北海道の夜。そっと玄関のドアを開けてみた。シーン。
地球の中にいる小さな私。二本足で立っているのが心細い。
だから人は仲間とつながり、笑うんだ!
西口尚美・北海道ひとり旅
2014年に北海道へ、ひとり旅をした。とはいえ、私は目が見えないので地元のボランティアさんをお願いしていた。
十勝・鹿追町では、お世話になった工藤真貴子さんの自宅へお邪魔して、お茶をご馳走になった。
出会ったばかりなのに気さくで、優しい心づかいの出来る工藤さんに安心していた。工藤さんおすすめのレストラン(カントリーパパ)でおいしい食事の後、馬や羊の餌をいただいた。レストランのオーナーである山岸明さんが、見えなくても、餌を食べに来た動物を触ることで楽しめるだろうとニンジンの準備をしてくださっていたのだ。見えない私に動物を見せてあげようなんて、うれしい心づかい。奈良に帰ってお礼の電話をしてから、顔も知らない山岸明さんと繋がった。
「北海道といえば冬だよ。今度は冬においで」と誘ってくださる工藤さんに甘えて、冬の北海道鹿追町へ、工藤真貴子さんに会いに、山岸明さんの顔を触りに行くことにした。
すみません 私の指でどちらにあるか示してください
2018年2月【1日目】
初めての格安航空だから少し心配があったが、サービスも問題なし。搭乗口まで案内してくれる。上手なガイド。不安が吹っ飛び、安心へと変わる。 おとなしくしていたらいいのに、お手洗いに行こう! 白杖で壁伝えに歩く。あれ? 迷子?「すみません」と声をかけると、「どうしたんですか」と答えてくれた方が案内してくれた。
その後、席に戻ったが、まだ時間があるな。お茶を買いに行こう! 前でお話をされている方に「自動販売機は近くにありますか」と尋ねると、指を指すが、私にはその指が見えない。「すみません、私の指でどちらにあるか示してください」。ふらふらと歩き始めると、おじさんが飛んできてくれた。「自動販売機はもっと先だから連れて行ってあげよう」と私の手を握るので、「ご主人の腕をお借りします」と持ち替える。私は、体を拘束されると自由が利かなくなり怖いので、相手の腕に触れさせてもらい、目を借りるだけで十分ありがたい。「美味しいお茶が買えました」と握手をしてお別れする。
広いって 見えなくてもわかるんだ!
特急でJR新得駅へ。窓の外が銀世界なのだろう。まぶしく感じた。駅では、
4年ぶりに会う真貴子さんが出迎えてくれた。優しい声。しっかりと握手をする。
目を借り駅の外に出ると、顔が痛いほど冷たい! 広いって見えなくてもわかるんだ! 足から伝わる雪の軽い感覚が心地良い! 来たんだわ! 北海道なんだ! ふかふかの雪のじゅうたんは、踏みしめるとキュッキュッ。雪が鳴いている…
…。外気温が低いと鳴くんだって。たまに表面の薄い氷が割れてパリッパリッ。
足の裏から伝わるこの感覚……。楽しんでいると「ギャッ!」。
氷の上に積もった雪
を踏みツルッ! 怖い。
ウソ、ウソ。楽しいわ!
コテージは、広めの2LDK。オーナーが私の手を取り、部屋の様子を教えてくれた。
ボランティアの工藤真貴子さん(左)と私必死で部屋の間取りや設備を覚えた。目印に
なるカーテンやカウンター、玄関やドアの位置を頭の中で描く。一人のときに迷子になったら怖いなっと思っているとオーナーは、「何かあれば連絡してください」と携帯の番号を教えてくれた。旅行中、充電以外に携帯を放すことはなかった。携帯様々です。
夕食後は、真貴子さんと明さんが、遊びに来てくれた。「初めまして」。明さんは、どんな顔? 声だけじゃわからない。頭の先から顔や体を触りまくる。嫌がらず、おとなしく触らせてくれる明さんに、声のイメージとは少し違うなと耳を引っ張ってみた。うふふ……。変なの〜。積もる話に花を咲かせ、二人が準備してくれたワインをいただく。
カツカツ ドシッ 熊? 冬眠しているんじゃないの?
一人になると、オーナーが説明してくれた部屋の間取りを思い出しながら、すみずみを触る。目印を決める。コンセントが見つからない。ゴツン! 壁に頭をぶつけた。お次は、おっと! 玄関の敷居ぎりぎりだ。落ちそうになったがセーフ! あー驚いた!
疲れてベッドに寝ころぶとカツカツ。コテージの外で壁やドアを爪でかくような音がしたり、ドシッという鈍い音もする。熊や狐も出ると言っていたが、熊なんて冬眠しているんじゃないの? 怖いな……。音のする方に近寄るとシーン。もうどうにでもなれ! 落ち着こうと目を閉じると、今度は、ストーブの音がゴーッ! エアコンしか使ったことのない私は火の音が怖い。
無鉄砲ではあるが、怖がりの私は、余計な想像をしてしまう。ゴーッという音からして大きそうなストーブ。近くにカーテンとか燃えるものがないのかな……。
もし、火が付いたらコテージごと丸焼けだな。えーい! 私だけじゃない! 北海道の人は、みんなこんなストーブを使っているんだ! 寝ている間に天国に行けるなら主人に会いに行くだけ!
氷の椅子 氷のグラスでビール
【2日目】
真貴子さんのご主人と三人でお出かけ。然別湖コタン祭りへ。冬の間だけできる氷の村に連れて行ってもらう。全て氷で作られている。ロマンティック! イーグル、温泉、教会やステージ。見えないのが残念。氷の椅子に座って氷のグラスでビールを飲んだ。氷の女王だわ。冷たい。ぶ厚い氷のグラスはつるつるだ。車の中に持って入り、だんだん解けていくグラスをたまに触る。痩せてきた氷のグラスがパリッと割れちゃった……ショック!
車で4時間。釧路へタンチョウヅルに会いに行った。しーんとしていた。「鶴は、いないの?」「40羽はいるよ。子どももいるよ」と教えてもらう。遠いからわからないな。
そうだ! 私は、手をぱちんと叩いた。すると、鶴の羽の音。高い声でかわいく鳴いた。すると、パシャパシャ! シャッター音がなる。「えっ?人がいるの?」「たくさんの人がバズーカ―みたいなカメラで鶴を撮ってるよ」と聞き、驚く。あんまり静かだったから誰もいないと思っていた……。手を叩いたことを後悔。鶴は、ここで餌を食べ、寝るときは、狐などに襲われないように川の水の中に入り、1本足で寝るんだって。話を聞くだけで寒いや。人間で良かった。
えらいこっちゃ。ブーツの裏がパカパカパカ……数年ぶりに履いた雪用のブーツは、劣化していた。
初めての蒸気機関車で雪の釧路湿原を走り抜け
【3日目】
専門店にブーツを買いに行く。北海道のブーツはベタ靴。背の高い私には、うれしいブーツの山。自分へのお土産に奮発して購入。これなら滑らないとお店の人も太鼓判。
初めての蒸気機関車で雪の釧路湿原を走り抜け標茶へ。大きな汽笛の音に驚き、胸はドキドキ。
車内では、だるまストーブが温かい。クンクン、誰かがするめを焼いているのかな。私たちは、大きな窓際の席。見えないのにこんな良い席で隣の人に申し訳ないと思いながらも、この席を早くから準備してくれた真貴子さんに感謝。
標茶に着くと、お食事処まで歩いた。ツルッドシー! 滑らないブーツじゃないの!? 真貴子さんは驚く。私は、慌てて起き上がった。大きな穴が開いてないか心配……。足元が斜めになっていたうえに、氷の上に雪が積もっていたようだ。私は、都会っ子?(笑)足元の悪いのは苦手。見えない人はこの雪国でどうやって生活しているんだろう……。
ALSは難しい病気だが 一人じゃないよって伝えたい
北海道最後の夜、そっと玄関のドアを開けてみた。シーン。地球の中にいる小さな私。一人なんだ。二本足で立っているのが心細い。だから人は仲間とつながり、笑うんだ!
以前、家族4人で富良野に旅行したとき、まだ小さかった子どもたちが両手を挙げて、「星が降ってくる!」と走り回っていた。絵本の中に私たちが入った感じがした。そのときは、主人が私の手を握ってくれていた。当たり前に、家族の笑顔があった。
その後、2011年、ALSと宣告された私たちは、地球の中に二人取り残された。不安と孤独の中、時間だけが過ぎ、手をこまねいているうちに主人は、ALSに奪われた。暗闇の中、一人取り残された私は、後悔と絶望の涙を流しても我が強くなるばかりで孤独から抜け出せなかった。笑うために繋がろう! ALSは難しい病気で、私には何もできないけれど、一人じゃないよって伝えたい。例え細やかなことでも自分にしかできないことがあるはずだ。行動することで何かが生まれ
る可能性を信じ、「ALS奈良つながりの会」を始めたのだった。
あれは屋根から落ちる雪の音 そうだったのか
【4日目】
朝の雪かきの音。外に出ると「コラッ!」という声。明さんだ。びっくりするじゃないの。「雪かきをお手伝いしましょうか?」と言うと笑い飛ばされた。寒いので部屋に入り、話をしていると、また、クマの爪の音? 明さんに話すと大笑い。あれは、屋根から落ちる雪の音。そうだったのか……。確かに朝に聴くと雪の音。雪は降っても雨のように音がしないと思っていたけど、ちゃんと音がするのね〜。
関西国際空港到着。旅行が終わっちゃった。かばんの中をのぞくと明さんの手作りこしあん。ペロリ。手作りのあんこは、懐かしい味。甘さ控えめ。なめらか
でキュッとした口当たり。ちょっぴり疲れた私の体を温かく癒してくれた。