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また、ご家族にとってもNs.やヘルパーがコミュニケーションを取れないのは切実な問題です。 自分もいっぱい・いっぱいなのに頼れるはずのNs.がそばにいても逆に自分を頼りにされる家族の身になってください。休むことも許されません。かりに訪問中はそばを離れられても、終わってから山のような訴えに襲われることもあります。Dr.が何とか力になろうとする気持ちからなのでしょうが、今の気持ちを患者さんに何度も確認し、そのたびに文字盤で「はやく安楽死したい」という言葉を通訳しなければならなかった奥さんがノイローゼのようになってしまったケースもありました。往診にNs.がついていても診療の補助しかしないのなら家族は任せられないし、Sさんの事例で話したように、いざというときケアに入ろうとしてもまったく役に立ちません。(却ってありがた迷惑になりかねません。)逆に、トータルロックドインの状態になり、介護放棄に近い常態にあったご家族は、その患者さんならどうしてほしいと思うかを想像しながらケアに当たるNs.やヘルパーの存在に救われたと言います。ALS患者のケアにコミュニケーション能力は不可欠です。血圧測定を省略してもコミュニケーションをとるほうがALS患者のケアとしては「まる」だと思います。 次に、在宅ケアは本当にバラエティー豊かです。家族はその患者さんにとって最適のケアが出来るかもしれませんが、他の患者にとってそれが最適なケアではありえません。それぞれの患者さんにとって最適なケアを提供するには専門家としての知識と技術と柔軟な対応が求められます。時にはそのおうちの状況を考慮しても、それまでのケアを変更する必要があるかもしれません。その時に十分な根拠を示し必要性を説明できなければ「偉そうに注意だけして…」「手抜きしたいだけじゃないの?」と反感を買うだけになりかねません。そこでもやはりコミュニケーションが重要です。また、症状の進行に伴ってケアの内容も変化しますし、そこにはさまざまな職種が関わっています。連携を図るには、誰かがリーダーシップをとる必要がありますし、本来Ns.がその役割を果たすのがいいのではないか…と思いますが、コミュニケーションがとれないNs.にその役割が果たせるとは思えません。特に進行の早い患者さんにとってNs.の指導的役割は重要です。進行の早さに心身ともに不安定になる患者さんや、それを支える家族の精神的負担と介護負担、ヘルパーが対応しきれずに定着しない、などの混乱状況に対応していかなければ、介護はどんどんと泥沼にはまっていってしまいます。それこそ難病看護の専門性が問われるところだと思います。 …8月に起こった相模原の事件についてはご存知でしょうか? 患者さんは呼吸器をつけた40歳の男性で、お母さんが中心に介護されていましたが、進行が非常に早くて文字盤も難しくなり「死なせてほしい」とお母さんに繰り返し懇願されていたそうです。訪問Ns.はがんばっていたそうですが、それ以外の他人介護をまったく受け付けなかったそうで、介護で疲れきっていたお母さんは追い詰められてしまって、覚悟の上というよりも発作的に呼吸器をはずしてしまったのではないかと言われています。お母さんは息子さんの死を見届けた後でご自分の胸を刺し、手首を切られたのですが、発見が早かったので一命は取りとめました。それでも手首の傷が深く神経が切れてしまって何本かの指はもう動かないそうです。Ns.だけががんばっても、ケアを担う時間はとても短く、在宅ケアは成立しないことを示しているのではないでしょうか。 この場合のNs.らは非常に熱心に関わっていたにもかかわらず残念な結果になってしまったのですが、中にはお粗末なケア(?)に何の問題も感じていないNs.もいます。ある訪問先に関わるNs.は呼吸器の回路交換も家族頼りで観察も不十分なまま帰ってしまいます。その後訪問すると、指示された設定になっていなかったり、一回換気量が明らかに少なく、確認するとリークがあったことや、加湿器のチャンバーがしっかりとはまっておらず作動していなかったこともありました。患者さんのアンケートにあったように、訪問看護の質にはばらつきがあり、コミュニケーションだけでなく知識や技術の問題もみられます。 |
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