2017年(平成29年)近畿ブロック総会
今年の総会講演は、日本ALS協会会長の岡部宏生さんにお願いしました。
岡部宏生さんのご紹介
2006年春にALSを発症、2007年春より在宅療養開始。2009年2月に胃ろう造
設、同年9月に気管切開を行い人工呼吸器装着。
・ALS/MNDサポートセンターさくら会理事
・訪問介護事業所ALサポート生成(2011年2月設立)代表取締役
重点的に取り組む活動
1.コミュニケーション支援活動
2.患者としてのピアサポート
3.社会にALSを通して難病や重度の障害者について考えてもらうきっかけ
  をつくる
岡部さんは、昨年5月、衆議院厚生労働委員会で、参考人として意見陳述する
予定でしたが、意思伝達に時間がかかるということで参加を拒否されました。
テレビ、新聞などが一斉に報道することになり、大きな話題を呼びました。そ
の後、意見陳述の場が設けられました。障害者総合支援法の改正についての意見
を陳述する機会で、2018年4月からはレスパイト入院中にも、在宅で利用して
いる重度訪問介護のヘルパーが病院でも利用できるようになるという制度改正
を含んでいます。
ご自分のケア体制構築の過程や、ALS療養者へのピアサポートなどについても、
参加の皆様からご質問いただいて、活発な交流になりますよう願っています。ふ
るってご参加をお願いいたします。
近畿ブロックの皆様こんにちは
日本ALS協会の岡部宏生です。
以下の文章は、2016年4月号『ノーマライゼイション』という雑誌に寄稿し
た文章です。どうぞご覧ください。
    「私にとっての意思伝達装置」
私にとって意思伝達装置は3つの要素を含んでいる。
1つは、意思伝達のためのツールと方法、つまり手段である。
2つ目は、その手段を開発または製作する人、と実際に使えるように設定・設
置する支援者、つまり人である。
3つ目は、そういう方々の患者に対する熱意とその熱意を支えや希望にしてい
る患者、つまり人の想いである。ではこの3つについて具体的にお話ししていき
たい。
<コミュニケーションツールとの出会い>
2006年発病、2007年に在宅療養開始が、私のコミュニケーションツールとの
付き合いの始まりである。
私が発病してから意思疎通のために使ってきたものは、パソコンと透明文字盤
と口文字の三種類だ。パソコン入力は手足の動きに合わせてマウスを7つ、トラ
ックボールも使用し、いろいろスイッチ〈ジェリービーンや軽く親指で押せるゲ
ーム用のスイッチ等〉も換えてきた。その後、2008年の秋頃から現在まではオ
ペナビを継続して使用している。最初はピエゾだけで使用、その後ワンキーマウ
スと左右の腕で同時に使用、現在は左足でエアバック(ディップスポンジ)使用
しているが、最近はだいぶ辛くなってきている。
<未来に向けての装置・機器について>
HALの技術を応用したサイバニックスイッチは、2012年の始めに生体電位の検
出を試し、同年末にはスイッチとして初めて試した。動かない右腕でパソコンが
入力できたときの驚きは、見ていた人以上だった。これは、改良が重ねられ、今
年販売予定である。製品精度が上がれば、他のスイッチを使えなくなった人にも
使えるという期待と希望を私たちに与えてくれる。「心語り」は改良版を使用で
私の正答率は70〜80%程度に向上、大きな期待を寄せている。
大阪大学の吉峰先生が中心で開発中のPMIは、未来の技術として患者に希望を
与えている。
もう一つ、従来とは違ったコミュニケーションケーション装置に「こころかさ
ね」がある。言語ではなく、感情や気持ちの変化を捉えてディスプレイに表示す
る。私たちの病気は進行すると言語によるコミュニケーションがとれなくなる場
合もある。〈そうなる患者は少ないことが最近の研究で明らかになってきたが〉
コミュニケーションは決して言語やYES、NOに頼るだけでなく、無限の広がりを
感じさせてくれる。
最近注目されている機器に視線入力装置がある。これについては、1つだけお
伝えしたいことがある。私は以前よりスピードは落ちたが、相当量のコミュニケ
ーションを口文字と文字盤とパソコンで可能だ。でも視線入力装置は使えなくな
った。
気管切開後、毎年視線入力装置を試し、とても使いやすく、将来はきっと使用
しようと考えていた。しかし2年前から視線が固定出来ず、視線入力が難しい。
無理をして使ってみると、使用後に大変な目の痛みが残る。目の痛みは丸一日続
き、口文字や文字盤にかなり支障があった。私以外にも同様の事例はあるようだ。
私たちの病気は個別性が強く、必ず眼球運動が最後まで残るとは限らないことを
支援者の皆さんにお伝えしたい。だが、やはり視線入力装置は多くの患者にとっ
て大変有効であり、例外を理解した上でぜひ試して欲しい。
<人との出会いと人の想い>
最後に意思伝達装置を使うために私が出会った方々を紹介していきたい。
発病してしばらく、私のコミュニケーションの支援者は友人であった。症状が
進行し、専門家の力が必要になり、私が最初に出会ったのは川村義肢の日向野さ
んだった。それが大変幸運なことだとわかったのは随分後のことである。日向野
さんがスイッチの神様と言われていることなど知らずに、スイッチとその適合を
繰り返してもらった。ほぼ支払いが無く、オペレートナビ導入でやっと日向野さ
んの仕事になったとホッとしたことを覚えている。8年前には想像もしていなか
ったが日向野さんとは現在では、一緒にコミュニケーション支援講座をやる仲間
である。
その頃に出会ったPTさんに本間里美さんがいる。私の身体の様子を注意深く
観察して意思伝達装置のために環境を整えてくれた。この本間さんも、今では私
の事業所で一緒に働いている。
気管切開直後、さくら会の川口さんに紹介されたのが、ICT救助隊の今井さん
と仁科さんである。二人はその後から今に至るまで、私のスイッチやパソコンの
環境を整え続けてくれている。私も救助隊のコミュニケーション支援講座に参加
し、当事者として、コミュニケーションについて支援者と交流する機会を持って
いる。
その後もたくさんの支援者に出会って現在の私の暮らしと活動がある。
ハルスイッチ(サイバニックスイッチ)の開発者で、サイバーダイン社の山海先
生と当初の担当者の新宮さんは、世界的な科学者であるが、常に真摯に患者と向
き合い、患者の声に耳を傾けて開発にあたり、私たちに未来と希望を見せてくれ
ている。島根大学の伊藤史人先生は私のパソコンを設定してくれたばかりでなく、
さまざまなコミュニケーション支援活動でお力をお借りしている。
そして忘れてはならないのが、私のヘルパーさんたちである。最も身近でコミ
ュニケーションを支えてくれている。特に永山さんはさまざまな工夫によって専
門家の隙間を埋めてくれている。
意思伝達装置=言語によるコミュニケーションを想像するが、その枠を超えて
私に影響を与えてくれたのが、都立神経病院の本間武蔵先生である。マイボイス
開発で有名であるが、私は、最近開発が進んでいる「こころかさね」がとても本
間先生らしいと思っている。この装置は決して明確な手段としてコミュニケーシ
ョンがとれるわけではないが、人の究極のコミュニケーションは言語によるもの
でなくて、心でするものだということが分かる。それは、私たち進行性の病気の
患者にとって極めて心強い。
このような方々に支えられ、患者は決して孤立しておらず、希望を持って欲し
いと私は願う。そのことを心よりお伝えしたく、この原稿を書いている。これか
らも全国にたくさんいる支援者の皆様のますますの支援をお願いしたい。