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 さて、そろそろ閉めに入らないといけません。
 「コミュニケーションは私の命」という言葉は近畿ブロック会長の和中さんがNs.らに向けて発信したメッセージですが、患者さんが求めているのはバイタルを測ってくれるだけのNs.ではなく、吸引が上手なだけのNs.でもないというのは皆さんお分かりだと思います。もっとも、吸引も患者さんのタイミングと合わせてこそ上手な…という形容詞がつくでしょうから、コミュニケーションが図れていないNs.が吸引上手ということはあまりないと思います。で、なぜ、こういう言葉がNs.らに向けて出されたのかというと、実際にはコミュニケーションが図れるNs.が非常に少ないということに他なりません。バイタルだけとって帰ってしまう訪問看護が存在するのも現実です。ALSの患者さんは意識はしっかりしています。というよりもしっかりしすぎていて、私のボケが際立って仕方がないくらいです。なのに、それを表現する手段がどんどんと狭くなっていきます。しゃべり辛くなった患者さんの言葉を聴くには、時間と集中力、忍耐力が必要です。発語が困難になった患者さんは目の動きや表情で表現しますが、それも注意を向けなければ意味を測ることは出来ません。文字盤をとるには、慣れだけでなくその患者さんをどれだけ知っているかや勘のよさが大きく影響します。病院勤務時代、ほとんど目も動かなくなった患者さんの言葉をとるのに3日間3交代の中でNs.がリレーしてようやくひとつの言葉が成立して意味が分かったという経験もあります。3日間伝えようとする思いを持ち続けたその患者さんはすごいと思いました。多くの患者さんは伝えたい、聞いてほしいと思っています。それに対してNs.側の分かろうとする思いがなければコミュニケーションは成立しません。
 どうか、表情や目をしっかりと見てください。意識がしっかりしているのに、自分の意向を無視される患者さんの悲しみや恐怖感に敏感になってもらえれば、と思います。たとえば、呼吸器のアラームがなり続けると慣れないNs.やヘルパーはパニックになってしまうことがあります。そんな時、アラームの対処方法も自分は分かっているのに、聞いてもらえない恐怖を想像してみてください。命に直結する問題です。また、家族と患者は別人格、なのに、常に家族を介してしか語れないとしたらどうでしょう…?一対一でコミュニケーションが取れて初めて確認できることもあるのではないでしょうか。
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