| 病院で聞かされたときは、負けてたまるかと自分に言い聞かせていたのですが、医学の本で病気を調べたところ、この病気は筋肉が萎縮して、呼吸ができなくなるので、長くみつもって3年〜3年半で生命がなくなると書いてありました。
そのころ、子どもが20歳と17歳で、子どもにとって一番大事なときに自分が難病にかかったことを恨みながら泣き明かしました。朝になって、子どもに暗い顔は見せられずに笑顔で答えたつもりでも、子どもに見抜かれて、目が真っ赤になっていると言われました。
診察に行った帰り道、車の中から中国針の看板が見えて、年が明けて1月から針に通い始めて3ヶ月続けましたが、何も効果は現れずに悪くなるばかりでした。もう一度検査を受けてみたいと思い、無理に頼み込んで、4月に県立尼崎病院で2度目の検査を受けました。結果は同じことを言われてすごく悲しくなりましたが、帰ってから反対に子どもに励まされました。
そのころには松葉杖で歩くようになり、体から力が抜けていくのが日増しにわかるようになって、台所に立っても、野菜の皮を取るのに苦労をしながら時間をかけてつくるようになりました。手足から力が抜けるために、少しのことで転んでは、頭や顔に傷をつけて血を流すことも多くなりました。
洗濯物を干すのにベランダに出て、壁にもたれて竿に洗濯物を通して広げようと、壁から体を離した途端、体全体の力が抜けているため、ふらついて、前に倒れて起き上がることもできないまま、お昼に娘が食事に帰ってくるまで、2〜3時間、倒れたまま待つこともたびたびありました。無理に動いて欲しくないと、娘に怒られてばかりいました。
5月末にはガスの栓を開く手に力がなくなってしまい、それ以後は台所に立つこともできなくなり、涙にくれる自分は、子どものことなど考える余裕などなくなってしまいました。
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