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そして4月30日から、にわかに痛み出したと思ったら、早くも5月1日に、左目は電池で照らされると、その光はかすかに見えますが、視力のほうは全くなくなり、痛みは日に日に激しくなりました。
このため、A眼科医も心配だったらしく、5月の大型連休は1日も休まずに往診を受けましたが、連休初日の3日に耐えられない痛みに襲われてから、その激しい痛みは2週間余りも続き、特にそのうちの1週間は、痛み止めの薬も効かないほどで眠れないため、ラジオをかけて夜を明かす日が続きました。
この激しい痛みは私の不安を大きくしましたが、A眼科医はこの時点から私に余計な負担をかけないように気遣ってくれたため、私もいくらか安心をしていました。ところが、左目の激しい痛みはまだまだ続いており、それからまもなくの日に、「眼内炎に冒されている」と、これまた初めて聞く症状を知らされたうえに、5月の中ごろになって、「白内障も出てきた」と言われました。
どこまで進行するのか。私の不安はますます大きくなるばかりのため、5月20日に大阪で行われた近畿ブロックの交流会は、この苦痛を少しでもやわらげたい思いで参加させていただいたわけです。おかげさまで、交流会の参加後から、左目の痛みは日に日に治まっていくため、「これで峠は越えたか」と安心度は高まりました。
ところが後になって考えてみると、これは化膿し過ぎていたため、目の神経が死んでしまい、痛みが治まっていたとしか思われません。その証拠に、6月3日の夕食後になって、私の左目を見た妻は心配そうに、「目から血と膿が出ている」と言いました。
この日はちょうど日曜日で連絡が取れないため、4日の朝一番に連絡をすると、忙しさでその夜遅くに往診に来てくれたA眼科医は見るなり、「眼球に穴が開いて、そこから膿が出ているため、C病院かD病院に入院して治療を受けたほうがよい」と説明しました。
妻は大変な心配をしながら深夜まで入院準備をし、私は悔しさと悲しみがこみ上げて、眠れない夜を過ごしました。
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