トップ目次次のページへミスタージャイアンツと握手した!!
   大学野球部の合宿で、背番号3の歌
* 大学野球部の合宿で、背番号3の歌

 私がミスターの生の声を聞いたのは、これで3度目です。

 1度目は野球部に入部した1959年(昭和34年)6月、合宿のロビー。毎年、先輩をお呼びして講演していただくのが恒例で、その年は、昨年巨人軍に入団して大活躍し、新人王を取り、プロ野球フアンを大増員した偉大なる長嶋先輩をお呼びしたところ、お忙しいでしょうに、快く来て下さった。

 キャンプをベロビーチでした名残か、顔はコンガリ焼け、瞳は真っ赤に燃え、語る身振りは、これからプロ野球を大繁栄・発展させる自信に満ちあふれていました。

 当時の野球の人気は、東京六大学が花盛りで、次に社会人、プロ野球は日陰の身にありました。長嶋先輩の熱き語りに、部員75人は圧倒され、生唾をのみ、聴きました。

 圧巻は、先輩の話が終わったとき起りました。司会役の4年生が「先輩、何か一曲、歌っていただけませんか?」と、突然、お願いをしました。われわれは、それは無理なお願いだと思いましたが、もしかしたら……淡い期待を持ち、ロビーは一瞬、息を飲みました。

 すると先輩は、すくっと立ち、「よし!それでは、裕ちゃんが歌ってくれる≪背番号3」を歌おう」。もちろん、故石原裕次郎氏のことです。当然、伴奏はありません。先輩は右足のつま足でトントントンとリズムを取って、少し甲高い声で「背番号3!いわずとしれた、茂よガンバレ……」と歌ってくれました。その自信にあふれて歌う姿勢の格好の良さは、40数年経過しても、心にどっしりと暖かく、懐かしく住み着いています。

目次へ