| 当時のY氏の日記です。
帰りたくないのが本音です。しかし、僕は介護してもらう身。最後はついていくしかない!
相談のときは極力僕も中に入れてください。皆さんの鳥取へのお話が強いので、
いよいよ本格的に考えています。……ポイントは鳥取までの輸送と鳥取での全体的な受け入れ態勢が気になること。
僕はどっちでもいいですよ。
どちらかといえばH(奥さん)や皆のために帰るのです。
インタビューに対してY氏は次のように答えています。
出来る限り自宅療養を望み模索しましたが、多少の条件の違いはあるものの大半は以前と変わらない、家族がほとんど負担しなければならない福祉の現状でした。
決断するにも判断が出来ない毎日が続いたある日、人に頼るだけの自分に気づき、どこで暮らすにしても自分の強い信念をもって暮らすことが大切だと気づきました。 そうすれば必ず未来は開ける。
その後、Y氏は、自分自身の目標を立てて、それに向けて努力を重ねることで後悔しない人生を送りたいと考えるようになったといいます。具体的には車椅子に座ることやお風呂に入ることをあげ、
「健康な人にはなんでもないことでも、それに挑戦することが大きな“生き甲斐”である」
と日記に書いています。
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