インディオの祖先
ポリネシアに拡散したポリネシア人は、さらに東に航海をして、イースター島に定住し
あの有名なモアイ像を作りました。
イースター島のモアイ
さらに東に航海を続けて、南米に到達し、インカやマヤの巨石文明を築き上げたインディオの
祖先となり、北上を続けてメキシコのマヤ文明を作り、北米までに広がっていきました。
ポリネシアにも巨石の遺跡はいくつか有り、その技術もかなり高いはずですので、
モアイもマチュピチュもポリネシア人の子孫の作だと思われます。
マチュピチュ
ポリネシアでは古代から、南米原産であるサツマイモが栽培されていることから、
南米との航海は一方通行の冒険航海ではなく、かなり頻繁な行き来があったものと思われます。
従来、インディオなどアメリカ在住のモンゴロイドは北東アジア人が、陸橋となっていた
ベーリング海峡を渡って北アメリカに至り、そこから南下して南米に到達したと思われて
いました。
又、ノルウェーの民俗学者ヘイエルダールは、ポリネシア人はインカ文明の末裔で、
イースター島の巨石文明は、インカ文明を作ったインディオによって作られたと
思いこみ、バルサで作った筏のコンティキ号で、1947年にペルーから太平洋を渡って
ツモアツ諸島に到着し、ポリネシア人の南米起源説を実証したと主張しました。
「コンティキ号」
ところが最近、3500年前のインディオのミイラから東南アジア原産のズビニ鉤虫という寄生虫の
卵が発見されたことで(その寄生虫はベーリング海峡の寒さでは一年で死んでしまう)、
インディオのルーツのモンゴロイドははベーリング海峡経由でアメリカに渡ったのではなく、
ヘイエルダールの考えたのと逆ルートで、ポリネシアから太平洋を航海して、南米に到達したことが
証明されました。
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