| 今年のテーマは「患者さんと家族の自立を考える」です。患者さんも家族も、ともに自立できるとはどういうことなのか、3 人のリレー講演からさまざまな課題と希望を見いだしたいものです。講師は患者さんとご家族に身近な方々です。講演の再現からお読み取りください。 平成 27 年度 日本 ALS 協会近畿ブロック 総会&交流会 平成27年5月30日(土曜日) 13時~16時 グランキューブ大阪(大阪国際会議場) 総合司会 柴田真理子 総会 議長 堀田幹子(遺族) 西村隆(患者) 開会挨拶 皆様 本日は近畿ブロック総会にお集まりいただきありがとうございます。日頃より近畿ブロックの活動にご支援とご協力を賜り、心より感謝申し上げます。 昨年はアイスバケツチャレンジで、ALS という病気を多くの人たちに認知してもらえる機会もありました。また、将来の病気解明にも期待をしています。しかしながら、私たちは相変わらず日々病気に向き合い、生きているだけで精一杯なのが現実です。 患者、患者家族、ご遺族や支援者が集まるこの機会にみなさんの思いを発信し、情報を共有しながら交流を深めていきましょう。特に患者の皆さんの意見も聞かせて下さい。よろしくお願いします。簡単ですがわたくしの挨拶とさせて頂きます。 最後になりましたが、お世話下さったスタッフのみなさま、ボランティアの皆様、心より感謝申しあげます。 2015 年5月 30 日 日本 ALS 協会近畿ブロック会長 増田英明 議案 1.平成26年度活動報告 2.平成26年度決算(案) 3.平成27年度活動方針(案) 4.平成27年度予算(案) 5.平成27年度役員(案) →いずれも承認されました。(内容は会報の後ろのページに掲載) リレー講演 司会 水町真知子 自分らしく生きる。をあきらめない 西村 隆さん(ALS 患者・芦屋市) トップバッターを仰せつかりました西村隆です。リレー講演ということで、次の方たちにうまくバトンタッチできるように、そして交流会の時間が充分取れるように簡単に講演をさせていただきます。 私は妻の雅代です。 毎年総会のときは隆をここまで連れてきたら、たいがいリーガロイヤルホテルでお茶をして、総会の会場にはいないんですが、今回はこういう役を仰せつかった次第です。 西村隆は兵庫県芦屋市からまいりました。発病からもう18年。37歳のときな ので足していただいたら、今の年がお分かりいただけると思います。 人生はリフォームのくり返し 早速ですが、わが家の趣味というか、必要に迫られてリフォームをずっとしておりまして、今日もリフォームが朝から始まりました。 今日のリフォームは台所です。これは私が長年リフォームしたいと思っていたのが今日ようやくかなったんですが、それまではトイレをリフォームしたり、お風呂をリフォームしたりということで、毎年、毎年、バリバリガチャンという工事の音で隆は1週間あるいは2週間、家の中で過ごしています。今日も帰ったらどんな風になっているか楽しみです。 リフォームというのは基本バリアフリーのためにしているのですけれども、要は住む人のライフスタイルに合わせて生活空間を作り直すという作業です。去年の5月のトイレは、普通のお家にあるようなトイレを、壁をぶち抜いてほぼ倍ぐらい、2畳以上ありますかね、それぐらいの広さになって、とっても使いやすくなって、介護をしてくださる方も介助しやすくなりました。喜んでいるのは私たちだけではなく、隠れ家のように使っている子どももすごく喜んで、ときにはそこで寝てしまうというぐらい、居心地が良いトイレになっています。人生もリフォームのくり返しというようなもので、最初に建ててそれで終わるというのではなく、生きていて、生活していて楽しいようにするというのがリフォームなのかなぁと思っています。 私は代読するだけなんですけれども、患者の西村隆の立場でお話をさせていただきます。患者を代表して、というふうにお話をするとたいそうですが、あくまでも隆個人の話、いわばマイストーリーになります。初めてお話を聞く方はふんふんと関心を持っていただければありがたいですし、隆は講演慣れしているせいか、原稿も以前の原稿を引っ張り出している部分もありますので、お聞きになった方は「またか」という感じで聞いていただければと思います。このお話には「正しい」とか「正しくない」とか、そういうことはありません。 そもそも正しい生き方なんていうことは考えられません。「私は西村さんの考えとは違う」と思われる方がいて当然です。だから隆の話を聞いていろんな生き 方があるということを知っていただきたいと思います。 主体的に生活を選び取っていく お話の前提としてはまず、ALSになったからといって、それで人生の悲劇の幕明けというわけではありません。もちろん、今まで思い描いていた筋書きとはまるで違った人生があるかもしれませんが、新しいページがあるならばそれをめくる勇気を持ったほうが良いのではないのでしょうか。途中でお話を投げ出すのはとってももったいないことです。例えばシンデレラのお話でも、舞踏会の途中で魔法が解けるころに「なんやかわいそうやな、もうやめとこ、続きは」としたら、その人にとってシンデレラは単に魔法によって白昼夢に溺れたちょっとシュールなストーリーになってしまいます。最後まで読まないと物語の結論は分かりません。ひょっとしたら思いがけないハッピーエンドが待っているかも知れません。そんなことはない、ハッピーエンドなんてあり得ないと怒られるかもしれません。 考えてみれば幸福・不幸、それは個人の感覚の領域です。だからある意味自己満足の幸福でも良いかもしれません。その時間が少しでも多くなればALSの人生は捨てたものではありません。今のところ、幸いなことに私、西村隆は自分らしく生活することができています。皆さんも将来はこうなりたいなぁという将来像をお持ちですか? 言葉を換えれば、これからの生き方を具体的に想像してみてください。きっとたくさんの選択肢があって選んでいくことができます。それはあなた方自身です。 タイトルの「自分らしく生きる」という意味ですが、主体的に生活を選び取っていくということです。お医者さんや家族の言う通りに大人しく生きる、なんていう必要はないと思います。 ある患者さんは「私の望みは家族や友人に迷惑をかけずに、きれいに死ぬこと」というでしょう。でもこれは私のテーマからは外れています。これは死に方を選んでいるわけです。私が言いたいのは生き方です。 私は発病したとき、お医者さんから「5年で死にます」と勝手に言われて、その死に方ばかりを考えていました。これは的外れでした。生きている今をどうするかということが大事です。「ALSと言えば何とかだ」という固定概念の壁をまず取り壊すことです。私自身もALSになったときに、知らぬ間に「ALSだからこうなんだ」という縛りをかけてしまいました。それは医学的にも正しい部分はありますが、思い込みもありました。 カルチャーショック? 笑うALS 最近、ある集まりで私を見たAさんという方が「へえ、ALSの患者さんも笑うんですね。びっくりしました」なんて言われます。もちろん、そう言われるまでにはいろいろな話の流れがありますが、私もAさんの質問にびっくりしました。皆さんはどう思いますか? いろんな受け取り方があると思います。例えば表情筋が麻痺したら注文通りの笑顔はなかなか出ません。本人にしたらおなかを抱えるほど笑っているのに、周りには伝わりません。そうなんです、感情は麻痺しません。ALSだからといって笑わないかといえば、そんなアホなことはありません。ウルトラマンや犬も笑うし、一説によれば植物のサボテンも笑うんですって。ましてやALSの患者も当ったり前に笑います。ただ大きな声を出して笑うことは出来ないのです。 もうひとつ違う受け取り方をすればAさんは、何も1人では出来ない、生活もつまらない、きっとALSの人は辛い日々を送っているのだろう、笑うなんていう気持ちにはなれないだろうと思っていたのかも知れません。医療関係者のAさんはALSの人は笑えないという刷り込みが出来ていたのかも知れません。でも目の前に現れた私はよく笑いました。吸い口で水分を補給しているときも、思わず吹き出しそうになってしまうほどです。Aさんにとって、「笑うALS」はちょっとしたカルチャーショックだったのかも知れません。 福祉教育の中に「キャップ ハンディ」というプログラムがあります。健常者が車いすに乗って街に出たり、アイマスクをして視力障害を体験するものです。 ALSもあります。10分間動かないというシンプルな体験です。体験後の感想で「患者の苦しさ辛さが分かった」。そういう意見を聞きます。私は体験することは大切なことだと思っています。車いすに乗ってみて初めて気がつくことがたくさんありますし、道のでこぼこも響くし、乗り心地もよくないということも分かります。アイマスクをして歩くことの怖さも体験しないと分かりません。 でもキャップ ハンディはとても大切なことを見落としています。キャップハンディでは、車いすの方も、視力障害の方も、私も、長いALS生活の中で身につけていくポジティブな、言い換えれば肯定的な考え方というものを理解するところには及びません。笑うという当たり前のことも抜け落ちてしまいます。 あまり難しいことは言えませんが、キャップ ハンディの視点というのは不自由さを健常者が体験するもので、楽しさ、あるいは楽な生き方というものを前提にしていません。もしALSを体験した人が「ああ楽だった」なんて言おうものなら逆に石を投げられますよね。きっと私も怒るでしょう。Aさんが言った「ALS の患者さんも笑うんですね」には、社会とALSの日常との距離がまだまだあるんだということを示しています。私はこの距離を少しでも埋めていくということを これからしていきたいと思います。 自分のいまの幹は何か では、それはどういうことでしょう。皆さんは自分を紹介するとき、どのようにされますか? 私はまずALSから説明します。私はALS患者です。動けず話せず食べられません。その生活の辛さをエピソードとして話します。ときにはAL Sは悪魔の病気という恐ろしいレッテルを紹介しないとその先に進まないときもあります。それから名前とか年齢とか、もろもろのことを紹介していきます。 でもこれだと太い幹がALSで、それ以外の生活や家族、あるいは個人の他のプロフィールは枝葉みたいなものになってしまいます。これではALSは笑わないという神話を強めていくばかりです。 「ちょっとこの原稿暗くない?」「聞く人にとってしんどいよ?」と、雅代の厳しい原稿のダメ出しで暗い部分はバッサリと削除されることがあります。チクッと痛い刺激で私は気がつきました。まず、自分の今の幹は何か、を考えました。もちろん病気は重大な影響があって、私自身の今を作っているものですが、幹ではありません。幹は私であり、家族であり、生活そのものです。その幹が太くたくましく大きく育つかどうかは、その人の個人の気質、才能もあるでしょうが、大きく見ればそれは環境です。 家族は私を病人扱いしません。私も全くしていないので良くないんですが、子どもにしてみれば、まず私は父であり、何だかよく分かんないけどあんまり動けないし、あんまりしゃべれないけど、まあ何か考えていて、なんか言ってくれるのかなあ、そんな風にフィーリングで受けとってくれています。当たり前に私の今を100%受け入れています。この一見ドライな環境が私を育てています。 仮にテレビドラマ風なステレオタイプに置き換えると「ねえパパ、一緒にサッカーをしようよ」「う~ん」と、隆。「すまないねえ」と目に涙をためて、「遊んであげたくても、あげられないんだよ」。ここで号泣。すみません、これは私の妄想癖です。こんなことばっかり日常で考えています。でもこんな場面はわが家には全くありませんでした。 アリの涙のような小さな役割意識 もしも私が重大な病人扱いになっていたら違った生き方をしていたかも知れません。そして私にはいろいろな役割があります。この前も中学校3年生の三男の個人面談に行きました。この子もハンディがあって特別支援学校に行ってるんですけれども、その個人面談は毎年父親の役割になっています。話せないので、あらかじめ資料を作ります。 その帰りには買い物をします。それも大切な役割です。そしてその買い物がまた楽しいんです。何を買うべきかは日ごろからアンテナを張り巡らせることが大事です。そのためには家族と一緒に食卓の輪の中にいて、自分は食べられないけれども、食べる様子を見て、話題にも一生懸命ついていきます。 考えてみれば小さな役割意識です。国を守るのにああだこうだと言っているどっかの総理のように強い役割は持ってはいません。アリの涙のようですが、私には大事な役割です。私はこの小さな役割が生き甲斐になっています。そしてこれが私のプライドを支えています。 わが家がこのように隆がいろんな役割を担わされているというのには、雅代がフルタイムで働いていることが原因にもなります。私たちにとってはこれが自然ななりゆきでした。隆が働いていたころ、二男が生まれたときに育児休業を10 か月とったのは隆です。これも男が外で仕事、女が家事、育児と役割を分けるのはおかしいでしょ、と二人で話し合って決めたことです。 発病した1997年から、子どもが深刻な病気で入院をしたときも、子どもが相当荒れたときも、雅代はずっと仕事をしながら、隆が家を支えて何とか守ってきました。そして大事なことはケアの主な担い手をナースやヘルパーやアテンダントが担っていることです。 週当たり、延べ35人の人が来てくれています。ケアの善し悪しは生活の質に直結します。最初からうまくできる人なんていません。私は今までケアスタッフを断ったことはありません。奇跡的に偶然よい人材が集まったのか、私にはまだまだ細かなケアを必要としない部分が多いからかどうか分かりませんが、言えることはケアスタッフが1人でも欠けると、私の日中の生活が成り立たないということです。 あるヘルパーはケアの最中、居眠りをします。これはケアの上手、下手の問題ではありません。なんと歯ブラシ、ひげ剃りの間でも寝ているんですから、たいしたものです。それでも私は顔を引きつらせながら、そのケアを受け入れています。よくケアの人とお話もします。私はこのヘルパーの人たちを理解して、良い点をみつけようと努力をしています。これは、もともと私が福祉現場で働いていて、私の気持ちの中にケアスタッフを育てていきたい、という視点が残っているからでしょうか。 ちょうちんアンコウのように光を出して 理解するためにはコミュニケーションがカギになりますが、これも本当に難しいことです。もうひとつのエピソードがあります。数年前、ナースに呼吸器のマスクの調整を頼んだことがありました。日中は呼吸器をしておりませんが、夜間にバイパップ(鼻マスク式人工呼吸器)をしております。私は勝手にナースなら呼吸器の扱いに詳しいと思い込んでいました。でもナースでもバイパップというのは少し特殊なので慣れていませんでした。 よく話を聞いてくれるナースです。でも呼吸器のイメージがなかなか伝わりません。ナースは、呼吸器というとかなり大きな、ハードなものを思い描いていたようです。呼吸器が目の前にあるのに「え、呼吸器ってどこにあるんですか?」から始まって、すべてのメッセージが全くとんちんかんな空振りです。私が「鼻の高さを調節してもらえますか?」とお願いすると、「それってどういうことでしょう?」「マスクに高さを調整する部分があるんですよ」「え、どこですか?」。 だんだん、私もイライラしてきますが、「とにかく良く見てくださいよ」。最後までお互いうまく伝わったのか伝わらないのかイメージは共有できませんでしたが、1時間は費やしました。気がついたのは、私の思い込み。そして、何で分からないんだろうという気持ち。そしてまたナースも疲れて、文字盤を読みとる力も尽き果ててしまいました。ナースも必死だったのですが、なぜかうまく伝わりませんでした。結局、ひとつボタンをかけ間違えるとこういうことが起こるんですね。 その人を理解しようと努力もするし、理解してもらうという努力も最大限します。自分の中では、これは大事な仕事だと考えています。だから怒らずに忍耐強く続けていきます。私は自分を深海魚に例えています。私の厳しい身体条件、環境に応じて、深海魚のように生きるように適応していきます。そのひとつが自己表現としてしっかりと、ちょうちんアンコウのように光を出してアピールをして、それをキャッチしてもらいます。 しっかり人間として向き合って 訪問してくれたナース、その人は新人でしたが、あるときケアをしながら自分を語り始めたんです。なぜナースになったのか、から始まって面白い話でした。考えてみれば二人っきりで人の人生を聞くなんて滅多にないことです。患者の中にはそういう話を聞くことを負担に感じたり、黙ってケアをしていれば良いのにと思う人もいるでしょう。でも私はちょっと感動してしまいました。ナースはプライベートな話をしないことがナースの鉄則だと思っている人たちが結構います。なので、私にとってはちょっとしたカルチャーショックでした。でもだんだん楽しい気分になりました。 そう、やっぱり看護とかを考えると、マスクに手袋という何か決まりきった姿がありますが、私はそれにはあまり馴染めません。そのナースは手袋もマスクもせずに、しっかりと私と向き合っていました。1年ほどの付き合いで、特に看護技術が優れていたというわけではありませんが、とっても人間的に印象に残っている看護師さんです。これが、私がケアに何を求めているかということを分かっていただける1つのエピソードになります。しっかりと人間として向き合っていただきたいと思います。 別のエピソードですが、昨年5月と9月に腸捻転で入院をしました。腹痛は何度も経験しています。例えば、腸にガスがたまったり、痙攣が起こったときも、とっても痛くなります。でも腸捻転の痛みはまさに激痛。経験された方ならば大きくうなづくところです。そしてハッと気がつきました。この痛みをどうやって伝えたら良いんだろう。どんなに痛くても「痛い」と大声で叫べないし、七転八倒して暴れて動き回ることもできないんです。そうか、これが僕の生きているA LSの世界なんだ。ああつらいな。ようやくつらさが分かってきました。 いまさら何を言い出すのやら、ということですが、入院をそのときはしたわけですが、病棟のナースにもこの痛みは通じません。捻転は内視鏡で捻りをほどいてもらうと嘘のように消えます。 全く任せっきりの入院生活は不安 ところがその後、不安が台風のように私を襲います。心配して病院にお見舞いに来てくれたケアマネジャーさんやヘルパーさんに必死の形相で訴えました。家では見たことのない表情に何ごとかと必死に文字盤を読みとってくれます。枕の位置がなんかおかしい、何だか息苦しい、寝巻きのしわが痛い、などなど。もう細かいことばかりです。24時間モニターされている体のメーターは全く異常はないのに、でも私は胸が押しつぶされるように苦しい気持ちに襲われます。これは腸捻転の痛みに匹敵するような不安の大きさです。何だったんでしょう。 病棟のナースはテキパキとよく働いてくれます。マスクに手袋もして衛生ばっちり。名前も表情もしっかりと、名前はしっかりと分かりますが、表情がよく分かりません。もちろん余計なおしゃべりをするナースもいません。ごくまれに、にこやかに話しかけてくれるナースもいますが、話す言葉は「どこか具合の悪いところはございませんか?」。これぞ天使のささやきと思って「アウアウ」と叫びます。叫ぶと言っても声を少し出すだけなんですが、でもその訴えもむなしく天使は何も答えずに、「大丈夫ですね。また来ます」と立ち去ります。虚しさに胸が締め付けられます。 入院したその日にナースは言います。「何も心配はいりませんよ。あとは私たちにお任せください」。患者を安心させるための決めぜりふですが、私はこれを聞くとよけい不安になります。いろんなことに心を配ることが出来るから、私は生きている実感が得られます。全く任せっきり、寝かせられっきり、寝ていればベルトコンベアーに運ばれてことが足りる、そういう入院生活は不安になってしまいます。 これは急性期病棟の限界ですが、難しい文字盤を読みとったりという願いはなかなか、かなえられないというのもひとつです。ALSの患者はやっぱりコミュニケーションが取れないと決めつけないで、「痛い、かゆい、不安を感じる人間」として、日々の小さなことを感じる人間として、しっかりと向き合ってもらえると、私は病棟でも少し笑うことが出来たのかなあと、退院して家に戻ってつくづくと感じました。 確かにここに生きている温もりを感じる 在宅では忙しくて気持ちがいつも外側に向いています。今日はどんな服を着て、昼ごはんに何か食べようかな、たくさんの選択肢からのチョイスがあります。自分の生活は自分の判断で作っていくことが出来ます。病気とどのように向き合うか、これひとつにしても無数の選択があります。それを伝えるコミュニケーションもあります。これは言葉だけではありません。いや、むしろ怖がらずにしっかりと向き合うことで感じる、非言語、ノンバーバルなものがたくさんあります。そして伝わる喜び、理解しようとする気持ちが響きあってぬくもりが生まれて、それが在宅では生きる活力になると思います。 ここ数年は自分の病気を意識することは少なくなりました。ちょっと不思議な感覚です。今からの季節、虫が耳や目の前を飛ぶとさすがにイライラとしますが、動けたら追い払えるのにと思いながらも、すぐに自分の世界に戻ります。例えば、それが私の勝手な思い込みや自己満足や空想でも構いません。私は確かにここに生きている温もりを感じることが出来ます。 これもひとつのエピソード。今年の冬に知人からコーンバッグをプレゼントしてもらいました。体が冷えるのが冬の悩みで、いろいろ試してみましたが、いまいち上手く効きません。コーンバッグというのは、布製の袋にコーンが入っていてレンジで温めると湯たんぽみたいな優しい温もりで体を温めてくれます。でもそれだけではありません。私がとても気に入ったのはその匂いです。焼きたてのコーンの香ばしい香りがします。それはそれは絶妙な、とっても良い香りです。私もケアスタッフの人も「ああ、ええ匂いやね、ハッハッハ」と自然に笑顔になります。一緒に笑ってくれる人がいる、これが私には大切です。毎日こんな小さなハッピーやラッキーを糧にして生きています。ALSだからこそ見えてくる風景があります。それは意外に楽しいものです。 当たり前のように朝が来て 動けない、話せない、食べられない、圧倒的な不自由さも日常生活に溶け込んでいます。当たり前のように朝が来て、家族が起きて、当たり前のように私を「どっこいしょ」とベッドから車いすに移してくれます。当たり前の世界の中に動けない私がいますが、これは太陽が東から昇り西に沈むのと同じように当たり前のことです。ALSは憎むべき病です。でも私自身を憎んだり悔しがったり、あるいは周りに反抗したり、そういう必要はないと思います。ALSの先輩の患者さんもこうして皆さん堂々と、日々を過ごされておられますし、新しい患者さんもそのように日々を見つけていただきたいと思います。そして誇りを持って堂々と生きていきたいと思います。 これが私の簡単な日常生活から得られた、自分らしく生きるということでした。 とりとめもない話になりましたが、これで終わります。ご静聴ありがとうございました。(拍手) 司会:西村さんは18年目で、胃ろうは作っておられるのですね。胃ろうのほうが多くて、美味しいものは口から食べておられる。 18年もたつとかなり患者さんもプロ化してきますね。コミュニケーションが大事だと、後から来る患者さんたちにすごく分かりやすいお話をいただいたと思 います。ありがとうございました。(拍手) 患者と家族の自立・対立・自律 オトンとオカンと時々わたし 橋本佳代子さん(家族/さくら会) こんにちは、東京からお邪魔しております、橋本みさおではなくて、今日は娘の佳代子がしゃべります。 自己紹介、ただの30代女性、会社員です。ALSの家族としては約30年のキャリアがありますので、今日は娘の介護の限界について話をしてもらえませんかとお題をいただきまして、簡単 ですけどお話をさせていただきます。 ただ、昨日資料を作っていて、ちょっとこれは患者さんに後ろから車いすで蹴られるのと違うかなと思うくらいの内容になっている部分がありますので、クレーム等は全て近畿ブロックへお願いいたします。「患者と家族の自立・対立・自律」という内容になっております。 まず、皆さんはもう分かってらっしゃると思いますが、ALSはチームケアが基本です。まず真ん中に患者本人がいて、それぞれの専門職もしくは家族、親戚、友達に、本人が生き方、生きたいやり方をリクエストしていきます。その各専門職というのは、私は優劣のないものだと思っています。 それぞれがプロになる努力をする チームを円滑に運営するには、それぞれがそれぞれのプロになる努力をすることが大切だと思います。 患者さんのプロは、自分の病状であるとか自分の生きたいやり方をしっかり他の人たちに分かりやすく伝えるという大事な仕事があります。家族のプロは患者の生き方をうまくサポートする、患者のことを尊重しながら、自分の生活を守りつつサポートするプロになります。専門職のプロというのはそのままの通りですね。自分の専門性を正しく理解して仕事をしっかりしていただく。 そのためには自分の言うことを聞いて当然という思いは捨てたほうが良いと思います。患者さんは、自分は患者なんだからみんなが言うことを聞いて当たり前と思わない。聞いてもらうようにうまく伝える。なんで聞いてもらえないかを考える。これは患者として正しいリクエストなのか、はたまた、ただのわがままなのか。 先日も、一緒に旅行した患者さんが飛行機の中で、同行者がすごく遠い席にいるのに、iPadでゲームがしたくて、飛行機の中でiPadを取ってこいって言ったんです。ベルト着用サインがついているときって、立ち歩いちゃダメじゃないですか。そのときに、その患者さんはiPadを「取ってこい取ってこい」と言うので、「いや取りに行けませんよ」って言ったら、「なんでやねん」と怒り始めたんです。これは患者の権利ではなくてただのわがままだと私は思います。 司会:佳代ちゃん、それお母さんのことじゃないよね。 橋本:いや、知らん(笑)。ま、そういう方もいらっしゃいます。なので患者さんは自分のiPadを欲しいときに、支援者はiPadを取ってきて当たり前だという思いは捨ててください。 相手のことを尊重する。例えば専門職の方によく聞かれることです。看護師さんがヘルパーさんを自分の補助だと思って、「私は看護師なんだから、ケアについてヘルパーなんかに教えられたくない」っていう方もいらっしゃいます。でもずっと一緒にいるのがヘルパーさんなのであれば、その患者さんのことを良く知っているのはヘルパーさんのほうです。そこはうまく職種どうしで連携をしないと、その患者さんが本当に求めるケア、本当に求める生活というのはなかなか実現できないです。なので、必ず相手のことを尊重しながらケアをして欲しいなと思います。 ちょっとここから耳が痛い話。親と子ども、介護をしている娘の本音、これを調べる機会があったので羅列してみました。 親vs子ども 介護をしている娘の本音 ・ヘルパーさんを育ててください ・せっかくもらった支給時間もヘルパーを拒否されると埋めることが出来ない ・「娘じゃないとダメ!」と誰を連れてきてもみんな断っちゃう ★一番暴言を投げつける人が一番甘えられる人、心を許している人 ・病気になって母親らしさがなくなっちゃった。まるで下の子が生まれた上の子みたい ・自分のいうことを聞いてくれる身内や昔からの知り合いだと安心するのはわかる ・たまにはありがとうっていって欲しいけど言わないことで保っているのもわかる ・感謝してくれてもなんだかトゲのある言い方をする ・「お前たちが、お前たちが」って言うから余計に家族は疲弊する ・親の介護をするために生まれてきたんだって感じる お父さん、お母さん、ヘルパーさんを育ててください。せっかく支給時間をもらったのに、ヘルパーさんを育ててくれなくて断っちゃうから使いきることが出来ません。時間数を減らされてしまいます。「娘じゃないとだめ」と言って、誰を連れてきてもみんな断ります。そういうことを言えるのは甘えている証拠だと娘たちは分かっています。でも娘は思うんです。病気になってから母親らしさがなくなったみたい。昔は朝5時に起きて、みんなのためにお弁当を作って、一生懸命お家のことをしてくれたのに、今は自分、自分、自分が中心。まるで下の子が生まれたときに赤ちゃん返りした子どもみたい。 自分の言うことを聞いてくれる身内や、昔からの知り合いだと安心する、それは分かるんです。そして、たまには「ありがとう」って言ってほしい。それを言わないことで、何かを保っているのも薄々わかります。感謝をしてくれても、「そんなもんで、まあええわ」みたいに何だかトゲのある言い方です。人によっては「ありがとう」って絶対に言ってくれない人もいるんです、私も良く知っている患者さんは(笑)。 ちょっとずつ我慢して、ちょっとずつ楽しみながら 家族は疲弊します。「親の介護をするために、もしかしたら私は生まれてきたんじゃないか」――娘さんが二人いるお家の下の妹さんはお母さんに言ったそうです。「良いわね、娘二人生んでおいて。面倒をみてくれる人がとりあえず二人は居るじゃない」、こういうことを言わせてしまう。 ただ、娘たちはかなり疲れてますし、お母さんお父さんのことを嫌いになったのとちゃうかなって皆さん思うかも知れないですけど、これを読んだ親である患者さんたちも、「じゃあ僕はもう呼吸器を今すぐ外して死ぬわ」とか「みんなに迷惑をかけるのやったら、今すぐ死ぬわ」とか「もう呼吸器つけへん」とか言う人、絶対いると思います。 娘たちは死んで欲しいからこんなことを言っているわけじゃないんです。生きていてほしいし、自分たちの生活、お母さんお父さんの生活、そういうものをうまくみんながちょっとずつ我慢して、ちょっとずつ楽しみながら一緒に生きていたいからこそ、今、一生懸命に介護もしますし、今、一生懸命言うことも聞きますし、たまには喧嘩もするんです。 だからお父さんお母さん、早く親に戻ってください。親というのは大人です。大人というのは自分のことを自分で決めて、自分で作ったルールで生きていく人です。なので早く親に戻ってください。 では娘には問題がないのかと思うと、よく聞くんですよ。お母さんたち、お父さんたちが何かをしようとするときに、「いや、お母さん、それはもう出来ないことだから、やめてください」「いや、お父さんはこれが好きなんでこうして下さい」。必要以上に親と関わろうとするし、必要以上に親のことをかまい過ぎるんです。果たしてそれは大人と大人の本当の正しい付き合い方でしょうか。 では娘に問題はないのか? ・親を【保護の容体】ととらえ、必要以上に関わろうとする ・親に考えてもらう隙を与えていない部分もある ・制度利用の書類 ・各専門職との連絡 ・ヘルパーなどへのケアの要望伝達 わたしがいなきゃダメなんだという共依存 いなきゃダメということはないし、いなくてもいいように環境を作ること=自立なのでは? 共依存状態になるのはよくない 親に考えてもらう隙を与えてない部分もあります。例えば介護保険の書類とか、障害者総合支援法の書類とか、来たら全部ケアマネさんたちに相談して、親に何も言わずに全部つくってしまう。でもそれを使って生活するのはお父さんお母さんであって、そこをしっかり理解してもらわないと、将来困るのはお父さんお母さんです。なので、先回りしていろんなことをやり過ぎない。ヘルパーへ「それはしないで下さい」とか、「ここはこうして下さい」とか、伝えることはたくさんあると思うのですけど、「私がいなければだめなんだ」という共依存状態になってしまうのは良くないです。 いなければだめということはないし、しなくても良い環境を作ることが子どもの自立につながります。私が良く知っている患者さんも、一時期娘さんと結構な共依存状態になっていました。ただ、1、2回、大きな喧嘩をしたときに、娘さんもヘルパーさんたちに今まで介護をたくさん任せていたのですが、気持ちの上でもしっかり任せるようにしました。何となく自分に年の近い学生さん(ヘルパー)たちが親の周りにいて、自分の親のケアをして、すごく仲が良いように見えて、その娘さんは少しだけやきもちをやいていたと思うんです。だけど、一歩離れたところから違う意味で親に関わることによって、自分の関わり方を見つけて、今はたぶん良い関係が築けているのじゃないかなってー。今度聞いてみようと思っています。 子どもの自立のひとつに結婚があります。親が発症したときに子どもが結婚している場合は、夫婦で親のALSと向き合っていくので、ある意味、覚悟があるんですけど、若い患者の子どもたちは、これから就職をして結婚をしてというステージがあります。 いかに新しい風を受け入れやすい空気をつくるか ちょうど近くに3名ほど、ALS患者さんの娘さんと結婚したダンナさんがおられたので、ちょっと話を聞いてみました。「ALSのお家の方と結婚するのって、何かちょっと構えたり、考えたりしませんでしたか?」。皆さん口をそろえて言うのは「多分この家だったら大丈夫」「この家だったら何とかやっていける」。なかには「この患者さんのご夫婦みたいに僕はなりたいから、むしろお父さんお母さんと同じ結婚記念日に結婚したい」と言う方もいらっしゃいました。外から新しいダンナさんという「風」が入ってくるのを、いかに受け入れやすい空気を作れるか、作るためにご家族がご家族なりのやり方を作り上げているかというのがとても大事かなと思います。「農家みたいなもんでしょ」って言う人もいました。農家のお嫁さんだったら田植えは手伝わなきゃいけないし、稲刈りも手伝わなきゃいけない。そういうのと同じで、自分がやれるときにやれることをやっていきたいと思うという方もいらっしゃいました。 あと、韓国人の方と結婚した方がいらっしゃって、「どんな韓流ドラマでも、家族に反対されて結婚しなかったドラマはないでしょ」っていう、わけの分からん理屈で親を説得して結婚した人もいました。なかなかです。 娘さんがそばにいてくれていいわね? 子どもたちが自立をするのはすごく大事ですし、その場合にお父さんお母さんが自立をしてくれないと、自分たちは安心してお父さんお母さんを良い意味で捨てて家を出ることが出来ません。そのためにいろんな専門職の人にいろんな助けを借ります。さっき西村さんもおっしゃっていましたが、先入観を捨ててください、固定観念を捨てて下さい。これは専門職の人にもすごく言えます。 「娘さんがいつも一緒にいてくれて良いわね」っていう言葉をよく言われると、娘さんが言います。それは本当に良いことなんでしょうか。娘さんがもしかしたら、親の介護をしなきゃいけないのも分かるけど、私は外で働きたいと思っているときに、お母さんのそば、お父さんのそばにいることが本当に良いことなのかは分からないですよね。親の世代からみると自分の面倒を子どもがみてくれるのが良いことなのかも知れません。でも子どもの世代からそれを考えたときに、どう受け止めるのか。子どもさんが面倒をみるのが良いことなんだなと思えば、「娘さんがそばにいてくれて良いわね」という言葉は励みになります。でもそうじゃないときもあります。 子どもの中にはヘルパーさんたちがちょっと不安だから任せられないという人もいます。患者家族っていうのは千差万別なんです。なので、専門職の方は過去の経験を活かし過ぎないように、そのご家庭と向き合ってほしいのです。思い込みで対応しないでください。Aさんはこうしてますよ、Bさんはこうしてますよと。「皆さんはそうしているけど、私はそうしたくない」という患者さんには、また違う方法を探してあげて下さい。 患者の尊厳 家族の尊厳を考えてください 患者の尊厳、家族の尊厳を考えて下さい。夏の暑い日に女性の患者さんを全裸にして上から浴衣をかぶせてあげて、「涼しくて良いわね」って。でもそのお母さんずっと泣いていたそうです。女性の方、考えてみて下さい。ベッドの上で裸にされて、浴衣を上からパッと着せられて、そんなにうれしくないですよね。涼しいかも知れないけど。患者のケアに対して、「娘さんがしてくれて良いわね」という言葉も、それが正しいのか正しくないのか考えてから言ってみるといいのかなと思います。 患者家族間で介護を抱え込むというのはとても不健全です。良い関係にはなりません。してくれる人、してあげる人、それはもう同等の関係ではないと私は思うので、そういう関係にならないためにも専門職の方の助けが必要なので、ぜひぜひご家庭と向き合って頂きたいなと思います。そうすると、きっと患者も家族も自分の足で立っていけるかと思います。 チームの舵を取るのは患者さん ALSはチームケアと最初に言いましたけど、そのお家、チームの舵を取るのは患者さんです。患者さんが全部決めなくても良いです。しっかり話し合った上で、患者さんが娘にお願いしたい、私の何もかもを夫に決めてほしい、それを家族が納得してうまく介護等をやっていくんだったらその船頭さんは間違いないです。ただ、うまく舵を切れない船頭さんは、なんでうまく舵を切れないのかを人のせいにするのではなくて、自分の生活をもう一回ふり返って客観的に考えてみてください。 そうなったときに、果たして自分はしっかり自立が出来ているのか、それを支える家族、子どもたちは、お母さんのせいにしていろんな事を逃げていないか、お父さんのせいにしていろんなものから目を背けていないかを考えてください。患者会に来たらそういう悩みを共有することも出来ますし、何か違う解決策が見つかるんじゃないのかなと思います。 以上で終わります。ありがとうございました。(拍手) 好きで大人になったわけじゃない 司会:ありがとうございました。今まで、患者さんの娘の立場でお話をしていただく機会はなかったので、すごく新鮮でした。 橋本:小籠包(ショーロンポー)を買いたいっていうので団体行動を乱そうとして、「大人なんだからいい加減にしてくれ」と言ったら、「好きで大人になったんじゃない」って言いだしたのは、うちの親です。 司会:やっぱり橋本みさおさんが育てた娘だけのことはあるよね。 橋本:ほめられてます? 司会:いや、素晴らしかった。娘介護、息子介護の問題を研究されているのですね、アンケートを取ったり。 橋本:最近だんだんアンケートが面白くなってきて、もうちょっとしっかりやりたいなと思っちゃいました。 司会:しっかりやってくださいね。そういう方でうまくいっているケースってそんなにはないんですよね? 橋本:あんまりないですね。 司会:スライドにあるように共依存の関係から抜けられない、はまってしまう。 橋本:それが生きがいになってしまってる部分も、双方あるのかなと思いますね。小さい赤ちゃんだったら可愛いから、なんぼでもしてあげられるのですけど、ウチの親とかもう60のオバハンなんで、あんまり可愛くないんですよ。 司会:可愛くないよね。 橋本:可愛くないものに神経を注ぐくらいなら、早めに、良い感じに見切り付けたほうがいいのと違うかなって思いますね。 司会:で、佳代ちゃんは見切り付けたんやね。 橋本:どういうことですか(笑)。 司会:ありがとうございました。(拍手) 後日、橋本佳代子さんから、こんなメールをいただきました。 とても楽しい時間でした。 でも終わった後やっぱり少し言葉が過ぎたかな…とも思いました。 私の良く知ってる患者さんの話はしないつもりでしたが、やっぱり入れてしま ったあたり、まだまだ修行がたりません。 いつまでもいつまでも、子どもにとって親は乗り越えなければいけないけれど 乗り越えられない壁でいてほしい。 そんなことを願っています。ありがとうございました。 橋本 佳代子(家族) 司会:では最後に、岡本晃明さんにお願いします。会報79号にも原稿を事前に掲載させていただいて、それを読んだ方から素晴らしいと電話もいただいています。前のお二人のお話を受けて、よろしくお願いします。 制度を風通しの良いものに変えるには 岡本晃明さん(元 ALS-D プロジェクト記録係/京都新聞記者) 京都からまいりました岡本と申します。ALSとはかれこれ10年近くの付き合いです。京都で独居をされている甲谷匡賛(こうたに・まさあき)さんの在宅移行に関わりました。本業というか、メシのタネは新聞記者をしています。ALSと付き合いが深くなるにつれ、ALSを取材することがだんだんできなくなり、逆に京都の増田英明会長にいろいろ余計なことを頼むばかりになっています。 ある種の素人っぽさを大事に 甲谷さんは病院を出て京都の町家で在宅独居をされたのですが、甲谷さんも含めて、ある意味ド素人が在宅独居をやろうとしました。 先ほどの佳代ちゃんのお話ではそれぞれのプロになってほしいとおっしゃいましたが、直接介助をするでもなく、プロでもなく、何かの担い手でもなく付き合ってきた僕は、お付き合いさせていただいたヘルパーの方もALSの当事者も、家族も含めて、みんなプロにはなかなかなれずにきたと思っています。 ある種の素人っぽさみたいなことを大事にしながらやらないと、なかなか今の制度の中では、やりくりしていくことが出来ないんじゃないか。 京都も10年近く前は、見守りの基準もなくて、1日24時間近いヘルパー時間数の支給量はなかったのです。そのときに、それはおかしいんじゃないのと、脳性麻痺の方、それから筋ジスの方が声を挙げ、その波の中で一緒に甲谷さんと市役所交渉をしたりしました。 制度も法律も今とは全然違うわけですけど、自分の状況と違う人たち、違う障害や病気の人たちとうまく繋がれるかどうか。先ほど西村隆さんがおっしゃっておられましたが、深海魚みたいに、小さな明かりを灯しておれば繋がる。今の障害の制度はALSを中心に回っているわけではないので、自分だけじゃなくて違う人たちとも一緒にやっていかないと、なかなか進んでいかない。 2013年に自立支援法が障害者総合支援法に改正され、3年後に見直しをするという宿題があります。その中の一つは「重度訪問介護」です。ごちゃごちゃ細切れで分かりにくい現行制度ですが、使いやすい制度にしようという声が上がって、それは法律にはならなかったけど付則という形の宿題になっています。 どんどんやりにくい方向に行くんじゃないか いま国が作業チームで(重度訪問介護の見直しを)検討していますが、心配なことがいろいろあります。「常時」といってもその中に医療的ケアから見守りまであって、中身の整理が必要だとか、介護の量だとか頻度、そういうものを類型化できるのではないかとか、「見守り」自体がわからないとか、直接介護の状況でもう少し判断すべきだというような声が出ています。 今やっているケアの中身をさらに、重い人と重くない人とに分けて、それによってお金のつけ方とかサービスの種類を変えていくとなると、どんどん窮屈でやりにくい方向にいくのではと、心配しているところです。 すでに難病では重症度スケールというものが入りました。きめ細かにALSの違いを分け、それぞれの患者の個別ケアの仕方を尊重するのは大事なことだけど、それを制度にしてしまうと、窮屈でしんどい制度になるんじゃないか。 近く介護保険が国から都道府県に権限委譲されますが、都市や地方の事情に合わせてきめ細かくなるかというと、反対に、今でさえ激しい支給量や対応の格差が、さらに広がっていくのではないかと心配です。 声をあげて、つないでいく大事な時期 制度のことばかり考える必要はないけれども、ALS協会の方、近畿ブロックからもいろいろな声を挙げて、ヘルパーさんや他の専門職さんの声もつないでいくことは本当にいま大事な時期じゃないかなと思うのです。高齢の方や他の難病の方たちの大きな波の中で制度が変わろうとしているわけですから、もっと広い場で一緒に話し合うことが大事かなと思います。 出会いポイントの前倒し 早く、さまざまな人に出会うこと。 中途障害の人にとって、生活が一変する告知期 の方が大変。 今の制度見直しの方向だと、「初期」が厳しく 削られる方向? むしろ出会いのポイントを手厚くして 「制度を使えていない」イコール「ニーズがな い」ではないのに スライドに「出会いポイントの前倒し」という言葉が書いてありますが、制度にも人にもヘルパーさんにも、チームになってくれる人にできるだけ早く出会えれば、共有できることも含めて、もうちょっとやりやすく、風通しよくやれるんじゃないかなと。 今の制度はきめ細かくなればなるほど、初期の人には薄く、進行してから手厚く、という風に設計されています。ALSの方にとっては、告知を受け今までの生活が一変する時期が本当に大変だし、数字やケアの量では計れない大変さがある。 そこを手厚くしていくようにと願っています。 いい意味でたらい回しにできる仕組み 司会:「出会いポイント」って、初期の方にとって、サービスの利用がもうちょっとスムーズでないと患者さんが困るっていうことですよね。 岡本:はい。 司会:初期の患者さんとか家族は、サービスを利用するということがどういうことなのかがはっきり分からない。いま自分たちが困っているのは、サービス時間の不足という一面と、ケアをしっかり出来る人材が不足しているという二つがあると思うんです。それは、初期の方にとってはすぐに手当てができないものですね。初期の方にとって、不足は当然のことで、そのときにがんばれるかどうか。これは何のせいなのか。サービス支給量が少ないせいなのか、介護保険だけではやっていけないのに、ケアマネジャーは介護保険のことしか言わない。介護保険を全部使ったら障害福祉のサービスが使えるよという知識を、初期の方はほとんど持ってない。それは誰が教えてあげればいいと思われますか? 岡本:教える役目の人は、いま障がいの相談支援専門員が制度化され、障がいのケアプランを立てますし、数年前と比べたら、介護保険のケアマネジャーさんも、障害のほうにつなぐ手があると知られつつある。 しかし制度化してしまうと、ケアマネジャーさんがあんまり知らなくて、次につないだ人があんまり知らなかったら、そこで終わっちゃう。そこを、良い意味で何人にもたらい回しが出来るような仕組みにしないと。 社会保障の制度自体が変わりつつある 司会:相談支援専門員の方にうかがってみましょうか。福田光子さん、どこの地域でしたか。 福田:大阪府箕面市です。 司会:今年からスタートしたので、まだそんなに手がけておられない? 福田:そうですね、今年の1月からなので、実際に担当するようになったのは実質3月からです。 司会:相談支援専門員とか事業所は食べていけるんですか(笑) 福田:モニタリングの回数とかで、いわゆる事業収入が変わって来ますので、なんとかカツカツ、やり方によってはや 福田光子さんっていけるかなという感じですが、決して余裕のある運営にはならないですね。 司会:ケアマネジャーよりたくさん件数は受けられないし、収入も少ないのに、やっていけないって言った方がいいですよ(笑) 福田:いろんな形態があると思いますが、私が所属している相談支援事業所はNPO法人で、他に居宅介護派遣事業とか移動支援とか、共同生活援助、グループホームとかいろいろやって、そんなに大きい規模ではないのですが、法人全体として運営が回っているという状態です。 岡本:そうですね、本当は相談員さんもすごく大変だと思うんですけど、たとえば、介護保険のケアマネジャーだと受ける件数に制限があって、自分が関係している事業所の紹介に対する制限も始まろうとしています。対岸の火事だと思っていたら本当にダメで、こういうことは障害の相談支援専門員にもきっとやがてすぐやってくるし、上限問題もやってくる。知り合いの事業所ばかりに相談しているというのは「それってブラックじゃん」と言われることがありえる。社会保障の制度自体が人口の大きなボリュームの中で変わるから、その中でALSの方たちが「自分たちはALSだからここが違うんだ」だけでいいのか。みんなにとって もマズイんだと言うのかが、大きな差というか、変わり目になる。 生存権ギリギリじゃダメなんです 司会:岡本さんが最初に紹介された甲谷さんは、京都で最初に独居24時間の生活を始められた。独居されるのはすごい能力ですよね。経済的な問題もある。その方が必要とされたのはヘルパー時間の支給量ですね。そこで岡本さんたちのチームが闘われたのですね。 岡本:そうですね。細かく、どういう介助で、何が大変なのかということを書き出していって、弁護士さんに仲間になってもらって、審査請求をしました。議論があるところだと思いますが、自立とは自分で全部やることでも、直接自分で市役所と交渉しなくてはいけないでもない。これだけ制度が複雑だと、ちょっと違う領域の専門職の人も、うまいこと巻き込まないとなかなかやっていけない。 司会:そういう意味では障がいのケアマネジャー的な存在の相談支援専門員のシステムがこれから期待されるのですが、一面、専門員にそのALS患者さんの介護の特性とか必要な時間数を理解していただくこと自体もなかなか大変ですね。 患者さんと家族が一生懸命説明していくしかないですね。 岡本:ないですね。これが僕の中でも答えが出てないのですが、24時間の支給量が必要なので細かく書き出すのですが、本当に命をかけてギリギリ、危ないから書くわけです。そういう綱渡りをせずとも、普通に24時間の支給量がほしいと言えて、それが認められるのならいいのですが。甲谷さんのときはギリギリの時間もあったけど、お詣りに行くだとか、お香を換えるとか、そういうことも、別に審査請求には必要ないんですけど、提出書面に書きました。それは大事なことだと思うので、そこも込みで。生存権ギリギリじゃダメなんです。先ほどおっしゃられていたとおり、生きているというのはギリギリ生きているのじゃダメだから。 増田会長もそうだと思うのですけど、ALSのすべてをいきなりはパッと分からないかもしれない。けど脳性麻痺の方や違う障害をお持ちの方と、全部は分からないけどそこは一緒だよねと、全部言わなくても同じ仲間としてお付き合いされてます。それはやっぱり京都では大きな力になっている。弁護士やケア提供者じゃない他者と出会って話すのは手間がかかりますけど、面白いこともあるかなと。 それをぜひ楽しみとして、ケア関係者以外の方にもぜひそのチョウチンアンコウの光を届けていただきたいと思うのです。 司会:岡本さんみたいに、ALSどっぷりじゃなくて、ALSの岸辺に立っている人がケアマネジメントに参加するのは大きな効果がありそうです。けれど、岡本さんのような社会的な立場の人、民間のボランティア的な方が入ってくれるのはそんなにないです。珍しいですよ。また頑張って、京都の土壌を耕していただけますようにお願いします。ありがとうございました。(拍手) 岡本さんからのメールです。 西村隆様がおっしゃった「深海の堤灯 アンコウの灯り」。わたくしも10年前、ベアさんや甲谷さんがネットの海に投げた灯りに吸い寄せられ、 出会いから多くを学び、なんどもハッとさせられ、新鮮な風で世界の見方が一新される思いをしてきました。 総会ではうまく話せませんでしたが、ALS 当事者の方々の語りは、小さな灯りではなくて、大海原を照らす灯台で、大きな希望の光だと思っています。認知症高齢者の胃ろう、老いとともに病や二次障害になり戸惑う身体障害者など、さまざまな領域を生きる人や家族が、ALS の灯に発見をし、気づき、支えられていくと思っています どうかそんな灯りを、もっと増やしてほしいと願っています 家族や慣れたケア提供者に囲まれて、「言わなくても伝わる」人が増えることは望ましい気もします。でも一方で、私のような素人、イチから言わないと分からない人との出会いが、ケア場に外の風を持ち込む出会いであればなあ、との思いもあります。かよさんのおっしゃった「それぞれがプロになって」と、わたしのお話した ALS になっても「素人」であることは、きっと同じ意味です。 「分かったふり」や「つもり」は、言葉を減らしてしまいます。時に「よそ行き」の言葉で語ることも、社会人にとっては普通のことのはずです。 他者理解が「あ・うん」の呼吸に、言い換えれば言葉数を減らすことに価値を置くことではなく、もっともっと多くの言葉を交わすことであればと願っています。ヘルパーさんやケア提供者とのトラブルや行き違いも、言葉を交わすことで修復できると信じていないと、痛ましい断絶が増えることでしょう。 制度の「出会いのポイントを前に倒す」のところ、わかりにくくてすいませんでした。重度訪問介護での「見守り」の時間がもっと大事なことだと位置づけられれば、早期でも家族やご本人がどこかに出かけたり、仕事を辞めずにすむ時間が長くなったり、知人や友人に相談しにいったり、出会いを広げることにつながると思うのです。身体的ケアニーズが常時医療的ケアのような状態でなくても、 「見守り」の大切さをしっかり位置づけることは、今後の介護保障の中で焦点だと思っています。 岡本拝 |
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