日本ALS協会近畿ブロック顧問
平成16年度〜
1939年(昭和14年)生まれ。
タグボートの乗船機関長をしていた47歳のとき、健康診断で右手の握力が落ちているのを知る。
翌年の初夏、右手が凍ってかじかみ、趣味の畑づくりの草が引けない。
13か所の病院を回っても、病名は知らせてもらえない。
医学書でALSと知った。「すべての運動神経を失うが、まばたきだけは最後まで残される」と本に書いてあるのを見て、「一つでも残るものがあれば、と開き直った」。
発病して4年目の91年2月から、パソコンを使用して、文章をつづっている。
*大川達さんの「私の歩んできた道」はこちら(1.2.3.4.5.6.7.8)
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