなことがあると、事業所に調査が入り、多大な迷惑がかかるため、各地の団体が自薦の業務委託を受けてくれなくなることもありました)。これが直営事業所になれば、少々の無理もきくようになります。以前、ALS協会近畿ブロックの機関誌に自薦の事情を載せていただいたと きには、かなり厳しいことをご紹介しましたが、今は、完全な自薦の他に、半分自薦(支援付き)なども行っています。また、最近はALS専門団体と共同プロジェクトで過疎地に支店事業所を作ることも少しずつ行っています(モデル事業1号の長崎県の離島の壱岐の話は数ページ先の家族からのレポート参照)。 重度訪問介護を利用して生活する実例 重度訪問介護とは: 障害者自立支援法の中の訪問系サービス(ホームヘルパー制度)の一つです。 24時間の連続介護が必要な最重度の障害者に、24時間連続してヘルパーを使う(8時間勤務のヘルパーが3交代で)ことを想定して作られた制度です。もちろん1日16時間や12時間の利用をして、残りは家族が介護ということも出来ます。 重度訪問介護は身体介護とは違って、ヘルパーが障害者に呼ばれるまで、すぐそばで座って待つ「見守り待機」もヘルパーの仕事となっています。介護保険や障害者自立支援法の身体介護のヘルパーは、決められた身体介護を1時間~1.5時間程度の短い時間にさっとやり終えて帰って行きますが、障害者自立支援法の重度訪問介護は、同じヘルパーが最低8時間障害者のそばに座って待ち、排泄や体位交換や文字盤や水分補給などを障害者に言われたら、言われたときに即座に介護を行い、それが終わったら、次に呼ばれるまでまたそばに座って障害者を見守りながら待機します。外出の介護も重度訪問介護のヘルパーが行えます。重度訪問介護を毎日使っている障害者はいつでも外出したいときにヘルパーと外出ができます。 たんの吸引や体位交換など、いつ必要になるかわからない介助内容の多いALS障害者等には、介護保険や少ない時間数を細切れに支給されると、大変危険ですし、生活の質にも支障が出ます。その点、重度訪問介護であれば、安全に暮らせます。 今回は、この重度訪問介護制度を使い、自己負担と合わせ1日24時間の介護を受けて生活している秋田県の農村部のO村のMさんと、1日24時間近い制度を受けている秋田県の農村部のH町のNさんの暮らしを紹介します(いずれも全国広域の自薦登録の利用で24時間のヘルパーを使っています)。 ★秋田県O村 家の中でのMさんの生活
朝起きるとまずパソコンに向かう
昼間のほとんどをパソコンの前で過ごし、コミュニケーションもパソコンで行う
文字盤でコミュニケーションをとる シャワーは週2回、月曜日と木曜日に行う。リフトでシャワー室へ移動
シャワーの際も、文字盤でコミュニケーションをとりながら
来客用の五目寿司作り。ヘルパーに指示を出して行う
歯磨きをするときは、文字盤で磨き残しがないかなど、話しながら
毎日24 時間すべてにヘルパーを使い、1日2~3交代のヘルパーで暮らしています。 ★秋田県H町 Nさんの家の中での生活
文字盤で会話しながら、体があついかさむいか?聞いているところ
「さむい」ということで、毛布をかける
四肢屈伸(関節が固まってしまわないよう伸ばしたり閉じたりする)の様子
吸引 Nさんの、部屋の中での定位置
Nさんも、毎日24時間すべてにヘルパーを使い、1日2~3交代のヘルパーで暮らしています(介護保険と障害の重度訪問介護など公的制度が大部分で、自費も併用)。 ★ Mさんの外出風景
ヘルパー2名を同行させ、近くのホームセンターへショッピング! 事前にヘルパーさんに指示(パソコン・文字盤)をだし、生活用品の不足のものなどを買いに行きます。 ごく普通に、ご自分の欲しい物、興味を持ったものを、文字盤を使用し、「棚からとって!」と指示を出しているところです。1名のヘルパーが指示を聞きとり、もう1名が動くということで、常にMさんのそばにヘルパーが見守っているので、安心して買い物ができます。 コンバインに乗って稲刈り (ヘルパーさんのコメント) どんな人にも人生があるように、Mさんは、村の第1次開拓者として農業と共に歩んでこられました。 思い入れも並々ならぬ強さがあり、田んぼ作りは今、他の方にお願いしてあるものの、収穫の稲刈りを「死んでもいいから!」と奥様とヘルパーにパソコンと文字盤を使い訴えられ、実現した稲刈りです。 Nさんもその応援にと、2名のヘルパーを同行させかけつけました。 日々の生活はもとより、こういった呼吸器を装着した患者さんの移動は、危険ととなりあわせです。 心通った慣れたヘルパーさんが介護できる時間の支給がないと、実現できなかったことです。
コンバインに乗ったMさん
稲刈りの応援に来たNさんと ※秋田ALS協会の活動写真 (ヘルパーさんよりコメント) 遠方に出かけるときは、2名のヘルパーが必ず同行します。 2名のヘルパーは、必ず1日の勤務が8時間連続Mさんのそばにおりますので、「あ・うん」の呼吸、かゆいところに手が届く!というように、Mさんの身体、気持を理解していると言っても過言ではありません。 呼吸器を装置している患者さんは、いつ何どき何が起こるかがよめません。 タン吸引、体交等、自分で何1つとして動けないお身体であるために、常に介助者がいないとならない状況にあります。 すると必然的に介護保険での支給時間では、とうてい間に合いませんし、まして、時間を細切れで利用するといった介護では、介護内容もそぐいません。 患者にとっても介助者にとっても苦痛を伴う結果となってしまいます。そこで、重度訪問という支援が必須になってきます。 コミュニュケーション1つとっても、声がだせない、動けない患者さんにとっては、意思を伝える!ということ自体が困難ですし、その意思をくみとる介護側にとっても、時間を要します。こうして、重度の障害を持っていながらも、外出等ができるのも、患者さんを支える介助者と本人の強い意思…心の絆があってだと感じます。 ALSの患者さんのところへ訪問
(ヘルパーさんよりコメント) 同じ病気をかかえた方を。ヘルパー2名同行させ、訪問させていただいております。患者さんはもとより、それを支える家族の気持ち、介護保険しか知らない、がまんして生活されている方々のために、Mさんご自身が、重度訪問という支給の時間を利用して安心したヘルパーと共に日々活動されております。 ★その他のALSの方々の外出の写真
岡部宏生さん(東京都) ロックグループTOTOの日本公演で、武道館でTOTOと交流 岡部さん 地下鉄
震災支援のカンパ活動(東京・西新宿デパート前 橋本操さん)
東京都庁に陳情 (前列左から岡部さん、篠沢教授、橋本さん)
障害福祉制度の重度訪問介護を使って長時間連続のヘルパーを使い、自分に慣れたベテランヘルパーを確保して社会に参加しながら生活をしているALS患者が増えています。 ここでは秋田の事例を掲載しましたが、同様に長時間のヘルパー制度を(重度訪問介護制度を使うことによって)利用しているALSなどの最重度障害者は、全国47都道府県中、過半数の都道府県にいます。 また、例えば、毎日20時間以上の重度訪問介護を利用している重度障害者は全国37都道府県にいます。 障害福祉の介護制度は、1人1人の身体の状況や同居家族の状況等を加味してサービスの時間数が市町村によって決まる制度です。介護保険とは違い、サービスに一律の上限はありません。ヘルパー等の制度の根拠法律である障害者自立支援法では、市町村の責任として、障害者が自立した生活ができるようなサービスを決定することが書かれています。 もちろん、これを守っている市町村もありますが、多くの市町村では障害福祉担当課は庁内で後ろ盾の議員も(土木建設部門などと違って)少なく、必要な予算を財務部門を説得して確保する努力がなされていないため、予算不足で法に従ったサービスを実施していません。しかし、重度の障害者自身が市町村の課長などに交渉して「命に関わる大変な状況」を粘り強く長期にわたって毎月説明していくことで、制度が改善していきます。実際、今回紹介した秋田でも、最初は介護保険だけで、障害福祉の重度訪問介護は0時間でした。粘り強く交渉していくことで、時間数が伸びていきました。
ある最重度障害者の1週間のサービス利用形態 (毎日21時間の重度訪問介護と3時間の介護保険訪問介護を利用)
(8:00~9:30と17:00~18:30が介護保険訪問介護。それ以外の時間はすべて障害施策の重度訪問介護) 介助内容の相談、時間数交渉等は全国障害者介護保障協議会まで ★介護保険などの少ない時間数で、支給時間を細切れに出される方 ★支給される時間数では足りないと感じる当事者や家族の方 ★その他、重度訪問介護について、まずは詳しく情報の欲しい方 制度係まで、お電話ください。 時間数交渉の情報交換、制度相談を11時~23時まで行っております。 TEL 0037-80-4445(フリーダイヤル) TEL 042-467-1470 上記の秋田他のALSの方々の記事の全文は以下からどうぞ http://www.kaigoseido.net/i/als-chiikiseikatsu.htm 以下、全国広域協会の説明をします。 |
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全国ホームヘルパー広域自薦登録協会のご案内 略称=全国広域協会 フリーダイヤル 0120-66-0009 フリーダイヤルFAX 0120-916-843 |
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自分の介助者を登録ヘルパーにでき自分の介助専用に使えます 対象地域:47都道府県全域 介助者の登録先の事業所がみつからない方は御相談下さい。いろいろな問題が解決します。 全身性障害者介護人派遣事業や自薦登録ヘルパーと同じような、登録のみのシステムを障害ヘルパー利用者と介護保険ヘルパー利用者むけに提供しています。自分で確保した介助者を自分専用に制度上のヘルパー(自薦の登録ヘルパー)として利用できます。介助者の人選、介助時間帯も自分で決めることができます。全国のホームヘルプ指定事業者を運営する障害者団体と提携し、全国でヘルパーの登録ができるシステムを整備しました。介助者時給は求人して人が集まる金額にアップする個別相談システムもあります。 利用の方法 広域協会東京本部にFAXか郵送で介助者・利用者の登録をすれば、翌日から障害や介護保険の自薦介助サービスが利用可能です。東京本部から各県の指定事業者に業務委託を行い、ヘルパー制度の手続きを取ります。各地の団体の決まりや給与体系とは関係なしに、広域協会専門の条件でまとめて委託する形になりますので、すべての契約条件は広域協会本部と利用者の間で利用者が困らないように話し合って決めます。ですから、問い合わせ・申し込みは東京本部0120-66-0009におかけください。 介助者への給与は身体介護型で時給1500円(1.5時間以降は1200円)(東京都と周辺県は時給1900円。1.5時間以降は1300円)、家事型1000円、重度訪問介護で区分により時給1100円(区分5以下)・1250円(区分6)・1450円(最重度)が基本ですが、長時間利用の場合、求人広告して(広告費用助成あり)人が確保できる水準になるよう時給アップの相談に乗ります(なお、2009年5月より重度訪問介護のヘルパーには12%の保険手当を加算します。手当は、厚生年金に入れない短時間の方のみ。また、利用時間120時間未満の利用者の介護者は加算がつきません)。介助者は1~3級ヘルパー、介護福祉士、看護師、重度訪問介護研修修了者などのいずれかの方である必要があります(3級は障害の制度のみ。介護保険には入れません)。重度訪問介護は、障害者が新規に無資格者を求人広告等して確保し、2日で20時間研修受講してもらえば介護に入れます。 詳しくはホームページもご覧ください http://www.kaigoseido.net/2.htm 2009年10月よりさらに大幅時給アップ 2012年度改正で物価マイナス0.8%にあわせて制度の単価が下がりますが、給与は下げません 処遇改善助成金が2012年度以降も継続となりました。各地で額は違いますが、広域協会東京ブロック・近畿ブロックでは、以下のように手当が継続で出ます。(時給アップではなくボーナス方式のアップの地域もあります) <2012年4月以降の時給体系>(東京&近畿ブロック)
処遇改善手当は国の介護人材処遇改善事業の助成によるもの。2012年改正で基金事業から一般会計の制度になりました。 (※1)身体介護型に3級ヘルパーやみなし資格者が入る場合、時給が70%、家事援助・生活援助は90%(900円)になります。 (※2)保険手当は、当会で重度訪問介護を月120h以上利用している利用者のヘルパーのうち、社会保険非加入者に対して支給されます。常勤の4分の3以上稼動して社会保険に加入した場合、手当の支給はありません(東京ブロックは週24時間労働から厚生年金加入可能)。 自薦介助者にヘルパー研修を実質無料で受けていただけます 求人広告費助成・フリーダイヤルでの求人電話受付代行なども実施 全国広域協会の利用者の登録介助者向けに重度訪問介護研修を開催しています。東京会場では、緊急時には希望に合わせて365日毎日開催可能で、2日間で受講完了です(東京都と隣接県の利用者は1日のみの受講でOK。残りは利用障害者自身の自宅で研修可能のため)。障害の身体介護に入れる3級ヘルパー通信研修も開催しています。通信部分(2週間)は自宅で受講でき、通学部分は東京などで3日間で受講可能。3級受講で身体介護に入ることができます。3級や重度訪問介護の研修受講後、一定時間(規定による時間数)介護に入った後、研修参加費・東京までの交通費・宿泊費・求人広告費を全額助成します(3級は身体介護時給3割減のため、働きながら2級をとればその費用も助成対象です)。求人広告費助成・フリーダイヤル求人電話受付代行、必ず人が雇える効果的な広告方法のアドバイスなども実施。 このような仕組みを作り運営しています
市町村への請求事務や給与支払い事務等の業務委託・提携
介護者の登録、介護料振込 介護者の登録、介護料振込
お問い合せは TEL 0120-66-0009(通話料無料)へ。 受付10時~22時 介護保険ヘルパー広域自薦登録保障協会 発起人 (都道府県順、敬称略、2000年4月時点)
全国ホームヘルパー広域自薦登録協会の利用者の声 ★(京都) 自薦ヘルパーと自立への一歩 (日本ALS協会近畿ブロック会長 一般社団法人日本ALS協会理事 増田英明) 私は筋萎縮性側索硬化症、通称ALSと言う希少難病で全身不動なから医療系学校・大学・高校・シンポジュウム等の講師や患者相談として社会活動をしております。 難病ながら社会活動が出来るのも、当初はベッドの上で24時間過ごしていたが、友人から広域協会を教えてもらい、自立活動の一歩を踏み出しました。広域協会のお陰にて孤立することもなく、新しい出会いを楽しみに毎日活動に励んでおります。 ★(東北北部の農山村地域A町) 進行性の難病のために介護事業所を利用していましたが、徐々に症状が進む中で人工呼吸器を装着した際は利用拒否を伝えられていました。そのような中で全国広域協会を知りました。呼吸器装着、タン吸引については自薦ヘルパーさんが長時間傍らに居ることで、安心して生活しています。急遽自宅から遠い病院に入院、手術となったときは、慣れたヘルパーさんがそのまま付き添えるように助成を受けて、安心して入院生活を送ることが出来ました。体調が安定していることで公園や花火大会、映画館に出かけたり、一人でいて出来なかった読書をしています。 ★(東北の農村から) ALS在宅人工呼吸器のながいき患者です。昔は介護の公的支援はなく、家族や雇い人で、何とか介護をしていました。2000年ころ、介護保険や障害者自立支援制度などが始まったけれど、障害者としてこれをどのように利用すれば良いかわからず、とまどいました。東京都では20年ほど前から、全身性障害者介護人派遣制度が行われていることは知っていたので、病友を通して問い合わせましたら、さすが東京、既に全国ホームヘルパー自薦登録協会という団体が活動され、私の同病者もその支援を受けていました。そこで私もこの広域協会のご支援を受け、2004年からこの協会に登録して、秋田県でも自薦のできる介護事業所を発足し、10年目になりました。 おかげさまで自薦ヘルパーによる24時間介護を受け、まだ寝たきりでなく、外出もしています。最初は、介護保険と障害支援費月90時間で、ヘルパーさん2人で交代でした。低賃金労働でしたが、年々改善され、現在介護保険の他に障害の支給量も大きく増え、今ではヘルパーさん5人です。介護内容も充実し、もちろん、ヘルパーさんの待遇も改善されました。 広域協会の細かいご支援によって、今ではこの秋田の事業所に、難病障害者7人が参加し、それぞれ自薦ヘルパーによる24時間等の介護を受けています。よりよい闘病生活。安定した介護、これからも更に研鑽し、誰でも、どこに住んでも平等で安心して生きてゆける社会づくりを目指したいと思います。 松本茂(一般社団法人日本ALS協会名誉会長) ★(関西) 24時間介護の必要な人工呼吸器利用者ですが、一般事業所はどこも人工呼吸器利用者にヘルパー派遣をしてくれないので、広告で募集した介助者に全国広域協会の紹介でヘルパー研修を受講してもらい、全国広域協会を利用しています。求人紙での求人募集方法のアドバイスも受けました。介助者への介助方法を教えるのは家族が支援しています。 ★(東日本の過疎の町) 1人暮らしで24時間介護が必要ですが、介護保障の交渉をするために、身体介護1日5時間を全国広域協会と契約して、残り19時間は全国広域協会から助成を受け、24時間の介助者をつけて町と交渉しています。 ★(東北のA市) 市内に移動介護を実施する事業所が1か所もなく、自薦登録で移動介護を使いたいのですが、市が「事業所が見つからないと移動介護の決定は出せない」と言っていました。知人で介護してもいいという人が見つかり、東京で移動介護の研修を受けてもらい、全国広域協会に登録し、市から全国広域協会の提携事業所に連絡してもらい、移動介護の決定がおり、利用できるようになりました。 ★(西日本のB村) 村に1つしかヘルパー事業所がなくサービスが悪いので、近所の知人にヘルパー研修を受けてもらい、全国広域協会に登録し、自薦ヘルパーになってもらいました。 ★(北海道) 視覚障害ですが、今まで市で1か所の事業所だけが視覚障害のガイドヘルパーを行っており、今も休日や夕方5時以降は利用できません。夜の視覚障害のサークルに行くとき困っていましたら、ほかの参加者が全国広域協会を使っており、介助者を紹介してくれたので自分も夜や休日に買い物にもつかえるようになりました。 ★(東北のC市) 24時間呼吸器利用のALSで介護保険を使っています。吸引してくれる介助者を自費で雇っていましたが、介護保険の事業所は吸引をしてくれないので介護保険は家事援助をわずかしか使っていませんでした。自薦の介助者がヘルパー資格をとったので、全国広域協会に登録して介護保険を使えるようになり、自己負担も1割負担だけになりました。さらに、2003年の4月からは支援費制度が始まり、介護保険を目いっぱい使っているということで障害ヘルパーも毎日5時間使えるようになり、これも全国広域協会に登録しています。 求人広告を出して自薦介助者は今3人になり、あわせて毎日10時間の吸引のできる介護が自薦の介助者で埋まるようになりました。求人広告の費用は全国広域協会が負担してくれました。介助者の時給も「求人して介助者がきちんと確保できる時給にしましょう」ということで相談のうえ、この地域では高めの時給に設定してくれ、介助者は安定してきました。 全国ホームヘルパー広域自薦登録協会の理念 47都道府県で介助者の自薦登録が可能に 障害施策の自薦登録ヘルパーの全国ネットワークを作ろう 2003年度から全国の障害者団体が共同して47都道府県のほぼ全域(離島などを除く)で介助者の自薦登録が可能になりました。 自薦登録ヘルパーは、最重度障害者が自立生活する基本の「社会基盤」です。重度障害者等が自分で求人広告をしたり、知人の口コミで自分で介助者を確保すれば、自由な体制で介助体制を作れます。自立生活できる重度障害者が増えます(特にCIL等のない空白市町村で)。 小規模な障害者団体は、構成する障害者の障害種別以外の介護サービスノウハウを持たないことが多いです。たとえば、脳性まひや頚損などの団体は、ALSなど難病のノウハウや視覚障害、知的障害のノウハウを持たないことがほとんどです。 このような場合でも、まず過疎地などでも、だれもが自薦登録をできる環境を作っておけば、解決の道筋ができます。地域に自分の障害種別の自立支援や介護ノウハウを持つ障害者団体がない場合、自分(障害者)の周辺の人の協力だけで介護体制を作れば、各県に最低1団体ある自薦登録受け入れ団体に介助者を登録すれば、自立生活を作っていくことが可能です。一般の介護サービス事業者では対応できない最重度の障害者や特殊な介護ニーズのある障害者も、自分で介護体制を作り、自立生活が可能になります。 このように、さまざまな障害種別の人が自分で介護体制を組み立てていくことができることで、その中から、グループができ、障害者団体に発展する数も増えていきます。 また、自立生活をしたり、自薦ヘルパーを利用する人が増えることで、ヘルパー時間数のアップの交渉も各地で行なわれ、全国47都道府県でヘルパー制度が改善していきます。 支援費制度が導入されることにあわせ、CIL等自立生活系の障害当事者団体が全国47都道府県で居宅介護(ヘルパー)指定事業者になります。 全国の障害者団体で共同すれば、全国でくまなく自薦登録ヘルパーを利用できるようになります。これにより、全国で重度障害者の自立が進み、ヘルパー制度時間数アップの交渉が進むと考えられます。 47都道府県の全県で、県に最低1か所、CILや障害者団体のヘルパー指定事業所が自薦登録の受け入れを行えば、全国のどこにすんでいる障害者も、自薦ヘルパーを登録できるようになります(支援費制度のヘルパー指定事業者は、交通2~3時間圏内であれば県境や市町村境を越えて利用できます)(できれば各県に2~3か所あれば、よりいい)。 全国で交渉によって介護制度が伸びている全ての地域は、まず、自薦登録ヘルパーができてから、それから24時間要介護の1人暮らしの障害者がヘルパー時間数アップの交渉をして制度をのばしています(他薦ヘルパーでは時間数をのばすと、各自の障害や生活スタイルに合わず、いろんな規制で生活しにくくなるので、交渉して時間数をのばさない)。 自薦ヘルパーを利用することで、自分で介助者を雇い、トラブルにも自分で対応して、自分で自分の生活に責任を取っていくということを経験していくことで、ほかの障害者の自立の支援もできるようになり、新たなCIL設立につながります(現在では、雇い方やトラブル対応、雇用の責任などは、「介助者との関係のILP=自立支援プログラム」実施CILで勉強可能)。 例えば、札幌のCILで自薦登録受け入れを行って、旭川の障害者が自分で介助者を確保し自薦登録を利用した場合。それが旭川の障害者の自立や、旭川でのヘルパー制度の時間数交渉や、数年後のCIL設立につながる可能性があります。これと同じことが全国で起こります(すでに介護保険対象者の自薦登録の取組みでは、他市町村で自立開始や交渉開始やCIL設立につながった実例がいくつかあります)。 自薦登録の受け付けは各団体のほか、全国共通フリーダイヤルで広域協会でも受け付けます。全国で広報を行い、多くの障害者に情報が伝わるようにします。自薦登録による事業所に入る資金は、まず経費として各団体に支払い(各団体の自薦登録利用者が増えた場合には、常勤の介護福祉士等を専従事務員として雇える費用や事業費などを支払います)、残った資金がある場合は、全国で空白地域でのCIL立ち上げ支援、24時間介護制度の交渉を行うための24時間要介護障害者の自立支援&CIL立ち上げ、海外の途上国のCIL支援など、公益活動に全額使われます。全国の団体の中から理事や評議員を選出して方針決定を行っていきます。
求人広告費用を助成・ヘルパー研修の費用や交通費・宿泊費を助成 Q 自薦ヘルパーの確保は、みなさん、どうしているのでしょうか? 知人などに声をかけるのでしょうか? A 多くの障害者は、求人広告を使っています。多いのは駅やコンビニなどで無料で配布されているタウンワークなどです。掲載料は1週間掲載で1番小さい枠で2~3万円ほどです。 重度訪問介護は、かならず8時間程度以上の連続勤務にし、日給1万円以上で広告掲載します。無資格・未経験者を対象に広告を出します(雇った直後に2日間で研修受講)。 全国広域協会では、求人広告費用も助成しています(広告内容のアドバイスを広域協会に受け、OKが出てから広告掲載した場合で、雇った介護者が一定時間介護に入ったあとに全額助成)。長時間連続の勤務体系を組めば、かならず介護者を雇用できるようにアドバイスいたします。 また、求人広告は利用者各自の責任で出すものですが、問い合わせ電話はフリーダイヤル番号を貸付します。電話の受け付けも全国広域協会で代行します。 つぎに、数人~数十人を面接し、採用者を決めます。採用後、自分の考え方や生活のこと、介護方法などをしっかり伝え、教育します。 その次に、たとえば重度訪問介護利用者は、雇った介護者に重度訪問介護研修(20時間)を受講させる必要があるので、東京本部や東海・関西・西日本の関係団体などで、重度訪問介護研修(東京で受講の場合は2日間で受講完了)を受講させます。 全国広域協会では、研修受講料・交通費・宿泊費も助成しています(自薦ヘルパーが一定期間介護に入ったあとに、全額助成します)。 (障害のヘルパー制度で身体介護利用者は、3級研修を受講することが必要で、2週間の通信研修(自宅学習)レポート提出のあと2泊3日で東京や西日本に受講に行く必要があります。3級は時給が3割ダウンですので、多くは働きながら2級研修を地元などで受講します。3級や2級の受講料は一定期間働いたあとに全額助成します) (介護保険のみを利用する障害者のヘルパーは、2級を受講する必要がありますので、無資格者をいきなり雇用するのは困難です。2級限定の求人を出すしかありませんが、2級を持っている労働人口が無資格者に比べてとても少ないので、かなり給与が高くないと、求人しても人が集まりにくいです。最重度の場合は介護保険を受けていても、上乗せして障害の重度訪問介護などを利用できますので、まずは障害の制度部分のみで自薦ヘルパーを雇用して、働きながら2級をとり、介護保険も自薦にするという方法があります。この場合でも2級受講料を一定時間後に助成します) Q 全国広域協会を使う障害者の自薦ヘルパーの怪我や物品損傷などの保険・保障は? A 民間の損害保険に入っているので、障害者の持ち物や福祉機器を壊したり、外出介護先で無くしたりしても、損害保険で全額保障されます。 また、ヘルパーの怪我は労災保険で、治療代や収入保障が得られます。病気で連続4日以上休むと社会保険から(常勤の4分の3以上の人に限る)保障されます。通院・入院などは民間の損害保険からも給付が出る場合があります。 全国広域協会&全国障害者介護保障協議会が少しずつ始めて いる直営支店事業所で過疎地にALS向け事業所を作るプロ ジェクトの1か所目の話です
難病 ALS の父が家に帰れた クラウゼ江利子(ドイツ在住)
2014年7月末、入院から8か月、私の実家、長崎県壱岐市という離島に住む 79歳の父は念願のわが家に帰ることが出来た。ALSと診断されてからその時点で2年。胃ろう、気管切開した今、ヘルパーさんたちが父の手となり足となり、喋れなくなった父の口となり、日々支援のありがたさを実感している。父の前向きさも戻ってきた。きっと支援を受けていなかったら生きることを選ばず、もうこの世にはいなかっただろう。在宅環境の準備をして来て本当によかったと思った。もちろんここまでもってくるのは簡単ではなかった。 2012 年7月末の診断当時、口を開けば病気の話で、先のことを考え、家族中泣いてばかりいた。その年の冬、ドイツからの帰省中に、子どものころ、水の事故で亡くなった妹が枕元に立った。それからなぜか漠然と父を助けなきゃと思った。どうやって助けるのか、何も分からなかった。 ただ遠い昔、27年前、闘病記『ある難病患者のつぶや記』(松嶋禮子著)を読んだことがあって、出版社に問い合わせ、松嶋さんに手紙を書いたことがあった。しばらくして松嶋さんから返事があり、便箋に当時のタイプライターで、ヒモで吊り下げた手によって打たれた2行の短い文章の中に“打つのに 2 時間かかった ”とあった。ALS は大変な病気、それだけは覚えていた。 すぐに行動を起こさないと間に合わない 実際のところドイツに住んでいる私に、遠く離れた父のために一体何が出来るのかさっぱり分からなかった。ドイツに帰り、ALS についてや、日本でどんなサービスを受けることが出来るのか、片っ端から調べることにした。そして状況把握のため、電話やメールの日々が続いた。そのころ、重度訪問介護という制度を使えることや、ALS 協会の存在を知る。 重度訪問介護は国の制度だから当然日本全国津々浦々どこでもやっていると思った。しかし現実はやっているどころか、受ける事業所もなく、重度訪問介護の周知さえされていなかった。それでも必要性を説明すれば簡単にやってくれると最初は思っていたがそうではなかった。 さらに調べていくうちに、多くの自治体で同じように、受ける事業所がなく、困っている人たちが大勢いることが分かって来た。必要なのに、どうして……と、腑に落ちないまま、何か行動をすぐに起こさないと、進行の早いこの病気に間に合わないと思った。どれくらい頑張ればいいのか、いつまでかかるのか検討もつかなかった。 運よくネットでいろんな機関と接触した中で、全国障害者介護保障協議会 (電話0120-66-0009)は唯一具体的に何をすればいいのか継続的に電話やメールで教えてくれた。代わりに何かをやってくれる訳ではない。教えてもらったノウハウをもって、自分で動く人にしか向いていない。誰かがやってくれるのを待つ人にはいつまで経っても状況は変わらない。 ドイツにいながら情報収集をネットや電話でして、帰国時に各地で重度訪問介護の現場を見学させてもらい、関係者や専門職から話を聞いた。それを壱岐市で関係者に話すことから始めた。すると訪問看護の所長が理解してくれた。そして父のかかりつけ病院院長に繋いでもらい、急遽、第1回目の関係者会議を開くことになった。 会議では医療関係者、福祉関係者、行政等が集まった。しかし集まるだけでは何にもならない。事前の準備が必要だと思い、同協議会に指示を仰いだ。それでも専門職を前に経験も自信もない素人の私が話をすることは大変な勇気が要ることだった。そんなとき、院長が助け舟を出してくれた。“壱岐市でも重度訪問介護をやろう”と関係者の前で言ってくれたのだ。繋いでくれた訪問看護の所長には感謝しきれない。 しかし、その後、すぐに変化があるわけではなかった 解決しなければいけない問題がたくさんあった。 その問題のひとつひとつを自分で潰していかないと頓挫の連続だ。何としても父には病院の天井ばかり見る生活をして欲しくなかった。 その辺は、両親にもいち早く理解して欲しかった。特に当事者である父には声を大にして訴えて欲かった。しかし、両親とも高齢で、数々の問題が難解で、毎日穏やかに過したかった両親にとって、私が話す“近い将来のための準備の話”は、分かってはいても、直視するには残酷以外のなにものでもなかった。 それでも、限りなく曖昧な話になりながら、何とか父は“家で暮らし続けたい”と、かよわく訴えることは出来た。まだ最初のころは、そんな日は来るはずはないと思いたかったに違いない。しかし、私の活動により、周りが徐々に騒がしくなり、“離島で出来るはずない”など言われてしまうと、争いごとを避けたい両親のか細い声でさえ、かき消されてしまいそうになった。 何度も短期帰国しながら会議を重ねる そのうち、父が気胸をきっかけに入院した。病状も一気に進み、気胸が治っても、母に介護できる状態ではなくなった。入院生活も長くなり、家にこのまま帰れないかも知れないと分かり始めた父は、私が準備してきた本当の意味をこのとき初めて分かったようだった。 何度も短期帰国しながら各地を回り、壱岐で関係者会議を重ね、徐々に話を進めていった。さまざまな問題をクリアする過程で、病院をあげて支援してくれるようになり、心強かった。 重度訪問の支給時間数を決める計画相談や審査会では、当事者に見合った時間数を出してもらうために、前もって家族は要点を知っておくべきだ。私も同協議会のアドバイスで、一番大事な相談員の選出や、認定調査等、帰国前から事前に準備しておいた。 今思えば、これを私のような素人家族が何も知らず流れ作業的に望んでしまうと、実態に見合った時間数が支給されずに、在宅で家族に大きな負担がかかり、在宅療養の崩壊に繋がるばかりか、家族の健康も脅かされる恐れが出てくる。それまでの努力も水の泡だ。 私も必要であれば使うつもりだったが、希望のヘルパー時間数に全く足りない決定が出て困っている人は、弁護士を使うのも一つの方法だろう。本州のALSの知人は、24 時間介護必要にも関わらず、その半分しか出てなかったため、「介護保障を考える弁護士と障害者の会」を利用した。弁護団で障害状況を本人や家族や主治医に聞き取り後、何十枚もの資料を弁護団が作り、市にヘルパー時間数の変更申請したところ、希望のヘルパー時間が市から決定されている。 時間数決定後、いよいよ父を家に連れて帰るために事業所との話し合いになった。地元の事業所もいろいろ検討してくれたが、重度訪問介護の長時間派遣と夜間が難しかった。そんな中、東京の NPO の協力で事業所が出来た。地元の未経験者を採用し、東京で重度訪問介護研修を受け、晴れて父は家に帰れることになった。 父は号泣 やっぱり家に帰りたかったんだ 退院の日、家に着いたとき、父は号泣していた。多くは語らない父だが、やっぱり家に帰りたかったのだ。現在、ヘルパーの長時間勤務を実現し、数か月でかなり上達し、父の状態に合わせた介護になっている。最初のころ、ローテーションがうまく回るまでは、地元事業所の協力も得られ、ありがたかった。 新聞社やテレビ局も経緯を取材してくれるようになった。離島での取り組みとあって、厚労省も興味を持ち、視察に来てくれた。話が大きくなり、いろんな人が声を掛けてくれた。 地域で使っていなかった制度に息を吹き込むことは大変な労力だと自分で経験して分かった。しかし、使わなかったら、いつか本当に必要な制度でもすたれてしまうかも知れない。 海外に住んでみて初めて分かることだが、日本人のきめ細やかさやチームワークは世界に誇れるものだろう。日本各地の重度訪問介護の現場を見せてもらってそう思う。 |
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