| 忘れな草をあなたに(9) 1年半 在宅を続けることが できました 加藤豊子(遺族) 2008 年 6 月から 8 月にかけて約 2 か月間、胃瘻の造設手術のため入院(詳細は会報 77 号参照)。それ以前にも年に 1、2 回、2~3 か月間の入院を経験しました。そのとき感じたのは、退院してくると、入院前にできていたことができなくなっている、あるいは困難になっているということでした。もちろん病状の進行は避けられないことですが、それに加えてベッド上の生活でほとんど動かないことによって、さらに動きが悪くなっていると思いました。入院より在宅での療養の方がずっと良いとの思いを強くしました。 夢にまでみたサンマの塩焼き 2008 年 8 月 14 日、退院の翌日の朝食に、おなじみのメニュー、スライスしたバナナのプレーンヨーグルトかけを出しますと、満面の笑みを浮かべて「これが食べたかった」。病院ではよく丸ごと1本のバナナが出ていましたが、いつも残していました。夕食には「夢にまで見た」さんまの塩焼き、身をほぐしてあげると自分で食べられます。 もともと、あれが食べたいこれが食べたいと言うこともなく、いわゆるグルメではなく、おいしいものが食べられる店を探していくということもありませんでした。亡き母の作った、たとえば里芋の煮っころがし、大根とうす揚げの煮物、にんじんやごぼうの煮しめなど、折にふれおすそ分けをいただきましたが、「おかんの田舎料理」と呼んで特に喜ぶふうでもなく、私が作っても大きなお鍋で炊いてふっくら味のしみた母の味には及ぶべくもありませんでした。母が存命なら 「おかんの田舎料理」ももう一度食べさせてあげたかったと思います。 せめて口から何でも食べられるうちは、舌になじんだ料理を、食べたいものを食べたいだけ食べさせてあげたい、それも在宅療養が良いと思った大きな理由でした。 人の体調は時計のようにはいかず ベッドから車椅子へ、ポータブルトイレへ、あるいはその逆へと移乗させる方法も、訪問看護師さん、理学療法士さんに指導していただきながら練習しましたが、なかなか難しく、動かせない足先がどこかにひっかかって、ねじれて痛がるというような失敗もしました。それでも私が腰を痛めるということもなく何とか過ぎました。 2009 年の年明けから、保健師さん、ケアマネジャーさんや訪問看護師さんが、介護者が倒れてしまっては大変と私を気遣って下さって、ヘルパーさんの訪問回数、時間などをふやすことを提案、ケアプランを作り直しました。 要介護認定の区分変更を申請し、それまで要介護3だったのを5に認められ、今までのヘルパー派遣の事業所が午後6時まででしたので、6時以降も来てもらえる別の事業所とも契約しました。その事業所は介護保険のほかに障害者福祉の事業もしていましたので、障害者福祉の介護サービスも申請し、月 25 時間認められました。それでも時間数が不足で、改めて申請し直し、39 時間認められました。 ヘルパーさんには月曜から土曜まで1日3回、身体の清拭、シャンプー、口腔ケア、足浴、トイレ介助、必要に応じてひげそり、爪切り等々、木曜土曜は昼食の食事介助もお願いし、その他訪問診療が週1回、訪問看護が週2回、理学療法士さんの訪問リハビリが週1回、訪問入浴週1回と、時間刻みの介護プランが出来上がりました。 ところがヘルパーさんの訪問時間が迫ってくると、寝ていても起こしてさきに食事を済ませる、便意を感じてヘルパーさんにトイレに座らせてもらっても待っていられると落ち着かず出ない、あるいは十分出し切れないで、帰ったあとまたもよおしてトイレに座らせるといったこともよく起こりました。時間割に追われるようなときもありましたが、人の体調は時計のようにはいかず、それは致し方 のないことでした。少しずつリズムもつかめて軌道に乗ってきました。 木曜日は私の休日 友人と会ったり、買い物、図書館…… 日曜日だけは誰も来ないので、移乗がすべて私の肩にかかって体力的にはしんどいこともありましたが、精神的にはほっと落ち着ける一日でもありました。 74 号でも述べたように、私は夫の発病前から2か所で習いごとをしていて、ヘルパーさんのおかげでそれを続けていましたが、そのうち平日(木曜)の分は講師の先生のつごうで閉鎖されました。それでも木曜日は私の休日としてお昼前に家を出て、友人と会ったり、買い物、図書館や美術館、スポーツジムと自由に過ごし、夕方帰宅しました。友人には夫の病気のことはほとんど話さず、従って妙に気遣われることもなく、日常の気がかりなことを忘れて一時のおしゃべりを楽しむことができました。 これが私にとって体力も温存でき、良い気晴らしにもなって在宅療養を続けていくことができた大きな理由にもなります。 もちろん、だんだんこんなのんきなことは言っておれない状況になっていくのですが、それはもう少し後になります。 ボタンを押すと、ピッポッパ! ピッポッパ! ずっと使っていたベッドは介護用ではなく普通のベッドで、頭部分を上げる機能は付いていましたが、足は下がらず、またマット面が上下する機能は付いていませんでしたので、介護用ベッドをレンタルすることにしました。車椅子に乗って食卓で食事をする方が食べやすいのですが、疲れているときなど 30 分間車椅子にすわっていること自体がしんどくなって、でもベッド上で頭を上げただけではおなかが圧迫されるようで食べにくいからです。 これまでレンタルしていた室内用の車椅子は自走式で、自分の手で車輪をまわし、足先でこいで家の中を動いていましたが、そういうこともできなくなり、介助式に換えました。車輪を回す輪っかが付いていない分、ベッドやトイレに横づけしたとき、よりぴったりとつけられて、移乗がほんの少しですがらくになった気がしました。 在宅療養を始める以前から携帯メールで連絡を取り合っていましたが(74 号参照)、指の力が弱くなって細かい操作が難しくなり、何かいい方法はないものかと探していたところ、娘がインターネットで商品名「よべーる」というものを見つけて購入しました。機器の本体は家のコンセントにさしておき、ひものついた卵形の呼び鈴がふたつ、ひとつはベッドサイドに、もうひとつはトイレなどに下げておき、まん中にある大きめのボタンを押すと本体からピッポッパ!ピッポッパ!と音が出て、赤ランプが点灯するというものです。私がうたた寝をしてい て気づかなかったこともありましたが、夫は大いに気に入っていました。 大活躍のホワイトボード 2か所の介護事業所からヘルパーさんが来るようになって、事業者間の連絡に役立つように、また訪問診療や看護の予定などがひと目で分かるように、1週間の介護カレンダーを書き込めるホワイトボードも購入しました。縦 45 ㎝、横 60 ㎝、横に1週間の曜日、縦に時間を記入できるように線が引いてあり、黒と赤のマーカーつきで、マグネットでメモを貼り付けることもできる便利なものです。 ヘルパーさんの評判は上々でした。 着々と在宅療養生活の条件が整っていきました。こののち 2010 年 2 月にレスパイト入院をするまでちょうど 1 年半、入院をせずに在宅を続けることができました。 |
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