トップ目次次のページへ久保フヂノ(くぼ・ふじの)さん
  「夫と息子 男手介護」
*「夫と息子 男手介護(会報25号 1997年10月14日発行)

1997年
 12年ぶりの外泊
     

 昨年、初めて近畿ブロックの総会に参加させていただきました。いままで人さまの前に出ることができなかったのですが、同じ患者さんが明るく振舞って参加されているのを見せていただき、心を開くことができなかった自分自身が情けなく、また腹立たしく思えてきたのです。

 会が進むにつれ、心が明るくなるような気持ちに変わる気がしました。このことがきっかけとなり、病院の花火大会にも参加しました。そして、12月のサポート交流会にも出席。家族も、私が外出しやすいように、ワゴン車を買い替え、ベッドや機械類などが置け、障害者を乗せるように工夫してもらった車が今年3月にできあがってきました。

 早速に外泊の予定を4月2日に立てていたのですが、体調がすぐれず延期。肺炎を起こしていたために痰が切れず、注射や点滴の毎日でした。やっと4月22日に外泊がかないました。看護師さんとリハビリの先生に付き添ってもらって、わが家へ。昼食は車椅子のままで食事。その後、疲れてベッドに寝た私を、息子が付ききりで痰をとってくれました。私はいつも通り9時には眠りにつきましたが、息子はあまり眠れなかったと聞かされました。

 12年ぶりの親子水入らずの一夜を過ごすことができ、思い出深い夜になりました。
 翌日は、「行きたいとこはどこ?」と聞くので、「大阪ドームを見たい」と言ったところ、病院に帰る前に連れていってくれました。内部は3階に上がり、外に出てドームの周辺を見て回ることができました。

 4時ごろ、病院に戻ると、看護師さんから「院内新聞に、久保さんが12年ぶりに外泊したことが大きく書いてあった」と知らせていただきました。部屋に入ると、次々に看護師さんがきて、「お帰り」と迎えてくださったときは、涙が出るほど喜びを感じました。
 こんな私を見守ってくださる病院の皆さまと、必死で看護を続けてくれる親子のためにも、命を大切にがんばりたいと思います。